◎今日(11月6日)、入管法改正案の国会審議入りが8日から13日に延びそうだという報道がありました。時々刻々情勢が変わる中で、この時期にいったん情報をまとめることにしました。今回は、今どの会議で外国人労働者問題が検討されているかについての私見を述べることにしました。
◎このウェブマガジンは予想以上に広く読まれているようで、それは大変ありがたいのですが、マナーとして守っていただきたいことがあります。このウェブマガジンの内容を公開の場で話したり文字にしたりする場合は、必ず出典を示してください。過去の経験から、日本語教育の世界では先行研究への気配りが足りないように感じています。特に、今回の内容は田尻個人が関わった事柄が含まれていて、詳しい内容は公開されていない事柄を含みます。無断引用をしないようにお願いします。
ついでに言えば、『早稲田日本語教育学』24号(2018年6月15日)に吉浦芽里さんと宮崎里司さんによる田尻英三編の『外国人労働者受け入れと日本語教育』の書評が載っていますが、そこに「とくに田尻の場合は、外国人労働者受け入れと日本語教育に関する参考文献の出典は列挙してほしかった」とあります。しかし、私は同著の72ページから74ページに利用した文献名と所載誌名を「列挙」しています。したがって、この書評の指摘は明らかに間違いです。ちなみに、私の場合は、論文中で言及をした著者への連絡は必ずするようにしていますが、2018年11月までお二人から何の連絡もありません。この件についてご意見がおありでしたら、ひつじ書房の編集部(hensyu@hituzi.co.jp)へご連絡ください。対応いたします。
いよいよ外国人労働者の受け入れ施策がまとまろうとしています。この段階では、もう「骨太の方針」や「未来投資戦略」の中身の検討よりは、その方針を具体的に進める会議の動きに注目しなければなりません。これまでの動きは、このウェブマガジンの第2回に書いています。つまり、安倍総理から外国人労働者の受け入れについては、菅官房長官と上川法務大臣で担当するようにとの指示があり、その後上川法務大臣の下、法務省が「司令塔的」役割を果たすことになりました。その法務省での議論の進め方を、時系列で見ていきます。
今後は「骨太の方針」などの施策の中身を検討しても、政府の動きを見ていくことにはなりません。
2018年7月24日 第1回の「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」(以下、「閣僚会議」と略称)と、それに伴う構成員の官職の指定を行う「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議幹事会」が開かれました。
この関係閣僚会議は、「資料2」にあるように、法務省が企画・立案・総合調整を行うことになりました。同日閣議決定された「外国人の受入れ環境の整備に関する業務の基本方針について」に、「基本的な方針」として「専門的・技術的分野の外国人材のほか、技能実習生や留学生を含め」とあるように広く「外国人」を捉えていることに注目してください。また、「外国人の人権が護られ、外国人が日本社会の一員として円滑に生活できるようにしていく必要がある。そのため、多言語での生活相談の対応、日本語教育の充実をはじめとする(中略)取組を政府全体として強化し、進める必要がある」とも書かれています。この後、関係府省との事務内容が挙げられていますが、今後の検討内容によって変更する可能性があることから、ここでは省略します。ここで大事な資料は、「資料3」の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」です。
2018年9月13日 第1回の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策検討会」(以下、「検討会」と略称)が開かれました。
この「検討会」は、「司令塔」として法務省大臣官房政策立案総括審議官を議長として、関係府省と7人の有識者からなる会議です。この「検討会」で大事な資料は、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(検討の方向性)」と、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策に係る取組の現状・課題・対応策」(以下、「対応策」と略称)です。この「対応策」は、(6)で詳しく扱います。ここで注意してほしいのは、この「検討会」は法務省に設置されたものという点です。したがって、それぞれの外国人労働者の受け入れを担当する府省が、その業種に必要な「日本語能力水準」を検討しており、その動きは各府省が資料を公開しない限り我々には見えないまま議論が進められていくということを意味します。ここでは、最終取りまとめのスケジュールが示されました。第2回は9月下旬、第3回は10月中、第4回は11月中、第5回は12月中で最終取りまとめを行い、同月中に「関係閣僚会議」で了承となっています。ヒアリング出席者は、埼玉県と新宿区の外国人施策関係者でした。
