前回は、日本の小学校における国語科教育で、どのように句読点が取り扱われているのかを見てきました。今回は、日本語を第二言語として学ぶ日本語学習者が、どのように句読点を学んでいるのか、ということについて見ていきたいと思います。
結論から言えば、基本的に句読点は学んでいない、と言えるでしょう。あったとしても、それは日本語教師のさじ加減次第だと思われます。つまり、日本語教育のための句読点教育はされていない、というのが現状だと言っても過言ではないでしょう。
今回は、そんな日本語教育における句読点について考えていきたいと思います。以下ではまず、日本語教育における句読点の研究を見たうえで、日本語学習者が使用する教科書で句読点がどのように扱われているかを見ていきます。そして、日本語教育においてどのように句読点を指導すべきかを考えてみたいと思います。
日本語教育と句読点にかんする研究
第7回の連載でもいくつか取りあげた日本語教育における句読点の研究をあらためて見ていきたいと思います。
中国人学習者を扱った北村(1995)では、日本語と中国語で書かれた作文の比較検討を通して、各言語において、文そのものの単位の概念が異なっていることを示唆しています。また、岩崎(2017)のように、日本語母語話者と日本語学習者の読点の打ち方は、統計的に異なることが指摘されています。この岩崎(2017)では、接続助詞の直後の読点に着目して、日本語母語話者と日本語学習者とでどのように差があるかを統計的な観点から考察しています。そのうえで、どのように句読点を教えるべきかという「句読点シラバス」を提案しています。
また、岩崎(2021)では、接続詞の直後の読点について考察しており、どのような場合に読点を打てばいいのかをわかりやすいフローチャートで示しています(詳しくは、李在鎬(編)『データ科学×日本語教育』を参照してください)。
日本語学習者用の教科書に目を向けてみると、初級の日本語教科書の分析を行った小林(2004)では、条件節(「たら」「ば」「な」「と」)直後の読点は教科書ごとに差が若干見られたことを報告しています。
つまりこれは、日本語の教科書によって読点の打たれ方が異なっているということが言えそうです。以前にも書いたとおり、いくら話しことばが中心だという初級の教科書とはいえ、読点の打ち方がばらばらなのは、あまり好ましい状況とは言えません。では、初級の日本語教科書ではなく、作文の教科書ではどのように句読点の使い方が示されているのでしょうか。
日本語教科書の句読点
前回の連載では、小学校の国語科の教科書を概観してきました。今回は、日本語学習者用の教科書、そのなかでも作文の教科書(参考書含む)を中心に見ていきたいと思います。全ての作文の教科書を網羅的に調べることは時間の余裕がなかったため、今回は私の職場にある図書室のなかにある教科書を調べてみました。25冊調べてみた結果、17冊に句読点の使い方にかんする記述が見つかりました。以下では、この17冊に書かれている句読点の説明を中心に見ていきたいと思います。
原稿用紙と句読点
これらの教科書で説明されている句読点についてまとめてみたところ、まず、気になったのは、原稿用紙の使い方とともに句読点の使い方が示されているという点です。ただし、原稿用紙は縦書きと横書き、どちらも示されている教科書が多くみられたところは、小学校の国語科の教科書とは異なる点だといえます。
具体的に教科書を見てみると、どのような時に句読点を使用するか、ということではなく、原稿用紙のマスのどこの部分に句読点を書けばいいか、行末に句読点が来る時にどこに句読点を書けばいいか、などといったことが書かれています。
上の問題は、原稿用紙における句読点の使い方についての練習問題ですが、特に句点とカッコ、行末の処理の問題が取りあげられているのがわかります。
とはいえ、日本語学習者がいつ原稿用紙を使うのでしょうか。私が思いつくのは限られた筆記試験のみであり、一般社会では原稿用紙を使用して文章を書くことはあまりないような気がします。おそらく、国語科教育からの延長で原稿用紙の使い方が取りあげられているのでしょうが、限られた学習時間のなかで実用的ではない内容を教えてもあまり意味がないように思えます。
