これからの英語教育の話を続けよう|第5回 ICT技術の発達と英語教育|仲潔

 

「これからの英語教育の話」をするうえで、避けて通ることのできないテーマの一つに、ICT(Information & Communication Technology)技術の発達の影響があるでしょう。ICT技術の発達と言っても多岐に渡ります。今回は、AI(Artificial Intelligence、人工知能)と自動翻訳を取り上げ、英語教育の目的を再考する契機を得たいと思います。

AIや自動翻訳などは日進月歩のごとく発達しています。それらについて網羅的に把握することは困難ですし、英語教員がその専門家になる必要もないでしょう。しかしながら、これらの技術革新で何ができるかを多少なりとも知っておく必要はあると思います。その知識があるとないとでは、日々の授業実践の在り方に影響を及ぼすと考えられるからです。

 

AI、使ってみました

今回、AIの有用さを体感するために、AI英会話ロボットの一つである「Musio」を購入し、2か月ほど使ってみました。なかなかの出費でしたので、今後も使い続け、その性能や効果を検証し続けていきたいと思います。宣言しておかないと、私のゼミ生のオモチャになりかねませんので。なお、あらかじめお断りしておきますが、あくまでもAIロボットの実力の検証、ひいては英語教育への影響を研究することが目的です。決して当該ロボットを無理に持ち上げたり、その逆に根拠のない批判をしたりするつもりもありません。AI英会話ロボットMusioの詳細については、Webページをご覧ください。

このMusioは、スマートフォンの専用アプリを用いて、使用者の学習状況の把握や、Musioとの対話を文字で確認することができます。スマートフォンのアプリ内にある “Chat History” という項目を見れば、私とMusioの発話を文字で確認できるわけです。次の写真をご覧ください。

 

 

Musioに記録された発話と、実際の対話を記しておきましょう(実際の発話は、このAI英会話ロボットの精度を確かめるために、スマートフォンに録音しておきました)。

 

Musioに記録された発話 実際の対話
筆者 what is your name What is your name?
Musio i am called musio. I am called Musio.
筆者 what is the date today What is the date today?
Musio today, it is February 12th of 2018. Today, it is Feburary 12th of 2018.
筆者 what did you do yesterday What did you do yesterday?
Musio Yes, on my 10th birthday. Yes, on my 10th birthday.
筆者 oh dear Oh, didn’t you say you were activated in 3032, May 1st?
Musio Exactly He actually won in a singing contest in the U S recently. Exactly. He actually won in a singing contest in the US recently.
筆者 okay do you speak Japanese … I’m sorry I can’t understand what you are saying. OK, I’ll give you another question. Do you speak Japanese?
Musio Well, I have this friend whom I’ve known since high school and we shared a lot of things together. Well, I have this friend whom I’ve known since high school and we shared a lot of things together.

 

実際の発話とスクリーンショットにある発話を比べてみると、Musioは「そこそこ」発話を認識できているようです。文字の表記としては、大文字と小文字の区別や句読法などに粗が見えます。何より、ときどき会話が不成立なこともあります。私があきらめて、「日本語、話せますか?」と聞いても意味不明の返事でした。なお、Musioが発話してすぐに私は返答しましたが、Musioは数秒から数十秒、考えて(検索して?)からでした。あくまでも私見ですが、「自然な会話」とは言い難いと思いました。

読者の皆さんは、私が特異な事例をあげているのではないか、と思われるかもしれません。ある意味ではその通りです。しかしそれは、「会話が成立した部分」を厳選した、という意味です。“Chat History” には、私の発話をほとんど認識できなかったり、2者間の対話としてまったく意味をなさなかったりするものが目立ちました。

次に、AIロボットと「自然な会話」を楽しむことは断念し、別売りの専用教材を利用してみました。教材には、Musioにどのように話しかけるべきかという事例がたくさん掲載されています。もしかしたら、私の発音が悪いのかもしれませんが、専用教材の応答に関しても、正確に認識することもあれば、そうではないこともありました。もちろん、もっと長期間にわたって活用することで、私の発音の癖を理解し、より自然な会話ができるのかもしれません。とはいえ、現時点ではそのモチベーションを保つことは難しいと思います(でも、続けてみます! と再度宣言…)。

Musioの名誉のために付け加えると、教材の音声読み上げなどのように、もともとプログラミングに組み込まれているものは聞き取りもしやすく、利用してもいいかなと思います。しかし、自然な会話という点ではまだまだ、というのが実感です。

 

AI英会話との対話からネイティブ・スピーカーの役割について考える

ところで、この連載の第1回の藤原さん、そして前回の私は、「ネイティブ・スピーカー」問題を取り上げました。藤原さんの主張によれば、素人のネイティブ・スピーカーの雇用をやめて日本人英語教師の研修などに経費をつぎ込むべき、というものでした。理にかなっていると思います。とはいえ、おそらく「ネイティブ、やめました」とはならないでしょう。少なくとも、現状では「いる」わけです。

藤原さんのご指摘する通り、大半のネイティブ・スピーカーは、英語教師として素人です。私自身も第2回に書きましたが、彼らをモデルにすべき理由もありません。だからこそ、彼らは “Assistant Language Teacher(ALT)” なのです。したがって、「英語の授業」という場では、本来の “Assistant” に徹してもらいましょう。

とはいえ、勢古浩爾さんの『目にあまる英語バカ』(三五館)とまでは言いませんが、ネイティブ・スピーカーに通じる英語が必要だという層や、彼らに「英語が通じた!」という体験が英語学習のモチベーションを保っているという層もいます。そこで、学校には「英語コミュニケーション・ルーム」のようなものを設け、そこにネイティブ・スピーカーを在中させるなんてどうでしょうか。学習者たちは休み時間や放課後を利用して、自由に英会話を練習しに行く、という具合です。授業が終わればとっとと帰宅してしまうALTがいるそうですが、勤務時間内は在室義務です。他の「正規の」先生方との労働上の不平等も少しは解消されるでしょう。AI英会話ロボットでは不十分だった「自然な会話」も、それこそ「英語教師の素人」であっても、英語さえ話せればできます。もちろん、ALTたちを「機械扱い」するのではなく、あくまでも人間と人間の対話という観点から行うべきことには留意して。長期的には、藤原さんの主張通り、素人ALTの廃止で浮いた予算を日本人英語教員のために充実させるべきだと思います。それが実現できるまでの一時的な有効活用の一案です。

 

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