第46回 新しい日本語教育の形が決まります|田尻英三

この記事は、2023年11月20日までの情報を基に書いています。

今回の「未草」の原稿は、大事な二つのワーキンググループの会議の結果と他の大事な会議内容について書きます。また、技能実習制度と特定技能制度についての会議についても書きます。

次々と会議の結論が出ていて、新しい登録日本語教員の試行試験も始まろうとしているのに、現場の日本語教育に携わっている人たちの反応が鈍いのが気になります。今年度末には大学や民間の420時間の養成講座については、登録機関の一覧表が公開されます。日本語教育機関の認定結果も今後公開されることになっています。

なお、以下の記述では、田尻の考えと異なる発言をした人の個人名は記しません。田尻は、その人に対する個人的な批判をするつもりはないからです。

1. 登録日本語教員実践研修・養成課程コアカリキュラム案は元の形に戻った

10月10日に開かれた第4回の「登録実践研修機関及び登録日本語教員養成機関の登録の手続き等の検討に関するワーキンググループ」(第44回の「未草」でワーキンググループ②とした会議。このように①と②としたのでは会議の内容がわからないので、今後②は「登録ワーキンググループ」と略称する)の「登録日本語教員養成コアカリキュラム」では、必須の50項目以外に独自にコアカリキュラムを作ることができるような表現になっている点を第45回の「未草」では問題にしました。詳しくは、そちらの原稿を見てください。

第5回のワーキンググループの会議より前に、国語課では以前からの内容を変更するつもりはないということを確認していたので、11月2日の会議に注目していました。配布資料の2-1を見てください。「見え消し版」が、変更箇所を赤で示しています。以下に、該当箇所を資料2-1のとおりに引用します。3ページの三つ目の〇の部分です。ただし、読みやすくするために今回削除された箇所は省略します。以下は、見え消し版と溶け込み版を融合した形になっています。

 コアカリキュラムに記載されている必須の教育内容は、平成31年報告において「必須の教育内容」として示されたものである。この内容は登録日本語教員養成で取り扱うべき必要最低限の項目を示したものであり、必ず授業で取り扱うことが求められる。なお、必須の教育内容を取り扱った上であれば、登録教育機関が独自に学習内容を追加することができる。

この表現なら、田尻は全く問題はないと考えます。

田尻も第5回のワーキンググループの会議を注目しましたし、田尻には事務局も慎重にこの資料を提示したように見えました。ところが、会議では何の反応もなく、前回の会議で示された資料に強く賛成していた委員も発言しませんでした。田尻は、まさに肩透かしを食らったような気分でした。その結果、会議での委員の発言の重みに疑問を持ちました。

いずれにせよ、今後日本語教員養成課程の登録に際しては、この必須の50項目が必ず必要であることが確認されたことになります。

後で扱いますが、文化庁が既設の日本語教員養成課程や機関の登録の際に必須の50項目の確認を行うことを申請者は意識してください。

同様に、4ページの最初の〇の内容も大事ですので、以下に上と同じ様式で引用します。

 各登録機関において実践研修や養成課程を編成するに当たって、単にコアカリキュラムに示された学習項目の指導を寄せ集めるのではなく、登録機関の責任の下、養成段階修了時に身に付けておくべき知識・技能・態度が備わっていることを各実践研修や養成課程の目標として設定し、その目標達成に向けて、必須の教育内容の学びが達成できていることが確認できるよう、評価から学習活動まで一貫した方針のもとに編成すること。

10ページ以下の「3-3必須の教育内容と到達目標」も、赤字の箇所が多く加えられていますので、注意して読んでください。

田尻は、この50項目以外に「外国人と法」という項目も加えてほしいと思っていますが、国語課によればその内容は登録審査の際に考慮に入れておくと聞かされましたので、現時点ではそれを信じることとします。

資料3「必須の教育内容50項目に対応した日本語教員養成課程等の確認のための審査要綱(案)」と、資料4「平成12年報告に対応した日本語教員養成課程等の確認のための審査要綱(案)」も、各機関の申請者にとっては必読の資料です。当然、日本語教員養成課程担当の教員も、申請書類作成を事務方に任せるのではなく、授業担当者として責任を持って作成に協力すべきものであることを強く言っておきます。

