これからの英語教育の話を続けよう|第12回 小学校英語をめぐる世論:英語教育改革を支持しているのは誰か?|寺沢拓敬

 

はじめに

今回のテーマは、小学校英語をめぐる世論です。 実際の意識調査を素材に、どのような人が小学校英語を支持(および反対)しているのかを見ていこうと思います。

まず基本的な事実認識として、多くの日本人が小学校英語に賛成であることは抑えておきたいと思います。 世論調査・意識調査にもよりますが、場合によっては9割近い支持を得ていることもあります。少なくとも賛成が過半数を割り込むことは皆無です。それだけ支持されています。

一方で、新聞や雑誌などには、懸念の声・根強い反対論が頻繁に掲載されているのも事実です。 こうした記事しか読んでいなければ、小学校英語に反対の人の方がむしろ多数派なのではないかと錯覚してしまうかもしれません。

結局、小学校英語はどのような人に支持され、どのような人に反対されているのでしょうか?

 

先行研究

誰が小学校英語を支持しているかについて、実はよくわからない点が多いのも事実です。

俗説としてよく言われるのは、「英語ができないのを(自分の努力不足ではなく)学校英語教育のせいにする人が、英語教育改革を訴える」というもの。 「英語ができない人が小学校英語を支持している」と言った英語教育関係者は何人もいます。そう言われてみれば、そんなものかという気がしないこともありません。

しかし、実際にデータを分析すると、そうした事実はありませんでした。 私は数年前にも、拙著『「日本人と英語」の社会学』(研究社、2015年)の中で小学校英語の世論について分析しましたが、「英語ができない → 早期英語支持」という関係は見られませんでした。 むしろ、英語ができる人は、「就学前から開始すべし」という超早期支持と「中学からで構わない」という超後期支持との間で両極化する傾向が見られたのです。

このようなU字型の関係は、その他の要因にも見られました。たとえば、同書での分析では次の点を明らかにしています。

  • 若い人は、早期支持 or 後期支持の両極端のいずれかを選ぶ傾向がある。(逆に言うと、年齢が高いほど、早くも遅くもない中庸の開始時期を支持する)
  • 学歴も同様に、高学歴者の回答は両極化しがちである

一般に言われているよりも複雑な構造があることが伺えます。

そもそも、小学校英語に限らず英語や英語教育に対する態度はなかなかとらえどころがないものです。 英語関係者のなかでも、政治的態度の点では真逆であるにもかかわらず(たとえば、保守派 vs. 左派)、英語教育に関しては意見が一致している、場合によっては共闘さえしているという例はよくあります。 また、他の教育世論—ゆとり教育や体罰問題、プログラミング教育導入など—とどう連動しているかもよくわかりません。

以上の問題意識から、この記事ではデータに基づいて、小学校英語に対する賛成(および反対)の構造を見ていきたいと思います。

 

データの説明

用いるデータは、ベネッセ教育総合研究所と朝日新聞社が2012年11月-2013年1月に共同で行った学校教育に対する保護者の意識調査 (2012)です。この調査には続編(2018年版)もありますが、個票データの一般公開はまだなので、公開がすでになされている2012年版を使います。

全国の公立の小学校2年生・5年生・中学2年生を持つ保護者を対象にしています(児童生徒が学校でアンケート用紙を受け取り、家に持ち帰って保護者に渡すことで回答してもらう形式)。小学校28校・中学校25校に協力を依頼し、結果、8766名に配布することができました。その結果、6831名から回答を得ました(回収率 77.9%)。

この調査は、保護者が学校教育に対してどのような態度を持っているかを調べたものです。 小学校英語に関して尋ねた設問がいくつか含まれているのでこちらを利用します。 また、本調査はあくまで公立小中に子どもを通わせる保護者の調査です。世論一般ではなく、特定の集団を対象にしているという点を留意しながら見ていきたいと思います。

 

