★この記事は、2023年7月10日までの情報を基に書いています。
今回は、日本語教育の法案が政府の施策全体の中でどのような位置づけをされているかをまず説明し、その動きに対して日本語教育専門家は対応できていないと田尻が考える事例を挙げます。
ここで言う日本語教育専門家とは、日本語教育をボランティアではなく仕事としている人です。日本語教育の研究者や、日本語教育機関で働いている人たちを指します。この人たちは、今回の施策が直接的に自分の生活に関わってくる人たちなので、自分から積極的に正確な情報を集める努力をしてほしいと考えています。
1.政府全体の施策の中での日本語教育施策
ここでは、最近出された政府の施策の主要なもののみを列挙します。この中にはすでに一部を「未草」の原稿で言及しているものもあります。
これらの施策は、日本人の生産年齢減少に伴う人手不足を補うことを目的としています。ここでの日本語教育の重視は、政府の施策である外国人労働者受け入れ拡大に伴う就労支援の一環です。日本語教育の法案が成立したのは、必ずしも日本語教育への理解が深まっただけではなく、政府の外国人労働者受け入れ拡大の流れに沿ったものであることを日本語教育関係者は知っておいてほしいと考えています。
(1)外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(令和5年改訂)
これは、内閣官房での「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議幹事会」で検討され、2023年6月9日に公表されたものです。在留外国人が2022年末で約308万人、外国人労働者は2022年10月末で約182万人に達したことへの対応策です。以下では、「総合的対応策」と略称します。
ここでは、「円滑なコミュニケーションと社会参加のための日本語教育等の取組」という1項目が立てられています。この項目が立てられたのは、2022年6月14日の「総合的対応策」が初めてでした。23年の「総合的対応策」では、その内訳として、「外国人が生活のために必要な日本語等を習得できる環境の整備」(「日本語教育の参照枠」の活用、ICT教材の開発、生活オリエンテーション動画の作成などが挙げられています)と「日本語教育の質の向上等」(日本語教育機関の認定制度及び日本語教師の資格制度の整備など)の二つの項目が挙げられています。
2018年12月25日の総合的対応策では、日本語教育は「生活者としての外国人に対する支援」の中の「円滑なコミュニケーションの実現」の中で扱われていました。2022年の「総合的対応策」から、全省庁が関わる関係閣僚会議で日本語教育の取り組みが位置付けられるようになりました。日本語教育が文部科学省に移った後も関係省庁との連携という難しい仕事続きますが、この総合的対応策がそれを後押しすることになります。
〇日系四世の受け入れ制度について
ここで気になるのは、「外国人材の円滑かつ適正な受入れ」の中に「海外における日本語教育基盤の充実等」で「JICAが実施する講師派遣等の支援による『日系四世受入れ制度』の活用促進」が入っていることです。ここでは、外務省と法務省の共管でJICAが日系社会に対する日本語教育等のカリキュラムやテキストの作成、講師派遣を行っていると書かれています。また、施策番号184では、法務省による日系四世の制度の要件を「一部緩和する」となっています。
日系四世の受け入れは当初4000人の受け入れを想定した制度が、2018年にできています。しかし、この制度では2022年末で128人しか入国しておらず、それに対応するために2023年6月7日に新制度の導入の方針が決められました。もともとこの制度は、受け入れサポーターが必要であることや日本文化・生活習慣の習得の時間をとることなどの制約のために利用者が極端に少ないのが現状です。一方で、「必要な資金を補うための必要な範囲内での報酬を受ける活動」は認めています。ここでも、人手不足対策という一面があることがわかります。この制度を利用するためには、日本語能力の制約があります。入国時は日本語能力N5相当以上、1年を超えて在留する時はN4以上、3年を超えて在留する時はN3以上となっています。
田尻は、この制度設計自体が問題であると考えます。まずは、日本在留の日系人への支援を優先すべきと考えています。
日系四世の新たな制度については、出入国在留管理庁の「日系四世の更なる受入制度」というサイトがあります。
https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/nyuukokukanri07_00166.html
(2)経済財政運営と改革の基本方針2023(「骨太の方針2023」)
