11.1 語の意味カテゴリーを決める決定符
前回までにヒエログリフという文字体系の三大区分である①表音文字、②表語文字、③決定符のうち、①表音文字と②表語文字を学びました。今回は最後の③決定符を学びます。実は、決定符はヒエログリフの文字の中でもかなり種類の多い文字類型です。
決定符(もしくは限定符)と呼ばれるヒエログリフは語の意味のカテゴリーを決定(もしくは限定)する機能を持っており、通常は語の最後に付されます。
これまでの例で見てきたように、ヒエログリフには原則として母音が書かれません。そのため同音異義語に見える語句が非常に多いのですが、この決定符が語の意味のカテゴリーを表示することで意味を特定する手助けとなります。
英語では決定符をdeterminativeと呼びます。言語学では、determinativeを一般的に「決定詞」や「限定詞」と訳しており、「冠詞」や「指示詞」を含むある種の語の概念がこれに相当します。それに対して、ヒエログリフにおけるdeterminativeは、文字の種類を指す用語であり、品詞を指すものではないため、この連載では「詞」を避け、「決定符」と表記することにしています。
11.2 決定符の使われ方の例
例えば、二子音表音文字ꜣḫとその音声補字ḫ、そして女性語尾を表す.tから成り立つ、
転写:ꜣḫ.t(インターネット転写:Ax.t)
慣読:akhet (アケト)
という表音文字の連続が意味する語には様々な候補があります。そこに異なる決定符を付すことで、次のように曖昧さを排除していきます。ちなみに転写と慣読は上記と同じのため省略します。
①「地平線」
翻字:ꜣḫ–ḫ*t:Z8
②「炎」
翻字:ꜣḫ–ḫ*t:Q7
③「ウラエウス¹」
翻字:ꜣḫ–ḫ*t:I13
④「神の目」
翻字:ꜣḫ–ḫ*t:D6
⑤「良いもの」
翻字:ꜣḫ–ḫ*t:Y1
これらのうち、①の(Z8)は「土地」、②の(Q7)は「火」、③の (I13)は「女神」、④の(D6)は「目やその活動」、⑤の(Y1)は「抽象概念に関するカテゴリー」を表す決定符です。①は「地平線」を示す語であるため、「土地」の決定符が付き、②は「炎」を示した語であるため、「火」の決定符が付きます。③と④も同様に理解できるかと思いますが、⑤「良いもの」については少々わかり難いかもしれません。理由は定かではありませんが、⑤のように抽象概念を指す語などには、パピルスの巻物を象ったY1の文字が決定符として付加されることがあります。
なお、ここで用いられた「Z8」などの番号は、ガーディナー番号と呼ばれ、ヒエログリフの文字種にそれぞれの番号が割り当てられています。
決定符は、表音文字や表語文字とは異なり、音に関する情報を持たず、語の意味や文法上の性質に関する情報を示しているため、子音転写記号で示すことができず、ガーディナー番号などを使って表記する方法が採用されています。なお、一部の学者は決定符のことを「表意文字」(semiogram)や「類別符」(classifier)と呼んでいます。
そこで今回は、ガーディナー番号をもとに決定符について少しだけ説明します。ガーディナー番号はまずAからZのカテゴリーに分類され、最後に未分類のAaというカテゴリーがあります。さらに各カテゴリーの中に数字が設定されており、このアルファベットと数字の組み合わせにより、たとえば、A1やM17など、一文字ずつ固有のガーディナー番号が割り当てられることになっています。ただし、ガーディナー番号は、全てのヒエログリフの文献に出てくる文字に対応する完全な番号でないことに注意してください。また、機械的に振られたカテゴリーと数字で表記されるため、文字と番号の対応を暗記するまで、初心者には大変わかりづらいものかもしれません。しかしながら、他に良い方法がないので、通常はガーディナー番号が用いられています。マニュエル・ド(ゥ)・コダージュ(Manuel de Codage; MdC)と呼ばれるエジプト語学者の間でもっともよく用いられている翻字方法でも、決定符を示す際にガーディナー番号が用いられています。
11.3 ガーディナー番号(A~B)
11.3.1 カテゴリーA:男性を象った文字
このカテゴリー(A)には男性を象った文字が集められていますが、例えば動詞の決定符として用いられる場合には動作主の性別は問わないため、人の行動全般を表すカテゴリーでもあります。
ガーディナー番号:A1
A1は男性を表す決定符です。例えば以下のように表音文字と組み合わせると「男」を意味する語を形成します。
転写 z
翻字 z-A1
慣読 ez (エズ)またはes(エス)²
意味 男
また、A1は⸗j「私が、私の、私を」という一人称単数接尾代名詞を表す表語文字になることもあります³。
ガーディナー番号: A2
A2は飲んだり食べたりする行為を表すほか、言葉や思念や愛憎に関する語にも用いられる決定符です。
転写 wnm
翻字 wn:n-m-A2
慣読 wenem (ウェネム)
意味 「食べる」
このうさぎの形をした文字は二子音表音文字のwnです。その下にあるnは音声補字の役割をしています。
もう1つ例を見てみましょう。
転写 nkꜥ (インターネット転写:nka)
翻字 n:k–ꜥ-A2
慣読 neka (ネカー)
意味 「〜について考える」
カテゴリーAの文字はガーディナーによる文字一覧では、Aのリストの最後を見れば(A55)の55まで番号が振ってあることがわかりますが⁴、(A25)の次に(A59)がおかれていたり、(A17)が(A17)と⁵(A17*)の2つに分かれていたり⁶するなど、実際には55以上の文字があります。その他に、変種や一定の時代や地域のみで用いられる文字を足せばより多くなります。特にプトレマイオス朝で用いられてるヒエログリフでは種類が多くなります。エジプト学者に最も用いられているJSesh⁷というヒエログリフを作成するソフトでは、現在(A511)まであります。
11.3.2 カテゴリーB:女性を象った文字
このカテゴリーBは女性に関する文字がほとんどで、そのほとんどが決定符として用いられます。Bでは通常使用されるものは7種だけですが、ここでは最も用いられる「B1」を紹介します。
ガーディナー番号:B1
以下は、その例で「女」を表す単語であるz.tです。なお、繰り返しになりますが、.tは女性語尾です。
転写 z.t
翻字 z:t-B1
慣読 zet (ゼト)または set(セト)
意味 「女」
なお、B1も一人称単数接尾代名詞を表す表語文字になることがあります。
次回は、ガーディナー番号のカテゴリー別に、決定符としてよく用いられるものの続きを学習します。
注
1 現在ではアスプ・コブラ(エジプト・コブラ)と呼ばれる蛇が鎌首を持ち上げた姿。
2 zの音はsと後に同化したため、esと発音されることもあります。
3 Allen (2008: 425)は表音文字としているが、jという音として広汎に使われるというよりも1人称接尾代名詞の.jとしてのみ使われるので、表語文字とも言えるでしょう。
4 Gardiner (1957: 447)
5 Gardiner (1957: 443)
6 A17*はA3の代替です。
7 https://jsesh.qenherkhopeshef.org/
参考文献
Gardiner, Sir Alan. (1957) Egyptian Grammar: Being an Introduction to the Study of Hieroglyphs.3rd ed. Oxford: Griffith Institute, Ashmolean Museum.