小学校英語に関する設問

本記事で注目する小学校英語設問は次の2つです。

Q1. 現行の小学校英語への賛否

あなたは、現在の教育改革で取り入れられている次のような取り組みについて、賛成ですか反対ですか。

「小学校での英語学習の実施」
1. 賛成
2. どちらかといえば賛成
3. どちらかといえば反対
4. 反対
5. わからない

Q2. 英語の低学年導入への賛否

あなたは、次のような取り組みが実施されることや、制度の変更が行われることについて、賛成ですか反対ですか。

「小学校低学年から英語学習を導入する」
1. 賛成
2. どちらかといえば賛成
3. どちらかといえば反対
4. 反対
5. わからない

いずれも小学校英語に対する賛否を訪ねていますが、違う点は、前者は現在行われている小学校英語に対する質問であるのに対し、後者は今後ありえる改革(つまり早期化)を問うている点です。 1つ目の設問を「現行の小学校英語への賛否」、2つ目を「英語の低学年導入への賛否」と呼ぶことにします。

回答の分布を図示したものが以下の図です。 いずれの設問でも、圧倒的に賛成が多いことがわかります。とくに、現行の小学校英語には非常に多くの人が賛成しています。「賛成」と「どちらかといえば賛成」を合わせると88%の人が支持しています(「低学年への導入」の場合、76%)。

小学校英語に対して肯定的な人が圧倒的多数派だということがよくわかる結果です。 なお、これほどの高い支持率は小学校英語に際立って見られる特徴です。 他の教育施策・改革案については、必ずしもこれほど支持されているわけではないからです。

この調査では、現行の教育施策への賛否を尋ねる設問として、小学校英語を含めて計11個の項目があります。 また、今後の教育改革案として、低学年への英語導入を含めて、計13個の設問があります。

この計25個の設問のなかで、現行の小学校英語への支持率88%は堂々の第1位です。 この支持率に匹敵するのは、「スクールカウンセラーの配置」の87%、「放課後の学習支援の実施」の86%くらいしかありません(ちなみに、2018年調査でも同様の状況です)。

一方、たとえば、近年の教育改革の代表選手とも言える学校選択制の導入への支持は60%、総合学習削減の支持は25%と、ぐっと下がります。 なお、支持率ランキングの詳細は、本調査の調査報告書にも詳しく掲載されています。

 

小学校英語はどのような人に支持されているのか

次に、小学校英語はどのような人に支持されているのでしょうか? この問いを、2つの観点から見ていきたいと思います。 ひとつは、回答者の属性に注目する方法。つまり、どういう属性(年齢、ジェンダー、学歴等)を持った人が小学校英語を支持あるいは反対しているのか見ていく方法です。

もうひとつは、他の教育改革に対する態度との相対的関係から見ていく方法です。小学校英語を支持している人は他にはどのような教育施策を支持する傾向があるのかという問いです。逆に、小学校英語に反対の人はどのような教育施策だったら支持するのかも見ていきます。

まず最初に、後者の観点を検討し、次に前者の属性を見ていきたいと思います。

 

その他の教育世論との相関関係

前述の通り、本調査は、小学校英語以外にも様々な教育施策・改革案について意見を聞いています。これらへの賛否と、小学校英語への賛否がどれだけ近いか、あるいは遠いかを、相関係数を算出して検討します。

相関とは、2つの変数の賛否がどれだけ一致しているかの指標です。「相関係数が高い」というのは、「一方の変数に賛成が多いとき、もう一方も賛成が多くなりやすい。一方の変数が反対多数のときはもう一方も反対多数になりやすい」という意味です。「相関が高い=賛成が多い」という意味ではありません。念のため。

・注)相関係数に馴染みのない方へさらに補足 一般的に言うと、相関係数とは2つの変数の回答傾向がどれだけよく一致しているかの指標です。相関係数は通常、r で表現され、 -1から+1の間をとります。XとYという変数があったとき、相関係数が +1 というのは、Xが増えるとまったく同じだけYも増えることを意味します。逆に、-1は、Xが増えるとまったく同じだけYが減ることを意味します。0のときはX・Yの間に何の関連もありません。

小学校英語を含めて、計24個の項目について、それぞれの相関係数を算出し、相関行列を作成しました。「賛成」に3、「どちらかといえば賛成」に2、「どちらかといえば反対」に1、「反対」に0を割り振り、計算しています。

