ことばのフィールドワーク 薩摩弁| 第8回 様々な言語デイタ (1) |黒木邦彦

「乗り○○ない」縛りを破った「乗せない」の適当さが、アイコンと共にツボ

 本連載は週1金曜日更新、本文1,500字ほどですが、毎週締め切りに追われています。英語史ブログなどを毎日更新している堀田隆一さんはどんな生活を送っているんでしょう。

 薩摩弁の話題には困っていないのですが、冒頭画像の選定が難しいですね。写真を撮る習慣がないので、ネタに乏しくて。今回選んだものに同じく、適当さがにじみ出ています。

1   前回の復習

 前回は、‘餅搗き’ を意味する語を例に取って、語形調査の具体的な手順を解説しました。語形調査においては、次掲 (1) のような調査例文を方言訳してもらいながら、実際の語形を網羅的に調べていきます。

(1)  a.  [本日の予定を述べて]
   今日は餅搗きもある。
b.    [年末に何をしていたか訊ねられて]
   年末は餅搗きばかりしてた。
c.    [本日の予定を述べて]
   今日は餅搗きと忘年会がある。
d.    [餅搗きに行く人を案じて]
   餅搗きで怪我しないように。

 メタ言語能力に優れる人は、この調査記録(注1)のように (1: 太字部) のみを発話できます。1度 (2時間ほど) の調査で大量の語形が学べるので、大変ありがたいです。

2 語形調査の限界

 千万の語形を調べたとしても、それだけ(注2)では、自然言語 (⊋ 方言) の包括的記述とは言えません。(1b: 太字部) を薩摩弁で「もっつっばっかい」と言うことが分かっても、次掲 (2) のようにも言えるかは分からないからです。共通語における「-ば(っ)かり」の多義性を考慮すると、(3) のような表現の可否も気になります (ちなみに、串木野弁では (2) も (3) も適格です)。

(2)もっつっばっかのさん。
 mot1-tuk2-bakkai-a(注3)nos;a2-n
 餅搗き-ばかり-は敵わ-ない
 ‘ほかならぬ餅搗きばかりはできない。’
(3)こけないま(注4)きたばっかいじゃ。
 ko1-ko2-i-n-aima2ki2-ta-bakkaizja2
 ここ-に-に-は来-た-ばかり
 ‘ここには今来たばかりだ。’

3 言語デイタ

 (1–3) のような調査例文を使って調べた語形やある発話の可否をまとめて、「言語デイタ」と呼んでおきます。言語デイタには色々なものがあります。‘頭’ を「びんた」と言うらしいことに気づいた場合を例に取って、ここから数種類の言語デイタが得られることを確認していきましょう。

 まずは、‘頭’ を本当に「びんた」と言うのかを調べます。次掲 (4A: 太字部) を薩摩弁訳してもらえたら、(4B) のような語形が得られるでしょう。これが1つめの言語デイタです。

(4)A.B.
a.    びん
b.頭の   びんた
c.頭を下げた。   びんた
d.頭ばかり下げてる。びんたばっかい

(4B) ‘頭。頭の。頭ばかり。’ (09F40荒川)(注5)

(5)もーそひこおまんがびんたおさぐりゃ
 moː2so1-sko2oman2-gabinta2-osagu;r2-ja
 もうそれ-だけ貴方-が頭-を下げ-れば
 ‘もうそれだけあなたが頭を下げれば、
「んーにゃ。」っちやゆわならん。
nnja2-tti-jajuw1-wanar;a2-n
「いや」-と-は言い-は成ら-ない
「いや。」とは言えない。’

(5) ‘もうそれだけあなたが頭を下げれば、「いや。」とは言えない。’ (09F40荒川) 

4 形態素の認定

 (i) 語 (4B) は ‘頭’ という意味と「びんた」という音列とを共有しています。(ii) (4B) のように語末を揃えると、語末のピッチがきまって上がることにも気づきますね。(i–ii) を踏まえて、語 (4B) の構成要素のうち、‘頭’ を意味するものを /binta2/ と定めます。末尾の “2” は、語末にピッチ上昇が起こることを示す記号です。

 /binta2/ のような語構成要素を専門的には「形態素」と言います。語 (4B) から抽出した /binta2/ という形態素が2つめの言語デイタです。

5 類義要素の存在

 ‘頭’ を意味する形態素や語句が /binta2/ だけであるかも気になるところです。串木野弁母語話者は次掲 (6: 太字部) のように ‘頭’ を /atama2/ とも呼びます。これを共通語(色の強い方言)から取り入れたのかどうかは分かりませんが、母語話者同士で話す時も使っています。これが3つめの言語デイタです。

