「東」と書いて、「つま」と読む。どこぞの世紀末主人公にならって、「お前のような訓があるか」とツッコミたいところです。霧島神社(注1)から見て、東の端(注2)に位置することが、「東霧島」という名前および漢字表記の由来でしょう。
東霧島神社には、車の免許を持っていないこともあって、JRで来ました。同神社最寄りの東高崎駅に停まる電車は少なく、無計画に動くと、帰りの電車を数時間待たねばなりません (同駅時刻表。ただし、来訪時のものとは異なる)。冒頭画像の電車は自分が乗るものではなく、復路の発車時刻も把握してはいるのですが、本数が少ないので、いささか不安になります。
1 前回の復習
前回は、薩摩弁が日本語一般と文法的要素 (= 発話構成素の配列ないし作り方) を多々共有していることを説きました。日本語一般に似た方言であるという事実は、人目を引くものではありませんが、日本語方言の多くはこうした基本情報すら欠いているのです。
2 薩摩弁の語彙
薩摩弁は語彙(注3)の面でもあきらかに日本語の一種です。次のとおり、(1) 身体部位、(2) 親族、(3) 数などを指す基礎語は、語形こそ少々違えていますが、他方言にも共有されています (語音調を見る目的から、(1–3) には、文の主題を示す /-wa/ ないし /-a/ を付けた語形を挙げています)(注4)。
(1) | 体は | 髪の毛は | 目は | 鼻は |
薩摩弁: | から➚だ➘わ | かんのけ➚わ | め➚わ | は➚な➘わ |
karada1-wa | kan2-no#ke1-wa | me2-wa | hana1-wa | |
共通語: | か➚らだわ | かみの➘けわ | め➘わ | は➚なわ |
karada'-wa(注5) | ka'mi-'no ke-wa | 'me-wa | hana'-wa |
耳は | 口は | 肩は | 手は | 足は | |
薩摩弁: | みん➚な | く➘ちゃ | かた➚わ | て➚わ | あ➚しゃ |
min2-wa | kut;i1-a | kata2-wa | te2-wa | as;i2-a | |
共通語: | み➚み➘わ | く➚ちわ | か➘たわ | て➘わ | あ➚し➘わ |
mi'mi-wa | kuti'-wa | 'kata-wa | 'te-wa | a'si-wa |
* 以下、語音調は次掲 (イ) のように略記します。語音調規則を踏まえれば、(イ1) は (イ2) から復元できるためです。
(イ) | 薩摩弁 | 薩摩弁 | 共通語 | |||
1. | … 〇➚〇➘〇 | から➚だ➘わ | … 〇➚〇 | め➚わ | 〇➚〇 … | か➚らだわ |
2. | … 〇〇➘〇 | からだ➘わ | … 〇〇 | めわ | 〇〇 … | からだわ |
(2) | 親は | 親爺さんは | 父ちゃんは | 母さんは |
薩摩弁: | おやわ | おやっどんな | とーちゃん➘な | かかどん➘な |
oja2-wa | ojad2-don-wa | to1-tjan-wa | ka1-ka1-don-wa | |
共通語: | おや➘わ | おやじさんわ | と➘ーちゃんわ | か➘ーさんわ |
o'ja-wa | ojazi'-san-wa | 'to-tjan-wa | 'ka-san-wa |
母ちゃんは | 子供は | 兄さんは | 兄ちゃんは | |
薩摩弁: | かーちゃん➘な | こどん➘な | あんさん➘な | にーちゃん➘な |
ka1-tjan-wa | kodom1-wa | an1-san-wa | ni1-tjan-wa | |
共通語: | か➘ーちゃんわ | こどもわ | に➘ーさんわ | に➘ーちゃんわ |
'ka-tjan-wa | kodomo'-wa | ni'-san-wa | ni'-tjan-wa |
兄は | 姉さんは | 姉ちゃんは | 弟は | 妹は | |
薩摩弁: | あにょわ | あねさん➘な | ねーちゃん➘な | おとちゃ | いもちゃ |
anjo2-wa | ane1-san-wa | ne1-tjan-wa | otot;i2-a | imot;i2-a | |
共通語: | あ➘にわ | ね➘ーさんわ | ね➘ーちゃんわ | おとーと➘わ | いもーと➘わ |
'ani-wa | ne'-san-wa | ne'-san-wa | otoo'to-wa | imoo'to-wa |
(3) | 1つは | 2つは | 3つは | 4つは | 5つは | 6つは |
薩摩弁: | ひとちゃ | ふた➘ちゃ | みっつ➘わ | よっつ➘わ | いつちゃ | むっつ➘わ |
puto2-t;i-a | puta1-t;i-a | mi1-ttu-wa | jo1-ttu-wa | itu2-t;i-a | mu1-ttu-a | |
共通語: | ひと➘つわ | ふた➘つわ | みっつ➘わ | よっつ➘わ | いつ➘つわ | むっつ➘わ |
