2022年5月25日(水)博士論文を改稿して出版すること(5月25日にメール通信で配信した内容がもとになっています。日付けもその日付けにしています。) 研究者の方にとって、博士論文を書くことは、研究者としての人生で、前半あるいは第一番目の大きな成果になるものだと思います。研究を構想して、調査し、内容をまとめていくということは大きな仕事なのだと思います。学部を出て、企業や学校に勤めることなく、大学院に入った場合でも、生活費・学費を稼ぎながらという人であれば、研究する時間を生み出すこともたいへんなことで、そんな中で博士論文をまとめるということは、たいへんなことと思います。一旦、何かの勤めについて、それから、大学院に行く、あるいは勤めながら大学院に行って研究をするということもさらにたいへんなことだと思います。 そうして、そのまとまった研究成果をさらにまとまった研究書として刊行するということは、記念するべきものとして成果を実態のあるものにするということは、切実な願いでもあったといえると思います。特に人文系の学問では、そうして世に出し、人に読まれるということも、願いであり、目標でもあったと思います。書籍によって研究に触れて研究を志した研究者なら、書籍を出すことで研究のサイクルを回すという意義も感じられることでしょう。 願いであったと過去形で申し上げるのは私としてはうれしくないのですが、書籍化しようという営みは、数年前とは状況が変わってきています。それは、かつては博士論文は公開することになっていまして、出版することが条件になっていました。とはいえ、実際は国会図書館に納めて、閲覧可能であればよいということになっていましたので、実際に出版するのはその中の一部でしたけれども、一部でしたので、出版されるということは、選ばれていることであり、晴れがましいことでありますし、意義があると考えられるものでした。学術書は普通に商業出版するとしてもなかなか採算が取れないことが多いものです。内容が優れていて、かつ読者の多いテーマであれば、商業ベースに載せることができますので、商業出版もされるでしょう。でも、そのような場合は多くはなく、例外的な少数です。商業出版が難しければ、出版助成金を見つけてきて、多くの場合は、日本学術振興会の出版助成金(正式には研究成果公開促進費)を申請して、それを受けることで何とか刊行することができる(た)ということがあります。申請しても採択されるのは50パーセントを切っていましたので、申請すれば通るというものでもないのですが、私たちも論文を拝見して、内容が優れていると思われた場合で、商業的に採算を採るのが難しい場合に、申請をお薦めして刊行するということがありました。博士論文を出版すると出版社がいいましても、多くの場合は研究成果公開促進費の援助を受けてというのが、現状であったと思います。支えなしに独力で成し遂げられたわけではありません。 新村出賞を受賞した『日本語修飾構造の語用論的研究』もそのように申請して、助成を受けて刊行しています。少なくない数の研究書をそのようにして刊行しています。日本学術振興会の研究成果公開促進費には、感謝しています。ほんとうにそのおかげで学術書を刊行し続けることができていると言えます。ありがたいことです。 話しを戻します。願いであったと過去形で申し上げましたのは、文科省のルールが変わりまして、博士論文については、全てインターネット上で公開するということに決まりました。したがって、原則、博士論文を出した段階で、大学のリポジトリを経由してネット上で公開されますので、研究成果公開促進費という資金的な援助を掛けて、出版するというのは、意味がなくなってしまったということです。もともと、公開されるものですから、研究成果を公開促進するということを財政的に補助する意義がなくなりまして、日本学術振興会の研究成果公開促進費にも公募に応募できないということになりました。応募する資格自体がなくなってしまいました。 博士論文は、研究者の人が研究人生をはじめて、これで研究者としてやっていけるということ証す第一番の大きな成果ですので、その成果を書籍にするというのは、著者にとってはもちろん、出版社にとっても、学術世界への貢献としてとても大きなことであったのですが、助成金も得られないという中で公刊するというのはいまやなかなか難しいことになってしまいました。