第55回 2025年度の日本語教育関連予算の概況|田尻英三

★この記事は、2024年10月1日までの情報を基に書いています

日本語教育課が文部科学省総合教育政策局に設置されて初めての概算要求が、9月13日に公表されました。基の資料は「歳出予算概算要求書」ですが、ここでは基本的に分かりやすく書かれた「概算要求主要事項」の資料を使って説明します。また、今回の記事では、文部科学省の日本語教育に関係した概算要求だけではなく、外国人受け入れに関連した各省庁の概算要求も取り上げます。外国人受け入れ施策には本来的に日本語教育が関わるはずですが、多くの省庁の施策には意識的か無意識的かは論が分かれるところですが、日本語教育の視点は外されています。この点を検討しようとすると、1冊の本になる分量の記述が必要となります。以下では、施策内容に「日本語」や「外国人」が含まれているものだけを扱います。
また、ここで扱う資料はあくまで概算要求ですので、財務省との交渉で変更されることが予想されますが、2025年度予算に向けての各省庁の構想が読み取れますので、いつもより詳しく扱うことにしました。なお、資料の金額の単位は、各省庁の表記のままにしています。
なお、2025年度概算要求については、土井佳彦さんのnoteに情報が出ています。ぜひご参照ください。

https://note.com/doiyoshihiko/n/n0bde80f75ac9
https://note.com/doiyoshihiko/n/n9495597e6e76

以下に述べる田尻のコメントは土井さんのそれとは異なっていますので、注意して読んでください。

1. 文部科学省の概算要求

文部科学省の日本語教育関連の施策は、いくつかの部局で扱われていることに注意してください。

(1) 総合教育政策局日本語教育課の概算要求

① 日本語教育の全国展開・学習機会の確保
〇外国人材の受け入れ・共生のための地域日本語教育の推進(拡充)
620百万円
企画評価会議の実施、都道府県・政令指定都市での地域日本語教育の体制支援(60件、補助率1/2、質の高い支援については補助率2/3)、都道府県・政令指定都市の連絡会議を全国3地域に分けて開催、実施団体の総括コーディネーターの協議会開催
〇日本語教室空白地域解消の推進強化(拡充)170百万円
日本語教育空白地域の市町村にアドバイザー派遣、ICTを活用した教材開発・提供等
〇「生活者としての外国人」のための特定のニーズ(障がいを有する外国人、文化や宗教上の理由により学習のアクセスが困難な外国人)に対応した日本語教育事業24百万円
② 日本語教育の質の向上等
〇認定日本語教育機関活用促進事業(新規)352百万円
認定日本語教育機関を中核とした企業との連携体制を構築
〇資格の整備等による日本語教育の水準の維持向上(拡充)386百万円
日本語教員試験の実施、日本語教育機関認定法ポータルの運営、現職日本語教師への講習実施
〇日本語教師の養成及び現職日本語教師の研修事業(拡充)251百万円
現職日本語教師研修プログラム普及、日本語教師養成・研修拠点整備、日本語教師の学び直し・復帰促進アップデート研修
〇日本語教育機関認定法等の施行事務に必要な経費(拡充)41百万円
日本語教育機関の認定、日本語教員の登録、実践研修・養成機関の登録
〇日本語教育に関する調査及び調査研究18百万円
日本語教育推進に対応した調査研究
〇「日本語教育の参照枠」を活用した教育モデル開発・普及事業11百万円
「日本語教育の参照枠」の活用促進のために2022年度から計画的に生活・留学・就労の分野で行われる教育モデルの開発・普及
③ 条約難民等に対する日本語教育237百万円
条約難民・第三国定住難民・2023年に創設された補完的保護対象者に対する日本語教育

(2) 総合教育政策局国際教育課の概算要求

① 就学状況の把握、②指導体制の確保・充実、③日本語指導担当教師等の指導力の向上、支援環境の改善、④中学生・高校生の進学。キャリア支援の充実、⑤異文化理解、母語・母文化を尊重した取り組みの推進
〇外国人の子どもの就学促進事業111百万円
就学状況の把握、就学ガイダンス、日本語指導
〇帰国・外国人児童生徒等に対するきめ細かな支援事業1,251百万円
支援メニュー補助率1/3、拠点校方式による指導体制構築、日本語指導者・母語支援者派遣、オンライン指導等のICT活用、高校生に対する包括的な支援
〇日本語指導が必要な児童生徒等の教育支援基盤整備事業22百万円
「かすたねっと」による日本語指導教材の提供、アドバイザーによる指導・助言、外国人の子どもの就学状況調査
〇帰国・外国人児童生徒教育等に係る研究協議会等0.7百万円
〇外国人生徒のキャリア支援等に関する調査研究(新規)20百万円
高等学校等におけるキャリア支援の実態調査と支援方策の検討、研究協力校との連携

