「やさしい日本語」は在留外国人にとって「やさしい」のか?|第4回 「やさしい日本語」の専門用語|永田高志

今回は、語彙の内でも専門用語について考えたい。まず考えられるのは、多くの場合「やさしい日本語」では、漢語や外来語を避けてできる限り和語で書き換えるように指導されている。しかし、専門用語は外来語や漢語になる必然性が高く、和語に置き換えることが難しいのではないか、また、専門用語は特別な意味を定義によって担っている語なので書換えは難しいのではないかという問題である。私の経験では、言語学の専門書を読むときには英語の専門用語が理解の手助けになる。他の分野の専門書は読めないが、言語学に関しては定義のはっきりしている専門用語が私にとっては必要となる。

1. 専門用語は言い換えすることによってやさしくなるのか。

私は以下の文章を2007年に書いた。

弘前大学人文社会科学部社会言語学研究室が災害時に外国人に情報を伝えるという目的で「やさしい日本語」を提唱している。……外国人に対しての分かりやすい日本語は日本人にとって分かりやすい日本語であるかという疑問が湧く。「消防車」を「ひを けすための くるま」、「外国人相談窓口」を「がいこくじんが しつもんできる ところ」、「天気予報」を「てんきの にゅーす」と言い換えると確かに外国人にとっては分かりやすいと思われるが、果たしてこの言葉を外国人から聞いた日本人が意味をすぐに理解できるかが問題である。「津波」は「とても たかい なみ」と言い換えされているが、スマトラ島沖地震・津波が起ったとき実際スリランカに滞在していたが、‘tsunami’ という日本語からの借用語がニュースで使われているのに驚いた。これらの用語を日本人は専門用語としか聞いておらず、果たして言い換えされると理解できるのかも考える必要がある。情報は日本人から外国人に対して一方的に送られるのではなく、外国人から日本人に対しても送られてくるので、双方にとって分かりやすい日本語であることが必要と思われる。(p.223)

(cf. 永田高志 「国際化の言語政策」『言語と文化の展望』英宝社、2007年)

はたして、2015年に出版された気象庁・内閣府・観光庁『緊急地震速報・津波警報の多言語辞書』では、「津波つなみ」とそのまま言い換えなしに専門用語として提示されている。2004年に起ったスマトラ沖地震・津波以降、‘tsunami’ が国際的に広まった。

少子化の影響で、介護福祉士や看護士が不足しており、外国人に頼らざるを得ない状況になっている。しかし、一般の日本人にも理解困難な「褥瘡じょくそう齲歯うし」のような専門用語が介護の世界では使われており、遠藤織枝+三枝令子編著『やさしく言いかえよう 介護のことば』(三省堂、2015年)のような出版物も出され、専門用語の難解さが問題となっている。私のかつての勤務先近畿大学に附属看護専門学校があり入試業務で行ったことがある。「ひょっとすると」と気になっていたので患部を看護士の人に見せて何かと聞いた。「セツですね」と言われて、聞いたこともない語で気になって後で調べたら「癤」で「おでき」のことであった。個々の置き換え例を見ていこう。

1.1. 相談窓口

*島根県(公財)しまね国際センター『「やさしい日本語」の手引き』2014年
「②相談窓口」を「②相談そうだんできる ところ、相談そうだんする ところ」と書き換えている。「リーディングチュウ太」によると日本語能力試験N4程度の語彙とされているが、そもそも「相談」という語は難しすぎないか。島根県の『「やさしい日本語」の手引き』では前に、「①記入する、記載する」を「①きます」に書き換えているが、「相談」と「記入・記載」は同程度に難しい語と思う。日本語能力試験では「記入」はN2~3、「記載」はN1とあるが、難易度の基準はあるのであろうか。「相談」を『広辞苑』では、「互いに意見を出し合って話し合うこと。談合。また、他人に意見を求めること」とある。『明鏡国語辞典』では、「適切な結論を出すために、他人と話し合ったり他人の意見を聞いたりすること。また、その話し合い」とある。漢語「相談」も多義語化していて、「相談窓口」では、「(係の人に)意見を求める」窓口であって、「(係の人と)話し合う」窓口ではない。「質問」はN5程度の日本語であって、より簡単にするのなら、「相談窓口」を「質問できるところ、質問するところ」に書き換えた方が良いのかもしれない。「聞くところ」のように基本的な和語に置き換えると第3回で示した多義語の問題が起る。「相談窓口」のような「相談」は、英語では ‘consult’ 、中国語では「咨询」を使う。

