方言会話の可能性
少し時間が経ってしまいましたが、『生活を伝える方言会話[資料編・分析編]—宮城県気仙沼市・名取市方言』が先月刊行となりました。
本書はB5判の判型と少し大きめで、書名のとおり資料編と分析編の2冊セット(函入り!)となっています。
資料編は、東北大学方言研究センターが2013年度から2016年度まで宮城県の気仙沼市と名取市で収録した方言会話の書き起こしがメインです。
「東日本大震災によって東北の被災地では地域コミュニティが崩壊し、多くの人々が他地域へと避難した。共通語化に加え、こうした震災の影響が、そこで話される方言の衰退を加速させることにもなるであろう。そのような中で、被災地の方言を記録し継承していくためには、いかなる取り組みを行えばよいか。」(資料編p. 3より)
このような思いから企画された取り組みのひとつが方言会話の記録であり、本書はその集大成といえるものです。
この方言会話資料の最大の特徴は、具体的な場面設定のもとで収録された会話で構成されているという点です。
話者が自由に話をする会話と異なり、この「場面設定会話」ではある特定の場面が設定されていて、話者はその場面にふさわしい会話を行います。
収録場面数はなんと145場面。
もちろん、この「場面」は適当に設定されているわけではなく、資料として現実の会話のさまざまな要素を網羅するために体系的に構築されています。
すなわち、「言語行動の目的に沿った場面設定」がおこなわれているのですが…、詳しくは、資料編の「解説」部分をぜひご覧ください。
わたしのお気に入りの場面は、「猫を追い払う」という場面です。
場面の指定にはこうあります。
「AとBは夫婦です。ふと縁側を見ると、野良猫が干してあった魚をとろうとしています。Aはそれに気づき、慌てて猫を追い払います。Bは騒々しい音を聞きつけ、何事が起こったかとAに尋ねます。そのときのやりとりを実演してみてください。」
「猫をかわいがる」ではなく「猫を追い払う」というのがいいですね。
田舎のおばあちゃんが「しっしっ!!」と言って猫を追い払っていたのを思い出しました。
「町内会費の値上げをもちかける」という場面もあります。
これはなかなか深刻な場面です。
もちかけられる方は、「同意する」と「同意しない」の選択があるので、同意した場合と同意しない場合のそれぞれの会話が収録されています。
このように、場面を眺めているだけでも面白い資料集です。
書籍ページに目次を載せているので、どんな場面があるかチェックしてみてください。
http://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-984-7.htm
もう1冊の分析編は、方言会話資料の会話を分析・考察した論文集となっています。
「音韻・音調」「文法」「語彙」「言語行動・談話」「方法」の5つのテーマに分かれた、17編の論文が収められています。
それぞれが気仙沼市や名取市の方言についての優れた論文であるとともに、方言会話資料へのアプローチの試みの成果でもあります。
言い忘れていましたが、資料編には会話資料のCD-ROMが付属しています。
気仙沼・名取それぞれの全ての場面の会話音声とテキストデータが付いていますので、研究に役立てていただければと思います。
このように充実した資料・分析集となっていますので、ぜひぜひ大学の図書館に、研究室に、1冊入れていただければ嬉しいです。
他地域でも同様の方言会話資料を作成したり、様々な分析に活用したりと、今後の可能性を秘めた1冊であると思います。
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