第33回 2023年度概算要求と日本語教育学会誌の平井論文|田尻英三

★この記事は、2022年9月15日までの情報を基に書いています。
 
今回は、2023年度の各省の概算要求の中身の検討と、日本語教育学会誌『日本語教育』182号の平井さんの論文を基に今後の外国人介護労働者の受け入れに日本語教育が関われるかを考えていきたいと思います。念のために言っておきますが、田尻は引用箇所の表記は元の資料のままとしています。引用ではなく、田尻が書いた文章では表記は一貫しています。

1.2023年度の概算要求の見方

今回扱うのは、概算要求の項目です。当然のことながら、この項目はまだ予算として決定しているものではありません。以前、この「未草」の原稿で概算要求を扱った時には一般の方の反応はなかったのですが、今回いくつかのサイトで今までは言及していなかった文化庁の概算要求の情報が流れています。しかし、文化庁の概算要求だけでは、来年度の政府の日本語教育施策の全貌はわかりません。この「未草」の原稿では、日本語教育に関係すると思われる他の省庁の概算要求も扱います。概算要求とはそれぞれの関係省庁が来年度に向けて財務省に要求を提出しているものなので、今後財務省との折衝で金額や場合によっては項目自体が変更される可能性のあるものなのです。逆に、概算要求の段階で関係省庁の要求項目が出ているので、それぞれの省庁が来年度どのような施策に取り組もうとしているかがわかるものです。その点を注意して読んでください。以下の説明も、今年度の予算との比較を中心にして説明します。最初は、日本語教育に最も関連の深い文化庁を扱いますが、それ以降は「官公庁サイト一覧」の順番に扱います。

(1)文化庁の概算要求

「外国人等に対する日本語教育の推進」では、「1 日本語教育の全国展開・学習機会の確保」と「2 日本語教育の質の向上等」に「拡充」の項目があります。
これら概算の算定基準の資料としては、8月22日の文化審議会国語分科会日本語教育小委員会の「資料5 令和3年度日本語教育実態調査 国内の日本語教育の概要」があります。この資料は重要なものですので、今回の概算要求と併せて読んでください。ちなみに、この概要には、「都道府県別の日本語教育空白地域の数」が出ています。以下では、主要な点のみ「拡充」した項目に触れます。前年度と同じか多少減額された項目については触れませんので、各自でチェックしてください。
 
「1 日本語教育の全国展開・学習機会の確保」の「①外国人材の受入れ・共生のための地域日本語教育の推進」では、対象地域や地域日本語コーディネーターの増を要求しています。
「②日本語教室空白地域解消の推進強化」には詳しい資料は付いていませんが、上に触れた空白地域の資料で示された空白地域の解消のために増額要求されています。
 
「2 日本語教育の質の向上等」の「②日本語教師の養成及び現職日本語教師の研修事業」と「③資格の整備等による日本語教育の水準の維持向上」の項目が「拡充」しています。
「②日本語教師の養成及び現職日本語教師の研修事業」では、「(1)日本語教師養成・研修推進拠点整備事業」が新規の項目となっています。この事業が予算化されれば、2023年度は全国の大学・大学院等専門機関8ブロック8か所にそれぞれ1000万円の予算を付けて日本語教師養成や研修拠点のネットワークを構築することが目指されています。また、「(3)日本語教師の学び直し・復帰促進アップデート研修事業」も新規の事業となっています。この事業は、「日本語教師の新たな資格制度の創設を踏まえ」、有資格の日本語教師の不足や現職日本語教師の学びの継続を目指して4年間実施予定です。つまり、この記述により、新たな資格制度への移行期間は4年間が想定されていることがわかります。いずれも、現在有識者会議で検討されている内容が実施されることを前提に組まれています。
「③資格の整備等による日本語教育の水準の維持向上」では、前年度の4倍強の額となっていて、「1.日本語教師試験等の運用のための環境整備」として、2023年度は「試験システム環境整備事業」を、2023・2024年度は「試行試験実施事業」を概算要求しています。2023年度案では、日本語教師の試行試験の対象者は5000名程度で会場は7か所程度です。「2.日本語教育機関の認定制度等の運用のための環境整備」は、2023・2024年度に、新たに整備された認定制度で認定を受けた日本語教育機関の情報公開の試験運用を行うためのものです。ここでも、現在有識者会議で検討されている内容を実施することを前提とした概算要求です。
 