*埼玉県総合政策部国際課『外国人にやさしい日本語表現の手引』 2006年
外国人相談窓口→ 外国人相談窓口〈外国人が相談できるところ〉
のように、説明を加えている。

*京都市保健福祉局障害保健福祉推進室『「分かりやすく伝えるため」の手引き」』2018年
「相談窓口」を「相談するところ、相談できるところ」と書き換えている。

*福岡市総務企画局国際部国際政策課『使ってみよう「やさしい日本語」』 2018年
「外国人相談窓口」を「外国人が相談できるところ」のように、書き換えている。

1.2. 避難所

大阪府府民文化部 都市魅力創造局国際課 国際化推進グループ『やさしい日本語用語集』2020年 http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/38546/00000000/5.pdf
「避難する」を「にげる」、「避難所」を「にげる ところ(家の かわりに 住むところ)」、「避難場所」を「にげる ところ」と書き換えているが、「避難」は『広辞苑』では、「災難を避けること。災難を避けて他の場所へ逃れること」、『明鏡国語辞典』では、「災難を避けて安全な場所へのがれること」とある。「AからBににげる」は、「にげる」の焦点はAなのかBなのか。「にげるところ」だったら、「ここは危険だから、にげるところ(=A)だよ」という意味にならないであろうか。「逃げ場所」・「避難所」だったらBであろうか。しかし、「避難口」・「逃げ口」はAである。火災が起って、ビルの中で「にげるところはどこだ。」は「逃げ口」を指す。英語では、‘escape’ は ‘escape to the mountains for several months’ のように‘to’ でつなげることもあるが、‘escape from (out of) the burning house’ で ‘from’ や ‘out of’ を普通はつなげる。英語母語話者だったらどちらで解釈するのであろうか。中国語では、「避难所」は日本語と同じ意味である。

*京都市総合企画局市長公室広報担当『「分かりやすく伝えるため」の手引き』 2020年
「避難する」を「逃げる」、「避難所」を「避難所(逃げるところ)」と書き換えている。

*福岡市総務企画局国際部国際政策課『使ってみよう「やさしい日本語」』2018年
「避難する」を「逃げる」、「避難所」を「避難所(逃げるところ)」と書き換えている。

個人的経験であるが、ハイキングで海岸に行った時、昼食を摂りたいと思ったが、近くに飲食店が見つからず、地元の人に「どこか食べる所ないですか」と聞いた。その人は、「この近くではどこでも座って食べてもいいよ」と答えてくれた。その人は、私が弁当を持ってきているので、どこか食べるのに適当な場所はないかと聞いたと思ったのである。「食べるところ」も二つの意味を持っている。「食事処」は飲食店しか指さない。旅館などでは、「食事場所」は、部屋食と食事処と使い分けているのが分かった。すなわち、「食事場所」は「食事を食べる所一般」、「食事処」は「特別に食事のために設えた場所」というような違いであろうか。複合語は二つ以上の形態素を組み合わせて作る語であるが、組み合わさると形態素それぞれの意味ではなくそれ自身で別の新たな意味を持つ場合もある。分解して書き換えると意味が分からなくなることがある。

1.3.  とんだばやし国際交流協会『やさしい日本語活用冊子』 2005年

この冊子は、とんだばやし国際交流協会が大阪府の委託(『「言葉の壁」を超えるコミュニケーション手法開発事業』)を受けて企画編集したものである。

日常生活におけるさまざまな場面を取り上げ、会話形式で「やさしい日本語」の言い換えを示しています。5か国語に翻訳された「基本単語集」は、指差し会話帳としても活用できます。

(cf. http://www.pref.osaka.jp/kokusai/kotobanokabe/index.html)

