第31回 大きく前進した日本語教育施策|田尻英三

★この記事は、6月16日までの情報を基に書いています。

今回は、前回の記事で触れた日本語教育学会関係の後続情報と、「骨太の方針2022」・新しく始まった文化庁の有識者会議・外国人受け入れのロードマップなどの情報を中心に述べます。

今回扱う情報は、日本語教育学会の「お知らせ」には全て出ていません。「にほんごぷらっと」も同様です。webjapaneseは、今までの情報をよくフォローしています。

1. 日本語教育学会の学会誌や神吉さんの情報発信の問題点

前回30回の記事で触れた『日本語教育』181号の神吉さんの論文批判について、その後学会誌の特集を担当した松下達彦さん・荻原稚佳子さん・澤田浩子さんや神吉さんからは、何の反応もありません。田尻には、日本語教育学会の学会誌としての研究の公平性や客観性に疑義をはさまざるを得ません。

神吉さんについては、無視の姿勢が明らかです。後で扱う新しい文化庁の有識者会議の席上で、田尻は他の委員に「未草」の原稿に前の有識者会議のことを書いているので参考にしてほしいという発言をしました。したがって、当然神吉さんは「未草」の原稿のことを知っているはずです。ところが、その有識者会議の後の6月4日に公開した「続・日本語教師の資格の話」というnoteの記事には、「未草」の原稿のことには全く触れていません。

日本語教育学会の執行部の方々も、政策面に関することは関わりたくないという態度を取っています。現在、自民党や公明党では、今後成立を目指している日本語教育の法案作成のためにヒアリングを行っていますが(公明党についてはすでに提言を出しています)、その席には必ず日本語教育学会の会長か副会長が出席しています。しかし、その席上、日本語教育学会のどなたからも発言がありません。公明党のヒアリングでは、zoom会議の間中画面から退出した方もいらっしゃいました。日本語教育学会会員の方々は、このような学会執行部の態度に何の疑問もいだかないのでしょうか。この件に関しての日本語教育学会の対応について、田尻はもう期待しませんので今後は扱いません。

神吉さんの有識者会議のnoteの記事については、後で扱います。

2. 日本語教育施策が動き出した

(1) 骨太の方針2022

「経済財政運営と改革の基本方針2022」(いわゆる「骨太の方針」)は、6月7日に閣議決定されました。ここに書き込まれている項目は次年度の予算編成時に積算根拠となるもので、ここ書き込まれているかどうかは施策の実効性に大きな意味を持ちます。この「骨太の方針2022」の「外国人材の受入れ・共生」の本文に「日本語教育の推進や外国人児童生徒等の就学促進を含め、『外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策』等に基づき施策を着実に実施し、外国人との共生社会の実現に向けて取り組む」初めて書き込まれました。その箇所の注に「日本語教師の新たな資格制度及び日本語教育機関の水準の維持向上を図る認定制度に関する新たな法案の速やかな提出、地域の日本語教育の体制作り、学校における日本語指導体制整備を含む」と書かれています。昨年度までは注だけの扱いでしたが、今年から本文に書き込まれたという意味は大きいと田尻は考えます。

日本語教育に理解のある国会議員の方々のご努力で、やっとここまで漕ぎつけました。日本語教育関係者は、日本語教育が国政レベルで認知されたという意味をもっと感じてほしいと思います。

(2)「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」と「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(令和4年度改訂)」

第30回の「未草」の原稿で、この件について触れることをお約束しました。この施策は、出入国在留管理庁が2021年11月29日に「外国人との共生社会の実現のための有識者会議」(当初は日本語教育への言及はなかったのですが、公明党の石川博崇議員のご尽力で四つの柱の一つとして位置付けられました)の意見書としてまとめられ、2022年4月13日に公表されました。4月25日までにパブリックコメントを募集しましたが、6月15日現在その結果は公表されていません。300件以上の意見が寄せられたと聞いています。この意見書では、三つのビジョン(安全・安心な社会、多様性に富んだ活力ある社会、個人の尊厳と人権を尊重した社会)と、以下の四つの重点事項が挙げられていて、2022年から2026年までの工程表が示されています。

