外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか|第1回 今までしてこなかったこと|田尻英三

 

2018年6月5日の内閣府経済財政諮問会議に、「経済財政運営と改革の基本方針2018(仮称)(原案)」(以下では、「骨太の方針2018」と略称)が示されて、外国人労働者の受け入れ方針が大きく変わりました。以下では、それらの施策の説明と、その時にしてこなかった日本語教育に関わる大事なことと田尻が考えていることを書きます。

8月のお盆のころには、テレビなどで第二次世界大戦時のことを扱う番組が増えています。

しかし、それらは過去のことでしょうか。現在の日本の国境の中の地域に限定しても、そこに住んでいる人たちの中に、自分の言語を奪われた歴史がありました。そのことを忘れて、これからの日本語教育の方向を語ってはいけないと考えます。

最初に、現在まできちんとした言語政策を取ってこなかった、日本国という現在の地域内に限っての外国人に関する大きな三つの歴史的トピックを扱います。

第一は、現在の日本の地域の先住民族としてのアイヌ人です。特に、幕藩期以降アイヌ語を使う生活は奪われ、日本文化や日本語への同化が強いられてきました。この間、アイヌ文化やアイヌ語の保持という動きはありませんでした。やっとアイヌ民族が先住民族であることを衆参両院で決議したのは、2008年6月6日のことです。

第二は、在日コリアンです。1910年の韓国併合(「日韓併合」ではありません。日本が一方的に韓国を併合しました)で日本人となり、1947年5月2日の「外国人登録令」で、台湾人と共に外国人となりました。この在日コリアンに対して、バイリンガル教育や母語保証という動きはありませんでした。今でも、在日コリアンのお年寄りへの識字教育は夜間中学で続けられています。日本国内の朝鮮学校の就学支援金打ち切り反対の活動も続けられています。

第三は、奄美・沖縄地域の言語(言語学的には「琉球語」として日本語とは別の言語です)を多くの日本語の研究者は日本国内の方言の一つ(「琉球方言」)として扱い、日本語への同化を当然のこととしてきました。沖縄県の方々は在日コリアンと共に、ヘイトスピーチの対象となっています。

これら三つのトピックは、日本在留の外国人への日本語教育施策として、日本語への同化を強いたまま、その歴史を忘れたかのように現在に至っていることを示しています。

これと同じ流れとしての問題点を象徴的に表すものが、1989年の入管法改正です。日系人というだけで、日本語習得支援の体制を作らないまま受け入れを進めました。当時、なぜ日系人に対する日本語習得支援の動きが、日本語教育関係者の間には起こらなかったのでしょうか。現在に至るまで、日系人への日本語習得は国の施策ではなく、ボランティアにまかされています。

また、1981年3月2日第1回残留孤児訪日調査団に始まり、その後日本に帰国した残留邦人への日本語習得支援の活動も同様で、担当者の努力にかかわらず、残念ながら十分な体制で受け入れることができなかったため、残留邦人とその家族が日本社会で生きていくためには多くの問題が残ったままです。

このブログではこれ以上これらの点について詳しいことは書く余裕がありませんので、上に述べたような問題意識を持って、一気に現在の問題に触れます。この数年の動きについては、2018年7月1日の日本語教育学会九州沖縄支部集会ワークショップの資料として参加者にはアクセスできるようにしています。このブログの読者でこの資料入手希望の方には、追って入手方法をお知らせします。この「ワークショップ資料テーマ別過去5年分」と「『外国人労働者受け入れと日本語教育』以降の日本語教育施策と関連情報」は、A4版で26枚の大部の資料です。今後の日本語教育施策の流れを見る上で必要な資料と思いますので、ぜひ見ておいてください。

以下には、そのワークショップの資料に漏れたものを列挙します。

〇「介養協News29 No3」(2018年1月17日。介養協とは、日本介護福祉士養成施設協会のことです)に、2017年の入学者数が出ています。施設数396、入学定員15,891人で、入学者は7,258人で定員充足率は45.7%です。そのうち留学生は591人で、8.1%を占めます。2013年は0.2%でしたらから、大幅な増加です。ただ、施設の定員充足率は、半数を割っています。一方で、2018年3月26日の卒業生進路調査では、在籍数302人のうち卒業したのは48人だけです。厚生労働省は、この介護福祉士養成施設に奨学金を出すようにしました。