しまいましたといういいかたは、もしかしたら、出版社の立場であって、博士論文を書き上げさえすれば、そのまま公開されるのに、書籍化するのに労力をかけ、助成金に申請し、知り合いに献本するために本を買ったりいろいろな手間とコストを掛けなくて済む方がいい、こっちの方が気が楽だという考えも当然のことととしてあると思います。本を出すことを嬉しく思うような書籍フェチな自ら満足を求める気持ちがある方以外は、わざわざ、書籍化しようと思わないということがあるかもしれません。ネットの時代、ネットで公開するのが自然と思われることが多いのではないかと思います。 私は、ネットでの公開は、悪いことではないと思いますが、書籍というものとして存在することの意味や価値も大きくあると思っているので、ネットだけにしてしまうのはもったいないと思っています。ものとしての書籍のかたちがあった方が読んで下さいとすすめやすいのではないでしょうか。物理的なものとして、本屋さんや図書館や本棚に存在していることによる波及効果が大いにあると信じています。あるいは、それは自虐的あるいは諧謔的な言い方をすると「書籍狂」と呼ぶべきある種の病気でしょうか。ある種の熱気がある熱病のようなものに過ぎないでしょうか。リテラシーが書物によって育まれる近代の熱病であって、ポストモダンな現在、否定されるべき昭和的な幻想でしょうか。そういう言い方は自虐的すぎるかもしれません。 研究成果公開促進費の公募ができないと申しましたが、博士論文に何らかのバージョンアップを行って、きちんと変わっているといえる場合には、応募ができると次のように書かれています。 「その後の研究活動等により得られた知見等を博士論文に反映して新たな論文として執筆した場合はこの限りではありません。」(「令和3(2021)年度研究成果公開促進費の公募等に関するFAQ」 このように書かれていますので、私は、博士論文の提出の時期も関係しますが、ぜひ改稿して応募することを考えてみてはどうかと思います。研究成果公開促進費の応募は10月はじめです。博士論文を提出してから、半年程度あるのなら、応募してみてはどうでしょうか。あるいは、期間が短いということであれば、1年かけてバージョンアップするということはどうでしょうか。 現在、ひつじ書房では「「研究書出版」相談 オープンオフィス」を催していますが、博士論文を執筆中の方なら、その原稿を拝見して、書籍化するにはこうしたらいいということを申し上げるということもできます。これまでは、博士論文を書いた後に相談していただくことが多かったですが、書き上げる前にご相談いただくということも可能です。博士論文の審査者の先生に、改稿の余地を残すために余力を残して書いたと言われないようにしないといけないですが。あるいは、秋に書き上げられたなら、次年度の申請を考えて、この冬にご相談いただくという判断もあります。これまでは、冬に相談会はやっていませんでしたが、改稿して書籍化したいと思われるのなら、冬にご相談いただくこともあってよいと思います。 ぜひ、そういうかたちで書籍化を考えていただけないだろうかと思っています。書籍にすることで、ネットでの公開とは違った関わり、拡がりが生まれるということもあるだろうと思います。書店や学会の展示に書籍のかたちで、ぜひとも並べたいと思います。バージョンアップすることのお手伝いを積極的にやっていきたいと思います。現在、オープンオフィスの開催期間中でもありますし、ぜひともご相談下さい。このような書籍にして世に送り出すという気持ち亜、私は決して書籍という物体を信じていた書籍好きの時代の熱病ということではなく、公開してそれが読まれて、さまざまな評価にさらされるということは、研究者冥利に尽きることなのではないか、と思っています。それはけっして後ろ向き志向ではなく、大きく羽ばたく営みであると思います。オープンオフィスの案内のページは次のURLです。 https://www.hituzi.co.jp/openoffice ---------- 執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。 「本の出し方」・「学術書の刊行の仕方」・「研究書」・スタッフ募集について・日誌の目次・番外編 ホットケーキ巡礼の旅 日誌の目次へ
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