①円滑なコミュニケーションと社会参加のための日本語教育等の取り組み

②外国人に対する情報発信・外国人向けの相談体制の強化

③ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援

④共生社会の基盤整備に向けた取り組み

この意見書が、6月14日の外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議で、「外国人との共生の実現に向けたロードマップ」としてまとめられました。これは、今後の日本語教育の方向性を示したマスタープランと言えるものです。NHKのNEWSWEBに「松野官房長官は、日本語教師の新たな資格の創設などに関する法律を速やかに国会に提出するよう関係閣僚に指示しました」と出ています。いよいよ日本語教師の資格や日本語教育機関の認定制度が政府の行動プランとして認められたことになります。これは、日本語教育施策実施への大きな一歩となります。こんな大きなニュースを日本語教育学会を始めとした関係者の話題にならないと言うこと自体が、田尻には不思議でなりません。

このロードマップには、2022年度から5年間の「具体的な施策に係る工程表」が付されています。この施策は将来のことではなく、2022年度から始まる喫緊のテーマであることを日本語教育関係者は知るべきです。同時に公表された「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(令和4年度改訂)」には、対応策に関係するロードマップの項目が紐づけられています。

以下では、ロードマップの四つの重点事項のうち、日本語教育に関係する①のみに関わる項目の一部を列挙します。どのようなことが扱われているかということを知っていただくためで、全部を扱う余裕はありません。詳しくは、元の資料をご覧ください。

外国人材受け入れ・共生のための地域日本語教育推進事業(1)・(2)として、希望する外国人が生活のために必要な日本語教育を受ける機会提供の推進と、個々の学習ニーズやレベルに応じた学習計画・カリキュラムや教材の作成に係る支援などが挙げられています。

次に、「日本語教育の参照枠」を活用した、日本語教育機関の水準を客観的に評価・明示できる仕組みの構築として、ライフステージに応じた日本語学習を積み上げていくためのガイドラインの作成、「日本語教育の参照枠」を活用した日本語教育機関の教育水準か可視化され質の向上が図られることなどが挙げられています。

そのほか、外国人に対する総合的な支援をコーディネートする人材の育成・活躍等、日本語教室空白地帯解消推進事業による日本語学習機会の提供、生活オリエンテーションの推進、生活オリエンテーションに係る地方財政措置の周知、日本語教育に関する既存のICT教材の充実及びオンライン講座の実施検討、日本語教育機関の日本語教育水準の向上等及び日本語教育を担う者の能力及び質の向上等、学校における日本語学習のガイドライン作成などが挙げられています。

(3)文化庁の「日本語教育の質の維持向上の仕組みに関する有識者会議」(事務局では「日本語教育質向上会議」と略称する)

昨年度の「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」(「日本語教育の推進のための仕組みについて」という報告書を作成)に続いて、日本語教育の法案化のための必要事項を有識者会議として検討する会議の第1回が5月31日に開かれました。第1回は、事務局からの資料の説明と、委員の自己紹介や問題意識を披露するだけの会議でした。従来のこの種の会議に比べて、認証評価の専門家が入っているのが、会議構成上の特徴です。第2回目は、現在日程調整中です。

第1回は事務局からの資料の説明だけで、検討の中身には入っていません。

今後の会議で扱うテーマは、資料3「日本語教育機関の認定制度・日本語教員の国家資格(検討にあたってのイメージ)」の中の「本有識者会議での主な検討事項(案)」に書かれています。

この「質向上会議」では、日本語教育機関の認定制度に関することとして認定の基準・自己点検情報公表、日本語教師の国家資格に関することとして筆記試験・教育実習・指定教員養成機関・日本語教員の登録が挙げられています。

これらの検討事項についてはこれからの会議で扱われるので、ここでは田尻の私見は述べません。それは、会議の方向性に対しての予見を与えかねないと考えたからです。

その点で、神吉さんのnote「続・日本語教師の資格の話」の記述が気になります。「この会議について報道された記事(田尻注:朝日新聞電子版の記事とそれに対する二人の方のコメントのみを扱っています。「教育新聞」の記事については触れていません)を読んで、混乱している関係者が一定数いるようなので、現状を簡単にまとめます」とnoteにありますが、神吉さんはどんな立場で現状をまとめることができるというのでしょうか。神吉さんは田尻同様一委員にすぎませんし、しかもまだ全くこの会議での議論は始まっていません。このnoteは、神吉さんの推測の記事にすぎないということを読者に知ってほしいと田尻は考えます。「今後、おそらく認定機関への『必置資格』として登録日本語教員を位置づけるという方向で議論が進むのだと思います」という記述も、田尻には意味不明です。神吉さんのこの文は、資料3の最初にある「検討にあたってのイメージ」をそのままなぞっているだけです。神吉さんは、「登録日本語教員」の意味を事務局に確かめたのでしょうか。神吉さんがどのような文章をお書きになってもそれは個人の自由ですが、読むほうは、研究者による客観的な裏付けがある文章であり、なおかつ所属委員として何らかの公開されていない資料に基づいて書いているかもしれない文章だと捉える可能性があることを、神吉さんには考えてほしいと田尻は思っています。田尻は、今後の「質向上会議」での検討状況の推移に対して、根拠不明な予見をもって見てほしくないと強く思っています。

