2. 内容から捉えた「現代の国語」
「現代の国語」の「内容」で述べられている学習指導要領の中の指導事項を確認していきましょう。「内容」とは、〔知識及び技能〕と〔思考力、判断力、表現力等〕のことです。指導事項を提示した後、注意すべき点を指摘していきます。まずは、〔知識及び技能〕から始めます。
2.1 〔知識及び技能〕に大学入学共通テストで複数資料を比較させる理由がある
「現代の国語」では、〔知識及び技能〕は、次のように述べられています。
(1) 言葉の特徴や使い方に関する次の事項を身に付けることができるよう指導する。
ア 言葉には、認識や思考を支える働きがあることを理解すること。
イ 話し言葉と書き言葉の特徴や役割、表現の特色を踏まえ、正確さ、分かりやすさ、適切さ、敬意と親しさなどに配慮した表現や言葉遣いについて理解し、使うこと。
ウ 常用漢字の読みに慣れ、主な常用漢字を書き、文や文章の中で使うこと。
エ 実社会において理解したり表現したりするために必要な語句の量を増すとともに、語句や語彙の構造や特色、用法及び表記の仕方などを理解し、話や文章の中で使うことを通して、語感を磨き語彙を豊かにすること。
オ 文、話、文章の効果的な組立て方や接続の仕方について理解すること。
カ 比喩、例示、言い換えなどの修辞や、直接的な述べ方や婉曲的な述べ方について理解し使うこと。
(2) 話や文章に含まれている情報の扱い方に関する次の事項を身に付けることができるよう指導する。
ア 主張と論拠など情報と情報との関係について理解すること。
イ 個別の情報と一般化された情報との関係について理解すること。
ウ 推論の仕方を理解し使うこと。
エ 情報の妥当性や信頼性の吟味の仕方について理解を深め使うこと。
オ 引用の仕方や出典の示し方、それらの必要性について理解を深め使うこと。
(3) 我が国の言語文化に関する次の事項を身に付けることができるよう指導する。
ア 実社会との関わりを考えるための読書の意義と効用について理解を深めること。
(文部科学省2019a:33-34)
(1)では、漢字や語彙、用法、文章、語感、修辞等の学習について述べられています。
(2)では、新学習指導要領から特に重視されるようになった「情報の扱い方」について、五項目にわたって述べられています。この「情報の扱い方」について、少し考えてみましょう。ここは普段の授業だけでなく大学入試を考える際にも、参照しておく必要がある部分だと思われるからです。
1月に実施された大学入学共通テストを含むここ数年の大学入試改革において、複数の資料の比較問題がしばしば話題に挙がっていますが、なぜ複数の資料が取り上げられるのでしょうか。実は、国語においては、この(2)の「情報の扱い方」で取り上げられている内容が、まさに複数の資料の比較に関わるものだからです。この項目の存在が、大学入試に大きな影響を与えていると考えられます。(2)アからエには、メタ認知能力の向上に関わる内容が並んでいる中、(2)オのみ、引用の仕方や出典の示し方といった、およそメタ認知能力とは直接関係なさそうな形式的な項目が並んでいるのも、複数の資料を取り上げるためだと考えられます。複数の資料を活用する際には、どの資料がどの情報を基にしているか、明示的に区別することが重要だからです。来年度、「現代の国語」や、大学入試関係の授業を担当される教員・予備校講師の方で、どのような観点で複数資料の比較を取り扱えばよいか、そのイメージを掴めていらっしゃらない方は、(2)の記述を参考にして、そこに記されてある資質・能力を育成することを目標にした授業を組み立てるとよいと思います。
では次に、〔思考力、判断力、表現力等〕のうち、〔話すこと・聞くこと〕を取り上げます。
2.2 〔話すこと・聞くこと〕は「名探偵コナン」を目指していない?
