第58回 外国人受け入れについて読むべき資料と気になる日本語教育の論文集|田尻英三

★この記事は、2025年2月25日までの情報に基づいて書いています。

この「未草」の記事では紹介していなかったのですが、2024年11月に日本総研のサイトで公表された資料は、現在の外国人受け入れに関する情報をコンパクトにまとめたもので、ぜひ皆さんに読んでいただきたい資料です。この記事には日本語教育などについての初歩的な誤りもありますが、ここに書かれている情報は、日本語教育関係者なら絶対に知っていなければならないものばかりです。
それに対して『早稲田日本語教育学』第37号の論文は、テーマの設定にも関わらず、日本語教育の世界の中にしか目が向いていないと感じられる論文が多く掲載されていました。
日本語教員養成に係る文部科学省の事業や日本語能力試験についての記事も紹介します。

1. 「外国人労働者政策を考えるポイントー『欧米の失敗』から何を学ぶかー」

この資料は、日本総研のHPにある「ビューポイント No.2024-023」です。
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=109166
このサイトでは文章の形で掲載されていますが、より分かりやすく見やすい形で掲載されている「(図表)外国人労働者政策を考えるポイントー『欧米の失敗』から何を学ぶかー」は、最新の資料が盛り込まれているもので、必ず全体をプリントアウトして手許に持っておいてください。執筆者は、いずれも調査部長/チーフエコノミスト石川智久さんと調査部研究員後藤俊平さんです。
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/viewpoint/pdf/15386.pdf
以下に、文章で書かれている資料の要点を書き出します。

① 移民受け入れの影響~経済学の観点から

ここでは、経済学の観点から移民受け入れの影響を説明しています。2024年の国際開発報告では、外国人労働者受け入れについて「適合性と動機が高い人に移住してもらうことへのニーズが受入国側においてと考えられる」としています。

②欧州の経験

欧州の経験では、「第二次世界大戦から欧州難民危機までの経験」として、2023年までの難民受け入れを扱っています。現在EUでの移民や難民への社会的反発と右派勢力の台頭の結果、厳格化する移民受け入れについては「現地語力の欠如している外国人を招いた反省から、ドイツやフランスでは、中長期滞在が予定されている外国人に対して、数百時間の現地語の授業を保証するようになっている」と述べています。

③ 米国の経験

米国における移民政策の変遷について述べていて大変有益ですが、特にトランプ政権になってからの不法移民の家族に子どもが米国で生まれた場合、子どもだけが米国籍となり、家族内で不法移民と合法移民が混在することになる問題が深刻化していることが述べられています。
移民問題については、米国内でも州により対応が分かれています。ただ、米国でも、「高度技術者」だけではなくエッセンシャルワーカー(ILOの用語ではキーワーカー)も大きく移民に依存していますので、トランプ政権内でも厳しい選択が迫られているようです。

④欧米の経験のまとめ

人手不足により外国人労働者を積極的に受入れて来ましたが、景気悪化等により外国人労働者への反発が強まりました。政権の不安定さも原因となり、オープンな外国人労働者受け入れを失敗とみなし、移民受け入れを制限する動きが進んでいます。また、「選択的な移民受け入れ」が進んでいます。
また、難民と移民の区別が難しくなり、一部の国では難民を外交上の圧力の道具とする「難民の武器化」の状況も生まれています。

⑤日本の現状

・歴史的経緯等

日本政府は移民政策を取らないとの立場を取っており、労働者の受け入れは期限付きとなっています(田尻注:最近、在留資格「永住者」の取り消しの条件までもが決められました)。この資料の中に、「外国人労働者の受け入れに対する政府見解」の一覧表が出ていますので、必ず見てください。
これに対して、現実には在留外国人数や外国人労働者数が増加し続けています。2018年には人材不足の産業分野に「中程度の技能を有する」外国人労働者を受け入れる「特定技能」が創設されました。1号では在留期間が最長5年ですが、2号では家族滞在が可能となり、永住権を満たす資格も得ることとなります。2024年には技能実習制度に代わる「育成就労」が創設されました。育成就労制度は2027年からで、2030年までの3年間は移行期間で両制度が併存することになります。
なお、この資料には、「高度外国人材誘致に向けた新制度」と「国家戦略特区における在留特別措置」の表も掲載されています。