注目すべきは、2023年度の日本語教育関係の概算要求の「条約難民等に対する日本語教育」という項目で増額要求されたことです。条約難民には在アフガニスタン大使館職員等が追加されました。条約難民・第三国定住難民に対する572時間の日本語教育プログラムを日本語教師(初任)研修修了教員(有資格の日本語教師ということになります)が担当することになっています。この概算要求が認められれば、日本に受け入れる難民に対する日本語教育が体制上拡充されることになります。第三国定住難民については、退所後5年まで効果の調査も行われることになっています。
 
2022年度に新しく予算として認められた「『日本語教育の参照枠』を活用した教育モデル開発事業」の詳しい資料も付けられています。

(2)総務省の概算要求

2023年度の概算要求では、項目としては「多文化共生」は出てきません。
「(4)量子・AIの研究開発」に「(d)多言語翻訳技術の高度化に関する研究開発」の項目が出てきます。総務省は、科学技術の研究開発としての多言語翻訳に視点があります。

(3)法務省の概算要求

法務省の概算要求では、文化庁のように日本語教育施策の項目が立てられていません。以下では、増額された外国人労働者関係の項目を説明します。
 
「Ⅰ共生社会の実現」では、「①外国人材の受入れ・共生社会の実現に向けた取組の推進」があります。ここでは、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」等に基づく施策を実施すると書かれています。「施策と期待される効果」の中に、外国人受入環境整備交付金の項目があります。
「③子ども・若年層を取り巻く人権問題など様々な人権課題の解消に向けた人権擁護活動の充実強化」では、「ヘイトスピーチなど外国人に対する偏見・差別」の項目があります。
「Ⅱ困難を抱える方々への取組の推進」の「①頼りがいのある司法の確保のための法テラスによる総合的法律支援の充実強化」に「外国人の増加に伴い、多言語(現在10言語)での情報提供件数も増加」という項目があります。
 
法務省の概算要求には、前の古川法務大臣が強調していた特定技能制度・技能実習制度見直しのための有識者会議の項目というような具体的な事項への言及はありません。
 
2022年8月12日に、出入国在留管理庁政策課外国人施策推進室より「在留外国人に対する基礎調査(令和3年度)調査報告書」が公開されています。この資料は出入国在留管理庁が今後外国人支援を行う際の基礎資料となる大事なものです。この資料には日本語能力の調査項目があります。また、17ページにわたる「Ⅴ孤独の状況」というユニークな調査項目もあります。この項目は、2021年度出入国在留管理庁委託事業として株式会社シード・プランニングが行った「令和3年度在留外国人に対する基礎調査報告書」を踏まえて作成されています。この資料の正誤表が8月19日に公表されています。
 
なお、概算要求の項目の説明ではないのですが、7月22日に出入国在留管理庁在留管理支援部在留支援課長名で「話し言葉のやさしい日本語の活用促進に関する会議の設置について」が出されています。この会議の構成員として、長く総務省の多文化共生施策に関わってきた明治大学の山脇啓造さんが入っています。日本語教育の専門家としては、聖心女子大学の岩田一成さんが入っています。
この会議の第1回は8月29日に開かれていますが、9月15日現在議事次第や配布資料は公開されていません。この会議の資料や議事概要は「会議終了後速やかに法務省ウェブサイトにおいて公開する」となっています。ただ、「座長は、公開することが相当でないと認めるときは、これらを非公開とすることができる」ともなっています。今後、議事次第や配布資料が公開されるかどうかを田尻は見ていきます。
ちなみに、この流れは2020年2月21日から4回開かれた出入国在留管理庁と文化庁の「在留支援のためのやさしい日本語ガイドラインに関する有識者会議」で検討され、2020年8月に出された「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」の作成や、2021年9月14日から3回開かれた「やさしい日本語の普及による情報提供等の促進に関する検討会議」を受けています。

(4)外務省の概算要求

「柱2 情報戦を含む『新しい戦い』への対応の強化」の「戦略的対外発信の強化」に、「親日派・知日派の発掘・育成」の一つとして「招へい事業の再開。留学生の受入れ、外国人材受入環境整備を含む海外日本語事業強化」があります。外務省の日本語事業には、戦略的対外発信のような視点があることも日本語教育関係者には注目してほしいと思います。田尻は、日本語教育の戦略的な側面ではなく、青臭いと言われても平和外交的な側面を支援していきたいと強く考えています。
 
