2019年12月26日(木)
『紛争地域から生まれた演劇』という書籍を刊行しました
2019.8.22発行のひつじメール通信の「房主より」が、元になっています。
今年の8月は暑い日がずっと続いています。昨日今日といくぶん、暑さが弱まっているように感じます。これまでの暑さでかなり身にこたえているように感じますが、みな様は大丈夫でしょうか。できるだけ無理をせずに力を温存させた方がいいように思います。しかしまた、たまっている仕事がたくさんありますとそうも言っていられません。
自分自身のことを振り返りますとまことに申し訳ないですが、私自身の仕事の処理能力も低いということもありまして、本当にだいぶん、たまっている現状です。お詫びしないといけないところです。
8月頭には『紛争地域から生まれた演劇』という書籍を刊行しました。国際演劇協会日本センターが、企画して昨年末で10年間、続けてきた「紛争地域から生まれた演劇」をまとめたものです。林英樹・曽田修司のお二人の責任編集です。実際に上演した戯曲や上演した時の写真、演出家のことば、原作者のメッセージなどが1冊になっています。10年間活動をしてきたわけですが、演劇関係者の一部の方にしかほとんど知られていないのではないでしょうか。難民の問題、様々な紛争は、世界各地のいろいろな場所で起こっていますが、われわれにとっても他人ごとではなくなってきています。震災による避難、経済的な分断、外国人労働者との関わり、近所のコンビニで働く外国人、今の時代、よその世界のことだと突き放すことはできにくいと思われます。長くなりますが、本書のまえがきを引用します。
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「紛争地域から生まれた演劇」を翻訳・紹介・上演するに当たって、常に私たちの意識にあったのは、「紛争」における「当事者性」についてである。「紛争」に直面し、破滅的な厄災を受けたり、今も受けつつある人たちが夥しく存在している一方で、当面はそのような状況におかれていない人たち(少なくともそれを自覚しないで済んでいる人たち)が存在していることも事実である。このシリーズを始めるに当たって、そのタイトルを、「紛争地域の演劇」ではなく「紛争地域から生まれた演劇」としたのは、その当時はさほど自覚的ではなかったにせよ、取り上げる戯曲が扱っている問題を自分たちとは関わりのない(薄い)こととして突き放してみるのではなく、「紛争」の当事者性に幾分なりとも目を向けようとする、やや遠慮がちながらも素直な好奇心や正義感のゆえであったように思われる。
このシリーズを続ける中で最近私たちがようやく気がついたのは、「当事者性」とは、「ある/ない」の二分法で考えるべきではないということである。「(当事者性が)ある」側に立ってそれが「ない」とされる側のものたちのコミットメントを拒絶すべきではない。多分、「当事者性」というものはグラデーションとして存在すると考えるべきなのだろう。関わりを持つ人/持たない人に二分されるのではなく、これまで関わりを持たなかった人たちが、少しずつ関わりを持つようになることによって、その事柄全体の構造に少しずつ変化が与えられるのだ。つまり、「紛争」とは認識のあり方の問題でもある。
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編者の1人でもある曽田先生のまえがきの中のことばを紹介しました。世界には、世界のあちこちで話されている言語があり、また、その言語を話している人間がいます。あちこちで起きている紛争は、言語と人間に無縁なものではないと思います。戦争ではなくても、経済的な理由も含めて、人々は移動して、日本にもやってきています。演劇は、普遍的なテーマとともに作家が切り取った現実を作者がことばにして、役者が演じるという仕組みを持っています。原作では、当事者自身が俳優として演じるというものもありますが、日本では翻訳された台本をおおむね日本人が日本の現実の中、演じます。その伝え方伝わり方が、そして受け方、受け止め方がストレート過ぎないあり方が、正論を正論としていうのとは違う表現として貴重であるように思います。日本語教育の世界では、多文化共生といういいかたをすることが多いですが、美しいスローガンにとどまりがちではないでしょうか。このことばを複雑なものとして、受け止め、スローガンではないように伝えようとするときに本書で紹介している演劇の試みは重要だと私は思います。
ぜひ、ご覧いただけましたら、幸いです。
ちなみに演劇書を売るのはなかなかたいへんです。書店にも演劇書のコーナーはなかなかありませんし...
追記(12月26日)
しんぶん赤旗(2019年11月3日)書評欄に福山啓子(劇作家)さんに書評を書いていただきました。その一部を次に紹介します。
圧巻なのは何といっても掲載された戯曲だ。「第三世代」は戦争体験者から見て三世代目にあたるドイツとイスラエル、パレスチナの若い俳優たちが合宿して作品創りのワークショップを行い、そこで俳優たちから出された疑問や意見を元に作者が台本を構成した。英語、ドイツ語、ヘブライ語、アラビア語によるナチスのホロコーストやイスラエルのパレスチナへの攻撃についての彼らの激しい論議は、あっという間に私たち日本人を中東の紛争地へと「巻き込む」。対立を対話で乗り越えようとするすさまじいエネルギーに圧倒される。(中略)
読んでいくと、遠いはずの「紛争地」の物語が、福島、沖縄、広島・長崎の物語に重なる。珍田真弓氏の言うように、演劇には確かに、ニュースで知ることのできない紛争の現実を強いインパクトを持って伝え、私たちが共有する問題をあぶりだす力があるのだ。
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