平安女子の生活とは?
一方で古典文学を読むためには、そこに描かれているさまざまな時代背景について知っていることも大切です。そのときにとても手に取りやすいのが、川村裕子『平安女子の楽しい!生活』(岩波ジュニア新書、2014年)です。
この本は、「インテリア&ファッション編」「ラブ編」「ライフ編」の三部で書かれています。「インテリア&ファッション編」では平安時代に貴族の女性が住んでいた家や、身につけていた着物、どういう女性が「美人」で、どういう男性が「イケメン」だったのかが紹介されています。
たとえば、平安女性貴族の服装としてよく知られているのが「十二単(じゅうにひとえ)」です。けれども川村さんによれば、この「十二単」という言い方はおかしいそうです。なぜなら、女性の単衣(ひとえ)」とは女性の下着のことで、これを何枚も重ねていたわけではなく、実際に重ね着をしていたのは「単衣」の上に着る「袿(うちき)」と呼ばれる着物だからです。
その上で、これらをどのように重ね着したのか、重ね着することで視覚的にどういう効果があったのかなどが、詳しく、わかりやすく書かれています。
また、中高生が古典文学を読む上でいちばん難しいと思われるのが、和歌を読むことです。けれども川村さんは、この和歌を、現代でいうメールやLINEのようなものととらえています。
男性がまず、女性にLINE(和歌)を送る。それに対して、女性がLINE(和歌)を返す。これが平安時代のルールです。このときに、いかにモテる内容を送るかが、恋愛のこの後の展開を決めるといっても過言ではありませんでした。
また、デートの後には当然、お礼のLINE(和歌)が必要になります。これを後朝(きぬぎぬ)の和歌と言います。
こういうふうに考えると、一見難しそうな古典文学の世界にも、もっと親しみが持てるかもしれません。
古典の恋、現代の恋
こうした古典文学に見られる和歌のやりとりの感覚を、現代によみがえらせた小説があります。それが、加藤千恵『あかねさす 新古今恋物語』(河出文庫、2013年)です。
この作品は、『新古今和歌集』に収められた和歌から連想された現代の恋物語を作り、それに歌人でもある加藤千恵さんが自作の短歌を添えるという形式で、全二十二話のショートストーリー集になっています。
たとえば第12話「揺らしたら溢れてしまう」は、式子内親王の「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする」(『新古今和歌集』巻第11、恋歌1)をもとにしたストーリーです。
これは、『小倉百人一首』にも採られているよく知られた和歌で、高校の古典の教科書にも取り上げられています。「私の魂よ、絶えるものならば絶えてしまえ。もしこのまま生きながらえてしまったなら、私がずっと抱いてきた恋心が、隠していることに耐えられずに周囲に知られてしまいそうだから」と、恋心を伝えられない相手に対して持ってしまった秘めた恋を、激しく歌いあげたものです。
この和歌を、『あかねさす 新古今恋物語』では、主人公で女子大学生のまどかが、お姉さんのカレシである「大竹くん(大竹仁志)」に対して抱いてしまった恋のストーリーに置き換えています。
まどかの家で大竹くんが夕食を食べ、まどかが車を運転して彼を送っていくことになった日。大竹くんを送り届けた後、後部座席に座っていた姉がふいに、「まどか、仁志のこと好きでしょう」と、声を掛けます。本心を言い当てられたまどかは「え、そんなわけないじゃん」と姉の言葉を否定しますが、自分の胸の鼓動が速くなっていくことに気付きます。
そうした状況を、加藤千恵さんは「揺らしたら溢れてしまう もういっそわたしごと消えてしまいたい夜」という自作の歌で締めくくっています。
もともとの歌にあった「忍ぶ」は、じっと我慢して耐える、という「語感」を持った言葉ですが、その耐えている様子が同じ女性同士である姉には見抜かれてしまったのではないか、という状況を想像して、そこに古典文学の世界と現代とのあいだに通じる人間の心を読み取っているのです。
和歌は「歌う」もの
このように、和歌から物語を書くという手法は、平安文学にもありました。高校1年生で必ず扱う『伊勢物語』がそれに当たります。
この作品は、在原業平の和歌を中心に、そこから連想された物語を集めたもので、「歌物語(うたものがたり)」と呼ばれています。このときに重要なのは、和歌は当時ただ「詠む/読む」だけのものではなく、実際に節をつけて「歌う」ものだったことです。
今でも、初音ミクをはじめとしたボーカロイドを使った楽曲からイメージした小説を書く「ボカロ小説」や、クリエイターユニットの「HoneyWorks」が作った楽曲をもとにした「ハニワ」小説が書かれていますね。特に藤谷燈子・香坂茉里『告白予行練習』シリーズ(角川ビーンズ文庫、2014年~)や香坂茉里『告白実行委員会』シリーズ(角川つばさ文庫、2016年~)は、2016年から2017年にかけて、中学生女子にいちばん多く読まれている小説のひとつです。
恋を題材にした「歌」から、恋物語を作る。これは時代を超えて、女性読者から支持される、ひとつの物語の形なのかもしれません。また、そうして歌として切り取られる人の心は、ときに時代を超えて、私たちのあいだで共有することができてしまうのです。
このように考えると、現代からはるか遠い時代に書かれた和歌や、物語が、ぐっと私たちにとっても身近なものとして受け取られるのではないでしょうか。
『枕草子』の「をかし」を「好き」と現代のキャラクターに合わせて訳した『暴れん坊少納言』もそうですが、こうして時代を超えて通じる部分をみつけていくことが、私たちが古典文学を読むときの手がかりになるのです。