つまり、養成施設の半数以上は定員割れを起こしており、それを外国人留学生で埋めようとする動きが出ています。かつての地方の私立大学で行われたのと同じ傾向です。一方で、入学した留学生の日本語能力では単位取得が難しいために、卒業生が少なくなっていると考えています。これらの施設で日本語教育に関わってきた人たちは、この状況に問題を感じないのでしょうか。

〇5月16日に法務省入国管理局と厚生労働省海外人材・技能実習機構の連名で、「東京電力福島第一原子力発電所における技能実習の取扱いについて」を出して、技能実習生が原子炉の廃炉の仕事に就くことは適当でないとしています。これは、当然のことです。むしろ、大企業がこのようなことを始めたことに危機感を強めています。技能実習生の就業状況は、改善されていません。日本語教育の世界では、技能実習生の日本語教育に関わる人は少数です。

〇2018年2月20日の経済財政諮問会議での総理からの以下の指示。

・安倍政権としては、いわゆる移民政策をとる考えはない。

・深刻な人手不足が生じている。

・専門的・技術的な外国人受け入れ制度を早急に検討する必要がある。

・在留期間の上限を設定し、家族の帯同は基本的に認めない条件下で、真に必要な分野に着目しつつ検討を進め、今夏に方向性を示したい。

・菅官房長官・上川法務大臣が関係官庁の協力を得て、検討する。

この指示は、半年程度の間に新しい外国人労働者受け入れの制度を官房長官と法務大臣で作るという、最初から性急なプランでした。この「指示」に沿って、これ以降外国人労働者の受け入れが大きな方向転換をします。この指示に沿って、日本語教育の役割も大きく変わっていきますが、それに対する日本語教育関係者の動きはほとんどありません。

〇2018年2月23日に、内閣官房に「専門的・技術的分野における外国人材受け入れに関するタスクフォース」が設置されました。この会議は、8回の幹事会と2回の会議で、早くも5月29日に結論を出しました。しかも、第1回の会議の議長は内閣官房副長官補で、内閣官房を中心として法務省を巻き込で進められたと考えられます。ここでも内閣官房主導で動いていて、関係官庁での検討はほとんどなされていません。

・新たな在留資格を創設。

日本語能力水準については、N4を原則としつつ受け入れ業種毎に定める。

技能実習(3年)を修了した者は、上記試験を免除する。

原則として家族の帯同を認めず、在留期間は通算で5年。

現時点では、どのような在留資格名で、どのように運用されるかはわかっていません。N4という枠を外し、技能実習生が継続的に就業できるにも拘らず家族帯同は認めていない

このシステムは、日本語教育にも大きく関わってきます。日本政府が必要と考える技能生習生受け入れ拡大の動きだからです。仮に、家族帯同を許可した場合は、当然その家族に対する日本語習得支援をセットとしたシステム作りをする必要があります。この点についても、日本語教育関係者から問題を指摘する声は上がっていません。

〇2018年3月28日に成立した2018年度予算のうち、農林水産省経営局就農・女性課では

「農業支援外国人適正受入ママサポート事業」を始めています。これにより、国家戦略特別区域制度で創設された農業支援外国人受け入れのための相談窓口などの設置や「グローバル農業技術評価試験」作成補助などが決められました。なお、2月6日に内閣府・法務省・厚生労働省・農林水産省の連名で、「国家戦略特別区域法第16条の5に規定する『国家戦略特別区域農業支援外国人受入事業』に係る解釈」が出され、受け入れ要件として、農作業1年、耕種農業2年10か月、畜産2年10か月の経験となり、必要な日本語能力は「農業支援活動に必要な」ものという曖昧なものとなっています。この制度では、農閑期は帰国でき、通算3年の在留期間です。当初、農業支援外国人は、大学で農業を学んだ者等という高度人材を想定した方向性でしたが、ここでもなし崩し的に受け入れ枠のハードルを下げています。日本語教育関係者は、農業関係者と協働して、農業支援活動に必要な日本語能力の枠組みを示すことができるはずです。

