「やさしい日本語」は在留外国人にとって「やさしい」のか?|第2回 ‘Plain English’と「やさしい日本語」|永田高志

「やさしい日本語」のように、簡素化された言語は世界的に見て存在するのであろうか。私がよく接している英語を見てみると、古くはBasic English、今はPlain Englishという概念が出されている。外国人に対してわかりやすい言語というと、すぐに思い浮かぶのがイギリスの心理学者、言語学者のCharles Kay Ogden氏(チャールズ・ケイ・オグデン、1889年–1957年)によって提唱されたBasic Englishである。使用する単語を850語に限定し、規則に従った簡易化された文法を開発しているが、あくまで人工言語である。Basic Englishは国際共通語としての英語を、非英語母語話者にわかりやすく英語を学習させようという動きの中で考案された。日本では、Basic Englishの影響を受けたと思われるが、国立国語研究所の野元菊雄所長が中心となり開発を進めた簡約日本語がある。 1988年に新聞に報道され話題になったが、賛否両論があり、現在ではあまり活用されてはいない。規則性の面では例外の多い自然言語は外国人には学習困難であろうという配慮から人工言語が考案されたが、その規則性ゆえに人間性が感じられず、使われていないというのが現状であろうか。エスペラント語運動のように人工言語によって世界共通語を広めようという動きもある。「やさしい日本語」との比較のためにPlain Englishを見ていこう。

1. Plain Englishとはなにか。

Basic Englishから発展したと考えられる、Plain Englishを詳しく見ていこう。
Plain Englishは英語母語話者にわかりやすく公文書などで英語を記述しようという動きである。大英連邦やアイルランドにおいてもPlain Englishの必要性が叫ばれ、アメリカにおいてもSecurities and Exchange Commission(証券取引委員会)から1998年に、“A Plain English Handbook”が、2011年に、連邦政府レベルで100ページに余る“Federal Plain Language Guidelines”が出されている。その趣旨については、“A Plain English Handbook”の最初に以下のような記述がある。私の日本語訳を付けた。


We’ll start by dispelling a common misconception about plain English writing. It does not mean deleting complex information to make the document easier to understand. For investors to make informed decisions, disclosure documents must impart complex information. Using plain English assures the orderly and clear presentation of complex information so that investors have the best possible chance of understanding it.

我々はまずplain Englishの書き方についての一般的な誤解を解くことから始めたい。文書を理解しやすくするために複雑な情報を削除することを意味していない。投資家が情報に基づく決定を行うためには、公開された文書は複雑な情報を伝えなければならない。投資家が情報を最もよく理解するために、plain Englishを使って複雑な情報内容の秩序だった明確な情報公開を保証するものである。


不必要な情報を省略しろと言うことではなく、複雑な内容を分かりやすく書けという趣旨である。
具体的には、“A Plain English Handbook”の67ページから、記述ルールを示した部分を引用することにする。( )内は私による日本語訳である。

2) You must draft the language in these sections so that at a minimum it substantially complies with each of the following plain English writing principles: (最低でも以下のplain Englishの個々の記述原則に実質的に従って、これらの公文書を起草しなければならない)
 (i) Short sentences; (短い文章で書く)
 (ii) Definite, concrete, everyday words; (明確な、具体的な、日常の単語で書く)
 (iii) Active voice; (能動態で書く)
 (iv) Tabular presentation or bullet lists for complex material, whenever possible; (可能な限り、複雑な内容に対しては、表にしたり、箇条書きにしたりして表す)
 (v) No legal jargon or highly technical business terms; and (法律用語や高度に専門的な商業用語を用いない)
 (vi) No multiple negatives. (複数否定形式を用いない)