とある。書き換えに以下のような問題があると思われる。

1.3.1. 受付時間

「受付時間」を「あいているじかん」と言い換えているが、役所の窓口で外国人住民から「あいているじかん」と聞かれると「暇な時間」と間違えないだろうか。『明鏡国語辞典』では、「あく」は、「①[開]隔てや覆いなどが取り除かれて、閉まっていたものが開(ひら)いた状態になる。②[開・空]穴などの空間ができる。③[空]中身が全部使われて器がからになる。④[空]占めていたものがなくなって、場所・時間・身体・道具などが使用できる状態になる。⑤[空]欠員ができてその地位に誰も就いていない状態になる。⑥[開]〔入口の戸を開けて始めることから〕商店などの業務が始まる。また、その業務が行われる。ひらく。⑦[開・空・明]空間的・時間的間隔が生じる。⑧[明]目が見えるようになる。⑨[明・開]衣服の部分が広く開かれたりつなぎ目がなかったりして、開放された状態にある。⑩[明]物忌みや契約の期間が終わる。開ける。」とあり、この場合は⑥の意味で使っているが④の意味で理解される恐れがある。漢字も「開・空・明」が使われており、第3回で述べた多義語の問題が絡んでくる。また、類義語として、「あく[開く]」、「すく[空く]」、「ひらく[開く]」があり、「ひらいているじかん」の方が理解しやすいのかもしれない。

1.3.2. 消防・警察

また、「消防士」を「しょうぼうしょの ひと」、「消防車」を「ひを けすための くるま」と書き換えているが、では、「しょうぼうしょ」はどう説明しているのであろうか。同じく、「警察官」を「けいさつの ひと」、「警察署」を「けいさつ」と書き換えているが、では、「けいさつ」はどう説明しているのであろうか。『明鏡国語辞典』によると、「警察」は「①国民の生命・身体・財産の保護、犯罪の予防・捜査、社会秩序の維持を目的とする行政。また、その組織。②「警察署」の略。」とあり、①の定義をすると外国人には余計に理解できなくなる。どの国のも警察はあり、例えば、英語で ‘police’ と翻訳するとすぐに理解される。説明より母語への翻訳の方が理解しやすいと思われる。

1.3.3.  にゅーす

「お知らせ」を「にゅーす」、「情報」を「にゅーす」、「天気予報」を「てんきの にゅーす」と書き換えている。「にゅーす」は英語の ‘news’ からの借用語で外国人には分かりやすいと考えたのであろうか。しかし、『ジーニアス和英辞典』では、「天気予報」は、 ‘weather forecast [≪米≫ report]’ とある。

1.3.4. 家庭

「家庭」を「いえ」と書き換えている。では、「家が燃えている」は「家庭が燃えている」の意味であろうか。『明鏡国語辞典』によると「いえ(家)」は、「①人が(家族とともに)住むための建物。②夫婦・親子・兄弟など、住まいと生計を同じくする人によって構成される生活共同体。また、その構成員。③家名・家系・家督・家産・家柄など、代々受け継がれるものとして見た「家」②。④民法旧規定で、戸主の統轄のもとで戸籍上一家をなしている親族の団体。」とあり、「うち」との関係で主に建物の意味で使われており、安易な和語への書き換えには問題が残る。

1.4. 救急車

*出入国在留管理庁・文化庁別冊、『やさしい日本語書き換え例』2020年8月「救急車きゅうきゅうしゃ」を「きゅう病気びょうきひとや、けがをしたひと病院びょういんはこくるま。」と専門用語を説明している。

*岡山県『やさしい日本語てびき』2015年 やさしい日にほんご本語の手てびき「救急車きゅうきゅうしゃ」を「けがをしたひとせて病院びょういんくるま」と書き換えるように指示があるが、急病人はどうするのであろうか。

*京都市総合企画局市長公室広報担当『「分かりやすく伝えるため」の手引き』 2018年

(3)市役所などでもよく使われ,知っておいた方がよいと思われる言葉はそのまま使い,その言葉の後に言い換え表現を続けて使用する。「救急車 病院の車」

とあるが、厳密に言うと、「救急車」は「病院の車」ではなく、地方自治体管理の車であり、「救急車は、傷病者を病院などの医療施設まで迅速かつ安全に搬送するための車両である。」(cf. Wikidedia)。

やさしく書き換えるか、専門用語としてそのまま残すか、地方自治体によって揺れのある用語である。

1.5. 処方箋

*豊橋市多文化共生・国際課『「やさしい日本語」を使ってみよう!』2015年

②固有名詞はそのまま残し、そのことばの後に( )などを使用し言い換えを行う
行政文書には特有の固有名詞があります。特に良く使われ、覚えてもらう必要のある言葉はそのまま残し、すぐあとに言い換えを行います。
(例)処方箋→処方箋しょほうせん必要ひつようくすり種類しゅるいりょうくすりかたいてあるかみ

