本のプレビューをOnlineに! 

中小出版社の生き残る道を探りたくてはじめた書評のホームページの1年目の報告

(新文化19980716のオリジナルバージョン)

(有)ひつじ書房 代表取締役 松本 功

 返品率が50パーセントを超えた、と昨年の新文化の記事で書かれていた。小社は、昨年秋にトーハンと日販の口座を開設し、『読むということ』という本を300部新刊委託を行ったが、90パーセント以上の返品であった。どうしようもないザマなわけだが、当然の結果であるという他ない。書店にとってみれば、勝手に送られてきて、出版社も著者も無名で、営業が事前に説明しに来店したわけでもなく、刊行時に新聞広告が打たれてもいない書籍を店頭に並べておく義理はない。

 小社は、基本的には言語学の専門書を刊行する学術出版社で、創業9年目の新しい出版社である。私も入れてスタッフが5人で、本文の制作も社内でやっている出版社が書店営業する余裕はあまりないし、新聞広告は無理なことを考えると手の打ちようがない。以前は、書店の店頭にとどまる時間も今よりも長く、陳列中に本が取り上げられたり、新刊委託も機能していたであろう。新刊委託自体に一種の広告効果があった。しかし、今では機能していない。

 書評に大きな効果があった時代もあった。朝日新聞の書評欄に取り上げられると重版をかけるという時代があったそうである。今は、書評が出るのが遅いから、無名の出版社のものなどその頃にはすでに返品されてしまって書店に並んでいない。書評欄のページ数も少なければ、文字数も少ないから、専門的な内容を扱えるものではない。

 私は、別に米国が何でもいいという人間ではない。しかし、米国にはニューヨークタイムズブックレビューをはじめ様々な書評紙があって、1面を1冊の書評にあてている。編集方針が、小さな出版社のものでも、いいものは積極的に取り上げるという主旨で、1冊1ページという分量から紹介も批評も高度なものである。かなり専門的な内容の本も取り上げる。しかも、重要な点は、プレビューであるという点である。出版社は好意的に取り上げられた場合、本の表紙にその書評を印刷することができるのである。書店に対しても、ブックレビューに取り上げられたことを宣伝できる。無名の出版社のものでもレビューに取り上げられれば、書店は仕入れの見込みが立てられるし、読者も店頭で見た時に表紙に刷り込まれたブックレビューを参考にして購入することができる。店頭に並ぶ段階では、評価がついているのである。日本で今までだれもこのような仕組みを作らなかったのはなぜだろう。書評紙はあるが、全て刊行後の紹介である。新刊委託が今までは機能していたということだろう。

 ひつじ書房は、自力でホームページを作った日本で一番最初の学術専門書出版社である。自社のサーバーだけではなく、インターネットで書評ホームページを運営している。なぜ非力な出版社がこのホームページを作ったのか、説明する。1997年の1月、インターネットの検索ページで「書評」というキーワードで検索してみた。その頃はまだ、新聞社も書評を公開していなかったし、個人でやっている書評ページもほとんどない状況だった。私は、情報の発信がインターネットにシフトしつつある時に本の情報がオンラインに存在しないのは、とても困ったことだと思った。たとえば、自分の子どもの問題で不登校ということばで検索してみたところ、様々な個々人がいろいろなことを発信しているにもかかわらず、不登校についての本の情報が全くなかったとしたら、本は読まないだろう。紙の本は、情報発信の器として優越性をもっていたはずはずなのに、探してみてもどういう本が出ているか程度の情報も紹介もないのは、かなりやばいのではないかと出版人の端くれとして思ったわけである。そのころは、書協の検索のページもなかったから書名すら検索できなかった。危機感をもった私は、学術出版のメーリングリストであるNETPUBの構成メンバーの数人に相談し準備にとりかかった。どうせやるなら、ドメイン名も取った方がいいと思って、ひつじ書房が、独自サーバーを持つ時に、www.shohyo.co.jpのドメイン名も取得したのである。ちょうど、NTTのOCNのサービスが始まった時であった。小規模出版の分際で、専用線を2本も引いてしまったことになる。

