太郎:あ、寺沢さん、こんにちは。
寺沢:あ、僕の家の近所に住んでいて、「一を聞いて十を知る」タイプの小学5年生、こと、太郎君だね。こんにちは。
太郎:そのすごく説明くさいセリフ、前回の記事とまったく一緒ですね。
寺沢:ウェブマガジンはたとえ連載だったとしても、初めて読む人が多いからね。キャラ設定を改めて確認しておくことは重要だよ。
太郎:はあ・・・。
寺沢:そういえば、この前の話だけど、太郎君の小学校で英語の授業が始まったんだよね?
太郎:はい。まだ、始まったばかりだから仕方ないですけど、毎回てんやわんやですね。
寺沢:そっか・・・。
太郎:で、昨日、下校の時、校門に校長先生がいたんで聞いてみたんですよ。「小学校で英語なんてやっても効果ないんじゃないですか? 寺沢さんていう英語教育政策を研究してるおじさんが言ってました」って。
寺沢:わああ、困るな、そういうの!
太郎:でも、校長先生は「え、そうなの? 詳しく聞かせてよ」って、わりと好意的でしたよ。
寺沢:・・・。
太郎:でも、うまく答えられなかったんですよね。効果って実際あるんですか? ないんですか?
寺沢:なるほど。じゃあ、今日はこの問題についてじっくり説明してあげよう。
太郎:え、いいんですか、ありがとうございます。あ、でも、ウェブマガジンで語るにはちょっとマニアック過ぎじゃないですか。
寺沢:だいじょうぶ! マニアックな内容でも「小学生と語る」形式にすると、わかりやすくなるらしいよ。
太郎:うわー、安易・・・。
小学校英語のエビデンス
寺沢:じゃあ、まず、これをあげよう。
太郎:何ですか、これ。
寺沢:最近、出た僕の論文。
太郎:えーと、なになに、「小学校英語に関する政策的エビデンス:子どもの英語力・態度は向上したのか?」『関東甲信越英語教育学会学会誌』第32号・・・。全然、おもしろくなさそう!!!
寺沢:いやいやいや。騙されたと思って、最初の段落を読んでみてよ。
太郎:はあ、わかりました、読みますね。
本研究は、2000年代に行われた小学校英語の政策的効果を検証し、今後の小学校英語政策のあり方について示唆を得ることである。この問いはしばしば第二言語習得論の枠組みで検討されるが、本研究では、政策研究の立場を明確に採用する。つまり、言語習得メカニズムの解明ではなく、信頼性の高い政策的エビデンスをいかに示すことができるかに主眼を置く。言い換えれば、政策的介入としての小学校英語プログラムが、当初の達成目標をどれだけ実現できたのか(あるいはできなかったのか)、その実証的な検討である。 |
太郎:そもそもエビデンスって何なんです? 難しくてわからない! やっぱり騙された・・・。
寺沢:ごめん、ごめん。これから簡単に解説するから。
太郎:ほんとお願いしますよ。
エビデンス──「効果があるか、やってみなけりゃわからない」
寺沢:エビデンスの考え方をごく簡潔に言えば次のような感じ──「きっと効果的だ!」と誰かが思いついた方法は、それがどんなに効果がありそうでも、まだ机上の論理に過ぎないから、実際に試してみないとわからないよね、という話。
太郎:どんなに効果がありそうでも?
寺沢:そうだよ。たとえ理屈上は効果的っぽく見えても、思いがけない結果になることはあるはず。物理法則ならともかく、人間が介在する研究だと常に避けては通れない問題だね。ひょっとしたら未知の阻害要因・副作用があるかもしれないわけだし。
太郎:ふむ。ってことは、「小学校英語のエビデンス」というと…?
寺沢:英語は早くから始めたほうがいいとか、机上の論理としては色々言われてるけど、じゃあ実際に小学校で英語を始めたら効果があるのか調べてみましょうということだね。
太郎:なるほど。
寺沢:あと、できるだけ「普通の小学校」に近い環境に注目するのが大事だね。だって、裕福な子供が通ってる英会話塾とか、高所得層ばかりが住んでいる地域の小学校の事例だけで、「早くから始めたほうがいいとわかりました!」なんて言われても説得力ないでしょ。
太郎:そうですね。僕の小学校みたいに、都会でも田舎でもない街の普通の公立小学校がいいわけですね。
寺沢:厳密に言うと、いろんなタイプの公立小学校が満遍なく混ざるのが理想かな。この点についてはまた後で説明します。