第37回 日本語教育施策の枠組みが変わる(2)|田尻英三

★この記事は、2022年12月20日までの記事を基に書いています。

かつて文化庁の日本語教育施策で「就学」として扱われていた小中学校での「特別の教育課程」としての日本語指導が、高校でも実施されるようになりました。それに先立って2021年5月に文部科学省総合教育政策局高等教育課において「高等学校における日本語指導の在り方に関する検討会議」が設置されました。高等学校においてどのような日本語指導が行われようとしているかという点は従来この「未草」の原稿では扱う余裕がなかったので、今回は少し詳しく扱います。

また、内閣府の「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」の下に設置された有識者会議において、技能実習制度・特定技能制度がどのように検討されようとしているかという点も扱うことにします。

この二つのテーマは、文化庁の日本語教育施策の枠を超えていて、文部科学省・法務省・厚生労働省で検討することになっているので、表題を「日本語教育施策の枠組みが変わる」とした次第です。

1. 高等学校における日本語指導

上述の「高等学校における日本語指導の在り方に関する検討会議」は、2021年5月26日から同年9月15日まで5回開かれて、同年10月15日に「高等学校における日本語指導の制度化及び充実方策について(報告)」(以下、「報告」と略称)が公表されています。大変短い期間でまとめられた報告という印象です。この会議には、日本語教育の分野からは京都教育大学の浜田麻里さんが参加しています。

以下では、この「報告」の大事な点のみ説明します。興味のある人は、必ず全文を読んでください。

(1)これまでの経過

2014年1月  日本語指導が必要な児童生徒に対して、4月から義務教育制度において「特別の教育課程」の制度を導入する、文部科学省においてはJSLカリキュラム(2003年小学校編を、2007年中学校編を公表)及び対話型アセスメントDLA(2014年発行)を開発した。

2018年12月 「外国人材の受入れ・共生のための関係閣僚会議」において「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」が決定され、高校生等に対する支援に取り組むことが盛り込まれた。

2021年1月  中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」において、高等学校での取り出し方式日本語指導に方法や制度について検討を進める必要があると提言された。

2021年4月  「高等学校における日本語指導の在り方に関する検討会議」が設置されることが決まり、5月に第1回の会議が開かれた。

2021年9月  半年足らずの期間で検討会議での「報告」がまとめられる。

田尻は、以上の経過を見てわかるように、高等学校において「特別の教育課程」が導入されるまでに短期間しかないことから、この報告は十分な検討期間を経て建てられた計画ではないと考えています。

今回変更された点の一つは、1999年の中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続について」において、それまで行われてきた公立高等学校入学者選抜での「適格者主義」からの変更もあると「報告」に指摘されています。

(2)「報告」で指摘されている問題点

高等学校で「特別の教育課程」を編成する場合は、「十分な周知期間を設ける」とともに、高等学校等に「日本語指導を実践する際の指針となる資料を提供すること」となっています。

この指針となる資料とは、「報告」10ページにある「高等学校における日本語指導体制整備事業」を指すと考えられます。この事業は、2021年度に東京学芸大学が受託しています。「成果」は、次のURLで見られます。https://www2.u-gakugei.ac.jp/~knihongo/seika/

この事業の中心的な人は、日本語教育学会会長の齋藤ひろみさんです。しかし、なぜかこの「成果」は日本語教育学会ではポスター発表の形式でしか行われていませんが、異文化間教育学会や東京学芸大学国語国文学会では詳しい発表が行われています。日本語教育学会会員で、この「未草」の原稿をお読みの人の何人が、このような大事な発表が日本語教育学会で行われたことをご存じだったでしょうか。少なくとも、田尻は気が付きませんでした。不明をお詫びします。田尻としては、異文化間教育学会で行われたような内容は日本語教育学会会員で共有すべきことだと考えています。そのうえで、この「成果」が高等学校における日本語指導の指針となる資料となっているかどうかについて、関係者が誰でも参加できる開かれた場での検討が必要でしょう。

「報告」の11ページに「(9)全日制・定時制・通信制の課程ごとの制度設計の違いについて」という大事な項目がありますが、そこで以下のように書かれていることは田尻にはよくわかりません。