ただ、この行列は24×24 = 576 個もの膨大な数値を含んでいます。オリジナルの表は正直なところ読む気が失せるほど細々しているので、少しでも見やすくなるようにということで相関を色で表現した図を使います(統計ソフトR の corrplot パッケージを利用しました)。

見慣れない図だと思われるので若干の注釈を。

  1. 正方形のマス目の中に並んでいる数値が相関係数 (r) です。見やすさを考慮して100倍しています。つまり、たとえば r = 0.25 の場合は 25 と表記され、r = -0.09 の場合は -9 と表記されます。
  2. ラベルに A_とあるものは現行の教育施策に対する賛否。 ラベルに B_ とあるものは今後ありえるべき教育改革に対する賛否です。
  3. 相関係数の高いもの同士ができるだけ近くになるように配置されています(ウォード法に基づく階層的クラスタ分析を使用)
  4. 各教育施策のラベルは私が要約したものです。正確な文言が気になる方は、本調査のウェブサイト(ベネッセ教育総合研究所)に掲載されている「調査票見本」などを参照して下さい(設問番号14と15)。

図中の色は相関係数に対応しています。正の相関が大きいほど濃い青色に、負の相関が大きいほど濃い赤色に塗られるので、相関の強さが一目瞭然になるという便利な図なのです。

言い換えれば、青色の目立つところは回答パタンが似ていることを意味しています。 濃い青のマス目がある横の列と縦の行を見ると、近い変数がわかります。

図を見ても青色しか目に入って来ないので、負の相関については考えなくてよいでしょう。また、一見して視認できないほど薄い青(だいたい15以下の係数です)も、実質的に相関がないと判断して差し支えないので、無視することにします。以下、色が濃い部分だけに注目していきます。

 

小学校英語への賛否と類似度が高いものはあまりない

小学校英語に関する設問との相関関係を見ていきます。図の左上の角を見て下さい。 まずわかるのは、「A 小学校英語」と「B 小学校低学年で英語」が高い相関を示している点です(r = .67)。これは当然でしょう。

一方で、それ以外だと、相関が高いものは途端に見つからなくなります。 一般的に言って、社会科学のデータで明らかに相関があると言える目安は、およそ 0.30 〜 0.40 あるいはそれ以上です。しかし、この基準を越える相関は一つもありません。

もう少し基準を緩めて、0.20 以上の項目を探すことにします。 ただ、この基準でも、「A 小学校英語」と「B 小学校低学年で英語」のいずれもが 0.20 を越えたのは、以下の4つしかありません。

  • A 学校選択制に賛成
  • A 公立中高一貫校に賛成
  • A 公立小中一貫校に賛成
  • A 放課後学習に賛成

「B 小学校低学年での英語」については、相関がある項目 (0.20 > r) がもう少し見つかります。以下列挙します。

  • A できる子に、より高いレベルの学習をさせるのに賛成
  • B 小学校高学年での教科担任制に賛成
  • B 学力調査の学校ごとの公表に賛成
  • B 民間出身の校長を増やすことに賛成
  • B 教員評価と給与・人事を連動させることに賛成
  • B 子ども・親に学校・教師を評価させることに賛成
  • B 外部機関に学校を評価させることに賛成

相関のあった変数を眺めると、共通点として学校評価や教員評価に競争原理を持ち込むタイプの施策が多いことがわかります。 外部の評価・利用者の選択という「市場の力」を学校教育に導入することで、学校・教員のパフォーマンスを向上させようという発想で、典型的な新自由主義的教育改革です。 小学校英語の支持には、こうした新自由主義的教育観との親和性が伺えます。

ただし、それはあくまでごく緩やかな親和性であることに注意する必要があります。 なぜなら、いずれも相関は必ずしも強くはないからです。 図を再度見ると、小学校英語以外ならば、相関が高い項目はそれなりに存在することがわかります(濃い青色のマスに注目)。 これらと比較すると、小学校英語に対する世論はそもそも独立性が強いものであり、何か別の世論と連動しているような性格のものではない可能性を示しています。