 書評ホームページには、新刊情報、本のプレゼント、木犀社から『書店員の小出版社ノート』を出された東京堂の小島さんの「出版社訪問記」などがある。なんと言っても中心は、書評インデックスである。書評の投稿を募り、書評をデータベース化して、インターネットで公開している。もちろん、なかなか集まるものではなかった。つてを頼ったり、自分やひつじ書房のスタッフで書いたり、苦労している。中途で詩人の渡辺洋さんが常連で投稿をしてくれるようになり、書評が100を越えるようになったころから、面識のない人からも投稿が次第にはいるようになってきた。ちょうどそのころ、朝日新聞の月刊誌『論座』の編集長がわざわざひつじ書房を訪れて下さり、相互リンクをはることができるようになった。オンラインにも個人の面白い書評ページができ始めた。登録数が300に近くなった段階で、データベースの機能を改善して、投稿したものをそのまま表示できるようにし、表示の中にリンクを生かせるようにした。オンライン上に個々人によって作られているページをデータベースに取り込んだり、リンクを付けることもできるようにした。書評ホームページは、すべての書評を自分の中に取り込む必要はないのであって、どんな書評がどこにあるのか、ナビゲーションができればいいからである。ここで、一挙に増え、現在は400近くにまでいっている。また、小社が販売に協力することになったボイジャー社の『T-Time』というソフトを使えば、これらの書評を本のように読むことができる。

 経済的には、出版社のホームページの制作代行で専用線の使用料はまかなっているが、それ以外の経費はひつじ書房からの持ち出しである。早急に経営的に自立することは課題であるが、我々はあるプランを持っている。それは、書店との提携で書評ホームページで検索された書評を読んだ人が、オンライン書店で注文できるようにすることである。これはAmazon.comもやっていることであるが、書店から一定のバックをもらうというのが、その方法である。ただ、大きな冊数が動かないと、雀の涙になってしまう。それをどうするか? 実は、書評ホームページでは、プレビューをやりたいと思っているのである。どこにもまだ、売っていない段階で本の内容を知ることができ、予約することができるのであれば、その予約冊数が数百冊になることもあるだろう。これが何点にもなれば何千冊、何万冊になる。書店の方はその反響を見て予約にプラスして、出版社に注文を出すこともできる。そうなれば、大きなバイイングパワーが書店に付与されることにもなるし、出版社も刊行と同時にかなりの数をさばけるようになる。このプレビューが定評を得れば、出版業界の中にプレビューのための資料をだすという慣行が生まれていくのではないか。定評を得ていく段階で、専門の書評氏を独自に依頼することもできるようになるだろう。これなら、規模の小さな出版社でも、書評ホームページに内容が評価されることによって、本が出るということとその本の評価を広く知らせることが可能になるのである。ニューヨークタイムズブックレビューと同じ効果を生み出すことが出来る。けっして、夢想ではない。現在、岩波書店、大修館書店、研究社、明治書院、開拓社、くろしお出版やひつじ書房なども加わり「言語学出版社フォーラム」の結成準備中であるが、将来的には、言語学書目録のオンラインデータベースの公開に加えて、言語学書のプレビュー情報・書評も発信すべく検討に入っているし、これによって言語学書の販売に役立てることができる。このようにある分野の出版社グループの支援が受けられれば、読者にとっては、有益な情報を発信できるし、経済的なバックボーンとなるだろう。また、Amazon.com方式である注文とバックフィーについても、すでに在阪のオンラインA書店と交渉中である。

 オンライン書店が協力してくれること、プレビューの仕組みを定着させるために出版社が支援してくれることを期待している。書評の投稿など、個人の協力も大歓迎である。なお、書評ホームページでの試みなどについては、9月小社刊行の『ルネッサンスパブリッシャー宣言』に書いているので、興味のある人はお読みいただければ幸いである。

書評ホームページ http://www.shohyo.co.jp/top.shtml