「全日制・定時制・通信制の全ての課程において、『特別の教育課程』を編成し日本語指導を行うようにすること」とあることは、当然のことです。しかし、次の段落では、「『特別の教育課程』編成・実施に係る基本的な制度設計について、違いを設ける必要はないのではないか。」と書かれていて、田尻はどう読んでも、ここでは制度設計に違いを設ける必要がない、としか読めません。そして、次の文は「それぞれの課程の特色を生かした教育を行うことを考慮して『特別の教育課程』を編成することが望ましい」となっていて、制度の違いを考慮するのかしないのかが全くわからなくなっている文章構成となっています。田尻は、全日制・定時制・通信制の違いを考慮して日本語指導を編成しなければならないと考えています。

「報告」12ページの「(10)指導に当たる教員等について」で書かれている「日本語教育に関する専門知識や児童生徒に対する日本語指導の経験を有する外部人材を活用することは有効であり」という記述は、今後高等学校における日本語指導に登録日本語教員などが関われる可能性に触れていると、田尻は理解しています。

その他にこの「報告」では、各教科の少人数指導等を担当する教師と日本語指導を担当する教師との連携や、教師以外の教育委員会・NPO等から派遣される人やスクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカー等との連携の必要性にも触れています。

基本的に理解しなくてはならないことは、高等学校における「特別の教育課程」を実施するときには、先行的に行われている小学校等での「特別の教育課程」の実施体制とは異なる問題点があるということです。

小学校等では学級担任という体制がありますので、その学級担任の教員の判断を大事にした日本語指導の体制(例えば、どの程度取り出し授業を利用するかなど)が組めます。

中学校等の日本語指導では、学級担任と教科担任とが共同で関わる可能性が出て来ます。

高等学校の日本語指導は、全日制・定時制・通信制の違いに加えて、生徒の進路によっても指導方法が違ってくる可能性があります。また、日本語指導の必要な生徒の中には就学前教育・初等教育時から日本に住んでいて進学して来た生徒だけではなく、学齢期を過ぎて入国し高等学校に進学する生徒もいると聞きました。高等学校で日本語指導が必要な生徒の日本語能力には、大きな差が出ているのは現状です。したがって、高等学校の日本語指導は、小学校入学以来の日本語指導の問題が集約されている状況とも言えます。

また、現状では小中高校では教員免許がないと教壇に立てない制度になっていますので、日本語教員単独では授業ができません。高等学校の教員に日本語教育の研修を受けてもらう場合でも、国語担当の教員が受けるのか、それとも外国語担当の教員が受けるのかも今後の問題です。外国籍の子どもが8割いるという夜間中学では、現職教員の日本語研修にも別種の体制作りが必要です。

高等学校の日本語指導に登録日本語教員がどのように関わっていけるかは、今後の教育体制作りに全てがかかっています。

(3)宮島喬さんが指摘する高等学校での日本語教育の問題点

在留外国人について多くの著作がある宮島喬さんが、『多文化共生の社会への条件』(2021年、東京大学出版会)の4章に「移民第二世代の就学にみる社会的統合と排除 かれらの高校進学をめぐって」という文章を書いています。

そこではまず、外国籍・日本国籍の生徒の高校進学問題を扱う時に、「公式統計には不備が多く、また未公表のものも多いようで、日本の学校に在籍する外国人児童生徒の国籍別の統計も公表されない。また時系列的に就学履歴を追うデータもなく、このため(中略)可能な範囲での考察とならざるをえない」(田尻注:太字にしたのは田尻)と書かれていて、高等学校における日本語指導のための基本的な資料が揃っていないことを指摘しています。

また、「学習言語日本語の難しさが、(1)漢語の多用、(2)日常語ないし会話語との乖離の大きさ、(3)表音文字であるカナとの混用の技法、などにあることは指摘するまでもない」とも書かれています。この3点が日本語教育関係者にどれだけ共有されているかについては、田尻は疑問に感じています。宮島さんは、繰り返し漢字圏と非漢字圏の学習者では指導法をかえることを主張しています。田尻も、同じ考えです。

さらに仮説として、高校進学にチャレンジする外国人は、三つの層に分化するのではないかと宮島さんは考えています。

①  高校進学後専門的な職業につき、都市的中間層に参入する流れで、韓国・朝鮮・中国などの国籍です。ただし、このグループでも4割近くは次の②のグループに属しています。

