第34回 見えてきた公的日本語教師の資格|田尻英三

 ★この記事は、2022年10月6日までの記事を基に書いています。
 
2022年9月27日に開かれた第6回「日本語教育の質の維持向上の仕組みに関する有識者会議」は、論点がわかりにくかったのではないかと田尻は感じています。会議を傍聴していない方にはわからないことだとは思いましたが、この会議での検討状況が今後の「史料」ともなるので、あえて田尻のコメントを付すことにしました。
今回事務局から出された資料には、日本語教師の資格化について大変重要な論点が提出されています。その論点は、次回の会議で具体的に検討されるはずです。
第34回の「未草」の「外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか」では、今回の有識者会議の意見についての田尻のコメントと、次回扱われるはずの事務局提出の資料についての大事な論点を整理したもののみを書きます。会議全体の検討状況を書いてはいません。
 
なお、第33回に書いた記事について、平井さんからも日本語教育学会の学会誌委員のK・Nさんからも、何の反応もありませんでした。「暖簾に腕押し」・「糠に釘」の状態で、この第33回の記事はこれらの方々から無視され続けています。

1.有識者会議で出された論点についてのコメント

今回の有識者会議では、冒頭では以前意見があった留学生の就職の件についての検討で始まりました。

(1)文部科学省提出の資料について

会議の前日に事務局からいただいた資料に、文部科学省留学生交流室の参考情報の資料追加がありました。その資料には、「世界中の優秀な外国人留学生を呼び込み、企業・地域への定着を促進する」ことを狙った取り組みが書かれていました。以下、この資料を「文部科学省資料」と略称します。
この「文部科学省資料」は、もともと2022年6月15日に開かれた第178回の中央教育審議会大学分科会に出された「高等教育を軸としたグローバル政策の方向性(案)」の一部です。この大学分科会の資料の主眼点は、大学などでの理工系・農業系の学生を増やすことを目的とした大学のグローバル化です。
 
さらに、この「文部科学省資料」は、大学分科会のあと2022年9月29日の第4回教育未来創造会議に提出されています。なお、この会議の「資料3 参考資料集」と「資料4 参考データ集」は、留学生に関する重要な法規やデータが大量に記載されていますので、ぜひ参考にしてください。
教育未来創造会議とは、第1回が2021年12月27日に内閣官房のもとで開かれた会議で、日本経済新聞2021年12月3日の記事によれば、安倍内閣の「経済財政運営と改革の基本方針」(「骨太の方針」と呼ばれている)の「後継組織」という性格を持つ会議ということです。岸田内閣が提唱する「新しい資本主義」の考えのもとに、まず重要な政策はこの会議で諮られ、それを経済財政諮問会議に反映させるという流れになっていると書かれていました。
 
有識者会議に提出された「文部科学省資料」が、どのように提出されてきたかを時間的な流れで位置付けてみます。まず、岸田内閣は外国人留学生を「コロナ禍前の水準に回復」(前日配布された「文部科学省資料」の元の資料である大学分科会の資料にこのようにあります)するために、まずは大学分科会にこの「文部科学省資料」を提出し、そこでの議論をもとに教育未来創造会議にこの「文部科学省資料」最終版を改めて提出するのが主たる流れです。この有識者会議で外国人留学生の就職が話題になったので、文部科学省留学生交流室の担当者は、この「文部科学省資料」を有識者会議にも説明資料として提出したのだと田尻は考えます。それは、有識者会議の議事次第では、「資料の説明」とだけあって議題ではないと思ったからです。
西原座長が、留学生の就職と概算要求の報告をともに意見聴取することにしました。そこで、神吉委員が以前関わった仕事との関連で文部科学省留学生交流室に留学生の就職について質問をしたために、事務局は急遽有識者会議と文部科学省留学生交流室の担当者との回線をつなぎ直しました。本来、留学生の就職の論点は今回の有識者会議で検討する論点ではありません。有識者会議ではこの後も川口委員からも留学生の就職に関連した質問があったために、この二つの件で約30分かかってしまいました。
今回の会議で扱わなければいけない論点の検討は、この後に始まりました。
 

(2)日本語教師の資格に関する仕組み

配布された「資料1」の8ページの「(イ)専門的な知識及び技能等を必要とする日本語教師の資格に関する仕組み」からが、今回の会議の主眼点でした。しかし、今回西原座長は委員に自由に意見を言ってもらうような会議運営をしましたので、論点がわかりにくい会議なったのではないかと田尻は感じています。したがって、以下では、当日会議で発表されたいろいろな意見を一々紹介することはせずに、日本語教師の資格に関する意見だけを紹介し、それに田尻のコメントを付ける形で論点整理をします。そのようにしないと、本来この有識者会議で検討されなければならない論点がわからなくなると田尻が考えた次第です。
 
