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2023.8.23(水)

『AI時代に言語学の存在の意味はあるのか?』もうすぐ刊行します

ひつじ書房のウェブマガジンでの連載を元にした、『AI時代に言語学の存在の意味はあるのか? 認知文法の思 考法』(町田章著)がもうすぐ刊行となります!

連載の開始は2019年、ちょうど「ディープラーニング」が話題になっていた頃で、中身がブラックボックスと言 われるディープラーニングだけども、人間がことばを学ぶのと「ディープラーニング」は何が違うのか、言語の 専門家による解説をして欲しい!というきっかけから認知言語学を専門とする町田章先生に連載をお願いしたも のでした。

連載自体は2021年に完結しましたが、書籍化に向けてまとめていただいているうちにChatGPTが出て、その衝撃 的な能力に、いよいよこれからAIのことを無視して話すことはできなくなったタイミングではないかと思います 。大量のデータの中から共通の特徴を抽出することがAIの得意とすることなら、言語研究者の出番はなくなるの ではないか? 長い時間をかけて学んだ英語力で心を込めて書いた手紙より、AIが一瞬で翻訳した英語の方が確 実に相手に伝わるとしたら、英語を学ぶことの意味は…? 真剣に向き合って考えなければいけないことは多い はずです。

本書は、いますべてのことばに関わる人が読むべき内容が詰まっています。





2023.8.8(火)

刊行! 『日本手話で学びたい!』

8月に刊行した新刊を紹介いたします。佐野愛子・佐々木倫子・田中瑞穂編『日本手話で学びたい!』です。

本書を刊行した背景には、札幌聾学校にまつわる裁判があります。
2022年7月に先天性の聴覚障害がある札幌聾学校の児童の一人が、「日本手話で教育を受ける権利を侵害されている」として北海道を提訴しました。また2023年1月にはさらにもう一人、札幌聾学校の児童が同じく北海道を訴えました。

どうして児童がこのような訴訟を起こす事態になったのか、それを理解するにはまず「日本手話」と「日本語対応手話(手指日本語などとも)」は違う、ということを理解する必要があります。
「日本手話」とはろう児が自然に身につける第一言語です。重要なのはこの日本手話が、聴者が使う日本語とは文法などが全く違うこと、さらには手だけでなく顔の表情なども活用している点です(例えば、文の肯定文、否定文、疑問文といった区別をする際、非手指動作と呼ばれる顔やあご、肩などの動きが重要な意味を持ちます)。日本手話は、音声が聞こえず、言葉を「目で見る人々」に最も適切な形で進化した言語だと言えるのです。
それに対して、「日本語対応手話」は日本語の文法通りに手話単語を並べたものです。そのため文法は日本語と同じものです。つまり、日本手話とはまったく異なる言語なのです。日本語と同じ文法なので、聴者や後天的なろう者にとっては日本手話よりも日本語対応手話の方が身につけやすいかもしれません。
しかし、先天的に聞こえないろう児にとっては事情が異なります。ろう児にとっての第一言語は日本手話であり、手話であっても日本語の文法に則った日本語対応手話は外国語のようなものです。英語の単語を日本語の語順で発音しても、それは英語とは言えないことを想像してみてもらえれば、日本語対応手話が日本手話とは別物ということがわかると思います。

札幌聾学校にはこれまで「日本手話クラス」があり、児童も担任の先生と日本手話で会話し、教育を受けられる環境がありました。しかし、日本手話を話せる教員が定年を迎えると、学校側は新たに日本手話を話せる教員を補充せず、日本手話クラスに日本語対応手話しか話せない教員が担任となりました。

繰り返しになりますが、日本手話と日本語対応手話は別言語です。日本手話を第一言語とするろう児たちは、いわばいきなり外国語でしか教育を受けられず、先生とも外国語でしかコミュニケーションがとれない環境に追いやられたと言えます。そんな状況で十分な教育が保障されていると言えるでしょうか。実際に、算数の授業中、児童が日本手話で正答したのに担任が読み取れず曖昧なまま流されてしまい、児童は混乱し、担任の言っていることがわからない自分を責め、次第に学習に対する意欲を失っていった、という出来事もあったようです。
自身の第一言語である日本手話で学びたい。そうした思いで児童は裁判の原告として「日本手話で教育を受ける権利」を訴えているのです。

本書はその裁判の過程で、日本手話と日本語のバイリンガルとしてろう児を育てていくべきことを主張してきた国内外の研究者とろう教育実践者が、裁判所に提出した意見書をもとにして書籍化したものです。札幌聾学校についての裁判の概要だけでなく、日本手話と日本語対応手話は具体的にどう違うのか、どうしてろう児の教育には日本手話が重要なのか、国内外でどのようなろう教育がされているのか、法的に日本手話で学ぶ権利はどのように位置づけられるかなど、日本手話とこの裁判にまつわるあれこれが、簡潔かつわかりやすくまとめられた1冊です。
また、本書はろう児を取り巻くろう教育環境を批判するだけではありません。本書の最終章は「提言 これからのろう教育のあり方について」として、ろう教育について具体的かつ実行可能な案を提案しています。単なる学校や行政の批判にとどまるのではなく、ろう児のためにろう教育の未来が明るいものになるように企図されています。

この書籍をきっかけに、多くの人がろう児を取り巻く教育問題に関心を持ち、ろう児が第一言語である日本手話で学べるようになることにつながれば幸いです。

佐野愛子・佐々木倫子・田中瑞穂編『日本手話で学びたい!』詳細ページ





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