ことばのフィールドワーク 薩摩弁| 第1回補遺 (2) 薩摩弁の語音調 (2) |黒木邦彦

下甑島より東に見た初日の出。煙を吐く桜島も見える (画像左)

 1年ほど前にオンライン勉強会で知り合った学友と昨年末初めて対面しました。その勢いに任せて、大晦日に一緒に下甑島へ。現地の調査協力者とも久しぶりに会えて、楽しい時間が過ごせました。忘年会の翌朝、その調査協力者が車で山に連れて行ってくれて、冒頭画像の初日の出を見ることもできました。無粋につき、いつもは大晦日にも元旦にも特別なことはしないのですが。

1 前回の復習

 前回は第1回記事の補遺として薩摩弁の語音調を紹介しました。薩摩弁に属する下位方言のうち、相当数 (少なくとも、鹿児島県西部の広域にて話されているもの)(注1)は「下降調」「非下降調」という2種類の語音調を区別します (具体例は前回記事§3 を参照)。

2 語音調を決める要素

 ある語を下降調、非下降調のどちらで発音するかは、語頭の形態素が決めます。あらゆる形態素は語音調 (= 下降調か非下降調か) を決める力を秘めていて(注2)、語頭に立った時にその力を発揮します。

 したがって、語頭の形態素を共有する語同士は語音調も共有します。このことを次掲 (1–3) から確認しましょう。注目すべき点は、末尾音節にかかる音高下降(注3)です (フォントの都合から図においては “]” で示しています)。

(1)  ‘柿を千切った’ (10M40羽島; (3) まで同氏)

(2) ‘柿から千切れ’

(3) ‘柿千切り’

 /kak1/ ‘柿’ という形態素を語頭に取る次掲3語においては、末尾音節にかかる音高下降が生じます。

(1)(2)(3)
かっかかっちぎ
kak1-okak1-karakak1-tigir2
柿-を柿-から柿-千切り

 一方、/tigir2/ ‘千切る’ という形態素を語頭に取る次掲2語においては、そのような (= 末尾音節にかかる) 音高下降が生じません。

(1)(2)(3)
ちぎったちぎれかっちぎ
tigir2-tatigir2-ekak1-tigir2
千切っ-た千切r-e柿-千切り

 /tigir2/ ‘千切る’ という形態素は (3)「かっちぎー」/kak1-tigir2/ ‘柿千切り’ にもはいっています。しかし、語頭に立ってはいないので、語音調には影響しません。

3 形態素の語音調情報

 残念ながら、各形態素の語音調情報は1つ1つ覚えるしかありません。「/a/ に終わる形態素は下降調」「名詞語根(注4)は非下降調」といった規則はありません。この点は関東西南部や京阪神の方言と変わりません。

 /korona1/ ‘(新型)コロナ(ウイルス)’ のような新しい外来形態素は、次掲 (4) のとおり基本的に下降調です。語音調の予測を助けてくれる形態素群はこれぐらいでしょうか。

(4) ‘コロナ対策の’ (09F40荒川)

(注1) 川内、鹿児島、そして、本連載に度々登場する旧串木野市域などの方言。

(注2) 語頭にはまず立たない形態素 (A: 太字部) の語音調情報は調べるに苦労します。形態素 (A: 太字部) から始まる奇妙な語をたやすく発音できる人はそもそも多くありません。母方言{で/を}語ることを楽しみにしてくれている被調査者 (∩ 調査協力者) に、(A) のような意味不明語の発音を課すことが、筆者にはどうも憚られるのです。

(A)こどんたっこどんばっかいこどんがこどんたっばかいが
 kodon1-tatkodon1-bakkaikodon1-gakodon1-tat-bakkai-ga
 子供-たち子供-ばかり子供-が子供-たち-ばかり-が

(注3) 次末尾音節から末尾音節にかけての、あるいは、末尾音節内の音高下降。

(注4) 形態素のうち、名詞の核となるもの。/kak1/ ‘柿’, /hat1/ ‘蜂’, /kag2/ ‘鍵’, /as2/ ‘足’ など。

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