アメリカ言語学会(LSA annual meeting)に参加して

2011年1月11日(火)

アメリカ言語学会(LSA annual meeting)に参加して

アメリカ言語学会(LSA annual meeting)に参加して

唐突だが、まず、言えることは、アメリカ言語学会にピッツバーグまで行った意味はあった、ということである。行くことは意味がないのかどうかということを確かめるということが今回の最大の課題であった。その問いへの答えは、行く価値はある、ということ。シンプルだが、行こう行こうとずっと思ってきて、実行できずにいた。しかし、思い切って行ってみて、答えはそういうことになった。

学会としてどういう印象を受けたかと言うことから、話しを続けよう。あくまで印象である。今の段階では、整理されていない第一印象だ。今後、だんだん、整理されていくだろう。あらためて別の機会に申し上げることがあるかと思う。日本の言語学会や日本語学会などと比べて、優れているところと、あまり違いはないところとある。比べることができるということは、予想の範囲内ということだ。参加する前に心配していたほどには気にする必要はない。案外、日本、アメリカに共通する要素の方が多いのでは。問題があるとしたら、共同して直面していることがらだろう。言語学というジャンルでの学術出版の困難さは変わらないようだ。一方で、日本の言語学業界はそこそこ頑張っているとも言える。日本で言語学という学問を支える層は案外厚いのではないだろうか。

ホテルが満員になる程度には盛況であったが、総参加者数は、日本の言語学会の倍はいなかっただろう。研究者人口密度ということでいうと日本は、まだまだ捨てたものではないのではないか。

今回は、パイロット的な参加であったが、継続的に参加するのであれば、経済的に採算が取れる見込みが必要である。その際に作った本を売ることが出来るかということが重要だ。

学会として出展費・出張費に見合うだけの売り上げを上げられるかというと、これは、困難だが、乗り越えられない壁ではない。経費の100パーセントをカバーすること(商売なので本当はトントンでよいわけではありません。実際の経費の数倍の売り上げが本当は必要)を目標とすると、まずは、飛行機代を上回る売上げを確保できるかということが第一関門。これは開催場所にもよる。日本からの直行便がでている西海岸で、ディスカウントのチケットであれば、何とかなるかもしれない。今回のように直行便がなく、東海岸でミネアポリスで乗り換えて行くという場合は、飛行機代が高くなるだろう。さらに、できるだけ早い時期に予約して安価なチケットを手に入れることであろう。

持って行く本の内容については、博士論文を書籍化した本ばかりでは、たくさん売ることは難しく売上げを上げることができないだろう。独自企画の研究書が重要だ。独自企画の研究書を作れるか、ということになるが、自主的な企画を立案できる体制・体勢を作る必要がある。これは本質的な、大きな課題である。アメリカの読者に向けた書籍を作ることができるのか、ということ。

企画を立てて、受け入れてもらうためには、売ること、売れることが肝である。そのためには、認知度が必要である。何らかのかたちで継続的に情報発信を行って、そして、その広報的な情報を読んでもらうようにしなければ、ならない。ひつじ書房に関心を持ってもらう。これも企画力ということになるが、そのためには人脈的な、研究者とのネットワークが必要。

販売について今回知りたかったことの一つは、ライブラリアンの存在があるか、ということであった。アジア学会などでは、結構、関与しているということをきいていたのであるが、言語学会に関しては司書はあまり関係していないようだ。これはあくまで一回だけ参加した仮説である。今、悩んでいるのだが、アメリカアジア学会にも出てみようか。そちらは、司書も多く参加していると聞く。資料的な出版が多いからなのだろうか。歴史的な資料は、その時に研究の必要性が低くても、図書館として揃えておかなければ、ならないということもあるわけで、研究者だけではなく図書館の判断も重要になるだろう。でも、言語学はあまりそういう要素がない。

これはある意味、重要なことである。どういうことかというと、言語学はかなりマイナーな学問である、とアメリカでも、思われているのということ。売れない研究ジャンルと思われているということ。美術研究などでは、司書のチカラが強いのは、それなりに、研究の専門家以外に理解できる人がいるからだろう。しかし、言語学については存在していないのではないだろうか。これはいろいろな推測を生み出す。言語学書だけの販売のルートは確立していないのではないかということ。ケンブリッジやオックスフォードのような学術出版大手以外は、マイナー扱いなのでは。とすると学術の中でもかなりマイナーであるから、これまで一生懸命disributorを探して交渉すると、いつもつれない反応であった。そもそも大出版社以外は、言語学出版はもともとマイナーな存在なのではないか。研究者は必要とあれば、何とか既存の流れを超えて、手に入れようとするのではないか。稀覯本と同じような存在。とすれば、distributorを作らずとも、何とかなるのではないか、ということである。

つまり、言語学については世界共通の容易ならざる現実があるということ。基本的にマイナーであり、一般的に売れないと学術的なdistributorさえも思っているということ。オーストラリアの大学出版のdistributorにtoo academicと言われたし、International Specialized Book Servicesには、日本文化などのジャンルで出版した方がいいと言われたこともある。言語学はacademicなdistributorにビジネスにならないジャンルと思われているということだろう。そういうそもそも困難な状況があるのであれば、研究者の方々も自力で手に入れようとしてくださるのではないか、とすると2000部クラスは広く売っていくベースが必要なので難しいが、300部クラスのような少部数であれば欧米の出版社と対抗しても何とかなるのではないか。一方、そもそも通常のdistributorは相手にしてくれないだろうということがいえる。distributorをこつこつ探すよりも、300部クラスをきちんと売っていくことができるような経路をつくる方がいいかもしれない。

最初に述べた良い点を箇条書きにする。

1 手話言語学の発表が行われている。→日本の言語学会よりも視野が広い。日本の言語学会でほとんど手話言語学の発表がないのがおかしいと思う

2 1と関連するが手話通訳の人がいる。→このこともすごい。話しがずれるが、考えてみたら、英語通訳の人がいてもいいのかも知れない。これなど、科研費を使って、人文系の学会に英語話者の人が参加希望が出されている場合は、英語通訳をつけてもいいのではないか

3 電子学術出版についてのセッションがあるなど、学術の関連する分野の発表があったこと

4 言語学習・言語習得についてのセッションがあったこと

5 言語と人権についてのセッションがあったこと

6 言語学を学校教育の中で教えることを促進するための活動をおこなっていること

7 進行係がいないのに時間通りに進めていること

8 懇親会の会費(ドリンク券二枚)が安いこと、あるいは参加費に含まれていること

9 名札をみんなが付けていること

ブログにも書いていますので、こちらもご覧下さい。

LSA初出展記 その1 - 茗荷バレーで働く編集長兼社長からの手紙----ルネッサンス・パブリッシャー宣言、再び。




http://www.lsadc.org/

Linguistic Society of America in Pittsuburgh

(アメリカ言語学会会長が、アメリカ心理学会よりもリンクされている数が少ないと書いていたので、リンクします。)


執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。



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