2018年9月28日 第2回の「検討会」が開かれました。
ヒアリング出席者は、横浜市(外国人児童生徒の日本語指導と指定都市市長会議の提言の資料が付されています)・浜松市で、有識者の資料として、毎日新聞の記事と日本労働組合総連合会の資料が付されています。
2018年10月12日 第2回の「関係閣僚会議」が開かれ、入管法改正案の骨子と、「新たな外国人材の受入れに関する在留資格『特定技能』の創設について」が公表されました。
これらの資料に対して、一斉にマスコミが大きく扱いました。まだ十分に検討がなされていない資料を公開した理由としては、臨時国会で閣法が提出されるのに合わせて公開したということになっています。「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案の骨子について」と「新たな外国人材の受入れに関する在留資格『特定技能』の創設について」が資料名です。。11月6日現在、改正案について公開されているものは、この資料だけです。
2018年10月24日 第3回の「検討会議」が開かれました。
ここでは、「対応策」の(2)が示され、円滑な受け入れの促進・新たな在留管理の構築・留学生に対する就職支援が加わりました。ヒアリング出席者の資料は、愛知県(全国知事会の提言が付されています)と外国人労働者政策有識者会合の「外国人労働者との共生を促進する施策」で、関係者ヒアリングとしては、受け入れ企業として矢島鉄工所、日本語教育が必要な児童生徒の現場・受け入れ企業・地方団体として太田市立太田小学校・東亜工業・太田市役所、日本語教育専門家として龍谷大学名誉教授田尻英三、留学生就職支援として留学生支援ネットワーク・ソーシャライズなどのヒアリング結果と資料が公開されました。また、有識者資料として連合の中央執行委員会の資料も付されました。ヒアリングはこの回までですので、「検討会議」で発言したのは日本語教育関係者としては田尻のみとなります。ちなみに、この「検討会議」の内容を日本語教育学会のサイトに出した「社会啓発委員会」は、対応策(2)に「日本語教育に言及があります」というコメントを付けています。私の資料は、完全に無視されています。私はこの検討会に「日本語教育専門家」として呼ばれています。そして、私の意見も資料として添付されています。社会啓発委員会は、どうしてこのような扱いをするのでしょうか。
2018年11月2日 入管法の改定が閣議決定されました。
ただし、入管法改正案自体は公開されていません。したがって、国会の審議でも受け入れを予定している14業種がどうして選ばれたか、どんな法律案が閣議決定されたかは不明のまま進められています。11月1日の衆議院予算委員会で、山下法務大臣は受け入れ人数の上限は設けていないと答弁しています。
このような審議の進め方に違和感を持っている方もいると思いますが、この進め方を既に説明した資料が2018年7月12日に出ています。それは、経済産業省が行った「製造業における外国人材受入れに向けた説明会」の資料です。この件は、どのマスコミも報じていません。その説明会の資料に「新たな外国人材受入れ制度の検討経緯及び概要」があります。
そこには、以下のような記述があります(下線は原文のまま)。
今後、必要な法令の整備を行った上で、受入れに関する業種横断的な方針をあらかじめ「政府基本方針」として閣議決定するとともに、当該方針を踏まえ、法務省等制度主管官庁において業種の特性を考慮した業種別の受入れ方針(「業種別受入れ方針」)を作成・決定し、これに基づき来年度以降、外国人材の受入れ開始を目指すことになる。
7月12日というずいぶん早い段階で、経済産業省では国会の審議状況より以前に、このようなシナリオが共有されていたことになります。
これに先立ち、この入管法改正案は、10月30日の自民党総務会で条件付きで了承され、10月31日には公明党の「新たな外国人材の受入れ対策本部」でも条件付きで了承されています。つまり、自民党と公明党は入管法改正案を前提に討議し、その他の党は改正案を入手していないまま国会で審議が進められているということになります。
◎11月6日段階で入管法改正案の全体に日本語教育関係者がコメントしようとするなら法務省に、各業種の「日本語能力水準」にコメントしようとするならそれぞれの業種を主管する府省に働きかけをしなければいけません。しかし、現段階では14業種名も公開されていませんので、主管府省も不明としか言えません。
参考までに、2018年10月29日の毎日新聞の記事では、以下のような省庁が受け入れの検討を行っているとしています。
厚生労働省…介護、ビルクリーニング
農林水産省・水産庁…農業、漁業、飲食料品製造(水産加工を含む)、外食(飲食サービス)
経済産業省…素形材産業、産業機械製造、電子・電気機器産業
国土交通省・観光庁…建設、造船・船舶工業、自動車整備、航空(空港グランドハンドリング・航空機整備)、宿泊
今、国会で審議されているのは、受け入れ段階での問題点です。この段階では、主管府省が決める「日本語能力水準」が問題となります。今後は、在留段階での日本語習得支援体制が問題となります。それぞれの段階を混同してコメントしてはいけません。