森篤嗣
(京都外国語大学)
本書は用法基盤モデルをベースに,認知言語学と談話機能言語学の接点を模索する論文集である。ただ,この書名の用語はなかなか難しい。「認知言語学」はともかく,「用法基盤モデル」「談話機能言語学」についてあまりよく知らないということだと,「自分とは関係が無い」と素通りしてしまいかねない。しかし,第Ⅰ部に収められている2本の解説論文を読むと,日本語学はもちろん,日本語教育や第二言語習得においても重要な問題が扱われていることがわかる。そこで,この書評では,日本語学・日本語教育分野の研究者や大学院生に向けて,本書を読んだ方が良い理由を述べたいと思う。
第Ⅰ部第1章「用法基盤モデルの言語観」
日本語学・日本語教育を少しでも学んだことがあれば,認知言語学については触れたことがあると思う。その中で用法基盤モデル(the usage-based model)についても聞いたことがあるだろう。ただ,聞いたことがあるというレベルで,「用法基盤モデルについて説明せよ」と言われると,詰まる人も多いのではないだろうか。
本章では用法基盤モデルを,「辞書・文法モデル」と対比して説明している。「辞書と文法書があれば,どんな言語でも話せるようになるか」というのは,言語に興味があれば一度は気になる問いである。本章では,「イディオム問題」「ばらつき問題」「文脈問題」「動物性質問題」という例を挙げ,辞書・文法モデルを全面的に否定するわけではないが,「限界がある」ことを明確に述べている。確かに,大量の自然言語を扱うコーパスが研究に使えるようになった現在,用法基盤モデルの実現性・優位性は大きい。
そして,日本語教育など言語教育にとっても,言語を「開かれた体系」「多様性を内包する体系」のようにとらえることは,現実の言語現象に近づける可能性を持っており,貢献が期待される。ただ,ここで気になるのは,「用法基盤モデルから予測される文法」が,例えば「形を持たない流動的なもの」というような方向に進む場合,言語教育における学習項目とどう折り合いがつくのかということだ。日本語教育だと,認知言語学における「構文パターン」よりも,かなり語彙的な側面が強い「文型」という単位を学習項目としていることが多い。文型を教えることは,有用なのか無用なのか,どうアレンジすれば有用なのか,ぜひそういう視点で用法基盤モデルを学んでみて欲しい。
第Ⅰ部第2章「認知言語学と談話機能言語学」
本章では,書名のメインタイトルにある2語の接点について解説されている。先にも述べたように,日本語学・日本語教育を少しでも学んだことがあれば,認知言語学については何らかの知識があるだろう。しかし,談話機能言語学について初見という人も多いのではないだろうか。
認知言語学の射程は広いが,George LakoffとMark JohnsonによるMetaphors We Live By (1980)など初期の認知言語学の影響から,「認知言語学は単語やイディオムを扱う」や「書き言葉を扱う」という印象を持つ人も多いかもしれない。それに対して,談話機能言語学はその名の通り「談話機能」に重きがあり,談話が言語体系(文法システム)に与える影響に焦点が当たる。談話に重きを置くため,必然的に話し言葉の分析が中心となる。
このように,両者には違いもあるが,「言語表現が繰り返し経験される中でパターン意識が生まれ,それが定着し体系化されることで言語知識が形作られる(本書p.39)」という点で共通すると述べられている。この共通点から,「文法関係―主語や目的語の選択」「定型表現」「語順」「構文交替」「省略」「形式と意味のミスマッチ」といった認知言語学と談話機能言語学の共同研究の可能性があると述べている。解説論文の結論として,このように研究対象の指摘にまで至るというのは,具体的で非常にわかりやすい。惜しむらくは,この6つの研究対象に対応する形で,本書の第Ⅲ部でケーススタディが展開されていないことである。もちろん,読者の可能性を摘まないために敢えて取り上げないという配慮もあると思われるが,解説論文とケーススタディの連動性があれば,論文集としてより読者は理解しやすかったのではないだろうか。
第Ⅱ部「ケーススタディ〈理論研究編〉」
第Ⅱ部は理論研究編ということもあり,多くの読者にとって難解だろうという印象である。しかし,その中でも第3章「言語知識はどのような形をしているか―個人文法の多重性と統合性」における多重文法モデルは,言語教育関係者はぜひ一読して,言語を教えることとの関連について考えて欲しい。言うまでもなく,話し言葉と書き言葉は明確に分かたれる物ではない。その中で,学習者個人の中でどのような用法基盤文法を習得していくのか,本章は改めて考える機会を与えてくれる。
第4章「言語知識はどのように習得されるか」では,「オオグチイシチビキ」というスズキ目フエダイ科の魚の言語知識を例に,用法基盤モデルにおける言語習得理論が解説されている。用法基盤モデルでも,頻度に焦点を当てた報告が増えているが,言語習得に影響を与える経験的要因は頻度のほかに様々なものがあることを指摘している点は,コーパスを扱う研究者は心して読むべきだろう。
