古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第15回 ヒエログリフの数字(前編)|宮川創・吉野宏志・永井正勝|

今回はヒエログリフの数字を学びます。世界にはよく使われている標準アラビア数字[1]のほかにも、アラビア数字と異なるアラビア文字の数字、漢数字、ローマ数字、ギリシア数字、コプト数字、ヘブライ数字、楔形文字の数字などがあります。ヒエログリフの数字は、最古の十進法の数字です。日本でよく使われるアラビア数字、漢数字、ローマ数字も同じく十進法を用いています。ヒエログリフの数字は私たちが日常よく使う数字より直感的に分かりやすくシンプルです。

15.1 一の位の数字

例えるなら、ヒエログリフの数字は、漢数字、ローマ数字のI(1)からIII(3)までを発展させたようなものです。まずは、アラビア数字、漢数字、ローマ数字をみてみましょう。

アラビア数字 漢数字 ローマ数字
1 I
2 II
3

III

ここまでは、アラビア数字以外、とても単純です。漢数字もローマ数字も、数が1つ増えるごとに、線が1本増えていくだけですね。ヒエログリフの数字も漢数字やローマ数字と同じように、1つ増えるごとに線が1本増えていきます。

 

転写:w(w)

翻字:Z1

慣読:wa(w) (ワー(ワーウ))

品詞:数詞

意味:1

 

転写:sn(wy)

翻字:Z1-Z1

慣読:sen(ui) (セン(セヌウィー))

品詞:数詞

意味:2

 

転写:ḫmt(w)

翻字:Z1-Z1-Z1 (あるいは全体でZ2)

慣読:khemet(u)(ケメト(ケメトゥー))

品詞:数詞

意味:3

 

ただし、「1」を示すwは、表音文字を使用した(女性形 w.t)と書かれることもあります。女性形は特に女性名詞を修飾する場合や、女性名詞を指す場合に使われます。

 

また、「2」も表音文字を使用してsnwy)と書かれることがあります。ここで出てきた、 wsnnwは、以前に学習した二子音文字に属する文字です。

 

数が1つ増えるごとに線が1つ増えるように、意味と形に対応があることを類像性(iconicity)があると言います。したがって、漢数字とローマ数字は、類像性が高い表記と言えるでしょう。ヒエログリフも同様です。

 

ところが、「4」以上の数では、アラビア数字、漢数字、ローマ数字のいずれも、類像性が低くなっていきます。

 

ローマ数字は、4から8まではV(5)とI(1)の組み合わせで、Vの右側にⅠを増やすことで6から8を表し、4はVの左側にIを置くことで表します。同じようにX(10)の左側にIを置くことで9を表現します。アラビア数字と漢数字はご存知の通りです。

アラビア数字 漢数字 ローマ数字
4 IV
5 V
6 VI
7 VII
8 VIII
9 IX

 

これに対してヒエログリフでは、9まで高い類像性を保ったまま表記されます。

 

転写:fdw

翻字:Z1*Z1:Z1*Z1

慣読:fedu(フェドゥー)

品詞:数詞

意味:4

 

転写:djw

翻字: Z1*Z1*Z1:Z1*Z1

慣読:diu(ディウー)

品詞:数詞

意味:5

 

転写:srsw / sjsw

翻字:Z1*Z1*Z1:Z1*Z1*Z1

慣読:seresu / sisu(セレスー/シスー)

品詞:数詞

意味:6

 

転写:sfḫ(w)

翻字:Z1*Z1*Z1*Z1:Z1*Z1*Z1

慣読:sefekh(u)(セフェク(セフェクー))

品詞:数詞

意味:7

 

転写:ḫmn(w)

翻字:Z1*Z1*Z1*Z1:Z1*Z1*Z1*Z1

慣読:khemen(u)(ケメン(ケメヌー))

品詞:数詞

意味:8

 

転写:psḏ

翻字:Z1*Z1*Z1:Z1*Z1*Z1:Z1*Z1*Z1

慣読:pesedj (ペセジュ)

