方言で芝居をやること|第10回|関西弁に初挑戦|山田百次

先日『山の声』という登山のお芝居に出演していました。
48歳という若さで亡くなられた大阪の劇作家、大竹野正典さんの戯曲で昭和初期に活躍した登山家、加藤文太郎をモデルにしたお話です。セリフは関西弁です。一部は標準語の部分もありますが、それ以外の会話は関西弁です。

関西弁で芝居をするのは初めてでしたしかし、津軽弁で芝居をしているのと宮崎弁や標準語での芝居もたくさんやっています。それと今年初めに大河ドラマ「西郷どん」で薩摩藩士のちょい役で出演した時、薩摩弁の方言指導が入ったのですが、その時はパーフェクトと太鼓判をおされたこともあり、自分は耳が良いんじゃないかと常々思っていました。なので、やったことのない方言でもマスターできるだろうと、ある程度自信を持って臨んだのですが……いやそうとう難しかったです関西弁。

稽古が始まる4ヶ月ほど前に、方言指導の方に関西弁でセリフを録音してもらい、それを基に覚えていました。

セリフの量が多くて覚えるのに精一杯だったこともあり、イントネーションに関してはそれほど神経質になったりはしませんでした。だいたい覚えて、さあこれで大丈夫だろうと稽古に突入し、方言指導の方にセリフのチェックをしてもらったのですが……たくさん直されました。直されすぎて、それまであった根拠の無い自信がまるで、海辺でさざ波に崩される砂の城のごとく、さらさらと崩れてしまいました。「え、ここも?」というような短いセリフでも直されるのです。

「あれ? でも、音源通りに発音しているはずなのに」と思い、音源を聞き返してみると、確かに違う。聴いているだけでは分らなかった微細な音の違いがあるのです。それは方言指導の方に指摘されたことによって、初めて違いが分ったのです。こういった微細な音が間違っていると、それはもう関西弁ではなくエセ関西弁になってしまうのです。関西弁って、非常に繊細な音の並びで成り立っているのだなと関心してしまいました。

自分は生まれが青森なので津軽弁や南部弁を日常会話で使います。もちろん芝居でも使います。いまは関東にいるので標準語でも普通に話すし芝居もします(若干、訛ってるかもしれませんが)。しかし関西弁はこれらの方言では使わない音階で発声する場合があるのです。上の三つがドレミと♯、♭で発音するとしたら、さらにそれぞれの間の音で発音する……とでも言えばいいのでしょうか。♯♯とか♭♭みたいなくらいの音です。「え、こんな音で会話しかことない」って思ってしまいます。これは新しい体験でした。日常、テレビで耳にする関西弁というものはこんなにも高度な発音の仕方をしているのか? という感動すら覚えました。

またテレビのお笑いなどで関西弁をよく耳にする分、頭の中に「関西弁ってこうだよな」という、イメージ上の関西弁ができてしまっているんです。そのイメージ関西弁が自分の頭のなかで邪魔をするのです。なんというか必要以上にうねるようなアクセントつけてしまうのです。実際は思ったよりフラットな部分が多いです。しかもそのフラットというのが「もう大変」が関西弁だと「もー大変」になります。棒線で発音してくださいとよく言われました。

また方言で演技をする場合、早い段階で間違った覚え方をしてしまうと、それを矯正するのにだいぶ時間がかかってしまうのです。指摘された箇所を何度も口ずさんで、さあ直ったと思って気持ちを入れて高いテンションで発話すると、また間違った発音に戻ってしまうのです。これは本当に厄介です。なので何度も本番同様のテンションで発話して矯正しないといけません。それでもふと気がゆるむと戻ってしまいます。

おまけに僕は青森出身、芝居に熱が入るとだんだん青森訛りが混じってきます。なので、今回のお芝居はラストの方は関西弁と津軽弁がミックスされた、さも不思議な言語で僕はしゃべっていたと思います。僕の友人がこの芝居を見たときの感想は、「津軽弁だったよ」とかよく言われました。あんなに苦労した関西弁なのに津軽弁にしか聞こえないなんて、驚きを隠せません。

まあ、味というか個性と言ってしまえばそれでも良いのかもしれませんが、やはりチャレンジするからには完璧な関西弁を操りたいものですね。

いろいろな要素が複雑に絡み合い、またそれから外れるともうエセ関西弁になってしまう。関西弁は本当に恐ろしいものだと痛感いたしました。次に関西弁を話す機会があったらリベンジしたいと思います。

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