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オノマトペハンター おのはん!|第1回 今回のオノマトペ:「こっくり」|平田佐智子

オノマトペを探して

はじめまして、こんにちは。オノマトペハンターの平田と申します。突然オノマトペハンターと言われてもおそらく何のことか全くわからないと思いますので、最初に少し説明させて下さい。

まず、オノマトペとは、擬音語・擬態語・擬情語の総称とされています。例えば、ガラスが割れる音を「ガチャン」と表現したり(これは音を音声で表現しているので、擬音語です)、油のぬめりを「ぬるぬる」と表現したり(これは状態を音声で表現しているので、擬態語です)、怖じ気づいている状態を「びくびく」と表現したり(これは感情を音声で表現しているので、擬情語です)、さまざまな音や状態を、それに近い音声で表現することができる、魅力的な言葉です。また、私はオノマトペや音象徴を研究している研究者です。言語にまつわる研究者の中には、というかほとんど全員と言ってもよいと思うのですが、日常生活にあふれているあらゆる言葉に対してとても感度の高いセンサーを持っています。そして、ちょっとおかしな言葉や、新しい言葉、面白い言葉を見つけると、すぐに誰かに話したくなるのです。

私は、オノマトペが研究対象ですので、せめて日常生活にちらちらと見え隠れするオノマトペにセンサーを研ぎ澄ましてみようと日々努めています。それが、オノマトペハンターとしての活動です。この連載では、オノマトペハンティングで見つけてきた獲物を皆さんと共有し、なぜこのオノマトペに注目したのか、について考えてゆきたいと思っています。

 

新種発見!?「こっくり」

それでは、今回の獲物をご紹介いたします。今回は「こっくり」を獲ってまいりました。最近この「こっくり」に変なところでお目にかかるので、気になっていたのです。

(出典:ffn フェリシモファッションニュース 新作特別編集号/非売品 19ページ)

 

(出典:ffn フェリシモファッションニュース 新作特別編集号/非売品 21ページ)

 

(出典:ffn フェリシモファッションニュース 新作特別編集号/非売品 24ページ)

 

これらは、今年の秋向けに発行されたファッションカタログから獲ってきた「こっくり」たちです。「こっくり」は、頷く様子を表す意味で使われることが多いですが、今回はどうもそうではないようです。あるいは、ある一定年齢層の方々は、学校で同級生と「こっくりさん」という遊びをしたことがあるのではないでしょうか?(私は残念ながらありません)ファッション雑誌でオノマトペといえば、生地の素材(ふわふわ・しっかり・サラリなど)が多く見られるのですが、「こっくりカラー」「こっくり花柄」と出てくると、さすがに気になってしまいます。これはハントしてよく調べてみる必要がありそうです。

 

「こっくり」って、どういう意味?

オノマトペは、辞書に掲載されている従来の意味だけではなく、新しい意味合いで使用されることもあります。そのため、まず「こっくり」の意味をオノマトペ辞書で確認して、新種かどうかを確かめてみましょう。「擬音語・擬態語4500 日本語オノマトペ辞典」(小野, 2007)で「こっくり」を調べてみると、以下の意味が出てきました。

 

1) 居眠りをしたり、大きくうなずく際に頭を急に前後に動かすさま。

2) 突然に死ぬさま。また、突然に死ぬこと。ぽっくり。

3) 色合いや味などが、濃かったり深みがあったりするさま。

 

1番はよく見る意味だと考えられます。子どもが頷くときなどに「こっくり頷く」という表現を用いることがあります。また、頷きが肯定を表すジェスチャーであることから、質問に対して「こっくりする」で肯定を表現する場合もあります。そして、2番の例はあまり見かけないように思われます。これは、「ぽっくり」の方がより多く使われているのではないでしょうか。そして、3番に色合いに深みがあるさまが挙げられています。ということは、「こっくりカラー」は濃く深みのある色合いであることがわかりました。新しい表現では無かったようです…少し残念です。

 

「こっくり」って使いますか?