(3) 初等中等教育局の概算要求(項目のみ掲出)

〇学力向上を目的とした学校教育活動支援3,691百万円
具体例として「外国人児童生徒等の学力向上への取り組み」
〇夜間中学の設置促進・充実157百万円
「夜間中学で学ぶための日本語指導に係る調査研究」の取り組み

(4) 大臣官房国際課の概算要求(項目のみ掲出)

〇高度外国人材子弟の教育環境の整備71百万円
高度外国人材子弟の教育環境整備に係る調査研究事業(委託事業)70百万円の中に日本語教育の項目無し
委託先は自治体・学校・インターナショナルスクール等で、1件当たり23百万円で3団体、事業期間は3か年

2. 厚生労働省の概算要求

重点要求(ポイント)の一つに「人材確保の支援425億円」があり、その中に「外国人求職者への就職支援等、適切な外国人材の確保等に向けた実態把握」があります。
以下には、外国人労働者受け入れ支援の施策を取り上げます。

〇全国薬局機能情報提供制度事業(拡充・推進枠)3.9億円
外国人への情報提供のために外国語やスマートフォンでの検索を可能とする
〇地域医療介護総合確保基金(拡充)97億円
介護福祉士国家資格取得を目指す外国人留学生や1号特定技能外国人等の受け入れ環境整備等
〇介護技能評価試験実施事業(拡充・推進枠)8.0億円の内数
介護分野における特定技能外国人の送り出し国12か国の試験地や試験会場の拡充
〇介護の日本語学習支援等事業(拡充・推進枠)8.0億円の内数
介護の日本語WEBコンテンツの開発、学習教材の作成、外国人介護人材受け入れ施設職員への講習会、介護福祉士国家試験対策向けの講座開催
〇外国人介護人材に対する相談窓口・巡回訪問の体制拡充、外国人介護人材受け入れ促進のための情報発信の拡充(拡充・推進枠)8.0億円の内数と外国人介護福祉士就労研修導入・指導事業1.2億円
情報発信、日本から帰国した外国人介護労働者のネットワーク構築、訪問系サービスに係る事業所要件の強化
〇外国人介護人材獲得強化事業(拡充・推進枠)1.2億円
補助率 国2/3,県1/3
〇外国人介護人材定着促進事業(地方自治体への補助事業)1.1億円
補助率 国1/2,県1/4、受け入れ事務所等1/4
〇人材確保支援助成金(拡充)20億円
外国人労働者就労環境整備助成コースを含む
〇外国人労働者の適正な雇用管理等に関する体制整備等12億円
外国人雇用管理に対応した労働局・ハローワークの体制整備
〇外国人求職者等への就職支援14億円
外国人雇用サービスセンター4拠点、留学生コーナー56拠点、外国人雇用サービスコーナー139拠点
〇外国人雇用対策に関する実態調査事業(適正な外国人材の確保に向けた実態調査)45億円
民間団体等への委託で、調査の実施・研究会の開催
〇外国人雇用実態調査事業1.1億円
調査票送付、労働者票はやさしい日本語・英語・中国語・ベトナム語・ポルトガル語対応
〇外国人技能実習機構交付金(拡充・推進枠)77億円
外国人技能実習機構への交付金、育成就労制度においては育成就労機構に改組予定

3. 法務省の概算要求

(1) 公正な出入国在留管理の実現及び国際貢献・普遍的価値の共有

〇外国人材の受け入れの促進及びインバウンドの増加等を踏まえた出入国在留管理体制の強化等 36.201百万円
外国人材の受け入れの促進、出入国在留管理体制の強化等に向けた取り組みの推進

4. 外務省の概算要求

各項目の予算額は示されていません。関係する項目を掲げます。

(1)【柱4】情報戦時代への取り組みの強化

〇対日理解のための文化外交・人的交流推進日本語教育(含:外国人材向け)
〇〈新規・主要案件〉人的・文化交流、外国人向け日本語教育等を含む国際交流基金への交付金
国際交流基金運営費の予算額は、11,618,8341千円

5. 総務省の概算要求

「多文化共生」に関する予算項目は、見つかりませんでした。
学習用言語データの予算要求がありましたので、以下に紹介します。
〇AI開発力の強化と広島AIプロセスの成果の国際的普及
我が国における大規模言語モデル(LLM)の開発力強化に向けたデータの整備・拡充16.5億円