pi'to-tu-wa | pu'ta-tu-wa | mi'-tu-wa | jo'-tu-wa | i'tu-tu-wa | mu'-tu-wa |
7つは | 8つは | 9つは | 10は | 20歳は | |
薩摩弁: | なな➘ちゃ | やっつ➘わ | ここのちゃ | と(ー)➘わ | はた➘ちゃ |
nana1-t;i-a | ja1-ttu-wa | kokono2-t;i-a | to1-wa | patat;i1-a | |
共通語: | なな➘つわ | やっつ➘わ | ここ➘のつわ | と➘ーわ | は➘たち |
na'na-tu-wa | ja'-tu-wa | ko'kono-tu-wa | 'too-wa | 'hatati-wa |
3 薩摩弁特有語
第5–6回記事に述べたとおり、薩摩弁は、現代の日常生活に欠かせない漢語、外来語も他方言と共有しています。では、薩摩弁特有語にはどのようなものがあるのでしょうか。本節ではこれを見ていきます。
第7–8回記事にて取り上げた /binta2/ ‘頭’ は、薩摩弁特有語としてしばしば取り上げられます。かごしま弁商店が販売している鹿児島弁てぬぐいの「鹿児島弁番付表」においては、西前頭五枚目 (角界20–25位) くらいの格です。母語話者が選ぶ薩摩弁特有語ベスト30にはいるような語と言ってよいでしょう。
4 薩摩弁特有語の検証: 語の成り立ち
しかし、/binta2/ に対応する語は他方言にも共有されています。徳川宗賢 (監修)『日本方言大辞典』(小学館) によれば、薩摩弁圏近隣に限らず、中部地方や茨城県にも点在しているようです (JapanKnowledge版の記述はこちら。閲覧は要契約) 。
/binta/ は薩摩弁特有語なのでしょうか。第一に検証すべきことは、諸方言において ‘頭部側面(の髪)’, ‘もみあげ’, ‘頭(髪)’ などを意味する /binta/ の成り立ちです。諸方言における /binta/ の語形と意味とを踏まえるに、/binta/ の /bin/ は ‘鬢 = 頭部側面の髪’ を意味する形態素 (「鬢付け油」の「鬢」と同根) でしょう。
/bin/ ‘鬢’ とは別に、/binta/ ‘鬢(が生える部位); 頭(髪)’ という形態素を想定する手もあります。この場合、/bin/ と /binta/ との語形的・意味的類似は偶然と見なされます。このように考えるよりは、/bin/ と /( … )ta/ とからなる /bin-ta/ を想定する方が妥当でしょう (/( … )ta/ が何であるかという問題は残りますが)。
(つづく)
注
(注1) ちなみに、‘神社’ を意味する語は薩摩弁では /zinsja1/ です。2音節めの頭子音は濁りません。
(注2) 刺し身に添える「つま」は、‘端’ を意味するこの「つま」と同根かもしれません。
(注3) ある言語 (使用者) に備わっている語句およびその構成素 = 形態素の総体。本稿に言う「語」は、断りのない限り、形態素も含みます。
(注4) (1–3) に挙げた対応語同士の意味ないし用法は完全に一致するわけではありません。たとえば、(3) に挙げた薩摩弁の /huto-t/ ‘1-つ’ は次掲 (A–B) のとおり、/onazi2-/ に同じく ‘同じ’ を表す際にも用いられます。
(A) | ふとち➘ | なった➘とか | つぉい➘と | おなじ➘ | なった➘と |
puto2-t-i | nar2-ta-toka | so1-r-to | onazi2-i | nar2-ta-to | |
1-つ-に | 成っ-た-とか | 其-れ-と | 同じ-に | 成っ-た-と | |
‘「同じに なった。」とか それと 「同じに なった。」と’ |
(B) | おふろにも➘ | はいらんで➘ | つらお➘ | みたや➘ | s… |
o2-puro2-ni-mo | pair;a2-n-de | tura2-o | mi2-taja | ||
お-風呂-に-も | 入いら-ない-んで | 顔-を | 見-たら | ||
‘「(炭焼きは)お風呂にもはいらないんで、顔を見たら、 |
すんと➘ | ふと… | すみと➘ | おんなじで | すんと➘ | ふとっ➘ | いろ… |
sun2-to | sumi2-to | onazi2-de | sun2-to | puto2-t | iro2 | |
炭-と | 炭-と | 同じ-で | 炭-と | 1-つ | 色 | |
炭と…、炭と同じで、炭と同じ色…、 |
いろお➘ | しちょらい➘たとか |
iro2-o | si1-tjor1-ar-ta-toka |
色-を | し-ておら-れ-た-とか |
色をしておられた。」とか’ |
(注5) ' は、東京方言や京阪方言の語音調を示す記号です。「教育ローマ字」という、韻律情報と文法情報とを組み込んだ日本語表記から採用しました。たとえば、/A'BC/ はAB➘Cのように発音します。つまり、'Bまでは音高を下げないわけです (詳細はこのブログを参照)。