★この記事は、2022年8月8日までの情報を基に書いています。
今回も、政府の日本語教育に関する新しい方向性を扱います。これらは今後の日本語教育の姿を決定するものなので、不確かな情報に惑わされないようにしてください。
なお、引用している箇所の表記は、元の資料のままです。
最近の日本語教育学会は、HPの「お知らせ」などで政府の新しい方針を学会員に伝えることをやめたようです。したがって、日本語教育に興味・関心を持っている方は、日本語教育学会のHPの情報のみで現在進められつつある大事な動きを見落とさないようにしてください。今は、日本語教育の法案が国会にかけられる前に具体的な事項を決定している段階です。また、外国人労働者の受け入れにあたっての日本語能力の基準も変更されようとしています。
日本語教育関係者は、日本語の教え方だけに興味を持つではなく、日本在住の外国人の社会的な環境に日本語教育がどのように関わっていくべきかも考えてください。
1.第3回の「日本語教育質向上会議」で扱った事柄
2022年8月3日に、「日本語教育の質の維持向上の仕組みに関する有識者会議」が開かれました。今回の議題は「日本語教育機関の認定基準について」と「その他」となっていましたが、前者の検討も時間が足りないほどでしたので、「その他」(西原座長が雑談をするつもりだったと発言)はありませんでした。
最初の資料は「有識者会議における検討の方向性に関する事項(たたき台案)」というもので、有識者会議で検討する事項の全体像を示しています。そして「その他」で、「本会議で方向性について、①日本語教育機関認定基準、②指定日本語教員養成機関基準等を国語分科会日本語教育小委員会において専門的な議論を予定」となっています。ちょっと意味のわかりにくい文となっていますが、要するにこの会議では①と②の方向性のみを検討し、専門的な議論は日本語教育小委員会で行うというものです。つまり、この会議では実施の際の具体的な事項は扱わず、方向性のみを検討するものだという会議の性格を規定しているのです。
そして、今回の会議では初めての形式ですが、「今回ご議論いただきたい箇所」は青字で、以下の項目が指定されました。
2.日本語教育機関の認定制度に関すること(1)「認定の基準」のうち
- ①基本的な考え方
- ②認定基準の基本的な構造
- ③具体的な審査基準の方向性
- ④「就労」「生活」への対応の方向性
(3)「認定を受けた日本語教育機関に関する情報の公表(定期報告を含む)」のうち
- ②具体的な公表項目
(4)「認定された日本語教育機関の評価(自己評価、第三者評価等)」のうち
- ②具体的な評価項目
(5)認定基準に関する経過措置
わかりにくいかもしれませんが、ゴチ(太字)で示した箇所のみが今回の会議の主たる検討対象と指定されました。この議論のやり方は、多くの項目を短期間に検討しなければならないという事務局の考えによるものです。今回の会議では、指定された事項について委員が意見を言うことが主となりました。
資料15ページの「(2)認定の手続き」の最初の項目」で扱われる認定を受ける日本語教育機関は「文化審議会国語分科会の下に審査委員会を設定する」という事項について、当初は予定に入らなかったのですが、当日特に西原座長から委員に意見を求められました。ただ、これは大変大事な問題ですので、有識者会議では時間的に余裕がないので、その場では意見が出ませんでした。その中で、前田早苗委員が一般論として「利害関係がなくて透明性があるような委員の選び方をすればいいのではないか」という意見が出たことが、田尻の印象に残りました。前田委員は千葉大学名誉教授で、認証評価の専門家です。田尻の理解では、この問題は第3回有識者会議では、結論が出ずに今後に持ち越されたと理解しています。
今回の会議のあと、事務局から資料1に「追加したほうがよいと考えられる点変更したほうがよい点」などを事務局に知らせることになりましたので、資料1の細かな表現が変更するかもしれませんので、ここでは田尻の考えは書きません。後日、文化庁から発表された資料で各人がお確かめください。
2.法務省が技能実習制度にメスを入れようとしている
2022年7月29日の閣議後の記者会見で、古川禎久(ふるかわよしひさ)法務大臣は、外国人技能実習制度の本格的な見直しに向けた考え方を示しました。
(1)内閣官房の関係閣僚会議
2018年12月25日に始まった内閣官房の「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」で「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(これは現在も改訂中)を検討してきました。
2021年1月29日の同会議において「外国人との共生社会の実現のための有識者会議」を開催することが決定されました。この有識者会議では、中長期的な調査課題として「外国人との共生社会の在り方、その実現に向けて取り組むべき日本語教育の充実」が挙げられています。
2021年2月24日の第1回「外国人との共生社会の実現のための有識者会議」では、以下の項目が「取り組むべき重点事項」とされています。
- 日本語教育を中心とした我が国社会に適応するための支援
- 外国人の子供に対する支援
- 行政・生活情報の多言語化・やさしい日本語化、相談体制の整備
- 共生社会を支える専門的な人材の支援
- 共生社会基盤としての在留管理体制の構築
2021年11月29日にこの有識者会議の「意見書~共生社会の在り方及び中長期的な課題について」が、提出されました。
ここでは、この「意見書」の「第3 外国人との共生社会の実現に向けた取組の方向性」の項目だけを改めて列挙します。詳しくは、元の資料をご覧ください。なお、一部は31回に述べました。
1. 円滑なコミュニケーションと社会参加のための日本語教育等の取組
(1) 現状と課題
ア 日本語教育等の機会提供
イ ライフステージに応じた体系的な日本語学習
ウ 日本語教育の質の向上等
(2) 取組の方向性
ア 外国人が生活のために必要な日本語等を習得できる環境の整備