この第1回目の「日本語教育質向上会議」で扱う内容については、今後の検討課題として今回の「未草」の原稿では触れません。以下では、これも日本語教育関係者の話題になっていない、配布資料の中の大事な資料や参考資料について触れます。

田尻は、資料5-1の「令和3年度大学等及び文化庁届出受理日本語教師養成機関実態調査結果概要」5-2の「令和3年度日本語教育機関における自己点検・評価等に関する実態調査結果概要」にまず注目しました。例えば、前者の「修了者の進路」に、令和2年度の大学で日本語教師養成課程修了者で日本語教育関連に進んだ者は、わずかに4.9%に過ぎないという驚くべき実態が報告されています。つまり、大学の日本語教師養成課程は、日本語教師養成の課程になっていないことを示しています。大学学部の教育課程で必須の教育内容に対応していない大学や検討中の大学が一定数あるのも驚きます。これらの数字を、大学で日本語教師養成に関わっている教員は、どのように感じているのでしょう。後者の「基本情報」で、日本語教育機関の株式会社・専修学校・各種学校などの割合もわかります。その他、大事なデータが提出されています。これらのデータが日本語教育関係者の間で話題にならないことのほうが、田尻には不思議です

参考資料23も、大変有用な資料です。現在までの日本語教師養成や日本語教育機関の評価に関する資料が揃っていて、今後の日本語教師の資格や日本語教育機関の評価に関する基礎資料と言えます。日本語教師の年収や大学の留学生別科のことも扱われています。

(4)参議院決算委員会での里見隆治議員の質問

ここまで扱ってきた日本語教師の資格と日本語教育機関の評価のテーマを締めくくるように、6月13日の参議院決算委員会で里見議員が末松文科大臣に質問をしました。委員会を中継していたNHKの画面に「日本語教育」という文字が出たのを見て、やっとここまで来たのかと感慨深いものを感じました。里見議員は、日本語教育推進議連の事務局長です。

このウェブマガジンのテーマに関係する里見議員の質問は、二つあります。一つは、ウクライナ避難民への支援期間の延長です。もう一つは、日本語教師の国家資格化と日本語教育機関の水準の維持向上を図る認定制度に関する法案提出の必要性です。後者の質問に対して、文科大臣は公明党の要望書を受けて、「新たな法案の提出が必要かと考えております」、「日本語教育の質の維持向上の仕組みの更なる具体化のために有識者会議を設置いたしまして、議論を進めているところでございます」(注:田尻のメモによる)と答えました。この里見議員の質問により文科大臣が日本語教育の法案提出の必要性を認めたことになる大事な発言です。里見議員は、この質問の最後に「早期の法制化を進めていただきたいと思います」と念を押していただきました。残念ながら今通常国会での法案成立はなりませんでしたが、早い機会に日本語教育の法案が国会審議にかかることの目途が立ったと田尻は考えています。決して日本語教育の法案が流れたわけではないことを、このウェブマガジンの読者には記憶してほしいと思っています。

(5)日本語教育の将来像を作る

以上述べたように、日本語教育施策は具体的に形を作りつつあります。日本語教育関係者の中で、この流れに批判的な意見を持っている方は、今こそその意見を発信すべきです。お役所が勝手に施策を作っているから自分は関知しないというような態度は、次に日本語教育を背負っていく世代への無責任な態度と言わざるを得ません。

今こそ、日本語教育関係者が総力を挙げて、新しい日本語教育の世界像を提言すべきと田尻は強く感じています。

今回は、特に「留学」の問題を扱いましたが、現在「就労」や「生活」に関する重要な施策が進んでいます。田尻の能力・体力のこともあり、最近の「未草」の原稿では、この方面の話題を取り上げていません。お伝えしなければいけない情報も、たくさんあります。このようなテーマに取り組む志のある方の出現を期待します。

田尻は、今進められている施策が法制化され、社会で定着するまではがんばろうと思っています。

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