会議では、浜田委員が日本語教育以外の分野からも日本語教師になるような仕組みはできないかという趣旨の発言がありました。
田尻も、いろいろな分野の人が日本語教育に関わってほしいとは強く思っていますが、そのことを現時点で正面から扱うと論点が際限なく広がっていくのではないかと危惧しました。今回の会議では、まずは専門的な日本語教師の資格を位置付けることが最も大事な点だと考えています。それが、日本語教師の社会的認知と経済的自立への第一歩です。そのために、2021年の有識者会議でも、名称独占の資格として「公認日本語教師」としての資格化の方向性が示されたのです。
 
「登録日本語教員」という名称について、田尻の考えを述べます。
資料の8ページには、「国内外の様々な場で日本語学習者に直接指導する日本語教師(田尻注:日本語ボランティアを指すのでしょうか。事務局にはこの点については確認していないので不明です。)との違いや混同を避けるような名称を検討すべきであることや、「公認日本語教師」の業務の明確化が困難であること」から、「専門性を有した指導者として、一定の専門的な知識及び技能等を有する日本語教師について国が創設する資格を有する者については、国に登録した日本語教師(以下、『登録日本語教員』という。)」として、専門人材としての資格として国の登録証を得て社会に証明できるよう法的根拠を持つものとして検討を行う」と書かれています。「公認日本語教師」が「登録日本語教員」という名称となったのは、内閣法制局との調整の結果だと田尻は推測しています。田尻は、日本語教師の公的な資格がわかるのなら、「登録日本語教員」という名称でもよいと考えています。日本語教師が公的な資格として位置付けられることが最も大事だと考えます。

(3)  登録日本語教員の活動分野

次の有識者会議で検討されるはずの「たたき台」で示された大事な論点を、田尻の考えで列挙します。以下で扱う論点はあくまでも田尻が大事だと考えている論点ですので、次の有識者会議での議論の方向性に関わるものではありません。
 
「たたき台」では、日本語教師の活動分野を「留学」「就労」「生活」としています(「たたき台」の原文では違う表現をしていますが、田尻の考えで大事な点だけを抜き出しました)。つまり、日本語教師の活動分野は、「留学」だけではなく、「就労」や「生活」の分野にも及ぶと書いているのです。ややもすると、日本語教育の法案では日本語教師の活動分野を「留学」に絞り込み、「就労」や「生活」の分野を他の省庁との調整が難しいために先送りにしようという動きも見られます。ここでは、そのような動きに惑わされることなく、「たたき台」で3分野を日本語教師の活動分野として位置付けている点を田尻は評価します。
 
また、「たたき台」では、「登録日本語教員は、認定を受けた日本語教育機関以外の場として、小中学校における外国人児童生徒、難民への指導、海外での指導などの様々な場において活躍も期待される」としていて、日本国内での小中学校での外国人児童生徒への日本語指導や難民への日本語指導にも登録日本語教員が関われることも目指しています。
ご存じのように、小中学校で日本語指導をしようとすると、現状では教員免許がなければなりません。日本語教師単独では、小中学校の教壇に立てないことになっています。難民の日本語指導も、文化庁が行う従来の「条約難民及び第三国難民に対する日本語教育事業委託実施要領」では、572時間の「定住支援プログラム」があり、「日本語教育相談員による指導・助言」があるだけで、特に日本語指導に関わる人の資格は書かれていません。
今後は、登録日本語教員の活動分野が広がることを「たたき台」では想定しています。田尻は、この点でもこの「たたき台」を評価します。

(4)この有識者会議では検討されない事項

この「未草」の読者の中には、登録日本語教員の試験はどのように行われるのか、経過措置はいつごろまで行われるのか、大学や専門学校での日本語教師養成機関はどのような基準で指定されるのかなどの危惧をお持ちの方も多いと思いますが、以下に列挙するような論点は、有識者会議では扱かわないと田尻は考えています。「たたき台」では、「検討する」・「具体的な指定基準で定める」となっているからです。有識者会議では、あくまでも方向性を検討するだけです。繰り返しますが、試験や機関の具体的な基準がこの有識者会議で決定するかもしれないとは思わないでください。そのための審議会が、有識者会議とは別に作られる予定です。
そうであっても、この有識者会議で検討される注目すべき論点はたくさん挙げられていますので、田尻の考えで大事だと思う点を「たたき台」から抜き出します。

  • 国が「日本語教師養成課程」を指定する基準。
    • 「たたき台」の20ページには、「指定日本語教師養成機関審査項目(案)」が書かれていますが、今回の有識者会議では検討されませんでした。
  • 国の「日本語教師養成課程」指定の基準。
  • 指定された「日本語教師養成課程」を修了した者については試験の一部を免除することが、「たたき台」に書かれています。
  • 法律施行時において、現職日本語教師や養成機関に在籍する人たちの経過措置。
  • 実践的な「教育実習」の指定要件。
  • 日本語教師養成課程や実践的な教育実習に含むべき具体的な内容の指定基準。


