これからの英語教育の話を続けよう|第7回 リサーチ・リテラシーを高めよう:あるALT調査について(前編)|藤原康弘・仲潔

 

本連載も早いもので半年です。ご一読いただいている方にまずはお礼申し上げます。

さて、前回の寺沢さんの記事(第6回)は、研究の「エビデンス」の質についてでした。文科省でさえ、小学校英語の効果を示すエビデンスの質が低いことが指摘されました。また実質的なデータは不十分でも民間4技能試験の導入が決まりました¹

両方とも本当に大きな「改革」です。教育研究の実施にはさまざまな制約があるにしても、エビデンスに基づく慎重な検討と一般の広範な理解をふまえた「改革案」であってほしいものです。限られた予算の中で行うわけですから、思い付きや思い込み、ましてや教育的効果よりも経済的効果で語られるわけにはいきません。議論の上では、改革案に含まれるネガティブな要素も考慮して、それでも現状と比べて「ベター」と判断できる根拠が必要です。

今回はその一例として、ALT(外国語指導助手:Assistant Language Teacher)に関する調査報告をみていきましょう。先日、『小学校・中学校・高等学校におけるALT の実態に関する大規模アンケート調査研究』(2018, 以下「報告書」)が発表されました。仲と藤原は、英語教員養成・研修に携わりつつ、ネイティブ信仰の根強い日本の英語教育観や無資格“ALT”の問題に関心を持ってきました(第1回第2回)。この報告書は何を明らかにしたのでしょう。第7回では方法論、第8回はその具体的な内容に焦点をあてて、2回に分けてみていきます。

 

本邦初のALTの大規模調査

 

まず報告書の序文をみてみましょう。

序文

日本の英語教育にALTが果たしてきた役割は非常に大きい。 JETプログラムの前身であるMEFプログラム時代から数えて、既に30年以上になる。しかし、ALTが日本の英語教育にどのような形で関わってきたかについてのまとまった調査研究はほとんどない。(略)

2020 年、小学校で英語が3年生から外国語活動として導入され、また、5年生からは教科として導入されることになったが、小学校の先生は英語の専門ではないので、英語が教科になった場合に教えるのは非常に難しい。専門的に英語について学び、教え方が分からないまま教科として英語を教えるのはほとんど不可能に近い。実際、文科省の調べで、小学校英語教育で専科教員が授業を担当している割合は6%前後で、英語教員の免許を持っている小学校教員は、5%未満であることが示されていることを考えると、外部人材との協力体制をつくらざるを得ない。(略)

そんな中で、ALT(MEFを含む)は、実績として既に30年以上の歴史があり、その存在は大きなものである。それにも拘わらず、前述したように、ALT導入の意味等についてはしっかりとした調査研究が今までなされてこなかった。そのため、今後、どのような形で彼らをもっとも有効な形で教育現場に導入すれば良いかについては、よく分かっていないのが現状だろう。(略)(p. 1)

JETプログラム:The Japan Exchange and Teaching Programme(語学指導等を行う外国青年招致事業)。
MEFプログラム:The Mombusho English Fellows(文部省英語教育プログラム)。その歴史的経緯はMcConnell(2000)築道(2007)などをご覧ください²

 

この序文において、1)ALTは30年以上の歴史がありながら、調査研究がほとんどないこと、2)小学校で英語を教える人材が不足していること、3)英語教員には専門性が必要であることを指摘しています。まったく同意です。世に広く知られ、理解を改めるべきことです。

(余談ですが、ALT導入の効果を示すエビデンスはないのに、「日本の英語教育にALTが果たしてきた役割は非常に大きい」となぜ言い切れるのか。そしてエビデンス・ゼロで、なぜALT頼みの英語教育が既定路線なのか。そもそもALTが「どのような形で関わってきたか」の前に「どのような形で関わるべきか」は十分に議論されたのか³。そして、教える人材がいないのに、なぜ小学校英語をはじめるのか。疑問はいくつも浮かんできます。)

この序文を読み、以前から無資格 “ALT”やネイティブ信仰の問題を訴えてきたものとして、本調査に大変興味を持ちました。「ついにこの問題がデータとともに明るみに!」、そう期待しました。しかしながら、読み進める内に、もちろん参考になる部分は多々あるのですが、この調査結果は慎重に解釈する必要がある、その思いを強くしました。ここで、その思いをみなさんと共有できればと思います。

まず前編では、とくに留意すべき点を2つ挙げます。

1)民間企業の委託研究であること

2)データ・サンプルに偏りがあること

 

では具体的にみていきましょう。

 


1. 国立大学協会の常務理事の1人は、なぜ民間試験と共通試験の両方を課す判断になったかを問われて、以下の回答をしました。

「入試における認定試験の活用について十分な実績、経験のデータがない中、検証してデータをそろえていくうえでもまずは両方を課す必要があるという判断になった」(「国大協に聞く―外部検定・記述式の活用ガイドラインにおける考え方」(2018.4))

2. なおJETとMEFの連続性を自明視することは問題があります。MEFは当時の文部省主導であり、外国人語学教師の採用基準もJETプログラムとは大きく異なります。JETは、そもそも対米黒字貿易との関係から、当時の自治省・外務省・文部省が主導となって導入された制度です。その結果、語学教育の素人を英語教育の現場に大量に迎え入れる契機になったと批判されてきました(たとえば東京外国語大学名誉教授の若林俊輔氏)。

3. JETプログラムについて博士論文を書いた広島大学の築道(2007)も、同プログラムのALTの役割は「外国語教育の改善の充実」なのか「地域レベルの国際親善の推進」なのか、その曖昧性を指摘しています。

 

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