(6)あたしゃあんあたまからしおーぶっかけられた。
 atas;i1-aanta1atama2-karasio2-obuk2-kake;r2-are-ta
 私-は貴方頭-から塩-をぶっ-掛け-られ-た
 [税務課の仕事で遊郭を訪れるも、女だから疎まれて]
‘私は、あなた、頭から塩をぶっかけられた。’

(6) ‘私は、あなた、頭から塩をぶっかけられた。’ (02F25串木野) 

 /atama2/ に関して面白く感じることは、定型表現中の /binta2/ が /atama2/ に置き換えられることです。大久保 寛 (2002: 49)『さつま語辞典』(高城書房) が紹介する川内弁のことわざ (7)(注6)を、羽島弁母語話者10M45は (8) のように言っていました。(9a) から (9b) への置換(注7)に似た変化ですね。このような情報も言語デイタです。(次回に続く)

(7) a.トンコチャ下ゲドッ、ビンタハツケドッ。
b.tonkot;i2-asage2-tok2binta2-watukaw1-tok2
c.木製の刻み煙草入れ-は下げ-時頭-は使い-時
d.(とんこちには下げるべき時が、頭は使うべき時がある)
(8) a.あたまわつけどっとんこちゃさげどっじゃ。
b.atama2-watukaw1-tok2tonkot;i2-asage2-tok2zja2
c.頭-は使い-時トンコチ-は下げ-時
d.‘頭は使い時があり、トンコチは下げ時がある。’

(9)  a. 言語学で 飯を 食ってる
b. 言語学で ご飯を 食べてる

(注1) この連載に挙げる音声ファイルはこのDropboxフォルダーにまとめてあります。

(注2) 数千万の語句を調べても、「-だけ」と言われてしまうからか、日本語方言の包括的記述に挑む人はあまりいません。

(注3) 薩摩弁を特徴づける「2型アクセント」(「(単)語声調」とも) には早い段階 (第1–2回辺り) で触れておくべきでした。このタイミングで取り上げるとは、愚か過ぎる … 。悔いてばかりいてもしかたないので、今後は “1” で下降調を、“2” で非下降調を示します。

 1語のみを発する場合、(i) 下降調の語においては次末尾音節のピッチが高まり、末尾音節に向けて下降していきます。下降調のピッチ変動は、先ほど聴いていただいたこの .wavファイル でご確認ください。‘餅搗き’ という意味を共有する語が下降調で発音されています。

 (ii) 非下降調の語においては末尾音節のピッチが高まるだけで、下降は生じません。非下降調のピッチ変動は、このDropboxフォルダーに3つある [Tr1_ … .wav] でご確認ください。‘雑種’ という意味を共有する語が非下降調で発音されています。

(注4) 次掲 (A: 太字部) (「。。」は中絶文の印) のように、/ima2/ ‘今’ を「んま [mːɐ]」と発音する人もいます。大久保 寛 (2002)『さつま語辞典』(高城書房) を見るに、「んま」という発音は川内弁にもあるようです。

(A)むかしゃふろやがうかったで。。んまー
 mukas;i1-apuro2-ja2-gau2-kar-ta-deima2-a
 昔-は風呂-屋-が多-かっ-た-んで今-は
 ‘昔は風呂屋が多かったんで。。今は
 いまーあーすっなか。
 moima2-asutna2-ka
 もう今-はああ少な-い
 もう今は、ああ、少ない。’

(A) ‘昔は風呂屋が多かったんで。。今はもう今は少ない。’ (12M35冠岳) 

(注5) この .wavファイルにおいては非下降調「びんたばっかい」ではなく、下降調「びんたばっかい」を発しています。他の言語デイタを踏まえるに、おそらくは言い誤りですが、言語デイタ (4) だけでは分かりません。1語を数回発音してもらえば、こうした事故が防げます。(何が「防げます ( ー`дー´)キリッ」だ。分かってんなら、やれよ … 。)

 余談ながら、杜撰(ずさん)なデイタ管理が祟って、「びんた」‘頭’ のような基礎語の音声ファイルを引き出すにも手間がかかります … 。この連載のお蔭でデイタ管理が日々改善されてはいるものの、消えた年金問題を他山の石としていなければ、執筆も今より捗っていたでしょう。

(注6) (7a) のピッチ表示は、大久保 (2002) の音調表示を筆者が解釈したもの、(7b–c) は筆者の補足です。

(注7) 次掲 (B–D) (文頭の “*” は不適格の印) から分かるように、「(めし) → ご飯」「()w- → 食べ-」という置換は常に許容されるわけではありません。むしろ、(9b) が例外的ですね。

(B)  a.   阪神ファンには メシウマな ニュース
b. *阪神ファンには ご飯ウマな ニュース

(C)  a.   弱者が 割りを 食わない 制度
b. *弱者が 割りを 食べない 制度

(D)  a.   弱小チームが 大物食いを 演じた。
b. *弱小チームが 大物食べを 演じた。

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