外務省の概算要求には、独立行政法人国際交流基金運営交付金も含まれています。

(5)厚生労働省の概算要求

「令和5年度厚生労働省予算概算要求における重点要求(ポイント)」には、「円滑な労働移動、人材確保の支援」という項目の中に「介護分野における外国人材の受入環境整備」があります。また、「外国人に対する支援」という項目もあります。同省における個別の項目の資料は、以下のとおりです。
 
「外国人求職者等への就職支援」は、前年度と同額です。雇用サービスコーナーなどへの支援です。
「企業での外国人労働者の適正な雇用管理の推進」は、前年度と同額です。ハローワークの体制整備などです。
「外国人の雇用に係る統計調査について」は、新規の項目です。外国人労働者の雇用に係る新たな統計の整備が必要になったためです。
「外国人技能実習機構交付金」は、前年度と同額です。
「技能実習制度適正化に向けた調査研究事業」は、新規で推進枠です。技能実習制度の見直しには法務省より厚生労働省のほうが積極的だということが概算要求上では見えます。
 
9月4日の新聞各紙には、厚生労働省が「会議現場で働く外国人技能実習生らを、就労開始とともに職員の配置基準に算入する方向で検討を始めた」とあります。厚生労働省によると、「技能実習生らの待遇改善につなげることが目的」ということです。厚生労働省内では、8月26日の社会保障審議会・介護給付費分科会資料5で扱われていることを「看護・介護の日本語教育研究会」の池田敦史さんの情報で知りました。「介護ニュースJOINT」に掲載されている情報です。

(6)防衛省の概算要求

今回の「未草」の原稿の主旨とは関係ありませんが、防衛相の概算要求にも「日本語教育」という語が出ているのを見つけました。
「2.教育訓練演習費」の「(6)留学生受入に関する経費」に日本語教育用教材と消耗品の経費が計上されています。
また、「国際紛争史研究会」経費に「日本語教育に関する経費」が計上されています。
いずれも、田尻にはその内容はわかりませんが、防衛相ではこんなものまで概算要求するのだと知りました。

2.『日本語教育』182号の平井論文を基に外国人介護労働者の受け入れに日本語教育関係者が関われるかを考える

ここで扱う論文は、『日本語教育』182号掲載の平井辰也さんの「外国人介護労働者受入れの現状について—受入れ制度と日本語教育の観点から—」です。この論文は、日本語教育学会2021年度秋季大会の一般公開プログラムでの平井さんの発表「キャリア形成の実態や制度の問題点」を踏まえたものと思われます。秋季大会の発表と学会誌のポイントとは、テーマからだけでは違うように感じますが、田尻自身この秋季大会には参加していませんので、詳細はわかりません。ここでは、学会誌の論文を対象として述べていきます。学会の会員外ではこの論文を簡単に読むことができないので、ここでは必要と思われる箇所をできるだけ多く引用します。

(1)平井論文の構成

この論文の執筆目的は「1.はじめに」に「本稿ではそれら(田尻注:現在行われている4種類の受け入れ制度)の外国人介護労働者受入れ制度が日本の介護人材不足を解決する一助になるかについて考えてみたい」とあります。しかし、「4.まとめ」では、今の制度はわかりにくいが外国人介護労働者と受け入れ現場の努力で評価は高まり、「介護現場では外国人介護労働者の受入れを強く求めている」(平井論文では、この引用箇所は「塚田2021」とのみ記載)としています。そのうえで、「現状では必ずしも使いやすいとは言えない各制度を整備し、介護現場に必要な日本語習得の場を確保し、受入れ側が介護現場に必要な日本語力を正しく測定できる評価法を確保することで、今後外国人介護労働者の活躍の場が広がっていくことを期待したい」と結んでいます。最後の文はわかりにくいように感じますので、田尻は以下のように理解します。〈受入れ側にとって介護現場で必要と考えられる日本語力を測定できる評価法を日本語教育の専門家が作ることで、今後外国人介護労働者の活躍できる場が広がることが期待できる。〉