2023年6月16日に、(3)の「新しい資本主義実現会議」と同時開催されたもので、この基本方針には「加速する新しい資本主義 ~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」という副題が付けられています。この方針は、同日の会議で閣議決定されました。
この「骨太の方針」は、2001年に当時の小泉純一郎政権から始まり、その年度の政府の基本方針を示すだけではなく、次年度の予算要求の前提になる大事なものです。全文は、以下のURLに出ています。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2023/decision0616.html
以下では、日本語教育に関わる箇所のみ抜粋することにします。
〇外国人労働者の受け入れに関する箇所
「インバウンド戦略の展開」の15ページに「高度人材の受入れ」と「技能実習制度及び特定技能制度の在り方の検討」があり、16ページの注84の⑤に「外国人への日本語能力向上に向けた取組:就労開始前の日本語能力の担保方策及び来日後に日本語能力が段階的に向上する仕組み」(「日本語教育の適正かつ確実な実施を図るための日本語教育機関の認定等に関する法律」(令和5年法律第41号))があります。
〇共生社会作りに関する箇所
「包摂社会の実現」の「(共生・共助社会づくり)」の20ページに、「関係省庁の連携により、政府の新たな重要課題である外国人材の受入れ・共生の基盤となる日本語教育機関認定法(田尻注:上述の法律)の運用を確実に実施するために必要な日本語教育の推進体制の大幅な強化・拡充や地域の日本語教育の体制づくり、外国人児童生徒等の就学促進等に取り組む」とあります。また、この箇所の注107に「日本語教育機関認定法の着実な実行に向けて、在留外国人の増加等を踏まえ、日本語教育環境整備のための専門部署の十分な体制の拡充、法務省と文部科学省の一体的な制度の運用に必要な体制の強化を行うことを含む。」とあります。
以下に触れますが、「骨太の方針」の中に日本語教育がこれほど大きく扱われたことは、今までにありませんでした。この点を、日本語教育関係者は強く意識してほしいと思います。
〇過去の「骨太の方針」における日本語教育への言及
現在の内閣府のHPには、2013年以降の「骨太の方針」が出ています。以下では、過去の「骨太の方針」では日本語教育がどのように取り扱われていたかを見ていきます。
- 2013年 日本語教育についての言及はありません。
- 2014年 19ページの海外の文化外交に「日本語教育の推進」だけがあります。
- 2015年 日本語教育についての言及はありません。
- 2016年 日本語教育についての言及はありません。
- 2017年 9ページの「外国人材の受入れ」に「日本語教育の充実」があります。
- 2018年 27ページの「外国人材に求める技能水準及び日本語能力水準」の項に、「日本語能力水準は、日本語能力試験等により、ある程度の日常会話ができ、生活に支障のない程度の能力を有することが確認されることを基本としつつ、受入れ業種ごとに業務上必要な日本語能力水準を考慮して定める。」とあります。ずいぶんあいまいな基準だということがわかります。「有為な外国人材の確保にための方策」には、「外国における日本語教育の充実」が書かれています。28ページの「従来の外国人材受入れの更なる促進」には、「高度人材ポイント制」の前提として「日本語教育機関において充実した日本語教育がおこなわれ」る環境整備を行なうこととしています。「外国人の受入れ環境の整備」には、「多言語での生活相談の対応や日本語教育の充実をはじめとする生活環境の整備を行なうことが重要である。」としています。基本的には、外国人労働者の受け入れのための日本語教育という立場であることがわかります。
- 2019年 39ページに「外国人労働者の受入れとその環境整備」という項目が立てられました。「外国人材の円滑かつ適正な受入れの促進」には、「海外における日本語教育基盤の充実を図る。」とあります。40ページの「留学生・技能実習生の在留管理」には、「留学生の在留管理の適正化のため、日本語教育機関の告示基準を見直す」とあります。48ページの「(共生社会づくり)」には、「情報提供等の更なる多言語化・『やさしい日本語』の活用」の他に、「日本語教育環境強化のため、地域日本語教育の総合的体制づくりや日本語を自習できるICT教材の開発・提供を進める。」とあります。この年に「日本語教育の推進に関する法律」が公布されたことにより、外国人労働者の日本語教育だけでなく、在留外国人への日本語教育にも目が向き始めたことがわかります。