専門用語を固有名詞と解釈している。そうすると、「固有名詞とは」の定義が必要になるが、「役所ことば」の意味で使っていると想像する。言語学の知識の欠如から来る間違いであろうと思われる。また、「薬を飲む」と「飲む」を使っているが、「薬」の場合は「飲む」は、英語では ‘take’ 、中国語では「吃」で表わし、液体の薬と誤解される可能性がある。

*出入国在留管理庁編の『生活・就労ガイドブック』2019年
「処方箋」という用語が「薬局では,医師が発行した処方箋に基づいて調剤を行っており,処方箋医薬品を購入することができます」のように使われているが、その「やさしい日本語」版、『生活・仕事ガイドブック』2019年には、一切説明がない。専門用語は説明できないと判断したのであろうか。英語版では、‘A pharmacy is a shop where pharmacists prepare and compound prescription medicines for you.’ のように翻訳している。「処方箋」は ‘prescription’ と訳されている。『生活・就労ガイドブック』について詳しくは次の1.8を参照してほしい

1.6. 暗証番号

*出入国在留管理庁・文化庁、『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』2020年8月
専門用語に対する基本的な対処の方針を以下のように示している。

重要な言葉はそのまま使い、<=・・・>で書き換える
言い換えが難しいときは、その言葉を説明するようにします。災害用語や日常生活でよく使う言葉など、知っておくとよい言葉はそのまま使い、言葉の後に説明を加えます。
例 ● 余震<=後から来る地震> ●暗証番号<=あなただけが知っている番号>

「言い換えが難しいとき」と言っているが、どのようなときに「言い換えが難しい」のであろうか。その確固たる基準はあるのであろうか。

*横浜市 国際局政策総務課市⺠局広報課 『「やさしい⽇本語」で伝える分かりやすく 伝わりやすい⽇本語を⽬指して』第4版 2017年
暗証あんしょう番号ばんごう」は「あなたが める 秘密ひみつの 番号ばんごうです。電子でんし証明しょうめい(No.351)を使つかうときに必要ひつようです。」と説明しているが、「あなただけが知っている番号」よりは適切だろうと思う。「あなただけが知っている番号」だったら、「妻には内緒にしている恋人の電話番号」も「暗証番号」になるのか。しかし、「お客様きゃくさまサービスセンター」を「きっぷを横浜よこはまあそとき相談そうだんできます。」と説明しているが、これは「お客様サービスセンター」の説明ではなくて、利用案内であろう。このほかにもいくつか疑問に思う説明がある。

1.7.  育児休業給付金・遺族基礎年金・遺族厚生年金

*出入国在留管理庁・文化庁別冊、『やさしい日本語書き換え例』2020年8月

育児休業給付金いくじきゅうぎょうきゅうふきん」を「育児休業いくじきゅうぎょう(No.1)をしているあいだに、雇用保険こようほけん(No.41)からもらうことができるおかね」。
遺族基礎年金いぞくきそねんきん」を「国民年金こくみんねんきん(No.39)に入っていたひとんだとき、家族かぞく国民年金こくみんねんきんからもらうことができるおかね」。
遺族厚生年金いぞくこうせいねんきん」を「厚生年金保険こうせいねんきんほけん(No.35)にいっていたひとんだとき、家族かぞく厚生年金保険こうせいねんきんほけんからもらうことができるおかね」。

と専門用語を書き換えているが、これは書き換えと言うより説明であり、日本人にも必要な説明書である。1.6.の「ガイドライン」を解釈すると、「育児休業給付金・遺族基礎年金・遺族厚生年金」などは、言い換えが困難なので、そのまま専門用語を覚える必要があり、意味は説明で理解しなさいということだろう。「育児休業いくじきゅうぎょう(No.1)」はNo.1の「育児休業」を参照せよという意味である。専門用語を「やさしい日本語」に書き換えるのは困難なのであろう。

1.8.在留期間

*各省庁の協力で出入国在留管理庁編の『生活・就労ガイドブック』2019年
「日本語版」と「やさしい日本語版」の二つが出されているが、ともに「~日本で生活する外国人の皆さんへ~」とあり、日本語能力に分けて二つ作ったのであろうか。おそらく、「日本語版」は日本人で外国人と接触する必要のある人向けのような内容であり、そのいきさつは、

