第25回 外国人の受け入れに日本語教育は関われるのか|田尻英三

★この記事は、2021年9月9日までの情報を基に書いています。

「資格会議」の報告が、文化庁のサイトで出ています。「日本語教育の推進のための仕組みについて(報告)〜日本語教師の資格及び日本語教育機関評価制度〜」(以下「報告」と略称)が、それです。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001182&Mode=0&fbclid=IwAR2g_ISh_AMwBU_Q5TWXVmA2H6ExmeLpSFXUtUC8gBUcC4gptPoCW6qkDEI

このURLには、「報告」の本文とパブリックコメントの募集先が出ています。したがって、ここでは「報告」の本文は引用しません。かならず元の資料にあたってください。

このウェブマガジンをお読みの方は、パブコメを文化庁に出すようにお願いします。たくさんのパブコメが寄せられることで、この問題の関心度が社会的にも文化庁側にも明らかになるのです。
今回の記事は、このパブコメに直接的な影響を与えないように注意して書きますが、「報告」の問題点は指摘します。読者の方は、この記事を参考にして、自分が関心を持っている点についてご意見を提出してください。
この報告で書かれたことについての次の動きはすでに始まっていますが、それについては書ける範囲で書き込みます。
この「報告」の内容は、日本語教育の将来像に大きく関わってきています。日本語教育関係者に限らず多くの方に関心を持ってほしいという願いを込めて、この記事を書きます。

なお、この「資格会議」では西原座長も田尻も説明を求める際に「事務局」という語を使っていてわかりくいかもしれませんので、説明します。基本的には、事務局とは文化庁国語課を指します。田尻は、会議の進行に関して相談した文化庁国語課の柳澤課長・竹下専門官・藤田計画普及係長と連絡を取っています。したがって、田尻は、あくまでもこの3人の方からの情報を基に会議で発言しました。お名前を出したことについてはそれ以上の他意はありません。この大事な「報告」が、どのようにしてまとまっていったかを記録しておく必要があると考えたためです。

1.「報告」の出来上がるまでの流れを整理する

この「資格会議」では、日本語教師の資格の在り方と「日本語教育の推進に関する法律」附則第2条の「日本語教育機関の類型化」の二つのテーマを扱うことを目的としていました。

(1) 日本語教師の資格を考えるうえでの前提


内閣法制局からと聞いていますが、日本語教師の資格を決めるためには、まずは日本語教師の職務の範囲をはっきりさせなければいけないと言われたので、附則第2条との関係で日本語教育機関の類型化が「資格会議」に提出されました。
「報告」の7ページにあるように、これまで日本語教師は「生活者、留学生、児童生徒、就労者、難民等」に日本語教育を実施してきたことが明記されていて、それらを一々類型化する考え方もあったとは思いますが、事務局は三つの類型にまとめました。
ここで日本語教師の職務の対象として、主として進学目的の「留学」以外に、外国人労働者が「就労」するための日本語能力習得や、在留外国人の日本で「生活」するうえで必要な日本語能力の習得が必要であることが示されました。

(2)日本語教育が「就労」と「就学」に関われる機会を逸した


田尻は9ページの注5にあるような「就学」は大変大事なテーマなので、3類型の中の「生活」で扱ってほしいと事務局にも言い、会議でもそのように発言しました。事務局からはこの点についての異論はなかったので「資格会議」で取り扱われると思っていましたが、「報告」では「今後検討を行うことが必要である」とあるだけで、「資格会議」での「就学」についての検討はありませんでした。この点について、外国人児童生徒の日本語教育に関わっている人たちからのまとまった意見表明があったのでしょうか。たとえば「子どもの日本語教育研究会」などでは実践研究の多くの例は見られますが、日本語教育施策についての発言は見られません。興味がないのでしょうか。それとも意見などを言うべきではないと考えているのでしょうか。田尻は、この分野に関わっている人たちの考えも理解できません。もしそのような意見表明があるのであれば、ひつじ書房までお知らせください。次の「未草」の原稿で訂正します。

田尻は、この段階では、事務局に「資格会議」では「就労」や「生活」にも一定の時間をかけて検討してほしいということを強く言いました。実際に施策を決めるためには、総務省・厚生労働省・法務省出入国在留管理庁などとの難しいやりとりが必要であり、時間もかかると予想されるので、検討すべき項目だけでも「資格会議」では挙げておくという妥協案も事務局に示しました。ただ、結果的には、あとで扱うように、今後の検討事項となってしまいました。日本語教育が、外国人労働者の受け入れ段階での日本語習得や在留外国人の児童生徒の日本語習得に関われる機会であっただけに残念です。