以上をまとめますと、「こういう教育改革を支持している人は、小学校英語も支持している(あるいは反対している)」という明確な傾向は見いだせないと言えるでしょう。 あまりおもしろくない結論ですが、小学校英語に対する世論の独自性(独立性)を示唆する結果だと言えます。

 

教育予算とのトレードオフ

小学校英語への世論を考えるうえで、他の教育改革への態度と同等かそれ以上に重要なのが、教育予算に対する態度です。

なぜなら、予算に対する認識—いわば「予算感」—は、小学校英語改革における最も重要な要因だからです。

この連載の第3回で論じたとおり、近年の小学校英語は、新規事業のための予算をきちんと用意しないまま、なし崩し的に始まりました。 予算の大部分は人件費を占めるので、予算をつけないというのは人を増やさないと同義です。 人を増やさないということは、要するに、英語専科教員を増やさないということであり、また、1人あたりの授業負担を減らして英語指導のための研修の時間を確保させるつもりはないということです。

上記のような苦境を前にしても、文科省や推進派の英語教育者は、小学校英語を前に進めようとしています。 きわめて楽観的な「予算感」を持っているからこそ、手放しで賛成できるわけです。 逆に、こうした状況を深刻に受け止めている関係者は、(たとえ早期英語に一般論としては賛成であっても)反対にまわっています。私もその1人です。

 

小学校英語と教育予算への態度

ここで注目すべきは、小学校英語を支持をしている人たちが、「教育が充実するならば増税もやむを得ない」という認識を持っているかです。 小学校英語の置かれた状況について支持者が理解しているとすれば、賛成であればあるほど教育予算の増額に賛成し、いきおい、それと引き換えなら増税もやむを得ないと考えるはずです。

実際のところはどうでしょうか。予測に反し、データからはそのような傾向は一切見いだせませんでした。以下の図は、小学校英語および教育予算増額への態度のクロス表を図示したものです。

ちなみに、教育予算増額への態度の設問は以下のようなものです。

次のようなAとBの2つの意見について、あなたの考えに近いのはどちらですか。
A:学校教育を充実させるために税金が増えるのは仕方がない
B:学校教育は現状のままでよいので、税金は増やさないほうがよい

  1. Aに近い
  2. どちらかといえばAに近い
  3. どちらかといえばBに近い
  4. Bに近い

現行の小学校英語であれ低学年への導入であれ、「教育充実・増税やむなし」と「教育現状維持・増税反対」の割合はだいたい半々です。 ついでにいうと、前述と同様の手続きで相関係数を算出したところ、それぞれ r = 0.00, r = -0.03でした。 つまり、まったく相関関係はないということです。

つまり、小学校英語を支持していたとしても、増税してまで教育予算を増額するようなことは望んでいないことを意味します。 この矛盾めいた結果は、小学校英語がもたらす負担への見通しが端的に言って甘過ぎるためか、さもなくば、賛成とは言っても大して強い賛意ではない(少なくとも増税してまで推進したいとは思っていない)かのどちらかでしょう。 いずれにせよ、軽い気持ちの支持が多いことは間違いありません。

 

どんな属性の人が支持しているのか

つづいて、どのような属性の人が小学校英語を支持しやすいのか見ていきます。 ここで扱う属性とは、本人の年齢、ジェンダー、学歴、経済的裕福さ、居住地、子どもの年齢の6つです。 これらの6つの変数で、小学校英語の支持度(賛成=3 から反対=0までの4段階スケール)がどう変わるかを回帰分析で検討します。

なお、6つの変数は具体的には次のようなものです。

変数 分析での使用法
年齢 年齢をそのまま使用
ジェンダー 回答者の性別。女性 = 1, 男性 = 0 のようにダミー変数化した
学歴 回答者の大学・短期大学卒業の有無を問う設問に対し、「はい」と答えた人に1を、「いいえ」と答えた人に0を代入
経済的裕福さ 「あなたの生活には経済的にどの程度ゆとりありますか」という設問を利用。回答は、ゆとりがある/多少はゆとりがある/あまりゆとりがない/ゆとりがないの4段階。分析では、以上の4つの選択肢にそれぞれ 4・3・2・1 を振って連続変数化した
居住地域 都道府県庁所在地/その他の市部 /町村の3つの選択肢。分析では、「町村」を基準カテゴリとして、それ以外をダミー変数化した
子どもの学年 アンケート用紙を持ち帰った子どもの学年。小2/小5/中2の3つの選択肢。分析では、「子供が小2」を基準カテゴリとして、それ以外をダミー変数化した