今回の会議にはパブリックコメントや意見募集の結果や、「未草」で何度も触れている調査研修報告書も出ていますので、必ず読んでおいてください。残念ながら、これらにコメントを寄せた人は少なかったと聞いています。文化庁に批判的なコメントを言うのなら、これが最後の機会でした。田尻が感じているところでは、日本語教育学会の会員は表立っては意見を言わず、陰で激しく批判するという傾向が他の学会に比べて強いように思えます。

今回の「未草」の原稿で触れた二つのワーキンググループの会議の結果、新しい日本語教育の形はおおよそ決まったのです。今後これらの日本語教育施策が実施される場に関わっていく日本語教育関係者は、文化庁の施策を理解するような努力をしてください。

2. 認定日本語教育機関の認定基準等の検討に関するワーキンググループは何を検討したのか

11月10日に第5回の「認定日本語教育機関の認定基準等の検討に関するワーキンググループ」(以下では、上に述べたようにワーキンググループ①ではわかりにくいので「認定ワーキンググループ」と略称する)も、今回が最後の会議です。

田尻は、この「認定ワーキンググループ」の会議の進め方に大いに疑問を感じています。座長は、委員が挙手しているのに気づかずに議論を進め、時間が来たからと言って議論をうち切ることが多かったと思っています。何か委員から意見が出るとすぐに事務局に回答を求めるので議論が深まったとは思えませんでした。時には、事務局から「他の委員の意見をお聞きください」と促される場面もありました。従来は、会議に先立って事務局と委員との間で事前の説明会が持たれます。そこでどのようなやり取りがあったか、田尻は知りません。ただ、そのうえで、会議で委員から質問があった場合は、質問をした委員は事前の説明会では十分に検討が出来ず会議の場で検討してほしいと言っていると考えるのが普通です。委員から質問があった段階で、その質問の主旨を確かめたうえでまずは委員間で検討するのが一般的な議論の進め方です。

この「認定ワーキンググループ」は、今後の日本語教育機関存在そのものに関わる大事な会議です。田尻はかなり熱い議論が戦わされると思っていましたが、会議そのものは淡々と進められました。日本語教育機関を代表している委員は、このような検討状況で満足したのでしょうか。日本語教育機関団体連絡協議会では、具体的な修正意見を述べていますが、その意見はこのワーキンググループの会議で検討されたのでしょうか。

繰り返し言いますが、認定基準等や審査基準はこの会議で決まってしまったのです。

第5回では、「認定日本語教育機関 日本語教育課程編成のための指針(案)」が示されました。ここでは、教育課程の編成にあたっては、「日本語教育の参照枠」を参照しながら教育内容を設計・実施することが書かれています。今回の会議資料には多くの新しい書き込みが行われていますが、特にその点について議論があったとは感じられませんでした。

今後は、日本語教育機関では教材の選び方や評価の仕方に影響が出てくることが考えられます。既設の日本語教育機関は、そのような今後の授業の仕方に影響を与える点の検討は終わっているのでしょうか。

意見募集の結果も報告されているので、どんな問題点が挙げられていて、文化庁はどのように答えたのかを必ず読んでください。

参考資料7の「認定日本語教育機関説明資料」の4ページに、「日本語教育機関の認定審査手順のイメージ図(案)」が出て来ます。この図は、大変大事な図です。今後既設の日本語教育機関が認定される流れを示しているからです。そして、脚注には「年2回の審査を想定しており、不認可の判断を受けた場合、(中略)再度の申請を希望する場合は、次々回での申請の準備をすることとなる」とあります。つまり、一度不認可となると、次の機会で認定されても早くて1年後の認定となるというものです。

既設の日本語教育機関の申請者だけではなく、そこで働く日本語教員も自分で今回の各資料を熟読すべきです。噂話に惑わされることなく、自分の目で確かめることが必要です。

3. 経過措置を受ける日本語教員養成課程等は文化庁の確認を受けなければいけない

11月6日に文化庁のサイトに「登録日本語教員の資格取得に係る経過措置における日本語教員養成課程等の確認について」が出ました。これは、現職日本語教員にとって大変大事な情報です。

