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2021.5.28(金)

割付


最近、新しく編集を担当する書籍の原稿を著者の先生からお送りいただいたので、割付作業を行いました。
割付作業とは、著者の先生からお送りいただいた原稿に組版の指定を書き込む作業です。

ひつじ書房では、組版所に依頼をして組版をしてもらいます。その際に原稿をただお渡しするのではなく、どのように組んでいただくかを指示するのが割付作業です。節見出しの文字の級数(サイズ)はいくつにするか、フォントは何を使うのか、といった指定を行うほかに、組版所の方が作業しやすいように指示もします。例えば節見出しと項見出しの区別がすぐにつくように違う色のマーカーで塗るなどしています。
割付作業の段階では内容の校正は基本的に行いませんが、節や注の番号が飛んだりしていないかといったチェックは行っています。

割付作業は機械的に指示や指定を行う面もありますが、ここでミスをすると初校ゲラの体裁がおかしくなってしまうので、注意深く行っています。



2021.5.25(火)

白焼き

今月は担当書籍の校了時期が重なり、最後の白焼きチェックをたくさんしました。

白焼き。

うなぎではないです。おいしい思いをしているわけではなく、印刷前の最終チェックです。「しろやき」と呼んでます。



校正ゲラを印刷所に「責了します」とお渡しすると、印刷所では印刷の版(刷版)を作るために「面付け」します。ご存じの方も多いと思いますが、印刷はインクジェットやレーザープリンターで一枚一枚印刷する訳では無く、大きい紙に一気に16ページ分などを印刷しています。紙を本の大きさに折りたたんだときにページが順番に並ぶように、刷版に配置していくのを面付けといいます。

今はパソコンからダイレクトに行くので、ほとんど問題が起こりませんが、逆に、そのときに文字化けが起こったりすることもあります。

ここで最終確認をするのが白焼きです。面付けがきちんとされているか、何か問題がおこっていないか、チェックをします。原則として文字校正は行いませんが、やはり、何か気付いてしまうことがあります。そのときには修正をします。

修正を入れるとまた面付け作業が必要になりますから、ここでの修正は個別に費用がかかります。

ちなみに、一昔前は、青焼きという名前でした。文字通り青い紙になって出てくるもので、組んだデータをフィルムにして、紙に薬剤を入れて感光させて出力していました。フィルムから直となるので精細に出てくるので、図版の網掛けのチェックも正確にできたようです(その元は設計図などの「青写真」です)。今の白焼きは、プリンターから打ち出す程度の解像度でしか出てこないので、本番の印刷の精細さでのチェックはできません。

そのようなことで、白焼きが泣いても笑っても、最後のチェックの機会なので、じっくり見てしまいます。

うなぎの白焼きはなかなかお目にかかれませんが、印刷の白焼きはよく見ています。




2021.5.12(水)

「切」と「剪」


去年に引き続き緊急事態宣言下のゴールデンウイーク、皆様はどのように過ごしたでしょうか。色々な「おうち時間」の過ごし方があったかと思います。
自分は中国語の勉強の一環として、中国語で書かれた小説をこの機会にゆっくり時間をかけて挑戦してみました。
早速、中国の友人に教えてもらった、中国の小説が読めるインターネットサイト(海賊版ではなく正規のサイトです)で、中国ミステリの短編を読んでみることにしました。
辞書やネットの翻訳に頼りながらも、何とか読み進めることができたのですが、物語の最後、刑事が犯人を追い詰めるシーンで、「おや?」と思う文章が出てきました。

内容は刑事が犯人に対していつから疑っていたかを教える台詞で、要約すると「私は「被害者がロープを切った」と言う際に「切」という動詞を使ったのに、お前は「被害者がロープを切るなんておかしい」と言うときに「剪」という動詞を使った。これがお前が犯人である証拠だ。」というものです。 私はこの部分を読んで驚きました。それは「この部分が伏線だったのか!」という驚きではなく、「「切」と「剪」では意味が違うのか!」という驚きでした。この部分を読むとき、自分は両方とも単純に「切る」と訳して読んでいました。では、どのように違い、なぜこれが犯人である証拠につながるのでしょうか。
辞書で調べてみると「切」と「剪」はどちらも「切る」ことを表す動詞ですが、「切」は主にナイフのようなもので「切る」ときに使うのに対し、「剪」はハサミを使って「切る」ときにしか使わない動詞のようです。
被害者はハサミでロープを切っていました。つまり、この台詞は「私は「切」という動詞を使ったのに、「被害者はハサミを使ってロープを切った」という犯人しか知らない情報を知っているお前が犯人だ」という意味だったのです。これは「切」と「剪」の違いも知らず、どちらも単に「切る」と訳していた、中国語勉強中の自分には気づけない伏線でした。

さて、それではこの小説を日本語に訳す際、この部分はどのように訳せばよいでしょうか。刑事のセリフは「切る」、犯人のセリフだけ「ハサミで切る」と訳せばよいのでしょうか。しかし、中国語の「切」は主にナイフで切ることを指すから「剪」という動詞に違和感を覚えるのであって、日本の日常生活で「切る」と聞いて「ハサミで切る」と連想してもそこまでおかしな話ではないように思います。少なくともそれで「犯人しか知らない情報を知っている」というのは無理がある気がします。

ただ辞書通りに文字を当てはめればいいものじゃない、両言語のニュアンスを把握したうえで物語を破綻させないようにしなくてはならない、そういった翻訳の難しさを知ることができた体験でした。
もしこの本の日本語訳が刊行されたら、この部分がどのように訳されているか注目したいと思います。






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