古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第19回 ロゼッタストーンを読む前の復習:決定符編|宮川創・吉野宏志・永井正勝|

19.1 決定符の機能

 前回は、ロゼッタストーンの表現を使って、表語文字がどんなものかおさらいしましたね。さて、今回はおさらい編の最後、決定符(限定符)です。

決定符は限定符とも呼ばれ、単語の末尾に書かれ、その単語の意味のカテゴリーを決定する(もしくは限定する)ものでしたね(詳細は第11回の連載をご参照ください)。

エジプト文字には、母音を表す文字が基本的になく、子音字だけなので、表音文字のみで書くと同綴異義語が非常に多くなってしまいます。

例えば、日本語で考えてみましょう。村、室(むろ)、無理、群れ、丸、漏れ、森はローマ字に直すとそれぞれmura, muro, muri, mure, maru, more, moriですが、母音字を消すと、それぞれ、mr, mr, mr, mr, mr, mr, mrとなり、全て同じ綴りとなってしまいます。

この同綴異義語が子音字だけのヒエログリフで書くと多数起こってしまいます。これらの同綴異義語を母音を書かずに区別するために編み出されたのが、語のカテゴリーを表す決定符です。

例えば、日本語に市町村を表す決定符(市町村)があったとして、mrの後に続けてその限定符を書き、mr(市町村)とすると、それがmura「村」を表すことが分かりますね。また、家畜を表す決定符(家畜)があったとして、mrの後に続けてそれを書き、mr(家畜)とすると、mure「群れ」であることが分かりますね。また水に関する決定符(水)があったとして、mr(水)とすると、『ああ、more「漏れ」か』とみなさんも推理できるでしょう。

決定符は、このように、どの単語であるかを区別するために非常に有効で、エジプト語のヒエログリフをスラスラと読むのに必要不可欠な要素です。

19.2 新出文字

それでは、ロゼッタストーンを使って、決定符が使われる実例をこれからみていきましょう。まずは、今回の新出文字です。

19.2.1 表音文字

転写:ḥḏ

翻字:ḥḏ (T3)

慣読:hedj(ヘジュ)

これは敵を打ち負かすための瘤がついた杖を象っていますが、表音文字の常で、形とは関係なく、音のみを表し、この場合は、の2つ子音を表す2子音文字です。

19.2.2 決定符

転写:なし

翻字:I42[1]

慣読:なし

機能:蛇関連の語であることを示す

これはコブラを象った決定符で、これが末尾に置かれた単語が、蛇関連の意味を持つことを表します。見た目が非常に恐ろしそうですね。決定符なので、転写も慣読もありません。表すのは語の範疇のみです。

転写:なし

翻字:N8A

慣読:なし

機能:太陽や光に関連する語であることを示す

上の丸は太陽を表し、そこから出ている3本の細長い触手のようなものは太陽光線を表しています。この決定符が末尾に置かれると、語の意味が太陽や光に関連しているものであることを表します。太陽から太陽光線が出ている図柄を見て、エジプトの歴史に詳しい人は、第18王朝期にテーベのアメン神官団の権力を排除するためもあって、宗教改革を実行し、自らもアメンヘテプ4世から名前を変えたアクエンアテンが崇めた唯一神アテンを思い出すのではないでしょうか。こちらの唯一神アテンもヒエログリフにありますが、その太陽光線からは手が出ており、そこが大きな違いとなっています。

転写:jtn

翻字:jtn(N56)

慣読:aten(アテン)

意味:「アテン神」

N8Aの太陽とは違って、jtnの太陽の丸の中にはさらに小さな丸があることに気が付いた方もおられるかもしれませんが、N8Aは実際は、小さな点を中にもつ(N8)の異字体で、他にこの点が丸の異字体もあるので、小さい丸は違いとしては重要でありません。

ちょっと脇道にそれましたが、ここで今回の例語を見てみましょう。前回までは、句単位のまとまったものを読んでいましたが、今回は、3つの語をロゼッタストーンから取りあげます。

19.3 ロゼッタストーンの実例を読もう

今回読む部分はロゼッタストーンの以下の部分です。

図1:ロゼッタストーンの画像(パブリックドメイン)から抜粋[2]

さて、では、青で囲った一番の部分から読んでいきましょう。

19.3.1 例題1

(ロゼッタストーン・ヒエログリフパート9行目)

転写:wr.tï

翻字:wr:rt:t-I42-I42

慣読:ureti「ウレティー」

意味:「2匹の偉大な者(ウラエウス)」

wrは「偉大な」という意味の形容詞ですが、ここでは、名詞化され、そしてその決定符によって、偉大な蛇、ここでは、蛇神のウラエウス(ウァジェト)を指していることがわかります。wr (G36)は、第13回で一度出てきた2子音文字です。こちらは、燕を象っています。wrで「偉大な」という意味の単語があり、この文字はその単語でよく使われます。こちらは、まだ習っていませんが、次の「弱い」という意味の雀を象った表語文字bjn / nḏs (G37) と混同しやすいので、注意してください。G36とG37の大きな違いは、尾の部分の形状にあります。

この例では、コブラ二頭が決定符となっています。どうして二頭いるのでしょうか?ここで、表語文字の重複を思い出してください(詳細は第10回の連載をご参照ください)。例えば nṯr「(1柱の)神」の表語文字が2つなら双数形nṯr.wï「(2柱の)神」、3つなら複数形nṯr.w「神々」になるのでしたね。ここでは、決定符が2つでこの単語が双数形であることを表しています。女性名詞を指すtもここで重複表記されていて、これも双数形であることを示しています。女性双数形の語尾は.となります。

19.3.2 例題2

(ロゼッタストーン・ヒエログリフパート9行目)

転写:psd (pzd)

翻字:p:z:d-N8A

慣読:pesed (ペセド)

意味:「輝いた(完了相)」

ここでは、光線が伸びる太陽 (N8A) が決定符として使われ、それが、太陽、あるいは光に関連する語であることを表示しています。動詞は、エジプト語文法の中でも最も複雑な品詞であり、本入門では基本的なことしか教えることはできませんが、この場合は、完了相を表す動詞形となっており、意味は「輝いた」です。zは中王国時代にはsの音に変わりましたので、翻字ではzとしているものの、転写ではsとなります。通常、ドイツ以外のエジプト学者はこの文字をsの音で読むことが多いですが、ドイツのエジプト学者や文献や言語を専門とするエジプト語学者はzで読むことが多いです。

19.3.3 例題3

(ロゼッタストーン・ヒエログリフパート10行目)

転写:sḥḏ

翻字:sḥḏ:N8A

慣読:sehedj (セヘジュ)

意味:「照らす者(分詞)」

こちらの動詞も先ほどの動詞と同じような意味を持っているため、光線を出す太陽の決定符が使われています。ここで、この動詞は分詞形なのですが、これらの動詞の活用パタンについては本連載の終了時に初級への一歩として文法入門書をいくつかご紹介しますので、それらをご覧ください。

さて、いかがでしたでしょうか。おさらい編はここでおしまいです。いよいよ次回からは、ロゼッタストーンの本文を、文法の基礎的なところを解説していきながら、少しづつ読んでいきたいと思います。次回もどうぞお楽しみに。

[1] この文字(I42)はガーディナ―リストにはないものですが、ヒエログリフ入力ソフトウェアのJSesh(https://jsesh.qenherkhopeshef.org/)の拡大ガーディナ―リストに載っている番号を用いています。N8AとN56も同様です。

[2] https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/ca/Rosetta_Stone_BW.jpeg、最終閲覧日2020年7月23日。

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