★この記事は、2020年7月21日までの情報を基に書いています。
この記事も、推進法成立以降の田尻が正確だと考えた重要な情報だけを書いています。
この間、政府の大きな政策転換が行われましたが、どの会議の決定を重視すればいいのかわかりにくいものとなっています。ここでは、田尻が考える政府や関係府省の議論の方向性を示しました。
新型コロナウイルス感染症(厚生労働省は、以前「新型コロナウイルス肺炎」という名称を使っていました)は、「コロナ」とし、「日本語教育に関する法律」を「推進法」と略します。
1. 「推進法」成立以降
1.1 日本語教育推進関係者会議(略称、「関係者会議」)について
「推進法」が成立しただけでは、具体的な日本語教育施策は決まっていません。これからいくつかの施策の成立を経て、具体案が実現するのです。まず、その一つが、「関係者会議」です。これは、「推進法」第27条第1項に基づき成立したものです。田尻も参加しています。
- 第1回 2019年11月22日
文化庁・外務省・日本語教育学会や各地の実践例が報告されました。
「日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針(骨子案)」(略称、「基本的な方針」)が提出されました。ただ、資料7では資料名は「日本語教育の推進に関する国の基本方針」となっています。次回以降も資料名は同様で、読者はとまどいます。
- 第2回 2020年1月24日
この「関係者会議」の構成員や各地の実践者からの報告がありました。「基本的な方針」(骨子素案)」が報告され、意見が出されました。
- 第3回 2020年2月17日
上記の「基本的な方針(骨子案)」が、「方針(本文素案)」という名称になり、実際の施策に近いものとなりました。
- 第4回(2月27日)と第5回は中止となりました。
- 第6回 2020年3月20日
持ち回り開催となり、実質的に「方針(本文素案)」が決定となりました。
2020年6月23日に「基本的な方針」が閣議決定されました。これは「推進法」第10条の規定(文部科学大臣及び外務大臣が基本方針の案を作成等々)により、方針を策定されたものです。この「基本的な方針」は、同日文化庁より地方公共団体に通知されました。
1.2 外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議(略称、「閣僚会議」)について
「閣僚会議」は、2018年7月24日に第1回が開かれました。その会議の一部のメンバーによる外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議幹事会は2019年3月22日に第1回が開かれ、同年6月10日に第2回が開かれています。
以下、次のように見直し(略称、「総合的対応策」)が行われました。一部以前ウェブマガジンに書いた記事と重複しますが、「閣僚会議」の流れを理解するために書きました。
- 2019年6月18日 外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策の充実について
- 2019年12月20日 外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(改訂)
- 2020年7月14日 外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(令和2年度改訂)
当時の政府の方針としては、「骨太の方針」のほうを重視していますので、ここでは「総合的対応策」は扱いません。しかし、これも大事な資料ですのでぜひ原文をご覧ください。
1.3 骨太の方針
この会議に合わせて、 以下のような「骨太の方針」と呼ばれる施策が出されました。この部分も、一部以前のウェブマガジンと重複します。
- 2018年6月15日 経済財政運営と改革の基本方針2018(78ページ)
- 2019年6月21日 経済財政運営と改革の基本方針2019(81ページ)
- 2020年7月17日 経済財政運営と改革の基本方針2020(42ページ)
特に、「骨太の方針2018」は、外国人労働者の受け入れを正面から扱い、分量も増えた(50ページ→78ページ)もので、これにより、外国人労働者受け入れ施策は、大きく受け入れへと転換しました。
「骨太の方針2020」は、「コロナ」対策と災害対応が全面的に扱われているので、それに合わせて「総合的対応策」も外国人労働者支援のみが扱われています。わずかに脚注で、公認「日本語教師」と「外国人の子供の就学支援」が扱われています。わずか2年で、外国人労働者受け入れ施策は減少へと転換しました。
2020年以降はこの「骨太の方針2020」を基にして施策が作られますので、これもぜひ原文にあたってください。これでわかることは、2年間で2度の大きな施策転換が行われたということです。最初は日本語教育の拡大で、次は縮小ということになりました。日本語教育がこのまま縮小しないように、日本語教育関係者は今こそ声を上げなければなりません。
この原稿執筆時期は、「骨太の方針2020」は公表されていますが、2020年度の「総合的対応策」は公表されていませんので、改めて2020年度の「総合的対応策」が出た段階でこのウェブマガジンで扱います。
2. 日本語教育小委員会の動き
2.1 「日本語教育の参照枠」
「日本語教師の資格の在り方について」は第14回ウェブマガジンで扱いましたので、ここではあと三つの重要な動きをについて述べます。なお、文化庁の文化審議会国語分科会日本語教育小委員会は、以降「小委員会」と略称します。
- 第98回 2020年1月30日
「日本語教育の参照枠ワーキンググループ一次報告」(略称、「参照枠」)と「日本語教育の判定に報告案」の意見募集を踏まえた「報告(案)」が検討されました。
- 第99回 2020年2月14日