・回帰分析に馴染みのない人のための注釈:回帰分析は、原因となる変数Xが1単位動いたときに、結果となる変数Yがどれだけ動くかを予測する方程式を推定する分析です。Yに対する予測力が大きい時、Xの標準化回帰係数は大きな値になります。なお、以下で「有意」という言葉が何度も出てきますが、詳しくない方は「統計学的に重要である」という意味の呪文だと思って読み飛ばして下さい。

・回帰分析に詳しい人のための但し書き:このデータは、学校を抽出単位とした調査に基づいており、その点でマルチレベル分析が適切です。しかし、結果にほとんど差は見られなかったので、シンプルで一般的知名度が高く、R2
R
²値が算出できるという利点を持つ重回帰分析の結果を示します。

 

結果を表にまとめました。回帰分析に不慣れな人は飛ばしていただいて構いません。

現行の小英支持 低学年導入支持
年齢 -0.04 (0.02)** -0.04 (0.02)**
ジェンダー (女性=1, 男性=0) 0.07 (0.01)*** 0.05 (0.01)**
学歴 (高等教育卒=1, それ以外=0) -0.00 (0.01) 0.01 (0.01)
経済的裕福さ -0.05 (0.01)*** -0.04 (0.01)**
都道府県庁所在地在住=1 0.01 (0.03) -0.00 (0.03)
その他の市部在住=1 0.01 (0.03) -0.04 (0.03)
子どもが小五=1 0.05 (0.02)** 0.02 (0.02)
子どもが中二=1 0.01 (0.02) 0.02 (0.02)
R2 0.01 0.01
Adj. R2 0.01 0.01
Num. obs. 5522 5362
RMSE 0.99 0.99
p < 0.001, p < 0.01, p < 0.05. 数値は標準化回帰係数. カッコ内は標準誤差

シンプルに要点だけまとめましょう。なお、「現行の小学校英語」「低学年導入」についてそれぞれ分析を行いましたが、結果がほぼ同じだったので、まとめて述べることにします。

  • 個々の変数の効果について
    • 年齢が上がるほど、小学校英語への賛成度合いが有意に低くなる
    • 女性の方が、賛成度合いが有意に高い
    • 学歴は賛否に影響しない
    • 裕福になるほど、賛成度合いが有意に低くなる
    • 居住地は賛否に影響しない
    • 子どもが小5の場合、現行の小学校英語への賛成度合いが有意に高くなる(「低学年導入」の場合、影響なし)
  • 分析モデル全体について
    • 上記のとおり、いくつかの変数で有意な効果が見られたものの、効果量は総じて低く、要するに影響はあったとしてもわずかである。
    • R²値はいずれも0.01以下である。つまり、4つの属性変数で小学校英語支持度が説明できる度合いは、全分散の1%以下である。説明力は決して高くない。

 

学歴、居住地、裕福さ等の影響

まず、個々の変数の効果についてです。 若い人や女性は英語に対し概して肯定的なので(拙著『「日本人と英語」の社会学』5章・6章参照)、その延長線上でこの結果を解釈することができるでしょう。また、小五の子どもがいる人が現行の小学校英語(5・6年生で実施)に肯定的というのもよくわかります。

一方で、学歴や居住地が影響していない点、裕福ではないほど肯定的になる点は、少し不思議です。 なぜ不思議かといえば、一般的に言って、教育に関する態度は、学歴(つまり、教育レベル)に左右されやすいからです。 つまり、小学校英語に関しては例外的に学歴が影響しないことを意味します。

地域差にも同様のことが言えます。 先行研究では英語使用や英語学習機会には明らかな地域差があることがわかっていますが(上掲書 2章・4章・5章)、小学校英語への態度にはそうした差が見られません。 小学校英語への支持は学歴横断的・地域横断的な現象だと言えるでしょう。