日本において日本人と外国人が安心して暮らせる社会を実現するためには,外国人が日本のルール・習慣などに関する情報を正確かつ迅速に得られることが重要です。
そのため,2018年12月,「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」で決定された「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」において,安全・安心な生活・就労のための必要な基礎的情報について「生活・就労ガイドブック」を政府横断的に作成することになりました。
また,法務省のホームページに,外国人生活支援ポータルサイトを開設し,本ガイドブックの日本語版,英語版及びベトナム語版を掲載しましたが,今般,関係府省庁が協力し,より内容を整理した第2版を作成しました。

とあり、外国語では英語・ベトナム語があったが、「やさしい日本語」も付け加えたということだろう。現在では、日本語やさしい日本語English(英語)中文(中国語)코리언(韓国語)Español(スペイン語)Português(ポルトガル語)Tiếng Việt(ベトナム語)नेपाली भाषा(ネパール語)ภาษาไทย(タイ語)Bahasa Indonesia(インドネシア語)မြန်မာဘာသာစကား(ミャンマー語)ភាសាខ្មែរ(クメール(カンボジア)語)Pilipino(フィリピノ語)Монгол(モンゴル語)で書かれている。英語版を見てみたが、「日本語版」と同じ内容を英語で書いている。「やさしい日本語版」について以下の説明が書かれている。

やさしい日本語版にほんごばんは、もとになった「生活せいかつ就労しゅうろうガイドブック」から、すぐに使つか大事だいじなところをなるべく簡単かんたん言葉ことばいてあります。そのため、もとになった「生活せいかつ就労しゅうろうガイドブック」のほうがもっとくわしく、正確せいかくいてあります。
制度せいど名前なまえ書類しょるい名前なまえ)、とくっておいてほしい言葉ことばなどをのぞいて、できるだけ簡単かんたん日本語にほんごなおしています。
○ 「網掛け文字」は、制度せいど組織そしき書類しょるい名前なまえです。専門的せんもんてき言葉ことばです。

例を挙げると、「在留期間」は、「日本語版」には、「日本にいることができる期間(在留期間)」とあるが、「やさしい日本語版」には「専門的な言葉」として何の説明もない。在留カードには、「在留期間(満了日)」という記述があり、「在留ざいりゅう期限きげん日本にほんにいることができる最後さいごの日 (在留期間ざいりゅうきかん満了日まんりょうび」という説明がある。「在留期間」は複合語で、むしろ「在留」に説明があった方がよくないか。『広辞苑』では「一時、ある一定の地(特に外国)に留まっていること」、『明鏡国語辞典』には「一時、外国のある土地にとどまって住むこと」とある。「日本語版」を活用すると、「日本にいることができる(在留)」の方がより具体的ではないか。英語では、‘residence’ を使っている。「在留期間」は ‘period of stay’ を使っている。

ほかの用語も「日本語版」に専門用語の説明があるが、「やさしい日本語版」には省略しており、「やさしい日本語」対象の日本語能力の人を除外している。説明しても分からないからということであろうか。それとも、各外国語訳を参照しろと言うことであろうか。

1.9.  川の増水

朝日新聞、withnews 記者の松川希実氏は以下のような記事を2019年に載せている。

多言語でできればベストですが、緊急時にはなかなか難しいです。今回の台風でも注目された「やさしい日本語」で、この記事を分かりやすく書いてみました。
中国人の章蓉記者に確認してもらいました。
「川の増水」という表現について、私は「川の水がとても増えた」と訳しました。外国の方から「熟語よりも訓読みの方が分かりやすい」と聞いていたためです。ところが章記者は「『水がとても増える』って、普段使う表現ですか?」と指摘しました。「分かりやすい表現にするのは大切ですが、緊急時によく使われる『増水』という表現も勉強できる方が良いですよ」。確かに災害時は、ニュースや役場の情報など「増水」「氾らん」といった日常的に使われない災害用語があふれます。ただやさしい日本語に置き換えるだけでなく、外国人が他の情報に触れるときに助けになるようことも考えて、「水がとても増える(増水)」などのように、説明を加える方が「やさしい」のかもしれないと感じました。


cf. https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119Acf

2. Plain Englishでは定義を加えて使わなければならないような ‘jargon’ は使わないように指導している。

“Federal Plain Language Guidelines, March 2011 Revision 1, May 2011”には、jargon’に定義を加えることについて以下のように書かれている。私の日本語訳を加えている。