・共生施策の主な所管官庁となる「司令塔」の不在

外国人・外国人労働者に係る施策を総合的、戦略的に立案する司令塔機能を担い、一元的な行政を行う部署はありません(田尻注:この資料では「多文化共生施策」となっていますが、現在の政府の資料では全て「共生施策」となっていますので、ここでもそれに従います。以下、この資料で現在政府が使っている施策の語と異なる語を使っている場合は、田尻が修正した語を使います)。
文部科学省では日本語教育の推進・外国人の子どもの就学促進やキャリア支援・留学生の就職支援(田尻注:これは実際には厚生労働省の所管事項)など、厚生労働省では外国人の雇用管理(田尻注:2024年12月に厚生労働省としては初めて「令和5年外国人雇用実態調査」をしました)・医療機関の外国人受け入れ環境の整備・社会保障制度に関する周知広報など、総務省では生活オリエンテーションに係る地方財政支援・災害時外国人支援情報コーディネーターの養成など、こども家庭庁では外国人の子育て支援、法務省では在留外国人の実態把握・総合的な情報発信・マイナンバーのなど活用と書かれています(田尻注:ここには、外国人児童生徒の日本語教育が書かれていませんが、所管するのは文部科学省総合教育政策局国際教育課です。また、この資料では外国人送り出し国との二国間協定にも触れていますが、その所管は従来厚生労働省と外務省です。2025年2月21日の衆議院予算委員会で外国人を「トータルにマネージメントする」省庁が必要であるとする日本維新の会の藤田文武さんの質問に対して、石破総理大臣は「人口庁」のようなものが必要であるとの答弁をしました。これは、議論のテーマが人口問題になっていたのに引っ張られていたのかもしれませんが、この問題は単なる人口問題ではないことは言うまでもありません。以前、中川正春元衆議院議員が言っていた「外国人庁」のほうが適当だとは思いますが、田尻は新しい「庁」では各省をまとめるのは難しいので、内閣府の中に外国人担当の局を作るほうが各省庁にまたがった施策を立案できると考えています)。

・在留資格の現状

ここでは、在留資格として、育成就労・特定技能・大学や大学院の学歴を持つ「高度外国人材」・留学生などの資格外活動を取り上げています。

ここには気になる記述が見られます。「高度人材や留学生の受け入れは国際的な獲得競争が厳しく」「日本は優秀な人材の受け入れに苦戦している」。「そのため④(田尻注:アルバイトをする留学生など)については、日本語習得ができていない人材等が増えているとの指摘がある」ので、「政府としても」「専門学校等で授業を受けるためには日本語検定N1・N2以上の日本語能力が必要であるが、日本語学校卒業生の半分以上がN1・N2に合格しないまま専門学校等に進学しているとの指摘もある」というものです。「日本語検定」などのように、日本語教育についての基礎的な間違いをしている点も気になりますが、外国人問題に詳しい研究所でさえ日本語教育や日本語教育機関への知識不足があるのも社会一般の考え方を示していることは認めなければいけません。それは、日本語教育関係者の社会的な発信力の弱さに起因すると田尻は考えています。

