ことばのフィールドワーク 薩摩弁| 第14回 薩摩弁の語彙 (2)|黒木邦彦

曇天の日没@白浜海岸 (いちき串木野市羽島地区)

 スマホで撮った自然景観をのちに見返すと、自分が見たものとの違いに毎度失望します。腕の悪さもあるのですが、写真からは現場の立体感がどうにも感じられず。冒頭画像の撮影時は、カメラにやたらたくさん備わっている撮影モードを試しまして、3Dパノラマというものが比較的優秀であることを知りました。当日の天候が醸し出していた不思議な雰囲気をいくらか捉えられたように思います。

 冒頭画像の海上に浮かんでいる小島は、岸に近いわりに沖ノ島と言います (なお、右奥の陸地は羽島崎という岬)。ここには猿が棲息していまして (参考動画)、テレビ朝日「いきなり! 黄金伝説。」(2015年9月3日放送回) に取り上げられたようです。冒頭画像のように沖ノ島を臨んで、50kmほど(注1)直進すると、下甑島 (方角的には、火野正平氏も通った青瀬トンネル辺り) に着きます。更にその先には、730kmほど進んで、中国の舟山市 (近くに杭州市や上海市) に至るまで、陸地は(多分)ありません。

1  前回の復習

 前回はまず、薩摩弁が日本語一般と基礎語彙も共有していることを確認しました。そして、/binta2/ ‘頭’ を再度例に取って、薩摩弁特有語の検証に移りました。/bin/ ‘(びん) = 頭部側面の髪’ と /( … )ta/ ‘??’ とに分析できそうなこの語は、薩摩弁母語話者の認識どおり、薩摩弁特有語なのでしょうか。

2 /binta/ の拡散経緯

 日本語諸方言が共有している /binta/ ‘鬢(が生える部位); 頭(髪)’ の成り立ちに続いて検証すべきことは、薩摩弁の /binta2/ と他方言の /binta/ とが同根であるかどうかです。その真偽を確かめるため、/binta/ が諸方言に拡散(注2)した経緯を考えてみます。次掲 (1) のうち、ありそうな事態はどれでしょうか?

(1) /binta/ ‘鬢(が生える部位); 頭(髪)’ の拡散経緯

A. /bin-ta/ の広域偶発
a.    ‘(びん)’ のような意味を持つ /bin-ta/ が、必ずしも互いに系統を共有しない方言P, Q, R, … にたまたま一様に生まれて、
b.    P, Q, R, … のそれぞれにおいて ‘鬢(が生える部位)’ や ‘頭(髪)’ を表すようになった。

B. /bin-ta/ の広域伝播
a.    ‘(びん)’ のような意味を持つ /bin-ta/ が方言Pに生まれて、
b.    Pと必ずしも系統を共有せず、Pのむすめ言語げんごでもない (= Pの系統に属さない) 方言Q, R, S, … に伝播したのち、
c.    P, Q, R, S, … のそれぞれにおいて ‘鬢(が生える部位)’ や ‘頭(髪)’ を表すようになった。

C. /bin-ta/ の広域継承
a.    ‘(びん)’ のような意味を持つ /bin-ta/ が方言P1に生まれて、
b.    P1の娘言語に当たる (= Pの系統に属する) P2a, P2b, P2c, …(注3)に継承されたのち、
c.    P2のそれぞれにおいて ‘鬢(が生える部位)’ や ‘頭(髪)’ を意味するようになった。

 (1) のうち、(1A) は棄却しても良いでしょう。(1Aa) の可能性がきわめて小さいからです。(1B–C) はどちらもありそうですね。

3 /binta/ の地理的分布

 (1B–C) のどちらが妥当であるかを検討するために、/binta/ ‘鬢(が生える部位); 頭(髪)’ の地理的分布を眺めてみましょう。次掲地図 (Google My Maps) をご覧ください。これは、『日本方言大辞典』(小学館、1989年) の記述に基づく /binta/ の言語地図です(注4)


 bin-ta類 (青系ピン) は九州に集中していますが、中国地方、中部地方にも分布しています。bin-ta類分布域の内側には、bin-tja類 (橙系円) やbin-tu類 (緑系四角) があります。bin-ta類の東端以東にはbin-ko類 (紫系星) が広がっています。

