はじめに



はじめに

 コンピュータをネットワークにつなぐようになってから、私の暮らしは確実に変わりだしました。
 画面で読む文章の量がどんどん増え、同時に、マシンを使って文章を書く時間が長くなっています。

 自分自身とても興味を惹かれるのは、余分なこの時間を使って、私が読み書きしはじめたことの中味です。
「これまでと同じものの、量だけが増えたのとは違うんじゃないか」
 いくつかの体験を重ねるうちに、そんな思いが芽生えました。
「読み書きを通して、自分はどうやら、これまで体験しなかったことをはじめたらしい。その新しい何かの分だけ、読み書きが膨らんだのではないか」
 やがて私は、はっきりとそう意識するようになりました。

 かつての私にとって、〈考える〉ことは、もっぱら一人で進める作業でした。
 どこまでできたかは置くとしても、調べて、見きわめて、答えを出すまでを、みんな一人でこなそうとしたように思います。
 ところが、ネットワークのさまざまな場に顔を出すようになってから、私は人にものをたずねるようになりました。自分なりにしっかり探して、それでも見つからないときは、問うことをためらわなくなったのです。
 名前も経歴も、もちろん顔も知らない人たちが、私の問いかけに応えてくれました。
 資料や答えのありかを教えてくれた人がいます。懇切丁寧に、答えそのものを与えてくれた人もいました。
 教えられただけではありません。私自身も、アドバイスできることがあれば応えました。
 直接の問いかけと返答以外にも、私はネットワークのさまざまな場で、自分の意見を述べ、同時に、人の意見を聞くようになりました。
「ネットワークの上では、〈考える作業の助け合い〉がはじまったのではないか」
 しだいに頭をもたげてきたのは、そんな思いです。
「私はこの〈助け合い〉に関わるようになった。その分だけ、読み書きが膨らんだのではないか」
 自分に訪れた変化を、私は、そんなふうに受け止めるようになりました。

 公開の場で演じられる〈助け合い〉で救われるのは、たずねた人だけではありません。問題に関心を持つ人なら誰も、与えられた助言から、なにがしかを得られます。うまくすれば、全員が学べるでしょう。
 答えがもらえたとしても、一人しか恩恵に浴せない手紙とは、決定的にここが違います。
 やりとりのテンポが速くて、考えるリズムに遅れをとらない点も見逃せません。
 ネットワークに産み落とされた、助け合いの種は、大きな可能性を秘めています。

 ただしこれを現実の実りに変えるには、私たちはすいすい読んで、どんどん書かざるを得ない。
 今はまだ、見やすくはない画面で、確かな読み書きを素早くこなすことは、簡単ではありません。

 今あなたが手に取っているこの本は、楽な作業ではないけれど、どんどん進めていきたい画面上の読み書きを、快適なものに変えようと狙って用意したものです。
 使うのは、株式会社ボイジャーが開発した、T-Time(ティータイム)というソフトウエアです。
 この本は、5500円と高価です。けれど本書には、製品版のT-Timeが付いています。3400円で販売しているソフト込みの値段ですから、ここでこうしてあなたに売り込みをはかっている私としては、「セットでお買得」という点を、強調したいと思います。

 では具体的に、T-Timeは、何をどう変えるのでしょう。
 この新しい道具は、すべてのテキストを、一瞬に読みやすい電子本のように仕立ててくれるのです。
 もう、行間の詰まった小さな文字を、スクロールさせる必要はありません。見やすく処理された大きめの文字で、ページをめくりながらゆったり読んでいけます。横組みと縦組みは、一瞬で切り替えが可能です。文字の大きさやレイアウトも、自由に、そして即座に変えられます。
 自分の書いた文章を推敲するときも、人の原稿を熟読したいときも、紙にプリントアウトする必要はありません。T-Timeなら、画面で読んで表現を吟味し、中味をしっかり頭に入れられます。
 長文の電子メールやパソコン通信のログも、快適に読みこなせます。メールで送られてくるニューズレターのチェックには、最適の道具です。

「画面で読む」ことの憂鬱を吹き飛ばすT-Timeは、さまざまな場面で生かせるでしょう。
 中でも、私自身がその快適さをもっとも痛感したのは、ウェッブページを開いたときでした。[まえがき1の図版と、2の図版を使用前、使用後的に左右に並べる。右ページの右上に。]
 引きずられるように読んで、リンクをたどり、ジャンプした先で、またまた読んでいく。そのあげく、視神経が悲鳴を上げて、数日間、画面を見られなくなるといった事故に、何度か遭いました。
 そこに現れたT-Timeが、ネットサーフィンから苦痛を一掃してくれたのです。

 メールやログやウェッブページを、T-Timeでどんどん読んでいく。学べることはそこから学び、求められれば、そして自分が必要と思えば、どんどん反応を返す。
 その際、いったん書き上げた応えのメッセージを読み直す場面でも、私はT-Timeを使います。
 読んで書いて読む。その反復、呼応の中で学ぶ。
 書いて読んで書く。自分が答えられることなら、出し惜しみはしない。
 私にとっては新しい、そんな文章の使い方を、T-Timeは画面の中心にどっしりと腰を据えて、支えてくれるようになりました。

 パソコンを使うすべての人に、私は、T-Timeを薦めます。
 すいすい読んで、どんどん書いて、ネットワークに生まれた助け合いの場を、軽やかにたずね歩いてみませんか?
 T-Timeはきっと、精神の自転車になって、あなたの考えの行動範囲を広げてくれると思うのです。


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