読点の意味と打つところ
では、次に読点がどのようなものだと示されているのかをまとめてみたいと思います。
二通・佐藤(1999)などでは、「文を読みやすくするため」「文の構造を明らかにし、意味を分かりやすくする」など、「なぜ読点を使用するのか」という理由が書かれています。また、佐藤(1994)では、「読点の打ち方は句点よりずっと複雑である」こと、読点は「書き手の自由な判断にゆだねられることが多い」ことなどといった現状についても書かれています。
具体的にどこに読点を打てばいいのかということについては、複数の教科書で書かれていましたが、今回は次の三つの教科書をとりあげて、そのまとめを一覧表にしてみました(例文が載っているものもあったのですが、煩雑になるため省略しました)。
神田・山根(2004) | 佐藤・加納・田辺・西村(1986) | アカデミック・ジャパニーズ研究会編著(2015) |
文頭の接続語の後 | <そして、しかし、また、ところで、〜が、〜を読み(連用中止)、……>など、接続語・句の後ろに打つ。 | 接続詞(「それで」「しかし」「だが」……)の後 |
接続助詞、連用中止形の後 | <〜から、〜ので、〜と、〜なら、〜時、〜場合、〜た結果、……>など、原因・理由・時・条件を表す句の後ろに打つ。 | 「〜とき」「〜たら」「〜が」「〜ので」……などの後 |
– | – | 連用中止形の場合 |
対等の関係で並んでいる言葉の間 | 文や語句を並列的に並べて書く時、その間に打つ。 | ことばを並べるとき |
挿入句の前後 | 倒置文や挿入句があって、点を打たなければ読みにくくなる場合、その後ろ(挿入句は前と後ろ)に打つ。 | – |
ひらがなが続いて読みにくい場合 | その他、点を打ったほうが読みやすくなる時に打つ。 | 文の意味を明確にしたいとき |
– | 述部が二つあるような復文で、主語がすぐ後ろの述部につながらない時、その主語の後ろに打つ。 | – |
– | 連体修飾や連用修飾の長いものがつづく時、その間に打つ。 | – |
接続詞などの接続表現の後、接続助詞・連用中止形の後、ことばが並列的な場合、文の意味を明確にするという点については共通していたものの、倒置文の場合や挿入句などの前後、係り受けにかんする読点、連体修飾や連用修飾などの長いものが続くとき、といったことについては、教科書によって差が見られました。
挿入句の前後、というのはわかりにくいので載っている例文を取りあげてみました。偶然なのか似ている例文なのですが、挿入句の後の読点の位置が異なることがわかるでしょうか(「例えば」の後の読点の有無も気になりますが)。
・ヨーロッパの国々、例えば、イギリスやフランス、ドイツなどでは、……
佐藤・加納・田辺・西村(1986)
・ヨーロッパ諸国、例えばドイツ、フランスなど、はユーロという統一通貨を作った。
神田・山根(2004)
日本語の教科書で類似した例であっても微妙に読点の位置が異なるという現状があります。ちなみに、私自身は、このような挿入句が間にある場合は、無理に読点を使う必要がないと考えています。
・ヨーロッパ諸国(例えばドイツ、フランスなど)は、ユーロという統一通貨を作った。
・ヨーロッパ諸国、例えばドイツ・フランスなどは、ユーロという統一通貨を作った。
このように、カッコを使ってレベルを落としたり、中点を使用して「は」の後に読点を打ったほうが読みやすくなると思います。
教科書によって取りあげられている読点が異なることや、使い方にずれがあることは問題ではありますが、そもそも日本語母語話者の読点がばらばらであるという現状、また、どの読点に重きを置いているのか、ということについてはいまだに明らかになっていないため、どの順番に教えるべきなのか、というような提案はできないということが問題の根幹にあります。
日本語教科書における句読点の練習問題
今回対象となった教科書を見てみたところ、練習問題がある教科書は8冊(47%)、練習問題がない教科書が9冊(53%)という結果でした。
なお、練習問題を含め、3ページ以上にわたって句読点についての記述があった教科書は、以下の4冊だけでした。
- 佐藤政光・田中幸子・戸村佳代・池上摩希子(1994)『表現テーマ別 にほんご作文の方法』第三書房