この箇所では、他に難民申請の問題も取り上げています。

⑥進めるべき政策について

この資料のまとめとして、以下の四つの項目を挙げています。
・外国人政策の司令塔の設置と統合的・戦略的な施策の立案
・日本就労に対する適合性・動機の高い人材の受け入れ(田尻注:この外国人労働者選別の考えについては、非熟練労働者への差別にならないような制度設計が必要です。ここでは「高度人材」の呼び込み施策を強調されています)
・社会的統合政策の推進(田尻注:ここで日本語の習得が扱われています。ただ、「実際には、日本語学校卒業生の半分以上が専門学校等で授業を受けるために必要な日本語検定N1・N2に合格せずに専門学校等に進学しているという指摘もある」というようなデータに基づかない思い込みにより提言が行われているのは残念です。ここでは、専門学校・大学等への進学のための日本語能力と、「就労」や「生活」分野のための日本語能力を混用しています
・自国民に納得感のある不法移民への対応
(田尻注:ここでも難民等として在留している外国人にいろいろなケースがあることへの配慮が欠けています。また、政府は移民を認めていないのですから「適法移民」という存在は本来日本には無く、ここで「不法移民」という語を使うこと自体が問題です)

以上述べたように、内容に一部問題は含んでいますが、外国人労働者関連の最新の資料が列挙されている点は、評価できます。念のために書きますが、田尻は日本総研の外国人問題の取扱い方に共鳴している訳ではありません。日本総研は、外国人労働者の受け入れ方について提言しているのです。田尻は、在留外国人の人権を保証するためには日本語教育が必要であるという立場ですので、在留外国人の日本語習得に政府・地方自治体・日本語教育関係者が関われるような体制作りを目指しています。
なお、資料的には少し古くなりますが、同じ日本総研のJRIレビュー2019 Vol.10 No.71「特集 外国人材の望ましい受け入れに向けて」(2019)は71ページのわたって詳しいデータを掲載していますので、ぜひ参考にしてください。
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=35408

2. 「多文化共生社会の構築に向けた法的課題の検討」成果報告書

この資料は、「(公財)日弁連法務研究財団 第167号研究」として、2024年6月10日に日弁連法務研究財団のサイトに公表されています。
https://www.jlf.or.jp/wp-content/uploads/2024/06/kenkyu_no_167houkoku.pdf
ここでは、法律の専門家の立場で共生社会の法的課題について述べていて、日本語教育関係者には大いに参考になるものです。以下、項目と著者を列挙して簡単に説明します。
・「多文化共生」推進における出入国管理と「自国」―自由権規約第12条4項の検討を中心にー 姫路獨協大学 吉原司
自由権規約第14条4項にある「自国に戻る」権利の「自国」の意味を検討しています。さらに、いくつかの裁判例から法務大臣の広い裁量権が制限されていないと考えられる点についても検討しています。
・近時のSOGIに関する憲法判例に関する考察 大阪経済大学 小林直三
SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)に関する規範の中で、同性婚の問題を取り上げています。
・外国人の子どもの教育を受ける権利と日本語教育施策 東海大学 大江一平
外国人の子どもの教育を受ける権利を憲法学の立場から検討し、政府には「教育を受ける権利を実質的に保証するための環境整備を行う法的義務がある」と結論付けています。日本語教育の中身については触れていません。
ここでは、「特別の教育課程」について、田尻等の論文がきちんと引用されています。日本語教育研究者という人たちに引用されない論文が法律の専門家から引用されていることに励まされます。
・外国人の政治参画の可能性―共和主義の観点からー 東海大学 中村隆志
P.ぺティットの共和主義の考えに依り、外国人の政治参画の機会拡充の可能性と限界について検討しています。