- 2020年 34ページの「社会的連帯や支え合いの醸成」には、「『外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策』の施策の充実・強化を図る。」とあり、その脚注89に「令和2年7月14日外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議決定(令和2年度改訂)。特定技能外国人のマッチング支援の充実、公認日本語教師(仮称)の整備等日本語教育の強化、外国人の子供の就学支援等に取り組む。」とあります。「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」自体はこの年より前に取りまとめられています(出入国在留管理庁のHPには2018年以降の資料のみ掲載されています)が、やっと「骨太の方針」に取り上げられたことになります。
- 2021年 28ページの「(外国人材の受入れ・共生)」には、「感染症の影響を踏まえ、感染拡大防止策を講じつつ、『外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策』の施策を着実に実施する。高度外国人材の受入れや活躍を推進するほか、特定技能制度の受入分野追加は、分野を所管する行政機関が人手不足状況が深刻であること等を具体的に示し、法務省を中心に適切な検討を行う。技能実習制度について人権への配慮等の運用の適正化を行う。」とあります。「総合的対応策」の脚注122には、「令和3年6月15日外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議決定(令和3年度改訂)。特定技能外国人のマッチング支援の充実、外国人在留支援センターにおける効果的な支援の実施、日本語教師の資質・能力を証明する新たな資格と日本語教育機関における教育水準の維持向上、日本語教育機関の振興と活用推進を図るための仕組みについての法制化の検討等日本語教育の強化、外国人の子供の就学支援等に取り組む。」とあります。2020年・2021年は脚注だけですが、日本語教育の施策が書き込まれたのは日本語教育推進議連の国会議員の方々のご尽力によるものです。
- 2022年 26ページの「(外国人材の受入れ・共生)」に、「外国人が暮らしやすい地域社会づくりのほか、在留カードとマイナンバーカードの一体化の検討、日本語教育の推進や外国人児童生徒等の就学促進を含め、『外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策』等に基づき施策を着実に実施し、外国人との共生社会の実現に向けて取り組む。」とあり、その脚注110には「日本語教師の新たな資格制度及び日本語教育機関の水準の維持向上を図る認定制度に関する新たな法案の速やかな提出、地域の日本語教育の体制づくり、学校における日本語指導体制整備を含む。」とあります。「骨太の方針」に脚注とは言え、日本語教育の法案の提出が書き込まれたことが、2023年の法案成立の後押しとなっています。
(3)新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版
2023年6月16日に経済財政諮問会議と同時開催された新しい資本主義実現会議で、閣議決定されたものです。
ここでは日本語教育の問題は扱われずに、もっぱら高度人材の受け入れに主眼が置かれています。19ページには「高度外国人材の呼び込み」が書かれていて、2023年4月に「新たな在留資格として、高度人材の中でもトップレベルの能力のある人材、世界でトップレベルの大学を卒業したポテンシャルの高い若者を対象とした制度を創設した」とあります。労働力としてのトップレベルの若者に対象を限定したこのような施策の有効性については、田尻は疑問を感じています。
また、これに関連して、59ページには「外国籍の高度金融人材を支える生活・ビジネス環境整備」も書かれています。
ここまで見てわかるように、政府の基本方針を定めた「骨太の方針」や、それに関連した「総合的対応策」には、「日本語教育機関認定法」の成立を目指していた2022年から日本語教育の施策が具体的に扱われました。この流れの背景としては、生産年齢の減少・人手不足・それに伴う日本の経済力の低下があることも、日本語教育関係者は理解すべきです。
この流れを受けて、以下に述べる文化庁の日本語教育小委員会や日本語教育施策を具体的に検討するワーキンググループが、「日本語教育機関認定法」の成立が1年遅れたため、かなりのスピードで施策の実施にあたっての具体的な仕組みについての検討を進めています。これらの動きに直接影響を受ける日本語教育専門家は、これらの動きに遅れずに正確な情報を入手して、それを理解するように努めなければなりません。これらの動きは、もう後戻りすることはありません。