〇2018年5月25日農林水産省公表の『平成29年度 水産白書』の「『水産基本計画』の概要2017」に、「遠洋漁業における外国人労働力」(マルシップ方式と呼ばれています)があり、2017年12月現在4,593人の外国人漁船員が日本漁船に乗り込んで働いていることがわかります。遠洋漁業での海難事故で、多くの外国人漁船員が犠牲になっています。船の上での日本人とのコミュニケーションの実態や、事故後の保証などは新聞記事になりません。この点については、日本語教育関係者は関心すら持っていないように感じています。

〇2018年5月29日の静岡新聞に「外国人集住都市会議 6市脱退」という記事が出ています。脱退したのは、磐田市(幹事会所属)・掛川市・菊川市・袋井市・富士市・湖西市で、脱退理由は「一定の役割を果たした」や「費用対効果」が挙げられています。

静岡県は浜松市だけとなり、集住都市会議は国の外国人受け入れ施策とは逆の動きをしています。地域の現場での実態は、変わろうとしているのでしょうか。日本語教育が盛んな地域だけに、日本語教育関係者は何らかの報告をしてほしいものです。

〇2018年6月5日の防衛省のTwitterに「日本語教育に関する教育環境整備支援」という項目がありました。これは、2018年4月2日から2019年3月31日にミャンマー国軍士官学校外国語学部日本語学科に対する支援で、東京ギャラクシー日本語学校から2人派遣されています。これは、2013年12月17日に閣議決定された「国家安全保障戦略について」に基づいており、「情報発信の強化」の中の「世界における日本語教育の普及」に依っています。防衛省が日本語教育の普及に関心を持っていることは、田尻には驚きでした。予算のことを考えるとこの動きが拡大するとは思えませんが、今後も注視して行かなければいけません。

〇2017年9月22日に始まった規制改革推進会議の「保育・雇用ワーキングクループ」の会合は、2018年3月28日から留学生・高度人材の就職というテーマを扱うことになり、3月28日の第10回には日本語教育関係者として遠藤織枝さんと神吉宇一さんが参加したヒアリングがありました。この第10回については、日本語教育学会のホームページに「追加情報」として、5月25日に載せられています。

2018年6月4日の規制改革推進会議で、「規制改革推進に関する第3次答申」が示されました。以下に、この答申の中の「保育・雇用分野」での日本語教育関係の項目を挙げます。これに関しては、日本語教育学会のホームページに一部が載せられています。

・日本で学ぶ留学生の就職率向上(5割が目標)。高度人材ポイント制の拡大。

・就労のための日本語能力の強化(ビジネス日本語能力の強化)。日本語教師の養成・研修の仕組みを改善し、日本語教師のスキルを証明する資格の整備。

日本語教師養成や研修をするカリキュラムのチェックに伴い、日本語教師の資格の整備

(田尻は資格としては名称独占を目指すべきと考えています)が行われれば、民間の養成講座だけではなく大学の養成カリキュラムも見直す必要がでてくると考えます。大学で日本語教師養成に関わっている人たちは、今のところ何の声も上げていません。これはむしろ、田尻にとっては不思議なことです。

〇2018年6月9日の経済財政諮問会議で、タスクフォースで決まった案を法務大臣が報告し、茂木大臣が閣議後の記者会見で総理から閣議決定に向けて尽力してほしいという発言があったという報告をしました。経済産業省製造産業局の「製造業における外国人材受け入れに向けた説明会」での資料には、「『骨太の方針2018』に新たな外国人材の受け入れに関する事項を明記」と踏み込んだ書き方をしています。全体の動きを待ちきれないように、経済産業省が説明会を開いています。もうこの動きは止めようがないように進められています。今すぐ、日本語教育関係者は、声を上げるべきです。

◎「骨太の方針2018」が決まるまでだけでも、これだけの動きがありました。2018年6月15日の経済財政諮問会議と未来投資会議の合同会議で「骨太の方針2018」と「未来投資戦略2018」が決まり、上記のタスクフォースの案が盛り込まれてしまいました。なぜか、この情報は日本語教育学会のホームページには出てきません。この動きに対して、今、日本語教育関係者は何を考え、何をしなければいけないかを(2)で述べます。

 

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