西原座長に指名されましたが、田尻は即答できずに、言い淀みました。指名された時に田尻が答えを言い淀んだ点について説明します。
大学の日本語教師養成課程が、今回の「たたき台」にある基準に基づいて指定されるということが会議で話題になりました。会議で西原座長は基準が厳しくなると半分落ちる可能性もあると発言しましたが、それについてのコメントを求められた田尻は、簡単に答えられませんでした。それは、田尻が大学日本語教員養成課程研究協議会(通称「大養協」)の最初の理事の一人だったからです。大養協発足当時は、世話人である徳川宗賢さんや椎名和男さんに加えて当時の文部省の方も一緒になって、これから日本語教師が全国的に増えていくことで日本国内の日本語教育の体制ができていくと語り合いました。その思いからすると、今回の有識者会議で、大学の養成課程を経ても教師になる人が少ないことが明らかになった結果かなりの数の大学の日本語教員養成課程がなくなるかもしれないというのは、辛いことでした。
ただ今の大養協はずいぶん変わってしまったので、それも田尻の単なる過去の大養協への未練とも言えます。現在の大学の日本語教師養成課程の現状をみると、考えを変えなければいけないかと逡巡して、はっきりとした意見が言えませんでした。
これが、田尻の言い淀んだ理由です。
 
「たたき台」の5ページには、「これまで大学等で専門人材として日本語教師の養成が行われてきたが、養成課程を経て実際に教師になる者は1割程度となっており」と書かれていて、大学の日本語教師養成課程が次の世代の日本語教師養成に役立っていないことが指摘されています。現在、大学で日本語教師養成課程を担当している教員は、この指摘をどう考えているのでしょう。
 
ここでは扱いませんが、「たたき台」の18~21ページの「日本語教師の国家資格に関すること」も、大変大事な情報が書かれていますので、必ず読んでください。
 
「たたき台」の22ページにあるように、2023年度の概算要求では、この「たたき台」を踏まえた事項が挙がっています。日本語教育の法案化に向けて、文化庁はこの「たたき台」を基に具体的な施策を考えています。ここまで国の施策が進んでいることを、日本語教育関係者はもっと自分のこととして考えてほしいと、田尻は強く思っています。
今回の有識者会議に付けられた「日本語教育関係 参考データ」は前回のものの修正も加えられていますので、ぜひプリントして手許に置いておいてください。

2.その他の重要な情報

(1)介護福祉士養成施設への留学生入学者の減少

2022年9月20日の日本介護福祉士養成施設協会の「お知らせ」に、「令和4年度介護福祉士養成施設の入学定員充足等に関する調査の結果について」が出ています。それによると、介護福祉士養成施設に入学した日本人学生が減少している以上に、外国人留学生の入学者数が減少しています。
外国人留学生数は、2020年度は2395人、2021年度は2189人、2022年度は1880人となっています。国籍ではベトナムが最多となっていて、外国人労働者全体でもベトナム人が減る傾向があることを考えると、今後ますます外国人介護福祉士候補者が減ることが予想されます。この点を介護福祉士養成施設で日本語教師として働いている方々は、どう考えているのでしょう。どうすれば国家試験に合格するかということだけでは、介護福祉士養成施設での日本語教育は成り立たなくなります。
 
全国調理師養成施設協会の2022年度「調理師養成施設入学者・留学生実態調査」によると、調理師養成施設でも、外国人留学生の入学者は減少しています。2022年度の留学生入学者数は227人で、2年前の半数以下になっています。
 

(2)『週刊SPA!』の日本語能力試験のカンニングのニュース

10月4日発売の『週刊SPA!』10月11・18日合併号に「日本語能力試験でカンニング横行の闇」という記事が出ています。それによると、在日中国人向けのグループチャット「日本語能力試験・合格保証」という広告があるというのです。記者が留学生を装って取材した内容が書かれています。
日本国際教育支援協会に対策を聞くと、「具体的な対策内容、およびそのような業者の存在の把握については回答不可とのことだった」とも書かれています。このような回答が実際に行われたとすれば、今後もこの問題は解消されることはありません。この対応を誤ると、日本語能力試験そのものの存在価値が問われることにもなりかねません。

(3)国際交流基金編『国際文化交流を実践する』

今頃になって、国際交流基金編で『国際文化交流を実践する』(2020年白水社刊)という本を京都の書店で見つけました。鈴木勉・高橋裕一・小川忠などの懐かしいお名前を見つけて購入しました。田尻が、国際交流基金の派遣でインドネシアへ行った時にお世話になった方々です。海外の日本語教育は日本語教師だけでなく、国際交流基金の職員もがんばっています。基金の職員もサラリーマンが増えたと言われていますが、海外での仕事に手ごたえを感じている人もまだまだいることを感じてください。
カンボジアの国際交流基金の事務所には、田尻が龍谷大学で教えたソケさんという人が勤務しています。彼は、三島由紀夫の『癩王のテラス』(鈴木亮平さんの舞台では「ライ王のテラス」となっています)の日本での舞台公演の際には、カンボジア人出演者の通訳としても参加していました。
ちなみに、白水社からは『李良枝セレクション』も出版されています。
 
 

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