外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか|第3回 これからしなければならないこと|田尻英三

◎このウエブマガジンでは、一々資料を引用しながらコメントを付しているという書き方をしています。読むほうからすれば煩わしいとお感じかもしれませんが、それには理由があります。もし仮に私のコメントのみを列挙すると、言われた関係者は「それは思い込みです」という反応をする可能性があります。また、日本語教育関係者は原文を読まない方も多いということを実感として持っています。それらを避けるために、面倒ですが一々必要な個所を引用してコメントを付すというスタイルを取っています。単なる思い付きで批評をしている訳ではありませんので、ご理解ください。

第2回の最後の箇所で触れた内容を変更します。それは、このままでは外国人労働者受け入れに、日本語教育にも目配りしているという政府の方針の「アリバイ作り」にだけ使われかねないと感じているからです。「骨太の方針」と「未来戦略」が公表されたあと、政府の動きとしては7月24日に第1回が開かれた「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」が最も大きなものです。日本語教育学会のホームページにもこの情報は載っていますが、会議の趣旨を説明した長い1文と議事録には言及がありません。この会議の趣旨は「一定の専門性・技能を有する新たな外国人材の受入れ及び我が国で生活する外国人との共生社会の実現に向けた環境整備について、関係行政機関の緊密な連携の下、政府一体となって総合的な検討」を行うための会議だということです。田尻は「受入れ」という表記や「共生」という用語は使いませんが(この点についてはひつじ書房から出版した本を見てください)、相変わらず「一定の」という曖昧な表現を使いながらも、外国人労働者の受け入れ方針と在留資格の両方に触れている点は重要です。議事録によると、上川法務大臣の発言として、「この検討の方向性は」「中間的な整理を行った」もので、「ここに盛り込まれていないものも含め、取組の拡充や具体化を進める」ものなので、今後とも受け入れ方針は拡大していくものと予想されます。そのためにも、日本語教育関係者として、できるだけ早い動きをしなければならないと考えています。

この関係閣僚会議議長決定により、関係閣僚会議幹事会が開かれました。この幹事会は、議長が事務方の内閣官房副長官であることからわかるように、関係各府省の事務方が進めて行きます。ここでも、強い官邸主導による施策作りが進められることになっています。

まず、「基本方針」に触れます。

①「人手不足の深刻化を踏まえ」、「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人」労働者の「就労を目的とする新たな在留資格」の創設や受け入れ拡大を進めることとなった。

②「外国人の人権が護られ」「日本社会の一員として円滑に生活できるように」、「多言語での生活相談の対応、日本語教育の充実」などの取り組みを強化する。

③法務省が「外国人の受入れ環境の整備に関する企画及び立案並びに総合調整を行」い、「その司令塔的機能の下」関係府省が連携する。

ここでわかるように、日本語教育は②に関わり、多言語対応に続くものとして位置付けられています。あえて揚げ足を取れば、政府は外国人に対しては多言語対応が先だということになります。また、安田敏朗さんの「『やさしい日本語』の批判的検討」(『「やさしい日本語」は何を目指すか』所収、庵・イ・森編、2013年、ココ出版)には、「やさしい日本語」には「上から目線」が感じられるという指摘があります。
日本に住む外国人にはどのような場合に、多言語対応か、日本語習得支援か、「やさしい日本語」の使用を勧めるのかを考える時期に来ていると思います。

次に、事務分担に触れます。

・法務省・内閣官房…関係閣僚会議開催、総合調整等

・総務省…地方公共団体の多文化共生に関する情報提供と協力

・外務省…海外における日本語教育充実に関する情報提供と協力

・文部科学省…国内における日本語教育の充実や外国人の子どもの教育に関する情報提供と協力

・厚生労働省…外国人への医療・保健・福祉サービスの提供、労働環境の改善、社会保障の加入促進等の情報の提供と協力

文部科学省の項で、日本語教育と外国人の子どもの教育を分けて扱っている点に注目すべきと思われます。以下で扱う総合的対応策でも、同様です。

次に、この会議に提出された「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(検討の方向性)(案)」(以下、「対応策」と略称)で、田尻が問題と思っている点を中心に述べます。

田尻の意見は、★を付けて明示します。

1 はじめに

就労を目的とする新たな在留資格の創設、外国人との共生社会の実現に向けた環境整備とそれに対する日本人側の理解・協力、「生活者としての外国人」に関する総合的対応策の抜本的な見直し

★「外国人との共生社会の実現」のイメージが持てません。かつて、総務省が中心となって進めた「多文化共生」などの施策を指しているとすれば、それは現在では状況が変わっていてそのままでは使えません。結局、新たな在留資格の創設以外は、これからの取り組み次第ということでしょう。

3 生活者としての外国人に対する支援

(1)円滑なコミュニケーションの実現

「外国人が社会から排除されること等のないよう、外国人に対する日本語教育の取組み」の大幅な拡充、「外国語による情報・サービスの提供」などでのコミュニケーション環境の整備

