房主より (未発第2号)


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1995年は、取次の鈴木書店の口座を開くことができたことをはじめとして、6月に ホームページを開設し、9月に三省堂のブックフェアに参加、出版とインターネット について数カ所で話し、また原稿も書いた。秋には、鈴木書店の口座開設のおかげ で、10店以上の書店で常備をしてもらえるようになった。経理面では、税理士さんに 来てもらうようになり、やっと会計も整えられつつある。その前までは、房主がひと月つぶして、不備な書類を作っていた。

95年に関していえば、創立の趣旨である「きちんと研究書を出す言語学の出版社とな る」ことは、なんとか実現したといえるのではないだろうか。年間の点数も、20冊程 度出せているし、内容も水準を維持しているといったら、自惚れが過ぎるだろうか。 次のステップとしては、これを基本として、「国境を越えた言語学を中心として、新しい人間の知を探し、公開していく出版社となる」ことを目指したい。初志を忘れず、これからも努力していきたい。

いま、出版界であるいは学術書の出版の分野で、出版とは何かといったことが問い直されているように感じる。このまま今までと同じような出版を続けていて意味があるのだろうか。我々は言語学という一つの学問の公開に携わる仕事を生業としている。 学問のあり方も、今までのままでいいということはない。現在、欧米に追いつくことが、第一目標だった知のあり方も、いやおうなく変化を求められており、また、大学制度も大幅に変わろうとしている。我々はあくまでも言語学における先端の研究を本にすることを第一の目的としてはいるが、かならずしも大学だけが知を担うわけでも なく、また、研究の成果が知られていく方法も、紙の本ばかりでなく、電子的になお かつオンラインでということも並立しておこなわれるようになるだろう。出版の主眼 が「知の共有」にあると考えたときに、紙だけに固執するわけにはいかない。そうなれば、当然インターネットなどを経由した知の共有を考えに入れておく必要があることになる。

たとえば、論文の公刊ということも、出版社の専門分野ということもなくなる。1年前と違って、現在、どんな個人でもインターネットにホームページを持つことに何の問題もない。5000円程度の会費だけで数Mバイトの情報を公開できる。そういった時、公開することに何か他の重要な意味が無ければ、紙の本を出すことは意味のないことになってしまう。ホームページを作れないから、しかたなく紙の本を出すというなら、 申し訳ないが、やる気も起きないし、意味もない。紙の本が、ホームページを作れないという能力の欠如した人々のためのものになってしまうとしたら、それは下らない。これはいい過ぎか? とするとどんなものが紙の本にする意味のある研究書なのだろうか。現状でどれをオンライン化し、どれを紙のもので出そうか、ということの戦術的な判断はできる。だが、どういう意味があるかという点については、ハッキリとした答えはまだ見いだせていない。いやいや、経済的な問題が解決すれば、別に紙である必要はないというのが、当たり前すぎる結論だろう。では、紙の本を出すことの積極的な意味とは何だろう。

オンライン化した情報源は、これから増えることはあっても減ることはない。(学術)出版社の独自性は、希薄化していく一方ということになるだろう。様々ある情報の提供者の中の一つといった位置づけが客観的なところだろう。出版社として独自性を出すために出版社はどのように、あるべきか、ということは当然考え続けていかなければならないだろう。単に情報を公開するだけではなくて、さらに加えるものが必要だということだと思う。(私は電子図書館には、保留の気持ちがある。アメリカのように、公共図書館と大学図書館が中心となって、学術書の存立を支えているのであればともかく、学術書をわずかしか入れてくれないこの国の図書館の現状では、とても支持できない。)それは何か? この問題はこれから考えていかなければならない重大な問題だ。

その中の糸口の一つとして「編集」ということがあるのではないだろうか。ここでいっている「編集」とは文字どおりの意味、「編んで集める」ということである。出版社のホームページを見ていても、編集のプロであるはずの彼らが、まともなリンクもないころがある。また、ダウンロードに時間のかかる過大な画像データを張り付けていたりする。境界を越えて、本というものは様々な知の出会いから生まれ、また、作り出すもののはずだ。なぜ、リンクさえもあんなに少ないのだろう。それが「子供っぽい場末電脳芸能的センス」に落ち込んでしまうのだとしたら……。編集という仕事の精神と実践は、むしろ従来の出版社の中ではなく、別のところにあるのかもしれない。結論はでないが、ひつじ書房では、とりあえずいろんな情報が行き交う場所になることを目指そう。