2.日本語教育小委員会とワーキンググループの動き
以下では、三つのワーキンググループと日本語教育小委員会の会議の内容を日程の順に扱います。いずれも始まったばかりの会議ですので、ここではその会議内容を説明するのに留めます。ただ、8月に開かれる第3回目の会議で大きな方針が決まりますので、注目してください。第1回目の視聴者はいずれの会議も百数十人しかいなかったことは、心配な状況です。
(1)「日本語教育の参照枠」補遺版の検討に関するワーキンググループ
この会議は、2023年6月20日に開かれました。この日は私用でこの会議を視聴できませんでしたので、ここではサイトに掲載されている資料だけを紹介します。
ただ、日本語教育小委員会の資料では、この会議のみが5回開かれることになっていますので、最終的なまとめは来年のことになるようです。
このワーキンググループの「目的」は、ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)の補遺版が2018年・2020年に公開されたことを受けて、「日本語教育の参照枠」補遺版のとりまとめを行うこととしています。
ただし、第1回の資料に既に「『日本語教育の参照枠』補遺版の構成(案)」が出ています。
「日本語教育の参照枠」自体は今後の日本語教育施策の能力評価と大きく関わってきますので、大変大事なテーマです。日本語能力試験のN3は「日本語教育の参照枠」では○○にあたるというような、単なる読み替えですませる問題ではないことを理解しておいてください。
このテーマについては、方向性が決まった段階で改めて扱います。
(2)認定日本語教育機関の認定基準等の検討に関するワーキンググループ
この会議は、2023年6月21日に開かれました。
このワーキンググループの「目的」は、田尻も参加した2023年1月の「日本語教育の質の維持向上の仕組みについて(報告)」(以下、「日本語教育の質向上の仕組み」と略称します)を踏まえて、認定日本語教育機関の認定基準と運用規定を検討することとなっています。この「日本語教育の質向上の仕組み」は、(2)・(3)・(4)の会議の前提となる資料ですので、必ず読んでおいてください。今後の日本語教育施策の重要な部分が、この「日本語教育の質向上の仕組み」で決まっていました。
会議全体としては、委員各自が自分の感じる問題点を指摘する時間が多く、座長が特にどれかのテーマを絞って議論するというのではなかったという印象を持ちました。6月28日のいかにも述べる日本語教育小委員会の資料4としてこの会議の主な意見が出ていますので、参考にしてください。
(2)・(3)・(4)のいずれにも「日本語教育機関認定法 今後のスケジュール案(令和5年6月時点)」(以下、「今後のスケジュール」と略称)という大変大事な資料が配布されています。
この資料が、現在日本語教育専門家が今最も知りたい資料だと思います。この「今後のスケジュール」によれば、日本語教育機関については、2024年1月ごろから「周知・説明会」ご行われ、5月ごろから事前相談が始まり、日本語教育機関の申請が開始され、秋ごろには認定・登録が行われる予定です。
この会議の資料として他に「認定日本語教育機関に関する省令等の案について」が公表されていますが、ここではその全部を紹介するスペースはありませんので、各自お読みください。
この会議の資料「認定基準の基本的な考え方」には、認定を受けた日本語教育機関は「留学」・「就労」・「生活」に関わることになっています。日本語教育機関は従来主として「留学」に関わるというイメージで来ましたが、これからは「就労」や「生活」にも関わっていくということが書き込まれた大変大事な点だと考えます。
また、「日本語教育の質向上の仕組み」に沿って、「認定制度の開始直後においては」、「日本語教育の参照枠」の習得レベルB1相当以上を「前提に検討する」という箇所を改めて引用しています。
会議資料の「認定日本語教育機関の認定基準」①~⑤や「自己点検評価に関する規定」も重要なことが書かれていますから、関係者は必ず読んでおいてください。
なお、会議資料の「認定日本語教育機関で日本語教育を担当する教員の経過措置に関する規定(案)」には、5年の経過措置期間での教員の資格の一つとして日本国際教育支援協会(JEES)が実施する日本語教育能力検定試験に合格した者があります。この点について2023年6月26日にJEESが「令和5年度日本語教育能力検定試験の実施にあたって」という文章を出していますが、田尻には不思議な文章だと思いました。まず、「本年度実施する『日本語教育能力検定試験』と、今後文部科学省で実施す予定の日本語教員試験は、あくまでも異なる試験です」とありますが、まだ文化庁の会議では新しい登録日本語教員の試験はどこが行うかは言っていないはずです。先にJEESが新しい試験は行わないと言ってしまっています。さらに、法律の経過措置期間中は「一定の要件を満たす」民間試験合格者は経過措置を受けられるが、その際「本協会の『日本語教育能力検定試験』は、この民間試験に該当するものと考えております」という文章は、21日に開かれたこの会議の資料を読んでいないことを示しています。協会のこのような理解で「令和5年度の『日本語教育能力検定試験』は安心して従来どおり受験してください」とは言えないのではないかと感じています。
