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おのはん!|第27回 今回のオノマトペ:「カチョッ」|平田佐智子

こんにちは。夏になった某所よりお送りしております。普段よりも季節の移り変わりが実感できないまま季節が次のフェーズに移ってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年は梅雨がなかなか明けなかったので、すっきり晴れた青空は心身に沁みる感じがします。行動範囲がひどく狭くなっていますが、その分細かい自然の変化に気がつくようになった気がします。

ファッションとオノマトペ

近場にも出かけづらくなってしまった昨今、元々よく使っていたネット通販の利用率がさらに上がっています。書籍の類はもとより(最近は電子書籍のほうが増えてきましたが)、雑貨や服・靴なども通販で購入することが増えてきたように思います。今回はそのネット通販で最近購入したあるブランドと、オノマトペについてお話します。ファッションとオノマトペはとても相性がよく、個人的にもファッション雑誌のオノマトペについてい何度か調べたことがあります。布地・生地の感触は、触感表現の得意なオノマトペが活躍する分野ですし、アクセサリーや化粧品は光り物が多いので、「キラキラ」といったオノマトペがよく使用される傾向があります。

巷で噂のウサギのブランド

今回はそのようなファッション全般のお話ではなく、先日購入したとあるブランド雑貨のお話です。ブランドものを日常的に買う/使用する習慣はないのですが(あまり衣服に投資する方ではありません)、こちらのブランドはいつか欲しいな、と思っていたものになります。先日ネットをうろうろしていたところ、最近流行している、いわゆるブランドムック(有名なブランドが雑誌の付録レベルの雑貨を作成し、冊子をくっつけてムックとして書店で販売するもの)としてこちらの商品を見つけました。

CUNE(R) WAIST POUCH BOOK SPECIAL PACKAGEhttps://tkj.jp/book/?cd=TD006653&path=&s1=

CUNE(R) BACKPACK BOOKhttps://tkj.jp/book/?cd=TD299888&path=&s1=

このウサギワッペンこそCUNEと呼ばれるブランドのトレードマークです。大学院時代にこのワッペンの付いたデニムサロペットを履いた院生(今思うとお金持ちだったんですね…)を見かけて、いつかあのウサギが付いた服か雑貨を手に入れるのだ、と心に誓って早10年。やっと手の届く物がでてきました。というわけで上記2点を早速購入し、到着を心待ちにしていました。バックパックの方は不良品が多いという噂にも屈さず、買ってみました(幸い不良品ではなく、通勤に使えそうな強度です。しばらく通勤予定は無いのですが)。

物の説明としてのオノマトペ

特に買うときには気にしていなかったのですが、これらのバッグ(バックパック・ウエストポーチ)には至る所に説明書きがプリントしてあり、その文章にオノマトペが含まれています。このような感じです。

「リュックサックのファスナーをあけてベロっとなっています」

「こちらはポーチのファスナーを開くためのビロビロでございます」

「CUNEのカチョッとするやつでございます」

至る所にオノマトペがあります。オノマトペを使ってざっくりとした説明をした上で「~でございます」と恭しく差しだす感じ、なんともこころにくい演出です。なお、バックパックの蓋を開けるとベロっとなるのは状態として仕方がないのですが、ウェストポーチの方は物自体の説明を若干投げやりにしていると見受けられます。それぞれ、ビロビロは「ビニールストラップ」ですし、カチョッとするやつは「ブラスチックサイドリリースバックル」という名前がすでに存在します。ただ、これをそのまま書いても普通すぎて、逆に伝わりにくいところをビロビロ・カチョッという少しけだるげな表現を使っており、それがこのブランドの考え方を表していると言えます。

CUNEのブランドコンセプト

このブランドムックは、ムック扱いとするための形ばかりの冊子がついており、新作の写真やインタビュー等が掲載されています。その中に、ブランドコンセプトが書いてありましたので、抜粋して紹介します。

「(中略)自分たちが作りたいものを作っています。(中略)買わなくていいです。やっていることを遠くから見守っていてください。」
(CUNE(R) WAIST POUCH BOOK SPECIAL PACKAGE 同梱冊子より引用)

作りたい物を作る、誰かに迎合されたり評価されたりするためではなく、自分たちが作りたい物を作りたいように作る。これはデザインというよりもアートに近い考え方だと思います。アートに近くなると、言葉も「誰かに伝えるために、社会のルールに則って差しだす」ものから、「自分の思いえがくものになるべく近いものを選ぶ、時に創り出してほうり出す」手段に移行します。そして、言葉としては、非常に伝わりにくい、私的言語に近い形になるのだと思います。この「アートに近い状態~アートそのもの」の範囲に、オノマトペがよく出現します。突き詰めていくと、例えば中原中也の詩において使われるような、その場で創られる臨時オノマトペになってゆきます。CUNEの場合はそこまではいかないのですが、このブランドコンセプトがあるから、先ほど挙げた写真のような、「投げっぱなし」な表現を是とするデザインができあがるのだろう、と考えていました。

「投げっぱなしな」オノマトペ

オノマトペは、わかりやすい表現であるとよく言われますが、「誰にとって」わかりやすいのか、という視点は抜けがちです。社会の中で使用される言語としては、もちろん聞き手がわかりやすいケースを想定するのですが、自己表現としても言語は使用されます。「伝わる/伝わらない」を一旦脇に置いて、「自分の感じたこと・考えたことを言語にのせる」時に、それは「今の自分にとって」最もわかりやすい言語になるのではないかと思います(とはいえ、過去の自分もまた他者なので、時間をおいて伝わりやすいかと言うと、そうでもないのですが)。今回はオノマトペそのものというよりも、コミュニケーションに関する話になってしまいましたが、常日頃考えているのは、オノマトペを通したこういった内容だったりします。

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  1. onohan

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