今回も『未発』第2号には、松本克己、山梨正明、橋本裕之の諸先生方が原稿を寄せ られたことを感謝申し上げます。松本先生の本は、金沢大学の紀要に発表され、毎日新聞の記者の岡本さんが取り上げたこともあって、古代語の母音の論争を、巻き起こした。しかしながら、20年間どうしたわけか単行本になることがなかった。私は、ひつじ書房を作ったばかりの頃、まだまだ時間があったこともあり、紀要以外の論文を集めて、松本先生に本をまとめて下さるようにお願いしたのだった。たしかその時にはまだひつじ書房は本を一冊も出していなかった。それにもかかわらず、快諾され、そのうえコムリーの名著『言語普遍性と言語類型論』の訳を私に下さったのである。途中、雑事が大幅に増え、どうにも手が回らなくなり、刊行が私の責任で大幅にのびてしまったのは大変に申し訳ないことであった。今回も同様に早くに原稿をいただきながら遅れてしまい申し訳ありません。また、山梨先生もやはり、ひつじ書房がまだ 本を1冊も出していない時に『日本語要説』の一章の執筆者として快くお引き受け下さり、昨年は『認知文法論』を出して下さった。4000円台の本が、すでに3000部売れているというのは、快挙というべきだろう。橋本さんは、独立を心に秘めていたとき、彼の中世芸能である田楽の論文を読んで感銘を受け、それをまとめた本を出したいと会いに浅草のストリップ劇場(橋本さんはストリップの研究者でもある)に行ったとき、民俗芸能の新しい研究会を作るからその内容で論文集にしないか、と誘われたのだ。その研究会にはほとんど出席したが、おせじではなく毎回興奮する内容だった。今にして思えばそのころは、まだ研究会にでる余裕があったのだ。その本が『課題としての民俗芸能研究』である。

先の「子供っぽい場末電脳芸能的センス」とは、津野海太郎さんのことばであるが、 著書『本はどのように消えていくか』に我々のホームページのことを非常に好意的かつ丁寧に取り上げてもらった。それがきっかけで出版労連の研究集会でパネラーとして参加することになった。題して「小出版はどのように生き残るか」である。

最後に個人的なことを述べることをお許し願いたい。創立から一緒に仕事をしてきた専務(妻)は、しばらく表には出ない。子どもは出来ないとあきらめていたところ、この4月1日に難産の末、4742グラムの女児を出産し、育児にかかる時間がおおくなったからである。妊娠7カ月まで、電磁波の飛び交う事務所で仕事をし、銭湯通いと寝袋での泊まり込みを続けていたという過酷な環境だったことなどもあり、無事産まれたその喜びはひとしおである。

本目録は全文、オンラインバージョンとしても、ひつじ書房のホームページに載せる。ホームページでは、房主の日誌を付けており、日々の状況を報告しているので、 興味のおありになる方はご覧いただきたい。なお、6月から、杉浦が新たにスタッフに加わった。

スタッフ 松本功 松本久美子 松本実 但野真理 石川綾子 杉浦真知子



付記
重要なことを書き忘れていたことに気がついた。「未発」ということばは橋本さんの論文の中の見出しからいただいたものである。

未発(第1号)で、堺屋図書が、手動写植機を使っていたと書いたが、間違いであった。活字タイプライター(?)で、校正は、ドットプリンターで行い、校了時に、活字によってタイプされる機械だそうだ。当時、400万円くらいの機械で、それがあれば、自分で活字による版下ができるものだったそうだ。実際に堺屋図書にその機械を売った人からの話である。これは、DTPができる前の、小事業所向けの機械らしい。この夏、まだそれを使っている会社があるそうなので、取材しようと思っている。




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