これは、学会誌12ページ5行目からの「介護現場における日本語能力評価について日本語教育の専門家が評価基準を明確に示せていないことにも問題の要因があると考えられる」という平井さんの主張を前提にしています。「介護現場に必要な日本語力を正しく測定できる評価法」の「正しく」という点については、議論が必要であろうと田尻は考えますがここでは触れません。
 
なぜこんなことをわざわざ書いたかと言うと、平井さんの論文にはずいぶん日本語教育の専門家に気を使った表現が多く、そのための論旨が分かりにくくなっていると、田尻が考えたからです。
 
次に、論文の構成を述べておきます。最初に四つの受け入れ制度の説明と問題点に触れています。そこには多くの問題点の指摘がありますが、残念ながら現場ではどんな問題が起きているかについての平井さんの批判的な考察がありません。たぶん、平井さんはもっと書きたいことがあったのではないかと田尻は推測します。
 
平井さんの四つの制度の比較の説明は正確でていねいです。
 
次に、四つの制度の問題点に触れています。ここでは、従来検討されないままで来た大事な点についての言及があります。例えば、以下のような点です。

・介護福祉士国家試験と日本語能力試験との間に相関があるかについては、データに基づいて考察された研究結果は現時点では示されていない。

・厚生労働省は、介護福祉士国家試験受験にあたり、在留資格のデータを取っていないため、技能実習や特定技能から国家試験合格者がどの程度出ているか不明である。

・日本語能力試験に代わる新しい日本語レベルの指標が介護現場では求められている。

・EPAは、現状では一部の限られた者のみが参加可能な制度となっている。

・受け入れ側の日本語能力についての評価基準や日本語習得の方法について知識が不足していることが考えられる。

・現状ではばらばらに実施されている人材育成における日本語教育を整備し、介護現場が求める外国人介護労働者育成方法を確立させることも喫緊の課題であろう。

田尻もこのような問題点があることは共鳴できますが、その解決にあたって平井さんは「注意深く観察する必要がある」・「…ことが期待されている」・「今後の動向に注目したい」・「活躍の場が広がっていくことを期待したい」としていて、田尻の印象では歯切れの悪い表現となっています。田尻は、平井さんにはもっとご自分の意見を前面に出して書いてほしかったと思っています。しかし、大事な点を指摘しているのは、大いに評価できます。特に、外国人介護労働者の受け入れにあたって、日本語能力試験を使っていいのかという点は重要だと田尻は考えます。

上に述べた平井さんの問題点の指摘を前提にすると、田尻は、外国人介護労働者の受け入れに日本語教育は現状ではお手伝いできないということになると考えます。現在の日本語教育の側に、解決すべき多くの問題点があるからです。
以上述べたように、平井さんの論文は外国人介護労働者の受け入れにあたっての日本語教育の問題点を指摘した論文だと、田尻は評価します。今までの学会誌の論文に比べて、現状に対する批判的な視点が出ています。学会誌の編集委員は、そこまで気が付いているのでしょうか。もし、巻末の「あとがき」にあるように、「多くの人に情報共有していただきたい論考となっています」という言葉を文字どおりに理解すれば、今回の学会誌の「あとがき」を書いた編集委員のK・Nさんも、従来の外国人介護労働者の受け入れのやり方に批判的な考えを持っていることになると田尻は考えます。申し訳ありませんが、K・Nさんがそこまでていねいに平井論文を読んだうえで「あとがき」を書いたのかわかりません。私としては、K・Nさんも現状の外国人介護労働者の受け入れに問題を感じていて、平井論文を冒頭に持ってきたと思いたいのですが、いがかでしょう。

平井さん・K・Nさん、田尻が誤解している点があればひつじ書房の編集部にお知らせください。次号で対応します。個人的なメールは、お控えください。
 
専門分野は違いますが、春木育美さんの「韓国の非熟練労働者の受け入れにみる日本の政策へのインプリケーション」(SYNODOS、2020年10月15日)や、松田尚子さんの「介護労働者の需給推移と人材確保に関する一考察」(『社会福祉学』62巻4号、社会福祉学会)も参考になります。
 
※この時期は、西日本国際教育学院の法務省告示抹消などの残念なこともありますが、「未草」の原稿の主旨とは合いませんので触れないことにします。
 
 


 
 

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