- 二通信子・佐藤不二子(1999)『留学生のためのレポートの文章』アカデミック・ライティング研究会
- 二通信子・佐藤不二子(2003)『改訂版 留学生のための論理的な文章の書き方』スリーエーネットワーク
- 石黒圭・筒井千絵(2009)『留学生のためのここが大切文章表現のルール』スリーエーネットワーク
では、どのような練習問題が日本語教科書で扱われているのでしょうか。以下に練習問題の傾向をまとめてみました。
1)原稿用紙を使うさいに句読点をどのように使うのかを判断する練習問題 2)文や文章に句読点を付ける練習問題 2-a)自分で句読点を付ける位置を考えて句読点を付ける練習問題 2-b)文章のなかにカッコがあり、句読点のどちらを付けるのかを考える練習問題 3)意味を考えて読点を打つ練習問題 3-a)読点を打つ場所によってどう意味が変わるかを考える練習問題 3-b)特定の意味を示して、その意味通りになるように読点を打つ練習問題 3-c)特定の意味を示して、その意味通りになるように読点を使わずに書き直す練習問題 |
では、具体的にどのような練習問題なのか、実例を見ていきましょう(「原稿用紙を使うさいに句読点をどのように使うのかを判断する練習問題」は、すでに挙げたので割愛します)。
「2)文や文章に句読点を付ける練習問題」は、細かく見ると、2種類の問題に分けられます。一つは「2-a)自分で句読点を付ける位置を考えて句読点を付ける練習問題」で、次のようなものです。
小学校の教科書にも句読点を付ける練習問題がありましたが、あちらは一文のみでした。日本語学習者向けの教科書では、かなり長めの文章にたいして句読点を付けなければならないのがわかるかと思います。教科書によっては文の数があらかじめ指定されているものもありました。ですが、おそらく読点を打つ位置については、日本語母語話者でも迷う部分がありそうです。
「2-b)文章のなかにカッコがあり、句読点のどちらを付けるのかを考える練習問題」は以下のような問題です。このような形式の問題であれば、読点を打つ意図がわかりやすく、教師側は指導しやすく、学習者側も理解しやすいのではないでしょうか。
最後に「3)意味を考えて読点を打つ練習問題」についてですが、これには3種類の練習問題が見られました。一つ目は、「3-a)読点を打つ場所によってどう意味が変わるかを考える練習問題」というものです。たとえば、次のような練習問題です。
いかがでしょうか。文の構造的に読点を打ち直さないと意味が分かりにくい文ばかりで、読点の重要性が理解できる練習問題だと思います。ただし、これらは初中級レベルの学習者にはやや難しく、少なくとも中上級レベル以上の学習者を対象としているようです(もしかしたら日本語母語話者にとってもよい練習問題かもしれません)。
次の「3-b)特定の意味を示して、その意味通りになるように読点を打つ練習問題」と 「3-c)特定の意味を示して、その意味通りになるように読点を使わずに書き直す練習問題」は次のような練習問題です。
これらはどの問題文も読点を打つ位置によって意味が変わってくる例文で、わかりやすい問題だと言えるでしょう。ここで特筆すべきは、読点を使わずに語順を整理して意味を特定のものに直させるという練習問題の存在です。実際に、読点の使い方の問題は、語順を整理するだけで解決する問題が多く存在します。このような練習問題を繰り返して行うことで、わかりやすい文を書く練習になるのではないでしょうか。
まとめ:なぜ日本語教育のための句読点教育が必要なのか
今回は、日本語教育において、どのように句読点が教えられているのかを見てみました。いわゆる総合日本語の教科書では句読点の記述は見られず、ライティングの教科書において句読点についての記述が見られるものの、必ずしも句読点が取りあげられているあるわけではない、ということがわかりました。どのライティングの教科書を採用するかは学校や教師次第ですし、時間の関係上どのように教えられているのかは不明です。正直に言って日本語教師のさじ加減次第だと言えるでしょう。
