ALTとICTの効果的な「活用」¹
この「ネイティブ・スピーカーの活用」について、実はさらに議論を呼ぶプランが茨城県より提案されています(茨城県, 2018.7.20, 『課題解決とイノベーション創出の拠点(茨城発第4次産業革命)』)。ここでご紹介します。ポイントは下記の2つです。
・新たな教員免許状制度の創設
・小中学校等における遠隔教育
簡潔にまとめますと、学校での教職経験を一切問わず「高度な専門性をもつ人財」とされるネイティブ・スピーカーに「限定特別免許状」を授与します。免許の有効地域はプロジェクト指定の学校、有効期間は3年間(更新性なし)です。この免許をもって一人で指導と評価をすることが可能になります。日本の学校現場などでの教職経験が要求される「特別免許状」からもう一歩進んだ「規制緩和」です。
さらに本プロジェクトは小中学校等において遠隔地からの配信授業とセットです。下記の図をご覧ください。上記の「限定特別免許状」などを有す「ネイティブ」教員がスカイプなどで遠隔地から授業を配信します。スカイプの利用者はお分かりかと思いますが、一応、双方向のやりとりが可能です。受信側の教室で児童生徒のマネジメントをするものは「外国語科の教員免許状を有しない教員」です。本資料でははっきりと分かりませんが、小学校では担任、中学校では他教科担当のクラス担任が想定されていると思われます。
(茨城県, 2018. 7. 20より抜粋。一部不要な部分を削除)
図2:小中学校等における遠隔教育(外国語)の事例
「ネイティブによるスカイプ配信授業」、まさに文部科学省が推進してきた「ALTやICTの効果的な活用」です。同省は今年度、ALTを活用した外国語指導における遠隔教育システムの活用の調査を公募しています(「学校ICT環境整備促進実証研究事業」)。国の教育改革の方向性とぴったり合致していると言ってよいでしょう。
次にメリットとデメリットを考えてみましょう。一般にこのようなプランはメリットのみを強調するものです。各プランのメリットだけでなく、デメリットを第三者の目からしっかり指摘することはジャーナリストや大学人の仕事と思われます。みなさんも一緒にお考えいただければ幸いです。
■メリット:経済的な利益、効率性
本プロジェクト案の資料には下記の「期待される効果」が挙げられています(ちなみにご多分にもれず、メリットのみ記載されています)。
・専門性の高い指導により、どの学校においても、より質の高い授業を実施
・ネイティブ・スピーカーを教育現場で活用 → 児童生徒への教育内容の充実
・教員の負担軽減 → 児童生徒と向き合う時間や他の授業準備の時間の増
こちらは教育的な効果を強調していますが、なにより経済的な利益が最大のメリットでしょう。とくに小学校英語では教育的、経済的、双方のポジティブな効果が期待できます。
具体的にお話ししましょう。上に述べたように小学校英語の早期化と教科化のため、英語指導者不足は大変深刻な問題です。その教育的課題が一挙に解決する可能性があります。上記でALTの雇用について述べてきましたが、ALTを1人フルタイムで雇用する場合、年に5~600万円かかります。また各地方自治体で適した人材を探すのも容易ではありません。そのためALTの代役として、経費が安く必ず「活用」可能な「人型ロボット」を採用した、というウソのようで本当の話があります(朝日新聞2018年3月24日「ロボット先生、小学校で毎週英語授業に」)。もちろん「ネイティブ・スピーカーの発音」です。この「ロボット先生」、8月19日付けのNHKニュースによれば、これから全国に配置されます。
この経費削減や専門性の高い人材の安定的供給という観点から言えば、スカイプ英会話は魅力的な選択肢です。おそらく国内外の英会話産業にアウトソーシングするのでしょう。そうすればプランに書かれているとおり、児童は比較的(英語力や指導経験の無い小学校教員と比べて)良質な英語の授業を受けることができます。小学校の先生は悩みの種の英語を外注することができます。教育委員会は直接雇用せず時間給を支出することで、かなりの経費を削減することができるでしょう。遠隔教育ですから、学校までの交通費も不要です。ネイティブ教員は一歩も移動せずに、複数の学校の授業を実施することができ、英会話学校は「お客さん」を安定的かつ大量に獲得できます。関係者、全員にメリットがあります。
中学校のメリットは、仮に一教員の持ちコマ数をすべてスカイプ英会話に外注した場合、一教員の人件費を削減できます。経済的な効率性の観点からいえば、本案は本当にメリットが感じられます。
■デメリット:児童生徒への教育的効果や教員免許制度への影響は不明瞭
ではデメリットとして何が考えられるでしょうか。次の4点が考えられます。
・スカイプ英会話の効果は不明瞭
・遠隔教育による人間関係の希薄化
・教員免許制度の規制緩和による「教職」の非専門職化
・双方向型から一方向型への「規制緩和」の懸念
それぞれ簡潔に説明します。
まず1)対面式の授業に比べて、スクリーン越しのスカイプ英会話授業は効果があるのか、よく分かっていません。インターネット等を利用したALTによる小学校英語の遠隔教育の調査報告はあるのですが、こちらが明らかにしているのは遠隔授業システムの利便性と経済的負担の軽減です。小学校教員に質問紙調査を行い、「本システムは英語活動で役に立つ」との回答を得ていますが、こちらは教員の印象に過ぎません。
その他、高校、大学での授業内外でのスカイプ英会話の研究はいくつかあります。しかし、こちらも生徒の印象や態度を焦点にしたものが多く、英語のコミュニケーション能力の向上に寄与するかどうかは不明です。本件について「予備校などのサテライト授業や授業提供アプリは十分実績があるのでは」という意見もあるかと思います。しかし塾・予備校と学校教育は大きく異なることは説明する必要もないでしょう。とくに義務教育の小学校では人間関係があって、はじめて先生の話を聞こう、という児童も多いのです。