また、裕福ではない親ほど早期開始を支持する傾向も少々不思議です。 裕福な家庭のほうが英語教育に力を入れているイメージがありますし、実際、裕福だった人のほうが早期英語学習経験が多いことがわかっています(上掲書13章参照)。そうであれば、裕福な方が小学校英語を支持しそうな気がしますが、実際の結果は逆です。

これは「裕福ではないほど学校教育に期待を寄せる傾向があるからだ」と解釈できると思います。 つまり、英会話教室など子どもに私教育として英語を学ばせる経済的余裕がなければないほど、学校教育にその補完を期待するわけです。 実際、分析結果の詳細は省略しますが、裕福ではないほど、小学校英語にくわえ、「放課後の学習支援」や「土曜日の補習授業」への支持が有意に高くなることもわかりました。 これらは、課外学習・補習という意味で従来は私教育(学習塾など)が提供してきた教育サービスでしたが、こうした機能を学校教育に期待する面があると考えられます。

 

ただし決定的な差ではない

しかしながら、最後にちゃぶ台返しのようで恐縮ですが、上記を決定的な差として理解すべきではありません。 というのも、ここで示された有意な影響はいずれも決して劇的な効果とは言えないからです(標準化回帰係数はいずれも 0.10 未満ですが、この程度の効果を「影響が大きい」と形容することはまずありません)。 さらに、モデル全体の説明力も1%以下です。

結論としては、興味深い影響パタンはわずかに見られることは事実ですが、「小学校英語に賛成なのはこういう人で、そうでない人は反対」というわかりやすい構図が確認できるわけではないということです。

 

まとめ

本記事では、小学校英語を支持している人はどういった人なのかデータに基づいて見てきました。

要点を再度述べます。

  • 小学校英語への支持と相関の高い教育世論はほとんどない。小学校英語賛成論は、独自のクラスタを形成している可能性が高い
  • 小学校英語の支持者であっても、「教育条件が改善するなら増税もやむをえない」という意識が必ずしもあるわけではない。小学校英語の導入には莫大な追加予算が必要だということが一般には理解されていない可能性がある
  • 若年者・女性・裕福ではない人々の方が小学校英語を支持する傾向がある。ただし、その差はごくわずかなもので、全体的に見れば決定的なものではない

今回わかったことは、かなり地味な結果です。 小学校英語支持と関係が深い変数は見つからなかったからです。

逆に、多少なりとも関係していそうな変数—たとえば教育改革諸施策への態度や学歴—ですら、影響がなかったということは、小学校英語への世論がいかに独特の位置を占めているかを示唆していると言えるでしょう。

この「地味な」結果は、「小学校英語に賛成しているのは、みんな ×× ばかりだ」という安易な図式化を戒めるものでもあります。 近頃、わかりやすい図式で、早期英語熱や小学校英語への不安を煽り立てる記事が散見されます。その中には、世論の話も含まれますが、わかりやす過ぎる説明には眉に唾をつけて聞いたほうがよいでしょう。

最後にもう一点。 小学校英語支持者に、教育予算をめぐる厳しい制約が理解されていない可能性があるという点は、私としても少々驚きでした。 「教育条件が改善するなら増税もやむをえない」という確固たる覚悟に裏打ちされた賛成論ではないわけです。 要するに、「増税はいやだけど小学校で英語を始めてほしい」という認識です。かなり甘い認識と言わざるを得ません。 もっとも、保護者や一般の人々がこのような楽観を持ってしまうことは仕方ない面もあります。しかし、「小学校英語賛成→教育充実&増税やむなし」という図式の片鱗くらいはデータに現れてくれても良かったのにと個人的には思いました。 私を含めて関係者は、小学校英語をめぐるジレンマについて一般に周知させるべく、もっと声をあげる必要があるでしょう。

 


謝辞

二次分析に当たり、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターSSJデータアーカイブから「学校教育に対する保護者の意識調査、2012」(ベネッセ教育総合研究所)の個票データの提供を受けました。感謝致します。

 

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