学術書の刊行と助成金の必要性と研究者番号は不要であること

2008年8月12日(火)

学術書の刊行と助成金の必要性と研究者番号は不要であること

学術書の出版に際して、日本学術振興会の研究成果公開促進費の申請をすることがある。出版して、販売して、その利益でなりたたせていくこともあるけれども、学術書の性格から、助成金が必要であったり、あった方が助かるということがある。その理由は大きく言って二つある。それは以下の二つである。

1 学術書は経済規模が小さい
2 売るべき期間が長い

1 学術書は経済規模が小さい

たとえば、大手出版社の出している「新書」の場合、2万部売れないと採算が採れないとされています。仮に700円として2万部、税抜き総定価で、1400万円ということです。

一方、学術書の1000部で1冊5000円だとすると、500万円となります。新書の3分の一程度と言えます。3冊作らなければ、新書1冊分にならないということです。この経済規模の違いは、とても大きいものです。

さらに、学術書の編集者は、一般書籍よりもかなり多いページをこなします。中堅規模の出版社が、出版助成金出版を行わないのは、編集費などが回収できない危険性を勘案すると採算があわないからです。助成金が取れたとして、それで濡れ手に粟というわけではありません。

2 売るべき期間が長い

新書の場合次々と刊行されると言うことがありますので、2ヶ月程度で勝負が決まります。2ヶ月の間に2万部売る必要があり、2ヶ月で2万部売れて成功したといえるということです。これに比して、学術書の場合は、2年以上の期間をかけて売っていきますので、期間としては12倍ということになります。

経済的な規模が3分の一で期間が12倍ですので、36対1ということになります。

しかも、大手の場合、販売が確定しない委託(仮想の売上げ)であっても、委託された部数(新書であればほぼ2万部であろう)の売上げが翌月、出版社に入りますが、ひつじ書房の場合、客注(実需、実際の売上げ)であっても、翌月には7割しか入金せず、委託の場合であれば、6ヶ月後という大きな取引条件の違いがあり、学術書系新興(新興と言ってももうすぐ創業20年です)の場合は、大きな不利な条件の下で刊行していることがあります。このことは、本を作って、売れたとしても直ぐに入金されないということを意味します。もともと学術書であるから販売速度が遅いのに、取次店による不利な条件というものも加味されているので、印刷所への支払いは通常2ヶ月後ですが、それまでにはその支払いする資金はなく、借金をすることになります。助成金がきちんと2ヶ月以内に振り込まれれば、借金をしないですむということになります。

このようなことから、研究成果公開促進費の助成というものはとても重要なものです。

ところで、研究成果公開促進費の申請は、研究者番号を必要としていません。大学や研究機関に属していなくても、研究としてしっかりとしたものであれば、申請できるし、補助もされます。たとえば、市井の印刷・活字研究者の府川充男さんの「聚珍録(しゅうちんろく)」という本が、三省堂から刊行されていますが、この力作にも研究成果公開促進費の助成が交付されています。

http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/syuchinroku.html

文科系の研究・学問というものは、必ずしも研究機関に属していなくても、研究というものが行えるし、その成果を公開することにも意味があるということだと思います。

ところが、数年前から、日本学術振興会の研究成果公開促進費の申請する場合に、定職のある研究者も非常勤であっても、大学の事務を通して申請することになってしまいました。どのような理由でそのようなことが行われるようになったのかについては、わかりませんが、いわゆる「科研費」の不正の授受が行われたことが問題になったからなのかもしれないと思います。ただし、研究成果公開促進費の中で学術図書については、不正はありませんでしたので関わりのないことであったはずです。データベースについては、問題があったと聞いています。

問題だと思うのは大学の事務の側が、理系の実験などの「科研費」の扱いにはなれているが、「研究成果公開促進費」の取り扱いになれていないことによって、一部の大学の事務が、「科研費」と同じ扱いにしようとしていることです。あくまで一部の大学であるのですが、「研究成果公開促進費」の申請も研究者番号がないと申請できないと(学術振興会がそのように決めたわけではないのに)申請する研究者に事務側の都合を押しつけるということが、起きているようです。

事務を行うスタッフとして行き過ぎではないだろうか。科研費の不正使用に対する批判が高まっていてきちんと説明をしないといけないという世の中の流れは、理解できるけれども、過剰に事務的に煩雑にしてしまったり、そもそも申請資格がある人に対して、その資格がないと決めてしまうのは、行き過ぎではないだろうか。

昨年は、内定時に契約書を作る大学が多かった。それは契約書を作るようにと言うことが求められていたからだが、「どんなに余分に経費がかかっても、そのかかった経費を支払わない」という文面の契約書に署名するということは、契約として問題があったのだろう。下請けいじめになり、対等な契約にならない文面を作成することになるので法律的に問題があったのではないかと思っています。昨年はほとんどの機関とこのような内容の契約書を交わしたが、ことしは、3件になった。仕組みが変わるときには混乱や過剰な対応があるということは、仕方のないことであるけれども、資格がある人に資格がないと言ってしまうのは、あまりにも行き過ぎではないだろうか。


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