公正取引委員会に送ったパブリックコメント

http://www.jftc.admix.go.jp/introduction/p-comment.html
意見提出手続(パブリック・コメント)実施一覧
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価値の創造に対応して取引されることを望みます

私は、ひつじ書房という言語学の専門書を刊行している出版社を営んでいるものです。再販制度改革へのパブリックコメントということですが、日頃思っていることを、少数派の意見だと思いますので、公開で投稿できる機会を設けて下さっているということなので、せっかくの機会ですので、お伝えしたいと思います。

私は、狭い意味での再販制の硬直的なあり方には疑問を感じています。

狭い意味と申しましたのは、「値段は全国どこでも同一の値段であることがよい」という言い方が、ありますが、これはおかしいと思います。私にとっての再販制は、ものを作っているものが、最初に値段を提案するということです。このことについては、読者がかならずしも本を作るときのコストなどを完全に把握しているわけではない、という現状の中では、必要なことだと思っています。ただし、私はこれは目安であって、最終的にはお客さんと直接接している方々の商売上の良心を信じたいと思っています。自らの首をしめるようなことはしないはずだと思っています。

その上で、値段についての根本的な考えを申し述べたいと思います。

利用する人や場所によって、価値がことなるとしたら、その価値にあわせて、対価と呼ばれるものを調整することは妥当なことだと思います。たとえば、10人の人が一緒に読む場合、10人の人が回し読みをするばあいは、1冊の本を1人が読む場合とでは、読んだことにとって生み出される価値が異なっていると思います。仮に10倍の価値を生み出しうるのであれば、それは10倍の値段であっても構わないと思います。需要なのは価値を創出する機会とあわせることだと思います。

そうなければ、図書館で自由に本を読むということが難しくなると思います。複数の人が共有して読むということも、ありえるわけですから、そのことを拒否することをしないのであれば、それは複数の価値に対応した値段であるべきだと思います。

さらに、その本の創出される価値は、読み手によってもことなります。同じ材木であっても、熟練した職人であれば、その木の価値を十分に引き出せるでしょうし、そうではない素人であれば、それは困難です。

非常に良質の材木であって、それにさらに付加価値を付けることのできる職人であれば、その材木を買い、さらに作品を売りさばくことができるでしょうが、素人であれば、買っても価値を新たにつけ加えることができませんから、その良質な木材を買うことをしないでしょう。

我々が刊行している言語学の専門書の場合の例をあげましょう。高度な専門書の場合、その本を使って、自分の論文をすぐに書くことのできる非常に少数の人、内容が自分の研究の役に立つものの、すぐに自分の論文に応用できるわけではない人、いくつかある研究の中の素養として学ばなければならない博士課程の大学院生、その学説が一定の評価を得た後で、新しい研究の成果として学習する修士課程の大学院生、その本がさらに日が経ち、古典となり古典として読む学生。これらのそれぞれにとって、その本の創出する価値は異なります。

すぐに自分の研究に活かして、自分の論文を生産できる人には、その本は必須のものであり、研究・生活の糧であるとも言えます。そのような人には、場合によっては高価であっても良いのかもしれません。たとえば、20000円とか。院生には10000円、学部の学生なら3000円が妥当な値段かもしれません。

私は、その本がその人にとってどんな価値を創出できるかに比例してもいいと思います。これをすべてを3000円で公開しろということになれば、それは実際には出版が不可能になってしまいます。

私は、本の値段は価値の創出と連動したものであるべきだと思っています。価値の創出と無縁に、同一の値段ということは、硬直した考えだと思いますし、価値の創出にかかわらず誰にとっても同一の値段というものは、たぶん、どんな人にも同一の価値創出する内容のもの、娯楽性の高い、安価な大量消費に向いた内容のものだと思います。

少部数しか刊行できない専門書の場合、価値の創造と連動させて、いく必要があると思っています。300部しか刊行できないような本の場合、図書館でコピーされてしまうのは決定的な打撃を受けます。それについては、図書館などでは、個人が購入したときとはことなったライセンスの処理が必要だと考えています。そうでなければ、生きていくことができないからです。大手の出版社の人々が、そのような考えは、再販制をないがしろにするものだというかもしれませんが、価値の創造、あるいはライセンスの数などの条件の違いに連動することこそが、価値ある本を作り、それを知の再生産に役立ちうる本を作る土台だと思います。

硬直した再販制は、マスプロダクトとマスセールスに適したものであり、柔軟な取引の方法こそが、少部数の、専門的な、研究書にとっては必要な方法だと思っています。

ひつじ書房 代表取締役 松本 功