★外国人に対しては、日本語教育と多言語対応の二本立てで対応する点に注目してください。どのような人には日本語習得支援をし、どのような人にはできる限りの母語対応をするのかの目標は、この「対応策」には出てきません。

①日本語教育の充実、日本語教育機関の適正な管理及び質の向上

〇「生活等に必要な日本語能力」の習得、地方公共団体の「取り組みやすい」環境の整備、全国各地の取り組みの支援

★文化庁などで生活に必要な日本語教育のシラバスは作られていますが、「生活等に必要な日本語能力」については、何もわかっていません。各地域の日本語ボランティアと地方公共団体との関係もはっきりすべきです。

〇日本語教室の空白地域の解消、日本語教室の設置困難地域へのICT教材の開発

★ICT教材を開発・提供しても、現場で使いこなせるかどうかは疑問です。最低限の支援者派遣は必要です。

 〇日本語教師養成・研修プログラムの改善、日本語教師のスキルを証明する資格の整備

この二つの点は、日本語教師の自立に関わる最も大きなものです。現場の声を聞きながら、ぜひとも成立させてほしいと思っています。

 〇関係府省・関係機関の連携で日本語教育を総合的に推進する会議の開催

★来年度の予算成立を見込んで、既にこの会議体の構想は進んでいると思われますが、ぜひとも日本語教育関係者をメンバーに入れるか、関係者の意見を聞く場を設定するかをしてほしいと強く願っています。外国人労働者の受け入れの方向性を強調するだけで、受け入れ態勢の充実をないがしろにしてはいけません。

 〇日本語教育機関の評価等の仕組みの検討

★2018年5月に法務省入国管理局が「日本語教育機関の告示基準の一部改正について」を出し、年間の授業時間や校長の兼務について規定しました。この改正は7月26日に公表され、10月から運用開始となっています。既に、日本語教育機関についての評価は始まっています。

②行政・生活情報の多言語化、相談体制の整備

 ★この項は、「より多くの言語による情報提供」「多言語対応」「できる限り、母国語(田尻注:母語とすべき)による情報提供」が可能になるような環境整備、「多言語による『生活・就労ガイドブック(仮)』を政府横断的に作成」「多言語情報サービス」等々、外国人への多言語対応の必要性を説いています。このような内容については、「やさしい日本語」では対応できないと考えているのでしょう。

(2)暮らしやすい地域社会づくり

①地域における多文化共生の取り組みの促進・支援

〇「地域における多文化共生推進プラン」を通じて地方公共団体の多文化共生の促進

★上に述べたように、多文化共生プランは2006年に作られたもので、現在では実態に合わないものが多いので、これを前提に施策作りをすべきではないと考えます。

〇在外公館等において元留学生など「在外親日外国人」への広報

★なぜ、わざわざ「親日」という用語を使うのでしょうか。そこには、私の過去の経験から批判的な発言をする元留学生を排除するという意図が見えます。「批判的」でも「協力的」な留学生は多くいます。

〇「各地域において外国人の支援に携わる人材・団体(外国人支援者)の育成を図る」

★どのような機関・団体が主体的に取り組むのかが不明確な表現です。ここではボランティアの育成を言っているのでしょうが、私は地方公共団体が積極的に育成に取り組むべきと考えます。

②医療・保健・福祉サービスの提供

キャッシュレス決済による医療費の支払い、結核スクリーニング

★既に、マスコミでは外国人患者の医療費未払いや来日する結核患者の増加などのニュースが流れています。それらへの対抗策と考えられますが、各国におけるキャッシュカードの多様性や人権などを考えると、慎重な対応が望まれます。

④防災対策等の充実

「災害時外国人支援情報コーディネーター」の育成研修を本年度から実施

★既に総務省では、2017年5月31日から「災害時外国人支援情報コーディネーター制度に関する検討会」を開き、2018年3月27日には報告書を出しています。この検討会は、かつて総務省で多文化共生施策推進のリーダー的存在であった明治大学の山脇啓造さんが座長を務めています。報告書によると、このコーディネーターは地方公共団体の職員・地域国際協会や市区町村の国際交流協会の職員が担い、連携先は行政・地域国際化協会・多文化共生マネージャー・NPO・社会福祉協議会を想定しています。以前からの総務省の動きの一環と言えます。ただ、消防庁は、災害時には弘前大学の社会言語学研究室の「やさしい日本語」の活用を目指していて(消防庁「外国人来訪者が利用する施設における避難誘導のあり方に関する検討部会」の報告書・ガイドライン・「ガイドライン」の手引き等参照、2018年1月30日)、同じ総務省の中でも方向性が一致していません。

(3)子どもの教育の充実

①共生社会実現に向けた外国人児童生徒の教育の充実

〇日本語指導に必要な教員定数の確保

★日本語指導についての教員免許上の規定はないので、実際には教員免許状取得者への日本語指導の研修ということになります。この場合、必要な教員定数の確保とは、日本語指導を志す教員の確保と、その教員への研修という2段階を経なければなりません。教育現場で、どのような教員採用が行われているかを田尻は知りません。