品詞:数詞

意味:9

 

ここまで見るとパターンは掴めましたね。そうです、エジプト語の1から9までの数字は棒が一本増えるだけなのです。

 

原則として、Z1は正方形になるように並べられますが、前の文字が横に細長い場合は、特に4以上の数字において、たとえば (6-nw.t)「6番目(女性形)」の(6)のように横一列に並び、前後の文字の上や下に来ることもあります。また、(4-nw zp)「第4回目」のように、縦棒ではなく横棒で縦に並ぶこともあります[2] 。この(zp)は「時」や「機会」を表す表語文字で、回数の表現として使われています。なお、横棒を用いる表記は特に日付の表現で出てくることが多いものです。

 

このようにエジプト語の数字は他の数字と比べてかなり類像性が高いだけでなく、文字のレイアウトでも自由度が高いという特徴があります。

 

15.2 十の位の数字

10以降の数字はどうなっているかというと、実は1から9と同じパターンです。10を表す文字には(V20)が使われます。

 

転写:mḏ(w)

翻字:V20

慣読:medj(u) (メジュ(メジュ―))

品詞:数詞

意味:10

 

転写:(不明)

翻字:V20-V20

慣読:(不明)

品詞:数詞

意味:20

 

転写:mb

翻字:V20*V20:V20

慣読:maba(マーバー)

品詞:数詞

意味:30

 

転写:ḥm

翻字:V20*V20:V20*V20

慣読:hem(ヘム)

品詞:数詞

意味:40

 

転写:djyw

翻字: V20*V20*V20:V20*V20

慣読:diyu(ディユー)

品詞:数詞

意味:50

 

転写:sr(syw)

翻字: V20*V20*V20:V20*V20*V20

慣読:ser(esiu)(セル(セレシウー))

品詞:数詞

意味:60

 

転写:sfḫ(yw)

翻字: V20*V20*V20*V20:V20*V20*V20

慣読:sefekh(iu)(セフェク(セフェキウー))

品詞:数詞

意味:70

 

転写:ḫmn(yw)

翻字: V20*V20*V20*V20:V20*V20*V20*V20

慣読:khemen(iu)(ケメン(ケメニウー))

品詞:数詞

意味:80

 

転写:psḏyw

翻字: V20*V20*V20:V20*V20*V20:V20*V20*V20

慣読:pesedjiu(ペセジウー)

品詞:数詞

意味:90

エジプト語では10以上の場合に数字のみで書かれることが多いので、20のように読み方が分かっていないものもあります[3]。コプト語では20はϫⲟⲩⲱⲧ(čouôt)であることから、ヒエログリフでの読み方もこのコプト語での読み方に近かったことが推測されます。Gardiner (1957:192) は「ḏbty??」と推測形を記しています。

 

15.3 二桁の数字の表し方

最後に、一の位と十の位の数字を組み合わせた例を見てみましょう。次の例のように、大きい位から順に記します。

 

13

 

37

 

89

 

ヒエログリフの数字のイメージがつかめたでしょうか。次回の後編では100以上の数字と分数の表現について学びます。

 

*本連載は、隔月の連載となりました。(編集部)

[1] 1, 2, 3…のように西洋諸語で用いられた数字の文字を、ここではアラビア数字と呼ぶことにします。これらはインドからアラブ経由で伝わったものなので、経由地の名称を使用してこのように呼ばれます。しかしながら、現在のアラブ圏で使用されている「元祖」となるアラビア数字は、本稿で言うアラビア数字と形状がだいぶ異なります。

[2]6-nw.tと4-nw zpの2例はGardiner (1957:195)に依る。

[3]Hoch (1997:78)は20の転写を不明であると記しています。

参照文献

Gardiner, Sir Alan (1957) Egyptian Grammar: Being an Introduction to the Study of Hieroglyphs. 3rd ed. Oxford: Griffith Institute, Ashmolean Museum.

Hoch, James E. (1997) Middle Egyptian Grammar. Mississauga, Ont.: Benben Publications.

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