「現代の国語」における〔話すこと・聞くこと〕は、中学校の学習指導要領の各項目と比較するとその特徴が分かりやすいため、私が学習指導要領の中から抜き出して表 2から表 9を作成しました。(これ以降の表は同様に私が学習指導要領から抜き出したものです。)その中でも、全体に関わる重要なものは、表 2です。学習指導要領の中のまた、「現代の国語」の〔話すこと・聞くこと〕において特に重要なのは表 9です。お時間のない方は、そこの内容だけ比較してみてください。
表 2から表 8の内容をそれぞれ比較すると、段階的に高度な内容になっていることがお分かりでしょうか。つまり、中学校の学習と連携しているのです(さらにいえば、小学校の学習から繋がっています)。表 9の言語活動例については、中学校では対応する項目が挙げられていませんでしたので、「現代の国語」のみ、まとめて示しています。
さて、最初に注目しておきたいのが、表 2にみえる「実社会」「社会生活」「日常生活」という用語です。実は「日常生活」「社会生活」は、それぞれ主に小学校、中学校段階で取り上げられる生活単位です。そして、「現代の国語」では、「実社会」という生活単位を取り上げることになっています。この実社会とは、学習として学ぶような、観念的に抽象化・一般化された社会ではない、私たちが生きている現実の社会のことをいいます。つまり、「現代の国語」の授業では、私たちが生きている現実の社会(問題)の中から適切な話題を決め、それについて多様な観点から検討する資質・能力を育成することが求められている、といえます。この実社会という生活単位は、「現代の国語」の目標にも取り上げられていますし、後述する〔書くこと〕、〔読むこと〕の学習においても繰り返し取り上げられていますので、「現代の国語」という科目を考える際の、重要な観点であるといえます。
次に表 9を取り上げます。表 7から表 9は、実際の言語活動例を挙げたものですが、文部科学省(2018b)には、表 9と直接的に対応する項目は立てられていません。その意味で、「現代の国語」の特徴を表す項目と考えてよいでしょう。
そこで表 9の内容に着目します。「話合いの目的に応じて結論を得」る、また「多様な考えを引き出すための議論や討論を、他の議論や討論の記録などを参考にしながら」行うという内容が注意すべき部分です。ここでは、前半は、結論そのものは複数ある中で、それぞれの目的に合わせた結論をその都度決定するということが述べられており、後半は、考えを生み出すための前段階の議論や討論、参考にすべき記録が必要であることが述べられています。つまり、世の中は多様であり、その時々によって結論を選択しなければならないこと、また、結論を出すには準備が必要であるということを示しているのです。
私は、この準備にあたる言語活動は、〔書くこと〕及び〔読むこと〕の育成にも繋がるものだと考えるのですが、ここでは特にそのような観点は示されていないように思われます。
さて、以上をまとめると、真実はいつも一つかもしれませんが、事実は複数ある、といったところでしょうか(逆に事実は一つで真実は複数ある、という考えもありますね)。少なくとも、恒常的に結論が一つに定まるわけではないという、まさに「予測不可能な時代」であるSociety5.0 の到来を見据えた記述だといえます。このように、時と場合に応じた結論をその都度導き出す資質・能力を、〔話すこと・聞くこと〕の学習を通して育成していくことが大切だとされています。
いかがでしょうか、このような観点から、これまで「現代の国語」について議論がなされてきたといえるでしょうか。以上の内容について、もっと議論を深めていくことが必要だと、私は考えます。さらにいえば、これらの記述は、すべて何らかのコンセンサスが得られることが想定されていると考えられます。
しかし、実社会において、私達は、常にコンセンサスを得ることができているでしょうか。実際には、保留したり物別れに終わったりすることが多々あるのではないでしょうか。このような場面における〔話すこと・聞くこと〕の資質・能力の育成を目指す記述が、新学習指導要領には抜けているように思えます。
2.3 論理的な文章や実用的な文章を通して何を〔書くこと〕があるのか
本節では、〔書くこと〕の内容をみていきましょう。これも、中学校の学習指導要領と比較することで、その特徴が浮かび上がってきます。
まず、「現代の国語」の表 13、表 14は、一応分けておきましたが、表 14には表 13で示している内容が含まれています。「現代の国語」では整理されているということです。