第5章「言語知識はどのように運用されるか」では,用法基盤モデルの議論では,言語知識が「どのような姿をしているか」「どのように獲得されるか」が多い点を指摘し,「言語知識がどのように運用されているか」という議論が乏しいと主張する。そこで,知識運用を取り込んだモデルとされる「事例理論(Exemplar Theory)」を紹介し,用法基盤モデルとの接合を試みている。言語知識(理解)から言語運用(使用)へという流れは,言語研究でも言語教育研究でも意識すべきところである。事例理論を用いた実際の分析は,本章を参照して欲しい。
第Ⅲ部「ケーススタディ〈個別研究編〉」
第Ⅲ部は個別研究編ということで,英語や日本語だけでなく,タガログ語(第11章)やアルタ語(第13章)なども扱われている。扱っている事例はことなれど,基本的には用法基盤モデルに基づき,談話における言語使用から文法知識を考えるということを共通点としている。
ただ,言うまでもないことであるが,論者によってこの共通点をどのぐらい取り込んでいるかには温度差がある。その意味では,この第Ⅲ部に収められた各論文は,共通性を持ちながらも,かなり独立性の高い論考であるという印象である。異なる分野の協働においては,「相手に合わせる」というよりも「相手と競う」ぐらいの方がより高いレベルのものが生まれるといえばいいだろうか。本書の母体となった研究会での議論において,認知言語学と談話機能言語学それぞれの立場からどのような意見が飛び交ったのかに思いをはせながら読むと興味深く読めるだろう。
日本語の文法を扱ったものとしては,第6章と第7章がある。興味深いのはいずれも談話から見た文法に注目しているのだが,第6章は談話に「ある」ものを見ており,第7章は談話に「ない」ことを見ているという点である。第8章は日本語の語彙(新語・新表現)を扱っており,これも談話に「(普通は見過ごすが)ある」ものを見ている。談話における言語使用を見るといっても,見ようとする点が異なるのが興味深い。
英語を扱ったものは,第10章と第12章である。ただ,第12章は「子ども」という括りとした方が適切だと思われるので後で扱う。第12章は本書の事例研究でも異色の言語変化(歴史的発達)を扱った論考である。その分析手法は,評者にとっては国語学における文献調査を彷彿させるものであったが,驚嘆するのはこの種の分析を談話(話し言葉)で分析できることである。第10章まとめの朝永氏の言葉の引用と解説には含蓄があり,必見である。
続いて,子どもの言語使用や言語獲得・言語発達を扱ったものが第9章,第12章,第14章である。第9章は「屈折形における頻度」,第12章は「親の発話の影響」,第14章は「絵本の文体の影響」と注目している点は異なるが,第9章でも研究事例B保護者の動詞屈折の使用パターンとの相関を検証しており,その意味では子どもの言語獲得における経験的要因に着目した研究という共通性があると言える。用法基盤モデルを志向した研究が,なぜ子どもの言語獲得・言語発達に注目するのかが具体的事例を通して理解できるだろう。
タガログ語を扱った第11章とアルタ語を扱った第13章については,評者が紹介できる能力を超えているため詳細は述べられないが,冒頭にも述べた「言語表現が繰り返し経験される中でパターン意識が生まれ,それが定着し体系化されることで言語知識が形作られる(本書p.39)」ことの事例研究となっている。記述の蓄積が少ない言語では,どうしても語や文法の記述が中心になることが多いが,この2本の論考ではしっかりと談話に基づく分析に重きが置かれている。とりわけ,第13章では談話にとどまらず,綿密なフィールドワークにより非言語行動(ジェスチャー),社会文化(タブー)にまで分析が及んでおり,言語研究を超えたスケールを感じる。
まとめ
以上,粗々ではあるが,日本語学・日本語教育の立場から本書の魅力について述べてきた。言語研究にとっても言語教育研究にとっても,用法基盤モデルに基づく研究は重要な示唆を与えてくれるだろうし,今後,益々研究の発展が期待される分野であることは間違いない。とりわけ,冒頭でも述べたように,大量の自然言語を扱うコーパスが研究に使えるようになった現在,用法基盤モデルの実現性・優位性は大きい。その意味で,本書は日本語学・日本語教育の研究者や大学院生も,今後の言語研究・言語教育研究が進んでいく方向を見定めるため,ぜひとも手にとって欲しい一冊である。
一方で,「辞書・文法モデルはもう古いので用済みだ」というような決めつけは危険であることも述べておきたい。研究は蓄積と積み上げが本質である。過去の研究よりも現在の研究の方が優位であることは疑いない。もちろん,過去の研究を批判的に検討することは研究の本道であるが,むやみに否定することは生産的ではない。その時代になぜその研究がおこなわれたのか。何を目指していて,何が欠けていたのか。畏敬の念を持って過去の研究に接することも忘れないようにすべきである。自戒を込めて。
認知言語学と談話機能言語学の有機的接点
用法基盤モデルに基づく新展開
中山俊秀・大谷直輝編
定価4500円+税
A5判 408頁
ISBN978-4-89476-995-3
ひつじ書房
http://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-995-3.htm