(3)登録実践研修機関及び登録日本語教員養成機関の登録手続き等の検討に関するワーキンググループ
この会議は、2023年6月26日に開かれました。
このワーキンググループの「目的」は、「日本語教育の質向上の仕組み」を踏まえ、「登録実践研修機関及び登録日本語教員養成機関の登録手続き等に関する省令等に関する検討を行う。また、登録日本語教員養成のコアカリキュラム(仮称)について検討する。」となっています。
この会議を視聴した印象は、「日本語教育の質向上の仕組み」の有識者会議のメンバーである伊東委員と加藤委員がもっぱら発言していたと感じました。坂本委員の発言の多くは、直接当面の問題に関するものではなかったと思いましたし、その他の委員の発言は少なかったと感じました。中には、ほとんど発言しないまま会議を退出した委員もいました。この会議は日本語教員を養成する機関や大学にとって死活に関わる問題を扱っていることを考えれば、このように消極的な態度を取る委員の姿勢は問題であると田尻は感じました。次回からの積極的な議論を期待します。
この会議では、まず登録実践研修機関と登録日本語教員養成機関の認定登録の二つの手順が検討されます。今後この会議に提出される予定の「コアカリキュラム」も、重要な意味を持つことを理解してください。
「登録実践研修機関・登録日本語教員養成機関の登録要件」には、それぞれの機関の登録要件案が示されています。以下では、わかりやすいように、実践研修機関と日本語教員養成機関を分けて扱います。
〇登録実践研修機関
この機関は日本語教員になるための実践研修(今までは「実習」と言われたもの)をする機関で、この機関そのものが認定されなければそこで行われた実践研修は登録日本語教員養成の要件にはなりません。今まで日本語教員養成を行っていた実習機関は、これからは新たな制度の下に行われる認定登録を受けなければいけません。
この実践研修には指導者・研修内容・指導体制の条件も付されており、今まで一部の機関や大学に付設されている日本語教育機関や別科で簡単に実習を済ませるような訳にはいかなくなります。
〇登録日本語教員養成機関
日本語教員養成課程が認定登録されるためには、省令で定める科目を実施しているかとか、教授者が省令で定める資格を有するかが問われます。
実践研修機関の教授者同様、養成課程の教授者は「日本語教育に係る学位(修士・博士)を有する者」や、「登録日本語教員の登録を受け、かつ、日本語教育に係る学士の学位」を有する者(経過期間中の猶予措置はあります)となっています。
この「日本語教育に係る」という箇所を厳しく審査した場合は、かなりの人が教授者としての認定を受けられなくなる可能性があります。
この点に関する文化庁は、既に以下のような調査をしています。
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/nihongokyoiku_sogo/index.html
この調査の中で、規模の大きな調査として2020年3月の「令和元年度日本語教育総合調査」があります。この調査によると、2018年度の学部での日本語教師養成課程の卒業生のうち日本語教師になったのは7.2%しかいません。2021年の「令和3年度大学及び文化庁届出受理日本語教師養成研修機関実態調査」では、2020年度学部での日本語教師養成課程卒業生のうち日本語教師になったのはわずか4.9%です。つまり、大学の学部での日本語教師養成課程は、日本語教育機関の日本語教師を供給する機能を果たしていないということです。この点を、現在大学等で日本語教師養成課程を担当している人は、どんなに考えているのでしょうか。日本語教育関連の学会等での日本語教師養成に関する発表やシンポジウムのテーマを見る限り、田尻にはこの点に関する担当者の問題意識は感じられません。誤解のないように言っておきますが、田尻は大学の日本語教師養成課程の担当教員が学生の就職先まで責任を持てと言っている訳ではありません。現在の日本語教育機関での教員不足に、大学の日本語教師養成課程はその役目を果たしていないという事実を直視してほしいと言っているのです。私立大学などでは、応募者の少ない、または社会的ニーズのない学科や課程が、次々と新しい学科や課程に変えられているのが現在の状況です。