 この分布を踏まえると、(1C) のように /bin-ta/ が広域に継承されたと考えることの方が妥当でしょう。東西に離れたbin-ta類分布域が、bin-ta類がこれまでに拡散した地域の周辺部 (ないし外郭) であるように見えるからです。現在のbin-ta類分布域は次のように形成されたと筆者は考えます。

(2)  a. 畿内辺り (= 現在はbin-ta類が見当たらない地域) で話されていた祖語P1に /bin-ta/ が生まれて、
b. 東西南北の娘言語P2a, P2b, P2c, … に継承されていったのち、
c. 周辺部に集中的に残存した。

(つづく)

(注1) 何となく、Google Mapsの地球表示版にて測定してみたのですが、メルカトル図法版でも、表示距離は変わりませんね。780kmほどとされる白浜海岸–舟山市間と同程度に見える幅を赤道近くで測ると、780kmより伸びますし、極北で測ると、縮むので、Google Mapsは緯度の差異を反映しているようです (参考記事)。

(注2) ある言語的要素 (語句、語順、発音など) が諸方言に拡散した経緯としては、(i) 威信言語 (同族に限らない) からの伝播と、(ii) 祖語からの継承とが考えられます。(i) によるものか、(ii) によるものかがはっきりしないうちは、拡散と呼んでおくのが無難でしょう。

(注3) 娘言語Q1, Q2, Q3, … の親に当たるPを「祖語」と言います。
 ある祖語の娘言語を束ねる集合は、その大きさによって、「語族」「語派」「語群」と呼び分けられます。語族は3者中もっとも大きく、語派と語群とを包含します。語派はその次に大きく、語群を包含します。つまり、3者の包含関係は「語族 ⊋ 語派 ⊋ 語群」です。

(注4) 作成手順は次のとおりです。このDropboxフォルダー [#14_240315] にはいっている参考資料を適宜ご参照ください (作業手順解説動画も要りますかね)。

(A)     MS Excel上の作業  
1.    見出し語「びんた」に挙がっている語の語形、意味、使用地域などを次掲図1のようにMS Excelに入力 (= デイタ化)。【参考: #14_240315\言語地図\言語地図_binta (2)\Sheet [240312 (2)]】

図1: 言語地図用デイタ

 
2.    語形を10種類以内 (Google My Mapsの制約から) に分類。【参考: 同上】  
3.    ピボットテーブルを使って、各語形類のデイタを新規シートに出力。【参考: この記事】 
4.    各シートの名前を語形類の名前に変更。【参考: (図1左下: Sheet名 [bin-tu] [その他])】
5.    各シートを新規Excelファイルに分割。【参考: この記事
6.    [#14_240315\言語地図] にあるようなExcelファイル群が用意できれば、OK。

(B)      Google My Maps上の作業
1.    語形分布を見やすくするため、基本地図を [行政区域 (薄色)] に変更。【参考: [#14_240315\手順_GMM\手順 (1).png]】
2.    先ほど分割したExcelファイルをレイヤにインポート。【参考: … \手順 (2).png】
3.    目印 (マーカーとも言う) の配置地点を [地域] に設定。【参考: … \手順 (3).png】
4.    目印のタイトルを [語形] に設定。【参考: … \手順 (4).png】
5.    レイヤを [均一スタイル] に、ラベルを [語形] に設定。【参考: … \手順 (5).png】
6.    [すべてのアイテム] の右に有るペンキのアイコンを押して、語形類が見分けられるよう、目印のアイコンおよび色を設定。【参考: … \手順 (6–7).png】

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