中高生のための本の読み方|第5回 ピアノの「音」を表現する|大橋崇行

 

ピアノにまつわる物語

習い事についての情報を発信しているインターネット上のサイト『ケイコとマナブ.net』が2017年9月に行った調査によると、小学生の習い事で人気があるのは、1位が水泳、2位が英語・英会話、3位がピアノ。回答者のうちおよそ20%の人がピアノを習っている、あるいは子どもに習わせていると答えたそうです。

インターネット上で行われたアンケートなので必ずしも正確な結果が出るわけではありませんが、現在でもかなりの人たちが、子どものときにピアノを習っているとは言えると思います。また、中学生や高校生でも、ピアノを続けている人も多いでしょう。

私も小学生のとき、ピアノ教室に通っていました。ぜんぜんまじめに練習をしなかったのであまり進まなかったのですが、そのときのことは今でもよく覚えています。

こういった経験、記憶があると、ピアノの演奏を聴いたり、そうした映像を見ることに、親しみを覚えるようになります。それだけでなく、ピアノを題材にして作られた物語に触れたときにも、その受け取り方が大きく変わってくるはずです。

ピアノを弾く主人公を描いた小説やマンガ、映画、アニメーションの作品は数多くありますが、こうした日本人の習い事の事情もこのことと無関係ではないように思います。

そこで今回は、「ピアノにまつわる物語」を読んでいきたいと思います。

 

マンガで描くピアニスト

ピアノに限らず、音楽を題材にした作品を創作するときには必ず、大きなハードルが一つあります。それは、ピアノによって演奏される音をどのように表現するのか、それをストーリーとどのように関係づけていくのかという点です。

演奏される音については、実写映画やアニメーションであれば、プロの人が演奏した曲を映像と合わせて流せば良いので、比較的簡単にこの問題が解決します。一方で小説やマンガでは、この部分に作り手のさまざまな工夫が表れてくることになります。

まずはマンガのほうから見ていきましょう。

ピアノを題材にしたマンガには、二ノ宮知子『のだめカンタービレ』(Kissコミックス(講談社)、2002年~2010年)や、さそうあきら『神童』(アクションコミックス(双葉社)、1998年)、2018年4月からNHKでアニメ版が放送される一色まこと『ピアノの森』(アッパーズKC、モーニングKC(講談社)、1999~2015年。講談社漫画文庫版が2016年~)など、人気作・ヒット作が数多くあります。

その中で、中高生のみなさんがいちばん共感したり、物語に入り込んで読むことができると思われるのが、新川直司『四月は君の嘘』(講談社コミックス、2011~2015年)です。

2014年から15年にかけてフジテレビ系列の深夜帯でアニメ版が放送され、2016年には新城毅彦監督、広瀬すず・山崎賢人主演による映画版が公開された作品なので、ご存じの人も多いと思います。

主人公の少年・有馬公生は、自分をピアニストとして育てるために「操り人形」のように扱う母親のもと、楽譜どおりに曲を機械のように正確に弾けることから、「ヒューマンメトロノーム」と呼ばれていました。しかし母親が亡くなってしまったことをきっかけに、自身で弾いているピアノの音が聞こえなくなるという状態になり、弾けなくなってしまいます。

それから2年。14歳になっても生きる目標を失っていた公生の前に現れたのは、ヴァイオリニストの宮園かをりでした。

彼女がついたたった一つの「嘘」をきっかけに二人が出会ったとき、公生はふたたびピアノと正面から向き合うようになり、かつて自分に憧れて音楽を目指すようになった同世代の演奏家たちとも出会っていくことになります。

物語の核心は、かをりがついた「嘘」が何だったのか。

けれどもこの部分はぜひみなさんに読んで頂くことにして、ここでは音楽をどのように表現したかに注目してみましょう。

たとえば、コミックス6巻に収められている第24話「射す光」は、かをりが出場したヴァイオリンのコンクールの記念公演(ガラコンサート)に呼ばれ、公生が伴奏をすることになったものの、かをりが会場に現れず公生が一人でピアノを演奏することになるという場面です。

かをりが公生に伴奏を頼んだヴァイオリン曲は、クライスラー「愛の悲しみ」。しかしこの曲にはラフマニノフが編曲したピアノ版があり、公生が子どもだった頃、母親が子守歌のように毎日弾いていた曲でした。

そのため公生は曲を弾くたびに、かつて自分を「操り人形」としていた母親との記憶をよみがえらせてしまいます。

かをりがコンサートに姿を見せなかったことで、このピアノ版を演奏することになった公生。最初は、怒りの感情に身を任せ、自分自身のピアノの技術をみせつけるように、我を忘れて弾いてしまいます。

しかし、いつものようにピアノの「音が聞こえない」状態になった瞬間、公生はふとこの曲を「母さんが好きだった」こと、母親が子守歌として「優しく」赤ん坊を「抱きしめる」ように弾いていたこと、そのときの音、そして、母親が自分を心から愛していたことを思い起こします。このことで観客の心に響く曲を奏でることができるようになっていくのです。

新川直司『四月は君の嘘』6巻(講談社、2013)より

 『四月は君の嘘』ではこの他にも、公生がコンクールに復帰する場面(4巻、第16話「ねぇ、ママきいてよ」)や、藍里凪と二人でチャイコフスキー作曲・ラフマニノフ編曲の『”眠れる森の美女”より「薔薇のアダージョ」「ワルツ」』を連弾する場面(9巻、第34話「深淵をのぞく者」、第35話「心重ねる」)など、作中人物の記憶とそこから生じる感情を曲を演奏している絵に重ね合わせ、曲が進むにつれて揺れ動いていくものとして描き出すことで、音楽を表現しようとしています。

このことで、音楽を作中人物をめぐる物語と結び付け、曲そのものが持っている物語性も利用して、音を表現することができないマンガでも音楽が読者に伝わるように表現しようとしているのです。

また、『四月は君の嘘』で用いられている曲を、実際に演奏されたものと「聴き比べ」てみるというのも、ぜひおすすめしたい読み方です。

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