6. こども家庭庁の概算要求

外国人の子どもへの支援施策がありました。
〇児童相談所体制整備事業293億円の内数
「通訳機能協会事業」の「日本語での意思疎通に困難がある家庭に対する相談支援をより円滑に行うための事業を実施する」がありました。
〇ヤングケアラー支援体制強化事業293億円の内数
「関係機関職員研修」の中に「日本語学習支援機関」がありました。

7. 国土交通省観光庁の概算要求

観光庁の概算要求は、基本的にはインバウンド誘客のためのものがほとんどですが、観光業における人材不足で関係する施策がありました。
〇観光地・観光産業における人材不足対策事業300百万円
「事業内容」に「外国人材の確保」として「特定技能試験の受験者を増やすためのジョブフェア等のPR活動、試験合格者の雇用のためのマッチングイベントの実施、観光地における外国語対応人材の確保等」がありました。

8. 各省庁の日本語教育関連の概算要求に対する田尻のコメント

現在公表されている文化庁のサイトの過去の「予算の概要」では、2008年以降のものしか出ていません。2008年では、日本語教育の予算は「『生活者としての外国人』のための日本語教育事業」の148百万円(1.48億円)となっていますが、国語課の一部であった日本語教育が文部科学省の中の独立の部署「日本語教育課」となった最初の年度の概算要求では21億円となっています。政府の体制内でも、日本語教育の重要性(予算面では14倍)が増しているのは明らかです。それだけ多くの国家予算が投じられ、新たな日本語教育施策が政府により進められていることに日本語教育関係者はもっと関心を持つべきだと田尻は考えています。残念ながら、日本語教育学会の「お知らせ」には、この情報は掲載されていません。政府が、どのような項目にどの程度の予算をかけようとしているかを丹念に見てください。ここでは、それぞれの項目の予算内容については触れません。予算の立て方について気になる点に触れます。

① 日本語教育の分野を担当する部局がいくつかに分かれている
地域の日本語教育・日本語教育機関の日本語教育・難民の日本語教育は総合教育政策局日本語教育課の担当ですが、外国人児童生徒等の日本語教育は総合教育政策局国際教育課の担当です。この二つの部局で扱う日本語教育の内容は、統一した基準で調整してほしいと考えます。

② 日本語能力や指導体制の調査研究事業は国際教育課が担当
上に述べた概算要求の項目には出て来ませんが、国際教育課の「調査研究事業一覧及び事業概要等」では日本語能力評価方法の調査研究事業が行われています。https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/001.htm
2022年度までは東京学芸大学による「高等学校における日本語指導体制の充実に関する調査研究」が行われ、「特別の教育課程」の編成などによる日本語指導体制の調査研究が行われていました。
2022年度以降は、この調査研究の学外委員として加わっていた東京外国語大学の小島祥美さんが中心になり総勢38名の事業推進メンバーによる「日本語能力評価方法の改善のための調査研究事業」が行われています。この調査研究は、「『外国人児童生徒のための対話型アセスメントDLA』を踏まえて、小学生から高校生までの発達段階ごとの能力記述文(Can-Do)を作成するとともに、能力記述文の活用方法を具体的に示した資料を作成」することになっています。東京学芸大学の調査研究事業と東京外国語大学の調査研究事業の関連も気になりますが、DLAと「日本語教育の参照枠」との関連も気になります。

外国人児童生徒等の日本語教育は、一時期総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課の担当になっていましたが、現在は国際教育課担当になっています。

③ 外国人児童生徒等の学力の担当は日本語教育とは別の部局が担当する
学校教育活動の一例として、外国人児童生徒等の学力向上は国際教育課が担当します。ここでは、学力向上と日本語能力向上とは別の能力として扱うことになっています。それでいいのでしょうか。
学習者の多くが外国籍である「夜間中学で学ぶための日本語指導に係る調査研究」も国際教育課の担当です。

④ 高度外国人材の子どもの教育は大臣官房国際課が担当する
高度外国人材については、出入国在留管理庁のサイトを見てください。
https://www.moj.go.jp/isa/applications/resources/newimmiact_3_system_index.html
大臣官房国際課では、外国人の子どもはインターナショナルスクールなどの学校に入学することを前提に施策を作っています。高度外国人材の子どもだけを特別扱いすることはいかがかと思います。