すでに述べましたように、文科省は今年(2018年)、遠隔教育システム導入の実証研究事業を公募しました。つまり効果は分からないのです。
次に2)遠隔教育による人間関係の希薄化が懸念されます。よく物理的距離は心理的距離と比例すると言われます。たとえば茨城県の児童と沖縄県の外国人教員をスカイプでつないだとして十分な児童-教員間の関係が築けるでしょうか。今まで「小学校は児童の側にいて信頼関係を築ける人間がよい」ということで、英語に不安を抱える学級担任に小学校英語を担ってほしいとお願いしてきた経緯があります²。小学校英語で重要とされる人間関係は、対面の場合と遠隔地のスクリーン越しの場合とで、大きな差は生まれないのでしょうか。
また、前掲書の拙稿でも述べたのですが、改めて3)教員免許制度の規制緩和による「教職」の非専門職化が心配です。すでに制度化された「特別免許状」も含めて、今回の「限定特別免許状」の設置という「規制緩和」は、教員の「多様化」に寄与しますが、同時に教職の「非専門職化」は避けられません。なぜか。多様な「高度な専門性をもつ人財」は各分野でプロフェッショナルとしても、教員としてはアマチュアです。英会話学校のネイティブも児童英語の授業は出来たとしても、教員の他の仕事、たとえば生徒指導はできないでしょう。ALTは生徒指導に困難を抱えるという報告もあります。むやみにこの「特別免許状」を発行しますと、職業集団のレベルは下がり続けるでしょう。
「塾や予備校は?教員免許不要で、とてもいい教員がいるではないか」という声が聞こえてきそうです。しかし繰り返しますが、塾・予備校と学校は本質的に異なります。またTV出演する予備校の「カリスマ講師」などの若干の成功例の陰に、無数の脱落者が存在することを忘れてはいけません。教員免許制度を緩くして自由参入にすると、学期ごとに担任が変わる事態が頻発するのでは、と心配です。完全ではないにせよ、教員免許で職業における資質、一定の知識、技能、倫理観を保証してきたのです。
最後に4)双方向型から一方向型への更なる「規制緩和」が懸念されます。今回の「スカイプ英会話」の案は、教員と一応、双方向のやりとりが可能です。対面型と比べて困難はあるかと思いますが、教員は発問したり、生徒は応答したり意見を述べたりすることができます。しかし心配なのはこの先です。この形態が仮に十分定着した場合、より効率性を求めて、一方向型の英語授業の映像配信になりはしないでしょうか。
教員免許の自由化、学校の民営化や教室のICT化を進めてきた国はアメリカです。その先進国、アメリカの一部の学校では児童・生徒がコンピューターやタブレットに向かい、各自で学習します。学校側はこの授業数分の正規教員を減らし、無免許のインストラクターに大量の児童・生徒の学習をモニターさせる。その手法で莫大な経費削減を可能にし、大変「効率性」の高い教育がなされているそうです(詳しくは『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(鈴木, 2016)を参照ください)。
これはもはや「学校」ではない。私はそう思います。みなさんはどうお考えになるでしょうか。日本ではさすがにないだろう、と思われるでしょうか。去る6月に経済産業省より「「未来の教室」とEdTech研究会 第一次提言」(2018. 6)が出されました。そちらに下記の意見が記載されています。
「先生」の役割は多様化する(教える先生、教えずに「思考の補助線」を引く先生、寄り添う先生)
- 必ずしも全員が「教える先生」ではなくなる、つまり教科書等の知識を授ける機能である必要はなくなるはず。
- 教室は「学習室」になり、生徒達は声のトーンや話すスピードも含め、自分の好きな学習塾の先生などのオンライン講義動画をタブレットで見て、自分の進度に合わせて個別に学ぶのが一般的になるのではないか。
今回の茨城案から、さまざまな案へ発展する可能性は十分あります。
教育現場でのICTの活用はとても重要です。とくに音声や映像を利用できるデジタル教科書は英語の指導に向いています。学校外の自習教材としてアプリの活用なども興味深いでしょう。スカイプで外国の学校の教室をつないだ授業実践なども期待されます。また教育面ではなく事務作業の効率化を図る必要もあるでしょう。しかし、上記のように、学校として最も重要な部分がないがしろにされないよう、慎重な議論が必要かと思います。
まとめ
本稿では「ネイティブ・スピーカーの活用」の最前線を紹介いたしました。日本の学校教育を支えてきた教員免許制度の「規制緩和」は少しずつ進み、「グローバル化」の波は職員室にも押し寄せそうです。またICT、AI、ロボットを活用した英語教員の人材不足の解決案も出されています。とくに今回ご紹介した茨城案は、文科省も同様の実証実験開始の意向を示していること、経済産業省もICTを用いた民と公の教育の融合例として類似の例を示していることから、注目に値します。
「グローバル化」、「テクノロジー」「EdTech」等のスローガンとともに公教育の民営化が急速に進行しているのです。
どのような案にもメリット、デメリットがあるものです。教育は未来に対して責任があります。あらゆる政策は経済活動と切り離せないのかもしれません。しかし経済的利益ではなく、教育的意義に重点をおいて、慎重に判断する必要があります。「ALTやICTの活用」と民営化、みなさんはどうお考えになられたでしょうか。
注
1. 『これからの英語教育の話をしよう』の座談会でも述べましたが、「ALTやICTの活用」という「人」と「物」を並列する表現には違和感を覚えます。その問題提起の意図もあり、このフレーズをあえてタイトルに活用しました。
2. なお私見では、母語性に関わらず(母語は何語でもよい)、英語教育のプロの専任教員に任せることが望ましいと考えます。