2.「報告」で示された事項


(1)日本語教師の資格


日本語教師の国家資格を示す公認日本語教師という資格を取るためには、全員が日本語教育能力を判定する新しい試験を受け、教育実習を修了することが求められます。ただし、基礎的な知識を測定する筆記試験①と教育実習は、文部科学大臣が指定する指定日本語教師養成機関を修了した者は免除できます。大学等で日本語教師養成を行っている機関は教育内容を審査されますが、大学認証評価等と重複する審査については手続きを今後検討することになりました。
つまり、従来は大学等で日本語教師養成課程を持っている機関の卒業生は、課程を修了するだけで法務省の日本語教育機関の告示基準にある日本語教育機関の教員の要件を満たしたことになっていましたが、今後日本語教師の国家資格を取得しようとする者は全員新しい試験に合格しなければならないことになりました。筆記試験②は、従来主専攻と呼ばれた課程の学生も合格しなければなりません。日本語教師養成課程を持っている大学は、今後教育内容が審査されることになり、修了生で国家資格取得希望者には新しい試験への対応をしなくてはならなくなります。この大きな変更点についての大学の日本語教師養成課程の担当教員からの意見表明を田尻は知りません。
新しい制度ができたあとは、各大学の入学試験のサイトにこの点を明示する必要があると田尻は考えています。

公認日本語教師の更新講習や、日本語教師の学士要件は、この「報告」ではなくなりました。ただし、学士要件については、8ページに「日本語教師採用機関が学士以上の学位を必要とする場合は、個別に学士以上の学位を採用時の要件として課すことで対応が可能である」と含みを持たせた表現となっています。

現職日本語教師等の資格取得方法は、今後の検討事項です。

(2) 日本語教育機関の水準の維持向上


日本語教育機関の範囲は、とりあえず上で述べた3類型としています。

機関単位の認定の評価制度の中身は、今後の検討事項です。

日本語教育機関への支援については、いくつか例示されています。財政的な支援については、この「報告」では扱えません。

この「報告」では、現在900以上ある日本語教育機関を全て支援する訳ではないことが「優良日本語教育機関評価制度の検討」という項目でわかります。どの機関が優良かは、今後の検討事項です。

3.今後の検討事項


「報告」に今後検討するとある項目を列挙すれば、おのずとこの「報告」の限界も見えてきます。
「報告」のページの順に挙げていきます。

  • 教育実習担当員と教育実習指導者の要件―今後検討を行う必要がある
  • 大学等が指定日本語教師養成機関になるための審査―今後検討を行う必要がある
  • 大学の日本語教育に関する教育課程修了者の試験や教育実習の免除―今後適否を含め検討する必要がある
  • 現職日本語教師等の資格取得方法―慎重に検討を行う
  • 公認日本語教師の資格取得の動機付けー今後検討を行う必要がある(ここには書かれていませんが、日本語教育機関が評価を受ける際には一定数の公認日本語教師の採用が想定されえます。これがはっきりすれば、資格取得の動機付けとなります)
  • 「就学」等その他の類型の必要性―今後検討を行うことが必要である
  • 大学の留学生別科の取扱いー今後の状況等を踏まえつつ検討することとする
  • 日本語教育機関の評価制度―今後のニーズに応じて優良日本語教育機関評価制度についても段階的に検討することとする(11ページには「今後検討が必要である」となっている)

以上の事項を見てもわかるように、多くの大事な事項が検討されないまま残されています。これらの事項が今後検討されるかどうかは、パブリックコメントの多さや来年度の予算で項目化されているかどうかで一応判断できます。この点は、予算の継続性も関わってきますので、現時点ではどうなっていくかは判断できません。

4.日本語教育の社会的な役割は不明のまま


田尻が考えている日本語教育は、日本語教育学や日本語教育学会とは異なるものです。田尻が考えている日本語教育は、日本国内にいる外国人に日本語を習得してもらう場や、国外で日本語を習得する場を社会的に認めて、それに関わる人たちが経済的に自立できるようにするための環境作りです。
そう考えると、今回の「報告」に日本語教育が「就労」や「生活」の場面に関わることを具体的に示めせなかったことは大変残念です。「資格会議」の委員の方々の中には、この悔しさが共有できなかった方が多かったように感じています。
その結果、田尻が考える日本語教育の社会的な役割が、「報告」ではあいまいになったままになっています。
国会議員による日本語教育推進議員連盟の会合や「日本語教育の推進に関する法律」が成立して、日本語教育への社会的な関心が高まりました。それを受けて、「資格会議」で日本社会における日本語教育の役割の見取り図を作ろうと懸命に努力してきましたが、不十分な結果となりました。
この間、上記の流れに対して、日本語教育関係者の反応が鈍かったことは残念でなりません。
上に述べましたように、日本語教育に関心がある人が直接文化庁に意見を出せる数少ないチャンスは、パブリックコメントの提出です。どうかこの機会を逃さないでください。

5.今後の動き


菅首相の退陣に伴い、衆議院選挙へと向かう政界の流れは、予想がつきません。来年度の予算も、新しい総理大臣の下では組み換えも予想されます。場合によっては、その前に補正予算が組まれるかもしれません。外国人の日本への受け入れも、目途が立ちません。
それでも、国会議員や文化庁の職員の中には、日本語教育を支援しようとする力強い動きがあります。その支援を後押しするためにも、多くの方々が日本語教育に関心を持ち、意見を発表することが必要です。
このような状況ですから、不正確な噂や裏情報を知っているという人の話などがもっともらしく流されます。面倒でも、自分で情報を確かめください。そのために、この記事が役に立てば幸いです。

パブリックコメントは、お読みになった感想や今後検討を継続してほしいことなど、自由に書いてもいいと田尻は考えています。まずは、何よりも多くのパブリックコメントを送ることが大事です。





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