⑤ 厚生労働省は外国人労働者の受け入れに積極的
外国人介護福祉士候補者の受け入れ施策の多さが目につきます。国家試験の実施方法(パート合格など)の変更も併せて行われています。
また、在留資格「特定技能」の労働者の受け入れ拡大に伴う雇用・管理関係の施策もかなりあります。2024年6月末での「特定技能」の在留者は251,747人となり過去最多となっています。受け入れ分野も拡大し、日本語基礎テストの合格者も11か国86,726人(合格率42%)になっています。詳細は、以下のURLを見てください。
https://www.moj.go.jp/isa/applications/ssw/nyuukokukanri07_00215.html

⑥ 法務省出入国在留管理庁では在留管理の強化施策もある
厚生労働省が外国人労働者の拡大を目指しているのに対して、出入国在留管理庁では在留管理の強化の方針を維持しているのは従来どおりです。
2024年9月27日に公表された「送還忌避者のうち本邦で出生した子どもの在留特別許可に関する対応方針について(結果公表)」は、従来問題にされていた点であっただけに、注目してほしいし評価すべき変更です。在留資格のない送還忌避者4,233人のうち、日本で生まれた201人については111世帯171人(約89.1%)が在留特別許可されました。ただし、在留特別許可されなかった人も、まだ19世帯21人います。詳細については、以下のURLを見てください。
https://www.moj.go.jp/isa/content/001425345.pdf
人種差別撤廃委員会からの永住者の在留資格取り消しについて、日本政府の回答が出入国在留管理庁のサイトに出ています。
https://www.moj.go.jp/isa/03_00096.html

⑦ 外務省の国際交流基金の日本語教育関係の予算増額を望む
すでにその国の大学等で日本語教育・日本研究の体制が整っている機関についての支援額が減っています。田尻が関わっているインドネシアの大学で日本留学を目指して努力している学生用には、現状古びてすり減った書籍しか配備されていません。新しい書籍を見るにはジャカルタまで行くしかなく、ジャカルタの基金事務所でも著作権の関係で1回数ページしかコピーできないのが実情です。東アジア・東南アジアでの高等教育機関への日本語教育・日本文学研究資材の支援を強く望みます。

9. その他重要な情報

この時期に触れておかなければいけない情報も多くありますが、すでにいつもの分量をオーバーしていますので項目と簡単なコメントのみを列挙します。

① 登録日本語教員の登録等について
「登録日本語教員の登録等について(新たに日本語教員になろうとする方(現職者以外の方)向け)」が9月に更新されています。
https://www.mext.go.jp/content/20240524-mxt_nihongo02-000034832_1.pdf
これから大学等の日本語教員養成課程や日本語教育機関の日本語教員養成課程を受講しようとする方は、自分が受講する課程が登録日本語教員課程か「必須の教育内容50項目に対応した日本語教員養成課程かどうかを確かめるように促している情報です。高校で進学担当の教員には、ぜひとも知っておいてほしい情報です。

② 育成就労制度などの新しい資料
9月10日の厚生労働省職業安定局外国人雇用対策課が所管する「外国人雇用対策の在り方に関する検討会(第11回)会議資料」に育成就労制度や特定技能制度についての新しい資料が出ています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/projectteam_20210222_02_00019.html

③ 技能実習生の失踪が過去最大
技能実習生の失踪者数(速報値)が過去最大の9,753人になったことが報告されました。失踪者が多い分野は、建築関係4,593人、農業関係834人、食品製造関係831人などとなっています。
https://www.moj.go.jp/isa/applications/titp/nyuukokukanri07_00138.html

④ 私立大学の入学定員未充足率の状況
あえて内容の詳細には触れませんが、全国の私立大学で定員未充足の状況が増えています。
https://www.shigaku.go.jp/files/shigandoukouR6.pdf

⑤ 公明党の政策ビジョン
9月20日に「公明党2040ビジョン中間取りまとめ~「創造的福祉社会」の構築へ~」が、公明党のサイトに出ています。
https://www.komei.or.jp/download/
「改革構想5 地域のつながり・支え合いで人口減少を克服する社会を構築する」の中に、「外国人との共生社会基本法」(仮称)などの項目があります。
10月中に衆議院選挙が行われるニュースが流れていますので、ここではこれ以上政党の動きについては扱いません。選挙が行われる際には各政党から政権公約が出ますので、そこに日本語教育や外国人問題が扱われているかどうかに注目してください。

※日本語教育施策だけではなく、政局も大きく動こうとしています。日本語教育関係者は、自分たちの立場にだけ興味を持つのではなく、政治の動きにも関心を持ってください。

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