また、この会議では「登録日本語教員に係る経過措置の検討のための民間試験公募要領(案)」という目的がわかりにくい文章が配布されています。当日の会議では、この資料の中身についての議論はあまりなされないままこの案件は了承されました。この案件が、今後どのような結果をもたらすのかは注視しておくべきととだと考えています。
(4)日本語教育小委員会
この会議は、2023年6月28日に開かれました。
この会議の印象としては、各委員から事務局への質問が多いように感じました。このような会議の場合、前もって事務局から各委員に事前の説明が行われているはずです。事前の説明の段階で資料を読み込んで質問をしていれば、大事な会議の際にはもっと突っ込んだ議論ができたのではないかと感じました。
ただ、この会議でも扱う内容は多く、時間内でいろいろな質疑をするのは難しくなっています。
以下では、今回はいつもの「未草」の原稿に比べて分量がオーバーしているので、大事な点だけ扱います。
この会議で最も注目すべきは、資料7の「令和5年度日本語教員試験試行試験実施概要(案)」です。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/nihongo/nihongo_119/pdf/93904601_07.pdf
ここに示されているように、試行試験は2023年12月10日に仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の5か所で行われます。対象者は、現職日本語教師や大学等での日本語教師養成課程在職者で必須の内容をおおむね習得した者となっています。委託業者から協力依頼があった者も含みます。
試験は試験①(基礎試験)と試験②(応用試験)があります。試験②には音声による出題もあります。年度末には、試行試験の結果報告書が作成され、その一部が公開されることになっています。「今後のスケジュール」では、2024年春ごろには実際に試験を実施する試験機関を指定し、秋ごろに本試験を実施する予定になっています。
会議では、ある委員から試験②だけの受験も可能かという質問があり、事務局から可能であるという回答がありましたが、試行試験という性格から受験者は試験①と試験②の両方をうけるように言ってほしかったと考えています。委員から、このような消極的な意見が出たのは残念に思います。
3.NHK「やさしい猫」について
7月8日に第3回の放送が行われたドラマ「やさしい猫」について、今まで書く余裕がありませんでしたので今回の「未草」に書きます。第3回ではスリランカ国籍の「クマさん」が入管施設に入れられて、精神的に追い詰められていく様子が描かれました。放送はあと2回で、次の放送は7月22日の22時です。これ以上ご紹介が遅れると、この番組を知らない人が重要なシーンを見逃すことになりますので、慌ててご紹介する次第です。放送はこれからもありますので、番組へのコメントはここでは書きません。
原作の中島京子さんの『やさしい猫』は、2020年5月7日から讀賣新聞の夕刊に連載されたもので、2021年8月に中央公論社から単行本が出版され、第56回の吉川英治文学賞を受賞しています。田尻は、作品名と装丁に引かれて購入しましたが、それ以前の中島さんの作品とはずいぶん違うという印象を持ちました。その作品自体の扱っているテーマは重く、社会的にあまり評判を呼びそうではないと思っていた作品が、NHKで番組化されると知り驚きました。2021年3月6日に奇しくも「クマさん」と同じスリランカ国籍のラスナヤケ・リヤナク・ウィシュマ・サンダマリさんが入管施設で死亡した事件が起こりました。この作品自体はウィシュマさんの事件以前に発表されたものであり、直接ウィシュマさんの事件とは関わっていません。ウィシュマさんの遺族が起こした裁判は現在もまだ続いています。折しも、国会では入管法の改正が審議されていましたが、この番組への注目度はそれほど上がっていないと田尻は感じていました。相変わらず、日本語教師からの反応は鈍いものでした。日本語教育関係者は、これまでの放送を見ていなくても、これからの2回の放送は必ず見てください。そして、自分の職業について考えてください。
田尻としては、『くもをさがす』(2023年、河出書房新社)で評判の西加奈子さんの『i』(2016年、ポプラ社)や『夜が明ける』(2021年、新潮社)、そして西さんがたびたび引用するアーザル・ナフィーシーさんの『テヘランでロリータを読む』(2021年、河出文庫)も扱いたい気持ちがあるのですが、現在は時間的な余裕がありません。このウェブマガジン「未草」の読者の方は、これらの作品もぜひ読んでください。