書評 |
楠見孝編 メタファー研究の最前線 評者 辻 幸夫 日本の比喩研究の歴史は長いが、今日の研究を支える基礎的研究はほぼ一九七〇年代以降に始まった。まずは国語学、文体論、表現論、記号論などにおける詳細かつ膨大な研究。そして認知言語学や心理学における、いわゆる認知的比喩研究である。本書は、両者に関して、その後の展開と現在進行中の研究を集めた論文集である。 本書は二つのワークショップにおける発表に新たな書き下ろしも加えた全七部二六編の論文からなる大著である。以下が各部のテーマと執筆者である。1メタファーをめぐる理論(山梨正明、瀬戸賢一、子安増生、月本洋)、2メタファーとレトリック(中村明、半澤幹一、多門靖容、森雄一)、3メタファーと概念構造(鍋島弘治朗、藤原和子、黒田航、野澤元・渋谷良行)、4メタファーと感覚(進藤三佳・村田真樹・井佐原均、坂本勉、坂本真樹)、5メタファーの認知メカニズム(中本敬子、中山正宣・寺井あすか・阿部慶賀、平知宏、中山太戯留、内海彰)、6メタファー的思考(栗山直子・船越孝太郎・徳永健伸・楠見孝、羽野ゆつ子、平真木夫、Bipin Indurkhya、鈴木晶子・小野文生)、7まとめ(楠見孝)。 一瞥してわかるように、本書の執筆者には、比喩研究に興味を持つ人であれば誰でも知る先達から、少壮気鋭の研究者まで含まれる。専門分野も、言語学や心理学から、人工知能・自然言語処理・教育学に至るまでバラエティに富み充実している。 読者が初学者の場合は、編者による「まとめ」を最初に読み、次に言語学・心理学者による導入的な第1部に進めば、認知的比喩研究への良き誘いと概観を得られるに違いない。本書で異彩を放つのは第2部である。評者が冒頭で言及した日本の文体論や比喩表現研究の礎を築いてきた執筆者を中心に、古典から現代までの比喩史や文体やテキストとの関係について貴重な考究と資料を提供している。続く第3部以降が本書の中核となる認知的比喩研究の実際である。言語学的手法、心理実験、ニューラルネットによるシュミレーション、脳波解析、コーパス分析、多変量解析など方法論は色々だが、いずれも比喩の認知メカニズムの解明を目指している。 かくも多様な興味と方法論によって比喩研究は進められており、その学際性が定着しつつあることが本書によってよくわかる。編者は最終章を次のように締めくくる。「メタファーの認知的研究は、それぞれの学問分野でのこれまでの成果と蓄積を生かし、その自立性を保ちながら、相互に影響し合うリゾナンス(共鳴)によって、いっそう発展すると考える。」評者もまったく同感である。本書はそうした多角的な比喩探求の最前線を概観できる有益かつ楽しい論文集である。 (慶應義塾大学/認知科学・意味論) (大修館書店『月刊言語 vol.37-2』p.118) |