なお、この報告書には「おわりに」として、小林直三さんと大江一平さんのコメントが寄せられています。

在留外国人に対する法律の専門家による解説は、大いに参考になります。

3. 『早稲田日本語教育学』第37号

2024年12月15日に刊行されたこの論文集のURLは、次のとおりです。
https://waseda.app.box.com/s/vwe5fl003j11uco4ozcyr3sqhf2xlm6z
以上「1」と「2」の資料は、在留外国人についての政治的・法律的・経済的な側面からデータに基づいて検討しているのに対して、日本語教育研究者の視点は「日本語教師の国家資格化は現場に何をもたらすか」という特集名で期待された社会的な側面への言及はなく、日本語教育研究者の興味の中だけしか問題点を捉えていません。期待して読んだだけに、残念に感じました。
まず、このテーマに関する田尻が前提と考える点を述べておきます。現在の大学の日本語教師養成課程を考えるときには、次の三つの前提となる事実を頭においておくべきです。
① 大学で日本語教師養成課程を担当する教員の約半分は、外国人に日本語を教えた経験がない。
② 大学の日本語教師養成課程の修了生のわずか数パーセントしか日本語教師になっていない。
③ 日本語教育機関への日本語教師送り出しに関して、大学の日本語教師養成課程は機能していない。

以下、特集号の論文は国内の問題を扱った論文に限りコメントします。項目は、以下のとおりです。

・緒言:日本語教師の国家資格化は現場に何をもたらすか 早稲田大学 小林ミナ
「日本語教育機関認定法」などに触れた後、「本特集は、このような社会の動きにより、日本語教育の現場に『いま』『何が』起きているかを報告し、展望を論じるものである」ことが、本書の刊行目的であることとしています。揚げ足を取るようで申し訳ないのですが、この企画をした小林さんは「社会」で起きていることが日本語教育の現場にどんな問題を起こしているかを問おうとしています。つまり、「社会」と日本語教育の現場は別なものであると考えていることになります。大学での研究・教育は社会から離れた所でするものなのでしょうか。
今回の企画に限らず、どうも日本語教育関係者は、政府の施策を「上から押し付けられたもの」と受け取っているように田尻は感じています。一連の文部科学省の施策は、数年間日本語教育の専門家も交えた会議で検討されたものです。2024年に突然降ってわいたように行政側から押し付けられたものではありません。
ところが、小林さんの文章の中の「大学で教員養成に関わる両氏(田尻注:小河原さんと野田さんを指す)が、図らずも必須の教育項目の断片化、有機的なつながりの消散を憂慮されている点は非常に示唆的である」という記述を見ると、「日本語教育機関認定法」を日本語教育にとってマイナスの効果をもたらすもののように捉えているように感じます。「このたびの国家資格化が、日本国内の『底上げ』につながることは、おそらく間違いないだろう。しかし、これまで日本語教育関係者が築きあげてきたさまざまな連携、世界各地で行われてきた先進的、開発的な実践を阻害するものであってはならない」という記述にも、同様の考えがあるように感じます。

・登録日本語教員制度についてー日本語教育機関認定法に基づく制度の概要― 文部科学省総合教育政策局日本語教育課 石川大輔
この論文は、「制度概要について紹介するとともに」、登録日本語教員について「説明するもの」であるとしていて、田尻が見るところ特段新しい情報が加えられたものではないと考えます。ただ、従来、日本語教育課の方が、別の集会などで講演資料を公開したことはありますが、課員が直接ある論文集に文章を寄せたことはありませんでした。石川さんは、2024年6月30日にもヨーロッパ日本語教師会で小林さんと一緒に今回の論文と同種の発表をしています。

・日本語教師の国家資格化から再考する大学における日本語教育の役割―早稲田大学日本語教育センターでの検討を事例としてー 早稲田大学 池上磨希子
早稲田日本語教育センターが認定日本語教育機関となる場合の問題点について書いています。
田尻が気になるのは、早稲田大学の「日本語プログラムポリシー」と「すり合わせて判断することができるか」を問うている点です。文部科学省の施策では「日本語教育の参照枠」を評価の視点として考えてほしいと言っているので、文部科学省はどこかの機関のプログラムポリシーに変更を加える意図はないと考えています。
同様に、「今回の認定に関わる議論には、大学における日本語教育はどのような人材育成を目指すべきかといった視点は見受けられない」という点は、誤解です。「日本語教育機関認定法」は名前のとおり日本語教育機関を認定するための手順を決めた法律で、日本語教員にとって最低限必要な「必須の教育内容」を決めているだけで、大学のカリキュラムについては何も触れてはいません。「必須の教育内容」そのものに問題があるのなら話は別ですが、今のところ田尻にはそのような意見は聞こえてきません。したがって、「留学生の在留管理を厳格に行うための方策であって、教育的な理念に沿った制度設計とはいえないものではないだろうか」という記述も、的外れと考えます。留学生の在留管理の厳格化が行われるとすれば、それは出入国在留管理庁の施策として行なわれます。