経過措置では、必須の50項目に対応した養成課程等(ルートC)と2000年度報告に対応した養成課程等(ルートD)について文部科学省が確認を行ったうえで養成課程の一覧を公開する予定となっています。確認を受ける必要があるものは、26単位以上の大学等の日本語教員養成課程と420単位以上の専門学校等の日本語教員養成研修です。これらの養成課程や養成研修が文部科学省の確認を受けなければ、その課程や研修の修了生はCルートやDルートには該当しないことになります。2024年度4月から日本語教育の新しいシステムが動き出すことを考えれば、2023年3月末までには確認の結果が公表されることになると予想されます。受け付けの締め切りは、2024年1月15日です。つまり、既設の大学等の養成課程や専門学校等の養成研修は、来年1月15日までに確認のための書類を提出し3月末ごろまでに確認を得られなければ、来年度は該当の資格が受けられなくなります。田尻には、全国の日本語教員養成課程を持つ大学等が、現在このような事態に対応しているようには見えません。全国の大学等で日本語教員養成課程を担当している教員は、至急大学側と対応を協議しなければなりません。

日本語教育学会の「お知らせ」には、11月8日に掲載されました。

田尻は11月10日の説明会を視聴しましたが、この説明会は確認申請をする人のためのものでした。この日の説明会は約520人が視聴していましたが、その多くは現職の日本語教員ではないかと田尻は推測しています。各自の資格がどのルートに当たるのかを知りたがっている人には、関りのない説明会でした。

なお、新規の日本語教員養成研修の届出は2023年12月末日をもって終了するという情報が、10月1日の文化庁のサイトに出ています。

4. 日本語教育推進関係者会議の重要性

2023年10月11日に外務省・文化庁共同開催で第5回の日本語教育推進関係者会議が開かれました。第4回は中止になりましたので、約3年半ぶりの開催です。田尻も、この会議の委員の一人です。

この会議は、「日本語教育の適正かつ確実な実施を図るための日本語教育機関の認定等に関する法律」(略称「日本語教育機関認定法」)が2023年5月26日に成立してから初めて開かれる会議です。11日当日も、文部科学省・法務省・外務省・厚生労働省・経済産業省から資料の説明がありました。

また、この会議は、日本語教育に関わる内閣府・総務省・出入国在留管理庁・外務省・文部科学省・文化庁・厚生労働省・経済産業省の担当者から成る「日本語教育推進会議」に意見具申をするものとなっています。「日本語教育推進会議」は、2022年に「日本語教育の更なる充実のための新たな日本語教育法案における関係省庁との連携促進について」を公表しています。

この会議の冒頭で、この会議は、「日本語教育推進会議」に対して日本語教育関係者が直接意見を言える会議であるという説明がありました。ただ、残念なことに、かなりの委員がこの説明に沿った意見を言うことはありませんでした。この会議の重要性を日本語教育の現場に関わっている委員が理解していないという現状が、関係行政機関の人に分かってしまったのではないかと田尻は危惧しています。

日本語教育学会の会長は、この会議の委員の中で日本語教育の専門家は日本語教育学会のメンバーであるという意図不明な発言をしました。

また、ある委員は、現在の施策の情報があまり伝わっていなくて混乱しているから、正確な情報をつかめるサイトがあればいいという発言をしました。田尻は、この発言に驚きました。それぞれの委員は何らかの団体の代表として参加しているのですから、この会議に参加する以上、それなりの準備が必要です。この会議に配布された資料や参考資料は、現在最も信頼できる資料であることは言うまでもありません。この委員は、これらの資料を会議の前に読んできたのでしょうか。それとも、もっと多くの資料が必要だと言うのでしょうか。

現在の施策は何年もかけて作られて来たものです。数枚のパンフレットのようなものにまとめられるものではありません。かつて田尻は、各省庁のホームページから必要なサイトを探し出すという面倒な作業を何年も続けて、「未草」の原稿を書いてきました。現在はこの会議資料のように、苦労せずに必要な資料を読むことができるのです。

日本語教育関係者は、この会議の資料を全部読んで、現在の日本社会における日本語教育の位置づけを知ってください。

5. 技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議での日本語能力の捉え方

11月15日に第15回の「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」は開かれました。

この会議では、最終報告書(たたき台)が示されました。

この会議は、当初日本語能力は小項目として扱われていました。2023年5月11日に関係閣僚会議の共同議長である法務大臣に提出された「中間報告書」では、日本語能力に関しては日本語能力試験しか示されていません。それに対して、10月18日に提出された「最終報告書(たたき台)」では「日本語能力A2相当以上の試験(日本語能力N4等)」となっています。この有識者会議には日本語教育の専門家が入っていませんので、このような不確かな表現となっています。言うまでもなく、A2は「日本語教育の参照枠」のレベルを示したもので、日本語能力試験のレベルとは考え方が違いますので、このような表現は不適当と言わざるをえません。