〇教育委員会や大学での研修のための「モデルプログラム」の開発・普及

★文化庁の2018年度予算で「日本語教育人材養成・研修カリキュラム等開発事業」では「日本語教師【初任】児童生徒等に対する研修」が組まれていましたが、採択団体にはこの枠の採択はありませんでした。今後どのような団体が採択され、どのような研修が行われるかは次年度以降の状況を見なければわかりません。

〇日本語指導補助者や母語支援員などの指導体制の構築、きめ細かな就学指導や充実した日本語指導実施のための多言語翻訳システム等の活用の支援

 ★「充実した日本語指導実施のため」には、日本語指導カリキュラム等の開発ではなくて、「多言語翻訳システム」の活用ということです。この会議では、充実した日本語指導は、日本語教育ではできないと考えているのでしょうか。この対応策についての日本語教育関係者からの意見は、まだ出ていません。

〇夜間中学の教育活動施策の推進

★ぜひとも進めていただきたい施策です。

〇NPO法人や高校等が関係団体と連携して外国人高校生等に対してのキャリア教育をはじめとした包括的な支援策の検討

やっと外国人高校生に対する対応策が出てきました。ただ、「キャリア教育をはじめとした」というのは、就職を前提とした指導のように見えます。ぜひとも進学についての対応策も示してほしいと願っています。

4 外国人材の受け入れに向けた取り組み

(1)新たな外国人材の受け入れ制度の実施に向けた取り組み

①受け入れ企業又は登録支援機関が行う支援の具体化

★この項の説明の中に、「生活のための日本語指導」というのがありますが、この指導ができるのはどのような人を想定しているのか不明です。はたして、日本語教師の有資格者が選ばれるのでしょうか。この点についても、日本語教育関係者の発言が必要です。

③新たな外国人材の円滑な受け入れの促進

新制度で受け入れる外国人材の技能水準を評価・確認する試験制度を整備

★「試験制度を整備」というのは、従来の技能試験を利用するのか、新しく作り直すのか、不明です。これは、新制度で受け入れる外国人材の在留期間にも関係する大事な点です。

(2)海外における日本語教育の充実

日本での就業を目的とする日本語教育を拡充し、日本での就業に必要な日本語能力を確認・担保し得るテストの用意など、新たな日本語教育事業の展開

〇 日本国内での生活・就労に必要な日本語能力を外国語能力判定の国際基準を踏まえ確認できる能力判定テストを改訂

日本で生活する日本語能力と就労する日本語能力は、同じではありません。「外国語能力判定の国際基準」とはCEFRを指すのでしょうが、「踏まえて」とはどのように利用するのか不明です。「能力判定テスト」を「改訂」すると言っていますが、「改訂」するような日本語能力試験はありません。この箇所は、日本語教育の現状を理解している方針とは全く思えません。日本語教育関係者は、現状を説明したうえでの意見表明をすべきと考えます。

〇 能力判定テストの受検者・合格者を増やすための成人教育を念頭においたカリキュラムと教材を開発する

「成人教育」の意味はよくわかりません。が、要するに、テストはするが、多くの合格者を出して人手不足に対応したいという意図が明瞭に表れた箇所です。このままでは、テストの妥当性はなくなります。

〇 現地語を使いながら教えることができる現地教師の確保・拡大が不可欠で、日本から派遣する日本語教育専門家を拡大し、受け入れる外国人材の規模に見合う現地教師の育成を進める

★派遣日本語教師枠の拡大は賛成ですが、外国での日本語教育の規模を日本に受け入れる外国人労働者の規模を前提するという、外国での日本語教育の中身まで踏み込んだ記述です。外国での日本語教育は、日本への労働者派遣のためのものではありません。外国の日本語教育関係者の反発が予想されます。

〇 外国人材が日本語を学ぶ場を増やすために、日本語教師の給与助成など各国の日本語教育機関活動の支援拡大と共に、日本語ネイティブ教師を養成し、教育機関に派遣する

★前半が外国の日本語教師の給与助成という意味なら、それが可能かどうか検討すべきです。企画や教材の助成なら可能でしょう。後半は、すぐ上の項目と矛盾する内容です。日本語教師の経済的自立のための資格認定が社会的に認知されることが、まず第一に図られるべきです。

〇 東南アジアに加え、将来にわたって外国人材の受け入れが可能となるよう、より多くの国での日本語教育基盤の強化

★多くの国での日本語教育基盤の強化は大賛成ですが、外国人労働者受け入れ枠の拡大を目的とすべきではありません。これは、日本の経済安定のためだけの身勝手な言い方です。

6 新たな在留管理体制の構築

(1)在留管理手続きの円滑化・迅速化

(2)在留管理基盤の強化

(3)不法滞在者等への対策強化

★いずれも法務省がリードして作成される施策としては、予想される内容です。1~5までと異なり、この6は、受け入れ拡大と管理強化の両面を意図していて、運営上どちらが重視されるかは注目していく必要があります。

◎このような方向性を持った報告を受けて、どのような概算要求が作られたかを次に見ていきます。また、すでに法務省の中には、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策検討会」も出来ていますので、この検討会についても次回で扱います。

 

 

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