辞書に意味が載っていることから、意味についてはわかりました。しかしながら、なかなか見かけなかったことについてはまだ納得がいきませんので、もう少し調べてみることにしましょう。書き言葉の変遷を知る方法として、言葉のデータが蓄積された「コーパス」と呼ばれるデータベースを検索するやり方があります。今回は、国立国語研究所と日本語コーパスプロジェクトが共同開発したKOTONOHAを用いて、「こっくり」の出現する文脈を調べてみます。このKOTONOHA「現代日本語書き言葉均衡コーパス」には、さまざまな書き言葉のデータが収録されています。その範囲は書籍・雑誌・新聞・白書・広報誌・法律・韻文・国会会議録から、Web情報としてYahoo!知恵袋・Yahoo!ブログからも収録されています(ただし、これらの全てが収録されているわけではなく、無作為抽出されたデータが検索対象になります)。

全文検索が可能な少納言で、全メディア・全期間を対象に「こっくり」を検索した結果、全部で87件の「こっくり」が見つかりました。これらの「こっくり」を、出てきた文章の前後の流れから、どのような意味で用いられたのかを分析します。そして、意味の種類がどの程度あるか、またそれらの意味が使用される割合はどの程度なのか、を計算してみました。分類基準は前述の辞書の意味(1番~3番)を使用しています。その結果、以下のようになりました。

圧倒的な頷き・居眠り率です。また、突然死の様子を表現する「こっくり」は見られませんでした。そして、「こっくりカラー」はグラフ中の「深み・濃さ」に該当するのですが、17%ほどでした。なお、こちらの17%には色を表現する例が約7%、そして同じく約7%が「煮物や煮る様子」でした。お料理に詳しい方なら「こっくり煮る」という表現を見かけたことがあるかもしれません。コーパスの中では、このような表現と同じくらいレアだといえます。なお、その他の項目のほとんどが「こっくりさん」でした。

 

ある分野ではノーマルな「こっくり」

さて、以上の分析から、「こっくりカラー」は「こっくり煮る」程度にレアであることがわかりました。それぞれファッションの分野や料理の分野では普通に使用される言葉のようですが、私はどちらの専門家でもないので、「あまり見ないぞ!」と判断したのだと思われます。今回使用したコーパスは2001年~2005年の雑誌が対象となっていたため、雑誌に限り色に関する「こっくり」出現を時系列で追ってみたのですが、特にどの年代が多い、ということは見られませんでした。もう少しデータに年代の幅があれば、もしかしたら「濃い色が流行するときは、あわせて『こっくり』も流行する!」という言葉の流行についても明らかにできたかもしれません。

 

さまざまな「こっくり」

料理の分野において用いられる「こっくり」は煮る様子や、「こっくり味わい深くなる」「こっくりと濃いかぼちゃクリーム」など、味わい深さやクリームの濃度を形容するのに用いられていました。また、ファッションやその他の分野でも「こっくりとしたテクスチャー(化粧品)、こっくりした液(マスカラ)」や「濃い葉を使ったこっくりとしたアレンジ(ガーデニング)」など、さまざまな次元において濃度が高い様子を表すのに活用されていることがわかりました。そして、ファッション分野(コスメティック含む)・料理分野以外では、深み・濃さを表す「こっくり」は使用されないこともわかりました。

 

やむを得ず「こっくり」?

さまざまな濃度の高さ、味や色の深みを表現する「こっくり」ですが、「こっくりとした液」などの、液体が濃い様子を表すオノマトペは他にもあると思いませんか?「どろり」や「もったり」「べったり」などがありますね。なぜこれらは使われないのでしょうか?おそらく、これらの粘度が高い様子を表すオノマトペは、あまり良い印象がないのかもしれません。そして、人にもたらす印象に非常に敏感であるファッション業界で「どろりとした化粧水」はおそらくNGなのではないでしょうか。その代わりとして「こっくり」というあまり通常使用されないオノマトペが引っ張り出されてきたのかもしれません。

ファッション分野は、日々新しい表現を作っては送り出してゆくところであるため、面白い表現の宝庫です。これからもオノマトペハンティングの狩り場として、観察を続けてゆきたいと思います。

 

このような形で、今後も私のオノマトペハンティングの獲物を紹介するコラムをお届けする予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

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