さて、表 10から表 16までを比較すると、これも段階的に高度になっていることが窺えます。ここで、特に着目したいのは、表 11の「情報の分量や重要度など」、表 12の「自分の考えや事柄」、表 15の「論理的な文章や実用的な文章」という記述です。表 11は、記述の分量を調節したり、重要度を考えて書いたりすること、すなわち必要に応じて何をどれくらい記述すべきかを理解して書く、という〔書くこと〕の資質・能力を育成することを求めているものです。
表 12は、客観性をもつ事柄について、根拠をもって、その場に合わせた語句や文体を通じて表現する資質・能力を育成することを求めているものです。これらの内容も、その場の状況に応じて書くことが求められていることから、結論は一つではない、という点で〔話すこと・聞くこと〕と同様であることがお分かりだと思います。実は、このことは、表 13以降においても同様です。
表 15は、「論理的な文章や実用的な文章」が取り上げられています。ここでは、そこに書かれてある内容を読み取るのではなく、その「本文や資料」を「引用し」、「自分の意見や考えを論述する」ために活用するものとして取り上げられています。その意味で、〔読むこと〕の言語活動とは異なります。つまり、「現代の国語」において、「論理的な文章や実用的な文章」は、〔書くこと〕の資質・能力の育成のために用いられるものなのです。その意味で、極端なことをいえば、〔書くこと〕においては、本文「全体」の精確な読解は、第一の目的ではない、ということになります(実際は、精確な読解ができなければ、適切な引用など、とうてい無理なことですが、それを分かったうえで、ということです)。それでは、「現代の国語」ではもっとも短い授業時数になる〔読むこと〕では、「論理的な文章や実用的な文章」はどのように扱われているのでしょうか。
2.4 〔読むこと〕―限定された読み方―
本節では、〔読むこと〕の内容をみてみましょう。比較ばかりで申し訳ないですので、少しクイズを出します。表 18、表 19、表 24の「現代の国語」になく、中学校の方には書かれてある内容は何でしょう。複数の表を比較してください。答え合わせは表 25の後です。
答えは、文学的な文章に関する記述です。中学校の方には、何かしら文学的な文章を対象とする「物語」「登場人物」「心情の変化」「詩歌や小説など」「小説や随筆」という語句がありますが、「現代の国語」にはありません。ここからも、「現代の国語」では、文学的な文章を対象とする学習が想定されていないことが窺えます。なお、表 18には「文章の種類」とあるので、ここだけを取り出すのであれば文学的な文章も対象となる可能性はありますが、考えにくいでしょう。冒頭で述べた、「現代の国語」で文学的な文章を取り扱わないことについて、文部科学省(2019b:98-99)にも述べられています。
文章の種類とは,ここでは現代の社会生活に必要とされる論理的な文章や実用的な文章を指す。論理的な文章とは,現代の社会生活に必要とされる,説明文,論説文や解説文,評論文,意見文や批評文などのことである。一方,実用的な文章とは,一般的には,具体的な何かの目的やねらいを達するために書かれた文章のことであり,新聞や広報誌など報道や広報の文章,案内,紹介,連絡,依頼などの文章や手紙のほか,会議や裁判などの記録,報告書,説明書,企画書,提案書などの実務的な文章,法令文,キャッチフレーズ,宣伝の文章などがある。また,インターネット上の様々な文章や電子メールの多くも,実務的な文章の一種と考えることができる。論理的な文章も実用的な文章も,小説,物語,詩,短歌,俳句などの文学的な文章を除いた文章である。
文章の種類を踏まえるとは,これらの文章は,書かれる目的や表現方法,書式などが異なるため,それぞれの文章の特徴を捉えた上で読むことの対象とするということである。
(文部科学省2019b:98-99、下線部は筆者による。)
この記述からも、ここで述べられている「文章の種類」には、文学的な文章は含まれていないことが明らかです。「現代の国語」では、本来、文学的な文章を取り扱わないことが明確に示されているといえるでしょう。
ところで、しばしば学習指導要領の解説に縛られなくてもよいという意見を耳にします。だから、「現代の国語」でも文学的な文章を扱ってよいのだ、ということも言われますが、教員の裁量がゼロになるほど縛られる必要はないにしても、学習指導要領の意図する内容を説明しているのが解説である以上、一読しておく必要はあると思います。
ちなみに、実は「実用的な文章」という用語は、表 25の中学校第3学年にもあります。中学校段階から実用的な文章に触れる機会が用意されているということです。その意味で、実用的な文章を国語で扱うか、またどのように扱うかということの是非は、本連載では取り上げませんが、少なくとも中学校第3学年から始める必要があるということ自体は押さえておきたいところです。