Special terms can be useful shorthand within a group and may be the clearest way to communicate inside the group. However, going beyond necessary technical terms to write in jargon can cause misunderstanding or alienation, even if your only readers are specialists. Readers complain about jargon more than any other writing fault, because writers often fail to realize that terms they know well may be difficult or meaningless to their audience. Try to substitute everyday language for jargon as often as possible. Consider the following pairs.
When you have no way to express an idea except to use technical language, make sure you define your terms. However, it’s best to keep definitions to a minimum. Remember to write to communicate, not to impress. If you do that, you should naturally use less jargon.
We have ONE rule for dealing with definitions: use them rarely.
Definitions often cause more problems than they solve. Uniformly, writing experts advise keeping definitions to a minimum (Dickerson 1986, Garner 2001, Kimble 2006). If you can’t avoid them, use as few as possible. It’s better to take the time to rewrite to avoid needing to define a term.

特別な用語はグループ内では使いやすく簡潔な言い方であり、意思伝達に明確な手段であろう。しかし、必要な専門用語以上に特定グループにしか通用しない ‘jargon’ を使うことは、読み手が専門家であっても、誤解と疎外感を生みかねない。他のいかなる欠陥以上に読み手は ‘jargon’ に対して不満を述べる。なぜなら、書き手は自分がよく親しんでいる用語が聞き手にとって困難で無意味であることに気がつかないことが多くあるからである。できる限り ‘jargon’ の代わりに日常用語で置き換えるようにしなさい。次のことを考慮してください。
専門用語でしか言い表せない場合、その用語の定義を行うことを忘れないように。定義は最小限に制限するのが最良であり、押しつけるのではなく意思伝達のために書くということを忘れてはいけない。そうすれば、自然と‘jargon’ を使わなくなるであろう。
定義を行う場合重要な一つの法則がある。:できる限り使わないように
定義というのは時には解決する以上の問題を生じさせるときがある。記述の専門家は口をそろえて、定義を少なくすることを述べている(Dickerson 1986, Garner 2001, Kimble 2006)。定義を避けることができない場合には、できる限り少なくすること。定義を行うことを避けるために書き直すのに時間を使った方がよい。

‘Jargon’に定義を付けてでも用いることに対して、plain Englishでは否定的な姿勢を示している。日本語では ‘jargon’ は「業界用語」に近いものだと思われる。ここで示した「救急車・在留期間・育児休業」などは一般用語に近いもので、‘jargon’ はもっと「業界用語」や「集団語」に近いもので、「お役所言葉」のように役所内にしか通じない言葉を指していると思われる。

3.専門用語は「やさしい日本語」への言い換えから、専門用語をそのまま残し説明を加えるように移行している。

政府およびその影響を受けていると思われる都道府県の役所の専門用語に対する「やさしい日本語」の対処の仕方を時期別に比べてみると、
 1.やさしい言葉に言い換えを行う。
 2. 重要な言葉はそのまま使い、<=・・・>で書き換える。
 3.言い換えが難しいときは、専門用語をそのまま使い、その言葉を説明する。
のように1から2へ、2から3へ変化してきたように見える。専門用語を日本語能力試験N4の範囲を想定している「やさしい日本語」に翻訳することが困難であることに気がついたためであろうと思われる。また、3の「言い換えが難しいときは、専門用語をそのまま使い、その言葉を説明する」とあるが、どのように「やさしい日本語」で説明するのか問題が残っている。実際は、「やさしい日本語」での説明を避けて、普通の日本語ガイドブックや外国語の翻訳版ガイドブックを参照させ、そして、機械翻訳に頼ることが多いと思われる。専門用語を必要とする場面で、外国人との意思伝達をどうすればいいかを連載の中で考えてみたい。

関連記事

  1. 連載別

    「やさしい日本語」は在留外国人にとって「やさしい」のか?|第11回 在留外国人に対する言語政策2:ボ…

    1. 言語政策全般にあまりにもボランティアに頼りすぎではないだろうか…

ひつじ書房ウェブマガジン「未草」(ひつじぐさ)

連載中

ひつじ書房ウェブサイト

https://www.hituzi.co.jp/

  1. 第47回 現在までに決まった日本語教育の形|田尻英三
  2. ことばのフィールドワーク 薩摩弁| 第2回 薩摩弁の定義 |黒木邦彦
  3. 第18回  EPA看護師・介護福祉士国家試験に日本語教育関係者は興味がないのか|…
  4. 外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか|第1回 今までしてこなかったこ…
  5. 並行世界への招待:現代日本文学の一断面| 第4章 筒井康隆『夢の木坂分岐点』──…
PAGE TOP