ひつじ書房のいい点

2013年7月10日(水)

ひつじ書房のいい点

自分で言うのも気が引けるのですが、そういいつつ書いてしまうのです。ひつじ書房のよい点の1つは、あまり業界的な縛りや損得に拘泥しないで、自由に出版できるところだと思います。

今回、『英語教育、迫り来る破綻』という本を出し、著者の方々の講演会を開催しますが、この書籍の内容は、大学入試にTOEFLの試験を必須化するという自民党の提案に対する批判です。TOEFL自体を批判しているのではなく、それを日本の大学入試に導入することが、日本の英語教育、学術政策にとって重大な問題であるということを訴える書籍です。

学術政策にとって重要な問題というのは、日本語で学術的な高度な議論ができるように、明治の先達たちから、ずっと作り続けてきた日本語の学術用語を捨てて、英語でしか、高度な議論ができないようにしてしまうということが副作用として起こるからです。アメリカの大学に留学するのが目的であるTOEFLを大学入試に課すことをしたら、現在、高校で教育されている社会、理科などなども英語で行わなければならなくなります。日本語で考えるのではなく、英語で考えることになります。そうなったら、日本のように社会に中間層がいることが、平穏でかつ安定した社会を築いてきたはずのこの近代の歴史を無にする危険性があります。ただ、無用のカタカナ言葉を受け入れているのは、われわれ日本人であるわけで、「人間中心仕様」といえばいいのを、富士通は自社の携帯電話機の宣伝で「ヒューマンセントリックエンジン」と言っています。愚かなことと私は思います。ただ、今の日本語が完璧と思っているわけではありませんことを申しておきます、念のため。

たぶん、英語教育のジャンルで語学書を出しているところ、TOIEC対策本などを出している出版社では出しにくいのではないでしょうか。TOEFLが持てはやされれば、売り物が作りやすくなるので、むしろ、自民党がそのような政策を打ち出すことを喜んでいる出版社が多いかも知れません。本の中では、文科省の英語教育政策も批判していますので、検定教科書を作っているところも、言語政策批判の書籍は、出しにくいではないでしょうか。どうなのでしょう。

あるいは、私のこの視点が、例外的な少数派の視点で、語学が中心の出版社は、「言語政策」というようなテーマにほとんど、そもそも、関心がないかもしれないです。英語などの語学書は、ヒットした場合は、かなり売れるものですが、言語政策を批判したり、提案するような「語学問題」を扱ったものは、ほとんど売れないでしょう。

ひつじ書房は業界的なしがらみがないし、語学書のジャンルで売っていこうとも、商売の根幹を支えようとも思っていないですし、少部数でも必要があれば、出版するという学術書のスタンスなので、売れない言語政策の本も出そうと思えるのかも知れません。でもまた、関連する業界に問題がある場合、直接、専門ジャンルでなくても、関わって世の中に訴えていくといういい意味でのジャーナリズムは、必要だと思っているので、今回は発信できて幸いです。もちろん、出版しただけでは全く駄目で、きちんとたくさん売って、多くの人々が議論することで、ある種の運動を起こすことにならないといけないのだけれど。

出版というもの自体が、世の中への訴え、という要素があるので、その点で、まずは発信できたことがうれしい。そういうことができるというのは、言語学の学術出版社としてよい点と言えるのではないでしょうか。


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