が示されている。“Federal Plain Language Guidelines”ではさらに詳しく、

a. Words (単語)
 1.Verbs (動詞)
  i. Use active voice (能動態を使う)
  ii. Use the simplest form of a verb (最も単純な形式の動詞を使う 例:describe > tell)
  iii. Avoid hidden verbs (名詞化された動詞を用いない 例:make the payment of the $100 fee > pay the $100 fee)
  iv. Use “must” to indicate requirements (義務を表す場合には “must” を使う)
  v. Use contractions when appropriate (妥当な場合には短縮形を使う)
 2.Nouns and pronouns (名詞と代名詞)
  i. Don’t turn verbs into nouns (動詞を名詞に派生させない)
  ii. Use pronouns to speak directly to readers (読者に直接話しかけるには代名詞を使う)
  iii. Minimize abbreviations (略語をできる限り使わない)
 3.Other word issues (語についての他の問題)
  i. Use short, simple words (短い、簡単な語を使う)
  ii. Omit unnecessary words (不必要な語を使わない)
  iii. Dealing with definitions (定義をして使う)
  iv. Use the same term consistently for a specific thought or object (特定の対象にはいつも同じ語を使う)
  v. Avoid legal, foreign, and technical jargon (法律用語、外来語、専門用語を使わない)
  vi. Don’t use slashes (スラッシュマークを使わない)

b. Sentences (文)
 1.Keep subject, verb, and object close together (主語、動詞、目的語を近くに置け)
 2.Avoid double negatives and exceptions to exceptions (二重否定や例外に対する例外を避けよ)
 3.Place the main idea before exceptions and conditions (例外や条件の前に中心の概念を置け)
 4.Place words carefully (注意深く語を書く場所を決めろ)

c. Paragraphs(段落)
 1.Have a topic sentence (主題文を書け)
 2.Use transition words(接続語を使え)
 3.Write short paragraphs (短い段落を書け)
 4.Cover only one topic in each paragraph(それぞれの段落には主題は一つだけ書け)

d. Other aids to clarity (はっきりさせるための他の手段)
 1.Use examples (例を示せ)
 2.Use lists (リストを使え)
 3.Use tables to make complex material easier to understand(複雑な内容を理解しやすくするために表を使え)
 4.Consider using illustrations (イラストを入れろ)
 5.Use emphasis to highlight important concepts (重要な概念をはっきりさせるために強調しろ)
 6.Minimize cross-references (相互参照を避けよ)
 7.Design your document for easy reading (読みやすくするために文書を整えよ)


以上のように単語から文、段落に至るまでかなり詳しく書いている。欧米では古代ギリシアに源を発するrhetoric (修辞学)の伝統を引き継いだcomposition(作文)の長い歴史が背景にあるのであろう。アメリカでは初等教育の場からcompositionの授業を行ってきた。日本でも小学校国語科の授業として「学校作文」の授業が戦後になって行われるようになった。戦前から取り組まれてきた、自分自身の生活や、そのなかで見たり、聞いたり、感じたり、考えたりしたことを、事実に即して具体的に自分自身のことばで文章に表現する「生活綴方」の影響を引き継いでいる。しかし、compositionは文章構成法を教える授業であるのに対して、「学校作文」は自己表現、道徳という側面が強い。現在は少しは状況が違うかもしれないが、実際、私が小学校時代の作文の授業では、先生は課題を与えて、「皆書きたいことを書きなさい。何かあったら、私は教員室にいるから来てください」といって教室を後にしていた。書き方を教えられた記憶はない。私もGeorgetown大学の言語学科の大学院に入学時、学部の留学生と混じってcompositionの授業を受けることを指導教官に勧められた。「言語学を専門にする院生がなぜ学部生に混じって授業を受けなければならないのか」と不満に思いながら授業を受けたが、compositionの概念を初めて知った。言語学の専門書も全てcompositionの概念に従って書いてあるのが分かった。私も習った森岡健二先生は1956-1957年ハーバード大学に留学し、帰国後compositionの概念を1963年『文章構成法』を著わして紹介なさった。Plain Englishの読者の対象は「やさしい日本語」の対象のように在留外国人というわけではなく、アメリカ社会は多民族国家であり、教育差もアメリカ人の間にあり、公文書を誰にでも分かりやすく示すという動きの基に発展した運動であろう。それを支えるのがcompositionの概念であろう。