②  大半は一般入試により定時制を含む高等学校に進学したが、中退した人やその先の進学が考えられない人たちの多くは非正規の雇用についています。フィリピン・ブラジルなどの東南アジア・南米系の人たちが多く含まれます。

③  「外国人・移民子弟の約半数」で高等学校や中学校課程を修了していない人たちで、親の派遣会社に就職する人、親が自営をしている商売の従業員になる人、時給で働く人などです。

この三つの分類は、限られた資料での判断ですので細かな点では問題があるかもしれませんが、大枠はこのようなものだと田尻も考えています。

(4) 日立財団のフォーラムの資料での重要な指摘

2022年12月10日に日立財団により「多文化共生社会の構築フォーラム」がオンラインで開催されました。https://www.hitachi-zaidan.org/topics/topics092.html

そのフォーラムで、日立財団理事長の内藤理さんが「外国につながりのある高校生たちの『活躍する力』を拓く」の趣旨説明で「外国人数と家族滞在資格者数」を示したうえで、「特に、家族滞在資格者は多くの制約あり。正規就労(週28時間以上の就労)不可 「高校卒業」は正規就労のための在留資格変更(定住者、特定活動)への最重要要件」(田尻注:太字にしたのは田尻)という説明があります。

また、このフォーラムでは、文部科学省総合教育政策局国際教育課長の石田善顕さんが「外国人児童生徒等教育に関する施策の充実~高等学校等における日本語指導の制度化について~」という発表をしています。ここでは、「外国人の子供の公立義務諸学校への受入れについて」、「外国人の子供の就学状況調査結果(令和3年度)」、「高等学校の日本語指導に係る『特別の教育課程』の編成・実施(制度案)」、「同「制度改正案」」、「高等学校における日本語指導の制度化について」「高等学校における日本語指導のための制度化に関するスケジュール」など、これまでの流れや現状の説明が示されています。資料の全体は53ページですが、高等学校の日本語指導については14ページでまとめられています。

(5)日本語教育学会での高等学校の「特別の教育課程」に関するプログラム

2022年11月26日に、日本語教育学会秋季大会一般公開プログラムとして「外国につながる子どもの高等学校における学びの環境を考える」が行われました。

企画としてはタイムリーで、従来の日本語教育学会ではあまり扱われないテーマであったので、田尻は大いに期待しました。来年の春季大会でも技能実習生を扱うということで、これらの企画を担当している人たちには敬意を表します。

田尻は大いに期待しただけに、実際のプログラムを視聴してみると不満が残りました。

このプログラムを企画した人たちは「報告」を読んでいるはずですし、宮島さんの本を誰も知らなかったとは考えたくはありませんので、日本語教育学会でこのテーマでプログラムを企画する場合は、上に述べた(2)や(3)で触れられている問題点を取り扱うと思っていました。

「高等学校における日本語指導の制度化について」の発表をした文部科学省の中山由紀さんは、上に触れた石田さんと同じ課に属しているので高等学校における日本語指導の問題点は共有しているはずですが、当日は示された50ページの資料の説明に終始しただけでしたし、司会者の内海由美子さんも中山さんの資料の問題点を指摘したようには田尻には見えませんでした。他の人の発表も、文部科学省の資料との関わりがあったようには田尻には感じられませんでした。文部科学省の石田さんのような資料のまとめ方ができなかったのでしょうか。

せっかく学会員外の方も参加できるプログラムであっただけに、文部科学省の高等学校における日本語指導の説明だけではなく、現状での問題点も指摘してほしかったと田尻は思っています。来年の春季大会に期待しましょう。

2. 技能実習制度・特定技能制度における日本語教育

第1回の「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」は、12月14日に開かれました。出入国在留管理庁のサイトで見られます。https://www.moj.go.jp/isa/policies/policies/03_00034.html

残念ながら、この会議には日本語教育関係者は参加していません。ただ、有識者会議の論点の中に「外国人の日本語能力の向上に向けた取組(コスト負担の在り方を含む)」が入っているので、今後の会議では扱われると思っています。

資料は、「技能実習制度及び特定技能制度の現状」が149ページ、「技能実習制度に対する国際的な指摘」が10ページ、「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する論点」が6ページの大部なものです。