・日本語教師の国家資格化は早稲田大学大学院日本語教育研究科に何をもたらすか 早稲田大学 栁田直美
この論文は、日本語教師の国家資格化は早稲田大学大学院日本語教育研究科(論文内では「日研」と略称しています)がどんな影響を受けるかという極めて限定的な視点で書かれています。
「日研」では、経過措置の「確認」の結果、2020年4月以降の修士課程カリキュラムがCルートに該当すると「確認」されたということには触れていますが、それ以前の修了生の立場については触れていません。それは「日研においても多少の混乱が起きていることは事実である」という記述に関係しているのかもしれません。2020年以前の修了生についての説明が足りないように感じます。
田尻が気になったのは、「日本語教育にかかわるすべての人々の幸福につながるよう、日本語教育の人材の育成に取り組んでいかなければならない」という記述です。田尻が日本語教員の国家資格化に取り組んだのは、日本語教育の社会的認知と日本語教師の経済的自立のためです。「幸福」のような抽象的な目的は考えていませんでした。国家資格化について、ずいぶん考え方の違いがあると思いました。いずれにせよ、「日研」では「現行のカリキュラムの検討、整理を進めて」いくと書かれています。

・地方における大学の登録日本語教員養成課程の課題と展望 東北大学
小河原義朗
「旧帝国大学」という語が出てきたのには、驚きました。いまだにこのような意識を持って、教員が4人から2人になってもがんばっている大学があるということです。因みに、旧帝国大学では日本語教師養成に関わらなかった大学も多く、或る大学では改組の時に日本語教育の学科がなくなり、結果的に国語学専修と日本語学専修が同一学部内に併存するという不思議な大学もあります。
東北大学では、「現研究室の運営体制は極めて脆弱であり、登録申請に向けた現行課程の改組は、担当教員にとってかなりの負担を伴う一大作業である」ということになっています。具体的には、「シラバスを変更する、新たに授業を増やして開講することが求められる」ことです。ただ、ここに書かれている「養成課程に関する資格取得ランキング」のようなものはできないと田尻は考えています。まだ登録申請をしていない大学も圧倒的に多く、日本語教育がマスコミで注目されることはほとんどないのが現状です。
東北大学で注目すべきは、「大学院は教員養成課程としての登録から外した」点です。これは、一つの見識と言えると田尻は考えます。学部と大学院共に日本語教師養成課程を持つ他の大学は、今後どのような申請をするかを注視します。

※既にいつもの分量を超えていますので、以下は簡単に述べます。

・日本語教師の国家資格化は日本の大学に何をもたらすか 日本大学 野田尚史
「日本の大学」と書いていますが、内容は日本大学のことです。
「登録日本語教員の資格を取った学生は、日本語教育もできる中学校・高等学校の教員として就職するのがもっとも現実的だろう」とは、田尻は考えません。現行の中学校高等学校の教員免許のための単位を取った上で、登録日本語教員になるのは、よっぽど無茶な単位の読み替えをしない限り4年間では無理です。
また、登録日本語教員に学士要件がなくなったことが「教師の待遇を悪くする可能性がある」とも思えません。他の国家資格は全て学士要件がありませんが、社会的な評価を受けています。

