前回は決定符の基本について勉強しました。今回ははじめにを前回の続きのガーディナー番号のカテゴリーCとDを学習した後、決定符の言語学的な最新の見地を紹介します。
12.1 ガーディナー番号(C~D)
前回は男性を象ったカテゴリーAと女性を象ったカテゴリーBまで学びました。今回はカテゴリーCとカテゴリーDを学びます。
12.1.1 カテゴリーC:神を象った文字
前回習ったカテゴリーAは男性を象った文字、カテゴリーBは女性を象った文字でしたが、今回最初に習うカテゴリーCは神々を象った文字です。そのほとんどは特定の神の決定符として機能します。
C1は、蛇が巻きついた太陽円盤を頭に乗せた人の顔をした神を象った文字で、太陽神ラー専用の決定符です。
転写:rꜥ
翻字:r:ꜥ-C1
慣読:ra (ラー)
品詞:固有名詞
意味:ラー(神)
C2は、生命を象徴するアンク(♀のような形)を持ち、頭に太陽円盤を乗せた、ハヤブサの顔をした神を象った文字で、Gardiner (1957: 448)によれば、 ラー神などに用いられる決定符です。
転写:rꜥ
翻字:r:ꜥ-C2
慣読:ra (ラー)
品詞:固有名詞
意味:ラー(神)
これらの文字C1やC2単体で表語文字としてラー神を表すこともあります。なお、ラー神とホル・アクティ(地平線のホルス)神が習合したラー=ホル・アクティ神を表語文字でかき表す際は、主にG9が用いられます (Gardiner 1957: 468)。
このカテゴリーCには、数字としても用いられるC11[1]をのぞいて、ある特定の神専門の文字で、決定符にも表語文字にもなりうる文字が多いです。
C10は、真理を司るマアト神を象った文字です。これも単体で表語文字、表音文字と組み合わさって決定符として機能します。
転写:mꜣꜥ.t
翻字:mꜣ:mꜣꜥ–ꜥ:t-C10
慣読:maat(マアト)
品詞:固有名詞
意味:マアト(神)
12.1.2 カテゴリーD:人の身体部位
カテゴリーDは人の身体部位を象った文字の集合です。このカテゴリーには決定符にも表語文字にも表音文字にも用いられる重要な文字が存在します。
男性の頭を象ったD1は表語文字にも決定符にもなる文字です。
転写:tp / ḏꜣḏꜣ
翻字:D1:Z1
慣読:tep (テプ)/ djadja (ジャージャー)
品詞:名詞
意味:頭
頭を意味する単語は二つあり、表語文字D1はどちらにも使われます。長くなるのを避けるため、翻字の方はガーディナー番号で記しました。このように翻字ではその文字が音を持っている場合、tpのように音で書く場合とガーディナー番号で書く場合の二通りがあります。本連載では、音で書ける場合は、音の方を優先いたしますが、二通り以上の読み方がある場合は、ガーディナー番号で書きます。
転写:tp
翻字:tp:Z1
慣読:tep (テプ)
品詞:前置詞
意味:〜の上で
転写:dhn.t
翻字:d:h-n:t-D1
慣読:dehenet (デヘネト)
品詞:名詞
意味:額
D4 この文字は表音文字でも表語文字でも決定符でも用いられる文字です。表語文字だとjrという二子音文字になります。
転写:jr(ï)
翻字:jr
慣読:iri (イリー)
品詞:動詞
意味:する、作る
転写:jr.t
翻字:jr:t*Z1
慣読:iret (イレト)
品詞:名詞
意味:目
転写:dg(ï)
翻字:d:g-D4
慣読:degi(デギー)
品詞:動詞
意味:見る
次回は残りのカテゴリーを一気に見ます。次回に移る前に、決定符の言語学的な最新の見地を少しご紹介します。
12.2 他言語・他文字にも見られる類別符
決定符は近年のエジプト語言語学ではclassifier 「類別符」と呼ばれ、漢字の部首、楔形文字やルウィ聖刻文字やマヤ文字のdeterminative、さらには日本語、中国語、韓国語、ベンガル語、ポーンペイ語などの類別詞(classifier)とともclassifierとして比較・研究されて来ています[2]。ここでは、漢字、そして日本語の類別詞との比較を行ってみましょう。
12.2.1 漢字の部首とエジプト文字の決定符の違い
火偏の漢字
火(表語文字的) 焼(決定符的) 燃(決定符的) 煌(決定符的)