この資料の中には、「技能実習制度の見直し(平成29年)の内容」、「技能実習生に対する賃金の支払状況」、「技能実習生の来日前の支払費用、借金の実際」、「技能実習生の失踪状況」、「技能実習制度における実地検査、行政処分等の状況」、「技能実習MOCに基づく送出国への通報状況」、「特定技能在留外国人数(分野別、国籍別、都道府県別など)」、「技能試験及び日本語試験の実施状況」、「特定技能外国人に対する賃金の支払状況」、「特定技能外国人の求職における手数料支払のための借金の実態」、「特定技能外国人の行方不明状況」、「技能実習制度に対する国際的な指摘について」等々、今までは入手しにくかった資料が多く含まれています。

来年秋までにはこの有識者会議の最終報告書が出来上がる予定ですので、今後も注目しておかなければいけない会議です。

3. マスコミの報道や国会議員の動きと『社会言語学』

第26回に述べた文化庁の有識者会議の記事が、12月13日の16時23分のNHKニュースで、14日に朝日新聞・日経新聞・読売新聞の記事で取り扱われました。かなり大きく扱われていましたので、この記事を書いた記者の熱意を感じました。

教育新聞2022年5月11日の記事では、自由民主党の文部科学部会に「日本語教育の今後の方向性に関する検討プロジェクトチーム」ができたとあります。このPTは、11月29日に「日本語教育の今後の在り方に関する提言」を出しています。このPTが松野官房長官に提言書を提出する様子が中村裕之衆議院議員のオフィシャルウェブサイトに出て来ます。田尻は、他のメンバーとして日本語教育推進議連会長の柴山昌彦衆議院議員、新藤義孝衆議院議員、座長三谷英弘衆議院議員、座長代理宮内秀樹衆議院議員、座長代理笹川博義衆議院議員(ご本人のHPには言及なし)、事務局長上杉謙太郎衆議院議員を、このウェブサイトの写真から自民党のPTをキーワードにして検索して探しました。間違っていたら、ひつじ書房にご連絡をお願いします。

公明新聞12月15日の記事で、公明党教育改革推進本部(本部長=浮島智子衆議院議員)が永岡文部科学大臣に提言を提出したとあります。この記事の見出しは「日本語教育を充実せよ」となっており、「日本語教師の待遇改善や社会的地位の確立をめざし、国家資格化を提唱。教育機関に関しては、質の維持・向上を図るため、適格性を評価する新たな認定制度の創設を求めた。このほか、日本語教育の空白地域の解消や、難民・避難民に対する教育支援の強化などを要請した。」と書かれています。この推進本部のメンバーは、公明新聞の記事の写真では日本語教育推進議連副会長の浮島議員の他に、鰐淵洋子衆議院議員、中野洋昌衆議院議員、文部科学部会長佐々木さやか参議院議員、日本語教育推進議連事務局長の里見隆治参議院議員、竹内真二参議院議員、伊藤孝江参議院議員文部科学大臣政務官、下野六太参議院議員、河西宏一衆議院議員が写っています。

文部科学省のサイトに、12月13日永岡文部科学大臣がインターカルト日本語学校を訪問した記事が出ています。文部科学省のサイトにこのような記事が出るようになったことは、今までになかったことです。

『社会言語学』XXIIに、日本語指導が必要な児童生徒の調査を扱った新聞記事、ベトナム人技能実習生、「やさしい日本語」で使われている日本語学用語などに関する論文が出ています。吉開章さんの『ろうと手話』に対する厳しい書評も出ています。購入は、「社会言語学」刊行会のサイトで行ってください。https://syakaigengo.wixsite.com/home

文化庁のサイトに、「『日本語教育の質の維持向上の仕組みについて(報告)(案)に関する意見募集の実施について』が出ています。この意見募集に、できるだけ多くの人の参加を期待します。応募の件数が少ないと、日本語教育の関係者はこの案件に興味がないのだということになります。締め切りは、2023年1月13日までです。

情報は、以下のURLを見てください。https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/ikenboshu/nihongoiken_shitsu/index.html

※2022年の「未草」の原稿は、国会での特段の動きが無ければ、これで一休みをさせていただきます。

みなさん、良いお年を!

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