私は、日本語母語話者にたいして教える句読点と、日本語学習者にたいして教える句読点は切りわけるべきだと思います。今回、日本語教科書を見てみたところ、原稿用紙と句読点の使い方について書かれているものが非常に多いことに気が付きました。日本語学習者の視点に立ち、どのようなときに日本語を書くのかというところから再考すべきです。
また、学習者の母語によって句読点の概念・感覚が異なるという点も日本語教育のための句読点指導が必要な理由です。テンとコンマどちらも使用する言語や、そもそも句読点を基本的に使用しない言語など、さまざまな言語が存在します。そんな母語を持つ日本語学習者が、その母語と同じ感覚で句読点を使用すると、かなり読みにくい文章を産出することになります。小学校の国語科教育とは違い、指導要領などはないために、句読点の指導はどの段階においてどのように提示するべきなのかという指針はありません。ですが、中上級以上のライティングだけではなく、早い段階から句読点についての指導を段階的に行うことで、改善が目指せるのではないでしょうか。
今回は、詳しくは書けませんでしたが、日本語の教科書において、句点とカッコの扱いについては書かれていないのが気になりました。文化庁が2022年1月に出した「公用文作成の考え方」では、この句点とカッコの組み合わせについても整理され、新たな基準が提案されています。句点だけでは、そんなに難しさを感じないかもしれませんが、カッコとの組み合わせは迷う点が多いです。句読点だけでなく、これらの符号についての指導も今後は考えていく必要があると思います。
参考文献
- 岩崎拓也(2017)「正確で自然な句読点の打ち方」石黒圭(編),山内博之(監修)『わかりやすく書ける作文シラバス 現場に役立つ日本語教育研究 3』pp.75-96,くろしお出版
- 岩崎拓也(2021)「接続詞の直後の読点をどう指導すべきか」李在鎬(編)『データ科学×日本語教育』pp. 268-287,ひつじ書房
- 北村よう(1995)「中国語話者の作文における文接続の問題点」『東海大学紀要 留学生教育センター』15,pp.1-11,東海大学留学生教育センター
- 小林伊智郎(2004)「初級日本語における読点の使い方について」『拓殖大学日本語紀要』14,pp.69-77,拓殖大学国際部
- 文化庁(2022)「公用文作成の考え方(建議)」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93651301_01.pdf)2022年5月11日確認
日本語教科書(参考書)
- C&P日本語教育・教材研究会編(1988)『日本語作文I -身近なトピックによる表現練習-』専門教育出版
- アカデミック・ジャパニーズ研究会編著(2015)『大学・大学院留学生の日本語②作文編 改訂版』アルク
- 石黒圭・筒井千絵(2009)『留学生のためのここが大切文章表現のルール』スリーエーネットワーク
- 稲垣滋子(1986)『日本語の書きかたハンドブック』くろしお出版
- 神田靖子・山根智恵(2004)『日本語を書く楽しみ』星雲社
- 倉八順子(2012)『上級・大学・大学院で学ぶために日本語の作文力練習帳』古今書院
- 佐藤喜久雄(1994)『国際化・情報化社会へ向けての表現技術1』創拓社
- 佐藤政光・田中幸子・戸村佳代・池上摩希子(1994)『表現テーマ別 にほんご作文の方法』第三書房
- 佐藤政光・加納千恵子・田辺和子・西村よしみ(1986)『実践 にほんごの作文』凡人社
- 田口雅子(1995)『らくらく日本語ライティング(初級後半〜中級)』アルク
- 中村萬里・川﨑聡・津野瀬果絵・矢毛達之・占部匡美・蔵田純子(2012)『実践 日本語表現ワークブック』双文社
- 二通信子・佐藤不二子(1999)『留学生のためのレポートの文章』アカデミック・ライティング研究会
- 二通信子・佐藤不二子(2003)『留学生のための論理的な文章の書き方 改訂版』スリーエーネットワーク
- 松谷英明(2014)『文章力・論理力を高める 日本語トレーニング』学事出版
- 山口隆正・山口るみ子(1995)『日本語のさくぶんー中級からの作文と読解ー』おうふう
- 山下暁美(2002)『スキルアップ文章表現』おうふう
- 吉田妙子(1999)『たのしい日本語作文教室I 文法総まとめ』大新書局