イ ライフステージに応じ、体系的に日本語を学習することができる環境の整備
ウ 日本語教育の質の向上、専門人材の確保に資する取組の推進(ここでは「国において、『公認日本語教師(仮称)』の資格創設」が挙げられています)
エ 日本語を学びやすくするための取組の推進
この会議は、官房長官と法務大臣が共同議長となっている会議で、外国人との共生社会の問題を広く取り扱っています。
(2) 古川法務大臣の勉強会
2022年1月14日の閣議後の記者会見で古川法務大臣は「特定技能・技能実習制度に係る法務大臣勉強会」を設置したことを発表しました。この勉強会の中身は公開されていません。2022年7月22日の『労基旬報』の濱口桂一郎さんの記事によると、第1回目以降の発表者の名前が列記された資料があったようです。7月29日の共同通信の記事では、10人超から意見を聴取したとあります。
3月18日の第3回の発表資料は、移住連のHPに出ています。
7月29日の讀賣新聞の記事には、以下のような勉強会がまとめた技能実習の主な問題点が列記されています。
▶国際貢献という制度の目的と、人手不足を補う労働力として扱う実態に隔たり
▶実習生の日本語能力が不足し、意思疎通が困難
▶不当に高額な借金を負って来日する実習生の存在
▶技能実習生の保護と、受け入れ先企業の監督を行う管理団体の相談・支援体制が不十分
3.古川法務大臣の記者会見
2022年7月29日の閣議後の記者会見で、古川法務大臣が「長年の課題を、歴史的決着に導く」という強い意志のもとで法務省が中心になって技能実習制度と特定技能制度の見直しを行うことを発表しました。これらの問題は、今までは各省庁に関わる問題なので内閣官房が中心となって検討を進めてきましたが、今後は法務省がより積極的にこれらの問題に関わると大臣が表明したものです。
今後どのような改善が行われるかはわかりませんが、8月4日の産經新聞の記事によれば、「これまで試験合格者にしか就労を認めてこなかった宿泊・漁業・飲食料品製造分野で、技術を学ぶために来日している技能実習生を試験免除で可能とするほか」、「需要が高まっている飲食料品製造業での受け入れ人数をこれまでの2.6倍に増やす」ことが検討されるとなっています。また、特定技能制度の改善として、日本語能力試験の受験機会を拡大する観点から、日本語能力水準を「日本語教育の参照枠」のA2相当以上とする案も検討されるようです(この情報は公開されていませんが、田尻は公明党の「外国人材の受入れ対策本部」の資料で見ました)。
8月10日の内閣改造で法務大臣の交代がなければ、この方針は継続すると思われます。
4.新しく刊行された参照すべき文献
(1) 異文化間教育学会編著『異文化間教育事典』
この事典は、明石書店から2022年6月20日に刊行されました。異文化間教育に関する重要な用語を異文化間教育学会の刊行物から選び出し、わかりやすい解説を加えたものです。最近、他の分野の用語を解説した事典が刊行されていないことから、参照すべき多くの項目が入ったこの事典の利用価値は高いと思います。
ただ、原稿執筆時と刊行時がずれているために、項目によっては最新の資料を反映していないものが見られます。事典としての制約上原稿の執筆量が限定されているようで、もっと参考文献を挙げてほしかった項目も見られます。
また、せっかく原稿執筆者名や関連事項が挙げられているにもかかわらず、そのことを「刊行にあたって」のような箇所で指摘していないのはもったいないと思われます。
(2)この事典の「言語政策」の項目について
この事典の211ページの「言語政策」にインドネシアの言語計画が述べられていますが、この点について田尻からの追加情報を書いておきます。
この点については、奥村恵介さんの愛知教育大学2011年修士論文抄録「インドネシアにおける国家語の成立過程と日本軍政下の日本語教育施策」では、関係する論文としてはAlisjahbanaさんの論文しか挙げられていませんし、仙翔太さんと関周一さんの宮崎大学教育学部紀要第95号(2020)の「日本軍政期インドネシアにおける日本語教育」や大政美南さんや宋欣玥さんの「インドネシアにおける日本語普及への取り組み」(横浜国立大学の小川誉子美さんの「ようこそ!日本語学習・教育史のホームページへ!」)では触れられていないので、ここで簡単に触れておきます。
1980年にGADJAH MADA UNIUVERSITY PRESSで刊行されたKHADIR ANWARさんの“INDONESIAN : The Development and Use of A National Language”のCHAPTER TWOの‘THE LAPANESE OCCUPATOIN’に書かれている情報を簡単に述べておきます。これについては、今後インドネシアの研究者によって、より詳しい紹介が行われることを期待します。
KHADIR ANWARさんは、Teeuw教授の研究を引用したうえで、日本の軍政監部が日本語教育普及のため対象となる言語を当時日本ではマレー語と呼ばれていた言語をSukarnoとHattaに示して、日本占領下の地域でインドネシア語という名称で認めたことがインドネシア語の成立と考えられるとしています。そして、このインドネシア語の成立が独立戦争時のインドネシア国民の精神的なバックボーンとなったというものです。なお、ベネティクト・アンダーソンの『想像の共同体』でも、この本については触れられていません。
この本は田尻が国際交流基金の派遣でバンドン市のパジャジャラン大学赴任時にバンドン市内のGUNUNG AGUNGという大きな本屋で見つけたものなので、残念ながら日本の研究者には知られていない書籍です。一般的に言って、日本で日本語教育史を研究している方は、現地で発行されている書籍にあまり関心がないようですので、ここで紹介しました。
※今回のウェブマガジンにはまだ書くべき多くの情報がありますが、田尻の個人的に引き受けている仕事との関係で、これ以上書く余裕がありません。とりあえず、第3回の有識者会議の情報をお知らせすることを目的として執筆しました。