・日本語教師の国家資格化は学習院大学に何をもたらすか 金田智子
「学習院大学は、画一化を危惧したり、コアカリキュラムを大学の課程を編成する上での制約としては捉えず、これまでの日本語教師養成課程を見直し改善する契機であり拠り所となると捉えた」として、国家資格化を前向きに評価しています。
また、「2025年度からの課程運営を可能にするためには1回目に申請しなくてはならない」として、準備をして1回目の審査で登録されています。他の様子見をしている多くの大学に見習ってほしい姿勢だと思います。

・日本語教師の国家資格化は文化外国語専門学校に何をもたらすかー日本語科での取り組みを中心にー 文化外国語専門学校 西村学
ここでは、文化外国語専門学校の日本語科が「『参照枠』とどう向き合い、どのような教育を実践していくのかを教職員がしっかりと共有し、他者に語れる言葉を持たなくてはいけない」という立場で、メインテキストと日本語教育の参照枠との関連性を整理したと書かれています。

・日本語教師の国家資格化と機関認定は日本語学校に何をもたらすかー教師の質と量の視点から考えるー カイ日本語スクール 山本弘子
この論文の扱う問題は多岐にわたっていて、全体を詳しく扱うことはできませんので、田尻が注目した点のみ触れることにします。
山本さんは、国家資格化を教師の質の面では、必須の教育内容は「現場に立つ前に求める知識としては、広範で実感が伴わない内容であろう」としていて、「国の求める日本語教師の質と量という点の解決には及ばない」とまとめています。量的な面では「教師の資格化が学校増・学生増など拡大する需要を満たせるか、甚だ不透明と言わざるを得ない」としています。田尻は違う考えをしているとだけ言っておきます。
また、「教育実習」(田尻注:日本語教育機関認定法での実践研修のこと)と大学との連携にも言及していますが、現時点ではどこの大学や日本語教育機関が登録されるかは未定ですので、連携方法を検討するのは時期尚早と考えます。

4. 令和6年度「日本語教師養成・研修推進拠点整備事業」全国協議会

2025年2月10日に、文部科学省において標記の協議会が開かれました。出席した方によると、午前中の「日本語教育大会」に比べて参加者が一気に減ったようでした。当日の資料は公開されていませんので、ここではその内容に触れることはできません。
ただ、この事業は5年間しか開かれない事業で、既に2年過ぎています。最終年度はまとめで忙しくなることを考えれば、実質的にはあと2年しか継続されません。それに対して、各地域の事業のサイトを見る限り、「事業の目的」と直接関わらないようなテーマを扱う集会が開かれているように思う企画もあり、実質的にこの事業は、日本語教師養成推進について新しい取り組みを試みているとは言えないのではないかと田尻は感じています。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/kyoshiyosei_kyotenseibi/
北海道。東北ブロックのサイトにあるニーズ踏査部会による「2024年度日本語教員養成機関 ニーズ調査報告」に注目すべき結果が報告されています。
https://hotjet.g.kurocoimg.app/v=1737940789/files/topics/160_ext_3_0.pdf
これには、北海道・東北地区の大学12校、大学院4校の養成課程・講座の「受講者数は1学年1~5人の機関が多く、次に6~10人が多い」ということで、「修了生の進路について」では「半数近くの機関で、卒業生が1人も日本語教師になっていない」。また、「ここ5年間の日本語教育機関への就職(人数)」では「修了生が日本語教育関連機関に就職している機関はここ4年は1機関のみと非常に少ない」となっています。受講生も少なく、就職先も日本語教育機関ではないという実態が見られます。ぜひとも他の地域ブロックでも、同様の基礎的なデータを集めて開示してほしいと思っています。
この事業については、日本語教育学会や大学日本語教員養成課程研究協議会のサイトでは取り上げられていません。公的事業なのですから、広報にも注力してほしいと考えます。

※以下、他の大事な項目のみを掲げます。
〇日本語能力試験にCEFRレベルの参考表示が付されました。
〇『週刊現代』2月15日号に「あなたの隣の『移民たち』」という特集があり、興味深いデータが掲載されています。

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