漢字の部首もヒエログリフの決定符に似ています。どちらも、語もしくは形態素のカテゴリーを表します。ただし、漢語は複合語をのぞいて「一語=一音節」であることが多くなり、そのためユニコードでは「部首+表音要素」が一つの「文字」として登録されています。それに対し、エジプト語の場合は「一語=多音節」であるため、いくつかの表音要素の後に決定符が付けられます。このような表記において、決定符は一文字としてカウントされます。
次に位置を確認すると、漢字の類別符、つまり部首は、左にきたり、右にきたり、周りを囲ったり、下にきたりと自由度が大きいのですが、ヒエログリフの場合は、語の最後に来ることが普通です。
Q7・・・火に関する決定符
転写:šꜣm
翻字:šꜣ–ꜣ-m-Q7
慣読:sham (シャーム)
品詞:動詞
意味:熱い、燃える
転写:nwḫ
翻字:n:nwḫ-nw-w-ḫ-Q7
慣読:nukh (ヌーク)
品詞:動詞
意味:熱くする
転写:wbdt
翻字:w-b-d:t-D46-Q7
慣読:ubedet (ウベデト)
品詞:動詞
意味:燃える
転写:rkḥ.w
翻字:r:k-ḥ-w-Q7-Z3
慣読:rekehu (レケフー)
品詞:名詞(複数形)
意味:炎(複数)
最後の例のZ3 は複数を表す決定符です。
12.2.2 類別詞と類別符
英語の言語学で類別詞(classifier)というと、たとえば日本語の「一枚」の「枚」のように数詞につく数の類別詞numeral classifierを指すことが一般的です。また、基本的にひ、ふ、み、よ、などの和数詞は和語由来の類別詞と、いち、に、さん、し、などの漢数詞は漢語由来の類別詞と結びつくことが多いですが、そうではない場合も多々あります(よんとうの牛など)。
- 枚(まい)・・・平たく薄っぺらい物体。例: 紙一枚、3枚の切符。
- 人(り/にん)[3]・・・人。 例: 人が一人。
- 羽(わ)・・・鳥もしくはうさぎ。 例: 鷲2羽、3羽のうさぎ。
- 頭(とう)・・・基本的に大型の動物。 例: 3頭の牛。
- 柱(はしら)・・・神。例: 3柱の神。
ヒエログリフや漢字もclassifierに関する比較研究は始まったばかりで、2019年7月1–4日にイスラエルのエルサレム・ヘブライ大学で、ヒエログリフを中心としながらも通言語的なclassifierに関する学会が開かれ、漢字、ルウィ象形文字、ネパール語、ビルマ語、中国語、アマゾンの少数言語などのclassifierに関する研究発表が行われました。このclassifierに関するプロジェクトはiClassifierと呼ばれます[4]。
ここで、iClassifierの成果にしたがってclassifierを分類すると次のようになります。
このように、ヒエログリフの決定符は世界の言語や文字の中で見ると、決して特別なものではない事がわかります。世界のclassifierにおいてヒエログリフの決定符の普遍性と特殊性をどう分析できるかが、このiClassifierの課題となっています。普段より、漢字や類別詞に馴染んでいる日本人は、このような研究に対して大きな貢献ができるかもしれませんね。
注
[1] 数字の場合は、単体ではḥḥ「100万、多数」。
[2] Goldwasser (2006)など。
[3] 2以下は和数詞と一緒に「り」、3以上は漢数詞と一緒に「にん」と発音されます。
[4] 詳細はhttps://www.iclassifier.pw/を参照してください。
参考文献
Gardiner, Sir Alan (1957) Egyptian Grammar: Being an Introduction to the Study of Hieroglyphs. 3rd ed. Reprint. Oxford: Griffith Institute, Ashmolean Museum.
Goldwasser, Orly (2006) “A Comparison between Classifier Language and Classifier Script: The Case of Ancient Egyptian.” In: Orly Goldwasser (ed.), A Festschrift for Hans Jakob Polotsky. 16-39. Magnes Press: Jerusalem.