2.「やさしい日本語」の記述用法はどのようなものか。


「やさしい日本語」の具体的な記述用法を、弘前大学社会言語学研究室の佐藤和之氏の 『〈増補版〉 「やさしい日本語」作成のためのガイドライン』2013年を例に示す。

(1)難しいことばを避け、簡単な語彙を使ってください
 ①助詞 助詞によって使えるものと使えないものがあります。そのため、語彙レベルを判定してから使用してください。
 ②文末表現 「かしら」「ぜ」「ぞ」は、3級までの文法から逸脱するため、できるだけ使用しないようにしてください。
(2)1文を短くして、文の構造を簡単にしてください
1文の長さは24拍程度です。長くなっても30拍は超えないようにしてください
 ①主語と述語を一組だけ含む文にしてください
 ②連体修飾節(名詞を説明している部分)の構造を単純にしてください
(3)外来語を使用するときは気をつけてください
(4)擬態語は、日本語話者以外には伝わりにくいので使用を避けてください
(5)動詞を名詞化したものはわかりにくいので、できるだけ動詞文にしてください
(6)あいまいな表現は、避けてください
 ①「おそらく・・・」「たぶん・・・」などの表現は、使用しないでください
 ②「・・・したりしている」のようなあいまいな表現は避けてください
(7)二重否定の表現は避けてください
(8)文末表現はなるべく統一するようにしてください
 ①可能 「することができます」
 ②指示 「~てください」

と示されていて、「やさしい日本語」では記述法は概略だけ書いていて、具体的な書き方は各人の個性に任せられている。Plain Englishの書き方と一致する部分が多くある。しかし、plain Englishはアメリカ人全般対象に考案された「やさしい英語」であるが、「やさしい日本語」は日本人から在留外国人対象に考案された言語であるのが大きな違いである。この点についても、連載の中で移民政策との関連で考察するつもりである。
話し言葉として使われる「やさしい日本語」に近いのは、英語では社会言語学の創始者の一人Charles A. Ferguson氏 (チャールズA.ファーガソン、1921年 – 1998年)によって作られた用語 ‘foreigner talk’ のように見える。例を挙げると、正規の英語 “I am going to help you; is that all right?” の代わりに、ジェスチャーを伴って“Me help you, Yes? ”のようになる。‘Foreigner talk’ とは英語母語話者が非母語話者にとって分かりやすいように、母語の英語を簡易化して使う話し言葉である。政府による公的な活動ではなく、あくまで個人的な話し言葉である。文法的にも語彙的にも簡易化された言い方である。「やさしい日本語」との関連で連載中にさらに言及したいと思っている。

3.「やさしい日本語」は実際にどのような場所、場面で活用されているか。


多くの役所では、管轄地域に住む外国籍住民に対して表示、広報文などの書き言葉の平易化を考慮して、「やさしい日本語」を活用してマニュアルを出している。例をあげると、大阪府、中津川市、鈴鹿市、宇都宮市、埼玉・岡山・愛知・島根・福岡市・豊橋市、京都市、港区等がweb上で見つかる。しかし、実際に窓口でどれぐらい話し言葉の「やさしい日本語」で対応できるかについては、疑問視すべき点が残っている。これについても連載の中で詳しく述べたい。
災害時の速報や警報に対して、気象庁・内閣府・観光庁は2015年に以下のように73ページにわたる、『緊急地震速報・津波警報の多言語辞書』を刊行している。

翻訳言語は、訪日外国人および在留外国人の国籍別割合を踏まえ、優先度の高い英語、中国語(繁体字・簡体字)、韓国語、スペイン語、ポルトガル語としています。さらに、国籍を問わず、多くの外国人に情報提供する観点から、簡易な日本語であれば理解できる外国人向けに「やさしい日本語」への翻訳も掲載しました。

出入国在留管理庁や文化庁は在留外国人の関係省庁なので、次のようなマニュアルを刊行している。

『やさしい日本語書き換え例』2020年8月
『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』2020年8月
『生活・就労ガイドブック』2020年

これらのマニュアルは庵功雄氏や佐藤和之氏の研究を参考にして作成されており、また、都道府県の役所では他府県で刊行されたマニュアルを参考にしているので、どれを見ても大同小異である。
また、観光の場面で「やさしい日本語」を活用している市もある。


柳川市は、日本語を学んで日本語を話したいと思っている台湾の旅行者に伝わりやすい「やさしい日本語」でおもてなしすることで、好きな日本語をたくさん話せる「日本語ツーリズム」の実証実験とサービス化を、平成28年度の国の地方創生加速化交付金を活用して実施しました。平成29年度も地道に活動をすすめていきます。柳川市では定期的に研修会を開いている。

(cf. https://yasashii-nihongo-tourism.jp/aboutus2019)

放送については、第1回でNHKではNEWS WEB EASYやNHK WORLD-JAPANで「やさしい日本語」でニュースを音声放映しているのを紹介した。

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