「最終報告書(たたき台)」では、「提言」の項目の一つとして「日本語能力の向上方策」が挙げられている点は評価できますが、正確な用語を使い、日本語教育の正確な情報を使って施策の方向性は作られるべきであると考えます。

この有識者会議では技能実習制度を廃止することになっていますが、それに代わる新制度についてははっきりしていません。「参考資料1 新制度と特定技能の連携に関するイメージ図」では、試験ルート以外では「育成就労(仮称)」となっていて、「技能検定3級等+日本語A2or相当講習(当分の間)」という説明が付いています。この説明だけでは、日本語学習を明確には保証してこなかった過去の技能実習制度が改善されているとは言えません。

田尻としては、「就労」の分野では外国人労働者の受け入れ機関が日本語学習の時間的な保障と費用負担をすべきと考えています。そして、その「就労」の現場では「就労」についての講習を受けた登録日本語教員が関わるべきと考えています。

関連する会議として、厚生労働省の「国内の労働分野における政策手段を用いた国際課題への対応に関する研究会」も、注意しておくべき会議です。

6. 補完的保護対象者について

10月20日の出入国在留管理庁のホームページにある「各種手続」の「手続の種類から探す」のサイトに、「2023年12月1日から、補完的保護対象者の認定制度が始まります。」という項目が出ました。

「補完的保護対象者認定制度」は、2023年6月に成立した改正入管法で「難民」の要件のうち迫害を受けるおそれがある五つの理由以外の要件を満たす者を「補完的保護対象者」と認定する制度です。この認定を受けた者は、「定住者」の在留資格が付与され、572時間の日本語教育と120時間の生活ガイダンスが受けられます。第1回の定住支援プログラムは、2024年4月から始まります。

この制度そのものは、ウクライナ避難民だけを対象にしたものではありませんが、実質的にはウクライナ避難民を考えて作られていると田尻は考えます。ただ、最近数か月のウクライナ避難民受け入れ数(各月14人~30人程度)を見ると、支援に使われる2022年度予備費約19億円は、他の難民申請者への支援と比べて優遇されていると感じます。誤解されないために言っておきますが、田尻はウクライナ避難民支援の必要性は強く感じています。田尻も龍谷大学在職中にウクライナのキーウ大学からの留学生を教えていましたので、彼らが今どうしているかという心配をしない日はありません。ただ、シリアやミャンマーからの難民と比較するとその支援内容の違いが明瞭であることへの違和感を覚えているのです。

7. 2033年までの留学生受け入れ方針

10月25日に第175回文部科学省中央教育審議会大学分科会が開かれました。

この会議には、参考資料として、第二次提言「未来を創造する若者の留学促進イニシアティブ〈J-MIRAI〉」や2024年度高等教育局概算要求などが示されています。

大学での日本語教育担当者は留学生の取得科目としての「日本語」しか興味がない人が多いのですが、ここでは大学教育の中で留学生がどう位置付けられているかを見ておきます。

文部科学省は2033年までに外国人留学生の受け入れを40万人にすると考えて、大学・専門学校・日本語学校の留学生数を31.2万人から38万人にし、学部・修士課程・博士課程の留学生の増加割合も示しています。

具体的方策としては、「優秀な学生の早期からの獲得強化に向けたプログラム構築」や「海外における日本語教育の充実」が挙げられています。田尻には、日本の大学の留学生受け入れ体制の不十分さや国際交流基金の日本語教育分野の予算削減などを見ると、この具体的方策の達成には不安を感じます。

2024年度高等教育局の概算要求では、「優秀な外国人留学生の戦略的な受入れ」に268億円、新規の要望として「大学の国際化によるソーシャルインパクト創出支援事業」に60億円が計上されています。

「参考資料集」には、「私立大学の経営状況について」もあります。ここでは、「私大の約53%が入学定員未充足(約26%が充足率80%未満)」の年度ごとの表が出ています。定員充足のために、安易に留学生を増やすことがないよう願うばかりです。

※11月24日に文化庁の日本語教育小委員会が開かれ、二つのワーキンググループの会議結果が示される予定です。この会議で、今後の日本語教育の新しい形の概要が示される予定です。この会議内容については、次の「未草」の原稿で扱います。

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