「『日本語教育の標準』に関する一次報告」が提出されました。ここには、「参照枠」以外の重要なテーマも挙げられています。
- 「日本語能力の判定基準」等に関するワーキンググループ 2020年7月17日
ここでの検討項目には、以下の項目が挙がっています。
・能力記述文の作成方法及び検証手法に関するガイドライン
・「日本語教育の参照枠」における評価の考え方について(案)
「日本語教育の参照枠」に関する調査研究協力者会議におけるA2およびB1の基礎漢字(案)策定のための基礎調査(試案)
「参照枠」は以前「日本語教育の標準」と呼ばれていましたが、現在は「参照枠」という名称を使っています。「小委員会」での議論で、このように決まりました。この「参照枠」が作られた理由として、特定技能の在留資格が新設されたことにより「外国人を雇用する産業界・経済界が職務内容に応じて採用条件として求める日本語能力の参考となる指標が整備されていない」ことと、国際交流基金が参考にした欧州評議会のCEFRに高度なレベルのC1、C2レベルの日本語能力のCan-doリストがないことが挙げられています。つまり、この「参照枠」は就労の採用試験としての性格を持っていることになります。
この「参照枠」は、細かく分けると、聞くこと・読むこと・やりとり・発表・書くことの五つに分かれます。例示の一部をワーキンググループの報告(案)によって示します。
・具体的な要求を満足させるための、良く使われる日常的表現と基本的な言い回しを理解し、用いることができる。→A1レベル
・聞いたり、読んだりしたほぼ全てのものを容易に理解することができる。→C2レベル
したがって、今後日本語の教え方や日本語テキストのレベルが、「読解N1」ではなくて「読むことA1」と示されることになります。これに合わせて、日本語の教え方やテキストのレベル表示も変わっていくと考えます。「『日本語教育の参照枠』の日本語能力判定テストへの関連付け方法の開発」は、今後の検討が必要とされています。
なお、国際交流基金に確かめましたが、今後基金のJFスタンダードでは、Cレベルの能力記述文やテキストを作る予定はないということでした。今後の動きはわかりませんが、日本語のテキストの形式に大きな変化をもたらす可能性があります。この「参照枠」での漢字の扱いも、今後の問題です。
2.2 「参照枠」の領域別の能力記述文
「参照枠」一次報告の12ページの「構成図」は、大事なものです。「現場Can-do」として、「個別の団体・教育機関等が自由に作成する能力記述文は、「日本語教師が日本語学習者の熟達度を客観的に把握」するものとして、生活Can-do、就労Can-do、留学Can-do等々が挙げられています。これは、今後の日本語教育の対象を分類するときに使われる、と田尻は考えます。今後、日本語教師はCEFRを本格的に勉強する必要が出てきました。
また、この能力記述文は「複数の日本語能力の判定試験等の通用性」にも使えるとしています。したがって、この能力記述文の扱いは今後大きな影響を持ちます。
★ここに書かれている考えは、あくまでも田尻の私見です。田尻が所属している会議の方向性に関わるものではありません。
3. 読んでほしい、また参考になる文献
第14回ウェブマガジンで扱った日本語教育施策以降、参考となる文献や、以前出版されたが引用していなかった大事な文献を列挙しました。
田尻英三(2019)「外国人労働者の受け入れに係る日本語教育施策=「日本語教育推進に関する法律・成立までの経緯」『社会言語学』ⅩⅣ 「社会言語学」刊行会
→「推進法」成立までの動きを詳しく書いた唯一の文献
- 杉本篤史(2020)「『日本語教育推進法案』の法的意義と課題―その制定過程の分析と施行後の状況から」『社会言語学』別冊Ⅲ「社会言語学」刊行会
→田尻の文献で扱われなかった言語権や「推進法」成立以降の動きに触れています。
- 新井克之(2014)「JF日本語教育スタンダードとCEFRに潜む〈権力〉と諸問題」『言語政策』第18号 日本言語政策学会
- 井上徹・倉田良樹(2020)「移民政策なき外国人労働者政策を擁護する人たち(1)」『一橋社会科学』第12巻 一橋大学大学院社会学研究科
- 井上徹・倉田良樹(2020)「移民政策なき外国人労働者政策を擁護する人たち(2)」『一橋社会科学』第12巻 一橋大学大学院社会学研究科
以下、日本語教育施策以外の文献を列挙します。
〇移民政策全般
- NHK取材班(2019)『データでよみとく外国人“依存”ニッポン』 光文社新書
- 特集「迷走する教育(2020)」『現代思想』第48巻第6号 青土社
- 鳥井一平(2020)『国家と移民 外国人労働者と日本の未来』集英社新書
〇CEFR関係
- 投野由紀夫編(2013)『CAN DOリスト作成・活用 英語到達度指標CEFR-Jガイドブック』大修館書店
- 奥村三菜子・櫻井直子・鈴木裕子編(2016)『日本語教師のためのCEFR』くろしお出版
- 投野由紀夫・根岸雅史編著(2020)『教材・テスト作成のためのCEFR-Jリソースブック』大修館書店
〇英語教育関係
- 鳥飼玖美子(2018)『英語教育の危機』ちくま新書
- 久保田竜子(2018)『英語教育幻想』ちくま新書
- 寺沢拓敬(2020)『小学校英語のジレンマ』岩波新書
〇読解力関係(日本語教育関係者の発言はない)
- 新井紀子(2018)『AI VS 教科書が読めない子どもたち』 東洋経済新報社
- 鳥飼玖美子・苅谷夏子・苅谷剛彦(2019)『ことばの教育を問いなおす—国語・英語の現在と未来』ちくま新書
- 紅野謙介(2020)『国語教育—混迷する改革』ちくま新書
- 阿部公彦・沼野充義・納富信留・大西克也・安藤宏(2020)『ことばの危機—大学入試改革・教育政策を問う』集英社新書
2020年6月17日に第3回の「在留支援のためのやさしい日本語のガイドライン」に関する有識者会議が開かれました。「やさしい日本語」については、第14回ウェブマガジンで扱いましたのでここでは触れません。